(12)息子
どういう風の吹き回しだったのか。
大学卒業を三か月後に控えた、あのクリスマス。
彼女は、何度ふってもめげずにしつこく告白してくる馬鹿な後輩の気持ちを受け入れてくれた。
単純に思いが通じたのか。
何か思うところがあったのか。
たまたま人恋しい夜だったのか。
拒絶し続けることに疲れたのか。
本当のところは分からない。
だが。
直後、彼女は知ることになる。
自分が母親と同じ病に侵されているということ。そして、馬鹿な後輩の子どもを授かったということを。
病に侵され、先が短い自分。
生まれてくる子ども。
その子の父親は歳下で、まだ学生だ。おまけに馬鹿ときている。
彼に負担はかけられない。任せるわけにはいかない。
自分は遠からずいなくなってしまうというのに――。
母親と同じ道を歩まざるを得ないのかと、人生を恨んだだろうか。
お腹の子の父親である後輩に何も告げることなく姿を消した彼女は、再び祖父母の家の門を叩いた。
助けを求めた先の祖父母にも、父親が誰なのかは頑として明かさなかったそうだ。
産めば命を縮めると医師から忠告されてもきかず、その年の秋、彼女は男の子を出産した。
病室のベッドの上で生まれたばかりの息子の泣き声を聞いたのが、最後の喜びだっただろうと、彼女の祖母は語った。
我が子の泣き声を聞いて、笑みを浮かべた直後に意識を失い、そのまま還らぬ人となった。
これが探偵の真似事をして知った彼女――柴田奈央の人生だ。
素人探偵が片手間にやったために、ずいぶんと時間を費やしてしまった。
奈央が姿を消したときから数えれば、およそ五年後の春だった。
追い返されるのを覚悟で彼女の祖父母の邸宅を訪ね、意外にもすんなりと線香をあげることを許された。
だが、こちらから望んだわけでもないのに、彼女が産んだ子との親子の名乗りは強く拒絶された。膝の上のティコを抱きながら、終始穏やかに話してくれた奈央の祖母だったが、その話のときだけは険しい表情を隠そうとはしなかった。
その子は父親の分からぬ子として生まれ、母の死後すぐに曽祖父母の養子として育てられていた。
――あの子はもうわたしたちの子なんです。
それは老婦人の覚悟のようなものだったのだろうと思う。
口止め料のつもりだったのだろうか。差し出された分厚い封筒の受け取りは拒否したが、父親だと名乗り出たりはしないことを固く約束した。
その上で、ここでも七転び八起きの続きのような気持ちで――転んだのか起き上がったのかは定かではないが――、生前の母親を知る大学時代の後輩として幼い息子との面会を果たした。
それは感動の対面などというものではなかった。
彼女が妊娠したことはおろか、思い悩んでいたことに、何ら気づいてやれなかった愚かな男だ。自分と血を分けた息子なのだとは、最後まで実感が湧かなかった。
母親のことは、誰からも好かれた素敵な女性だったよと語ったものの、まだ幼い彼にどこまで届いたものか。
黙って聞いていた幼い息子。
だが、幼いながらに彼は気づいていたのかもしれない。目の前の男と自分との関係に。
そう思わせる出来事があったのは、まだ最近のことだ。