(13)手紙
息子との対面をもって素人探偵の調査は終わった。
もう別の女性を愛することはやめよう。自分にそんな資格はない。
それが調査結果だ。
そのはずだった。
なのに――。
我ながら何と意思の弱い男だろう。
彼女――秋庭真冬にハートを撃ち抜かれてしまった。それはもちろん、ファンとしてアイドルの秋庭真冬を愛していたのとは、全く次元の異なる感情であり、想いだった。
無責任なままずるずると関係を続けた。
結婚という形を彼女が望んでいることを知りながら、知らぬふりをし続けた。
そんな最低な男のもとに、少し前、息子から手紙が届いたのだ。
奈央の命日に合わせて線香などを送らせてもらっていた関係もあって、彼女の祖父母にはここの住所も知らせてあった。
何度かは直接仏壇に線香をあげさせてもらったこともある。
息子と顔を合わせることはなかったが。
郵便受けでそれを見つけ、真冬に見られないように近くの喫茶店へ持ち出した。
いったい何事だろう。
まさか今頃になって、あなたは僕のお父さんですよねなどと手紙を送って来ることもないだろう。そうは思ったが、そうでないとも限らない。何よりほかに思い当たるふしがなかった。
緊張する手でぎこちなく封を切った。
それは、息子が自身の成人を知らせてきたという、何とも不思議で、ある意味間の抜けた手紙だった。
それでも、あの幼かった子がもう成人を迎えたのかという感慨はあった。
だが。
本来の目的はそれではなかった。
そこには、もう一通。
母親――奈央が彼宛てに残していたという手紙の写しが同封されていたのだ。
どこか見覚えのある彼女の筆跡。
それは息子の成人の感慨など吹き飛ばしてしまう内容だった。
父親を取り上げ、母たる自分も先に逝ってしまうことに対しての、息子への謝罪。そして願い――。
あなたも大人になれば分かってくれるはず。愛する人には幸せになって欲しいと願う気持ちが。
自分の手で幸せにできることが、もちろん自分にとっての何よりの幸せではあるけれど。
もし、それが叶わないのだとすれば、せめてその人の幸せにとって障害となるものは取り除きたい。
たとえそれが自分自身の存在なのだとしても。
あなたの父親はまだ若過ぎた。
その前途を自分が邪魔するわけにはいかなかった。
誤解はしないで欲しい。
あなたの父親はとても優しい人だった。男気のある人だった。
本当のことを伝えれば、きっとわたしのこともあなたのことも見捨てたりはせずに、全力で守ろうとしてくれたはず。
あの人は、こんなわたしを愛してくれて。
何度ふっても、諦めなくて。
今になって思えば、あの告白されては断ってを繰り返していた日々も、正式につき合った三か月ほどの日々と同じように愛おしい日々だった。
繰り返される謝罪と願い。
あなたはわたしが彼の次に、二番目に愛した人。
生まれたあなたをひと目でも見られればいいな。一回でも抱ければいいな。
そんなことすらしてあげられないかもしれないわたしは母親失格だけれど。
だから、こんなことを言えた義理ではないのだけれど、どうかあなたは幸せになって。
そして出来得れば、顔も名前も知らないお父さんの幸せも願って欲しい。
息子への手紙には、父親については何も触れられてはいなかった。
親子の名乗りを拒絶した養父母が、それを伝えたとも思えなかった。
だが、こんなものを同封してきた事実が物語っているではないか。
今更ながら息子の幸せを祈るとともに、自分の独りよがりな人生を悔いた。
死んだ人間にはどんな感情を向けたところで意味などない。全ては生きている人間の自己満足に過ぎない。
これまで、そんなドライな気持ちで生きてきた。
だが。
このとき初めて語りかけた。
奈央――、俺には、真冬に幸せにしてもらう資格があるのだろうか。