(7) 眠れない夜
そのまま星空の下で寝てもよさそうなものだったが、部長がそろそろと言った時点でテントに入って寝ることになった。
四人用として売られているテントらしいが、男四人で入ったテントはとても窮屈だった。
「テントは表示されている人数マイナス一人くらいが実用人数だと思った方がいいよ」
先輩はそう教えてくれたが、だったらもう一つ大きなサイズを用意して欲しい。冗談めかしてそう愚痴ってみせると、去年までは男三人、女二人だったからちょうどよかったんだと言われた。
五人ぎりぎりで成り立っているのは、いつものことらしい。
田口がこっちを見る目が、おまえは名義を貸しただけなんだから無理して来なくていいんだよと言っているような気がして、視線を逸らした。もちろん田口はそんなことを言うようなやつではないので、これはきっと、部長に惹かれ始めていた後ろめたさが感じさせたものだろう。
四人並んだ真ん中二人が一年生になった。
寝袋越しとはいえ両隣とほぼ密着したような窮屈な体勢ではなかなか眠れない。なのに、ほかの三人は早々に寝息を立て始めた。そうでなくては天文部員は務まらないのかと自信を喪失しかけて、いやいや、名義を貸しただけだし、と気持ちを立て直した。
どのくらい悶々とテントの天井を見つめていただろうか。
夜中、トイレに行きたくなって、かなり苦労してテントを抜け出した。
あらためて、星が瞬く音が聞こえそうな夜だった。
もしかしたら気づかないだけで、世界は本当にそんな音で満ちているのかもしれない。そう思わせてくれる夜でもあった。
目が慣れれば星の明かりだけでも大抵のものは見えると、知った夜でもある。
狭いテントに戻るのは億劫だったけれど、それでも戻るしかないと思って、テントを覗いてみた。
いつの間にか三人が均等に床の面積を占有してしまっていて、四人目が入る隙間が見当たらなくなっている。
馬鹿らしくなって、テントで寝ることは放棄した。
寒いので自分の寝袋だけは無理矢理取り出して、座れる場所を探した。
天の川の流れを挟んで向こう側に、ちょうどよさそうな切り株が見えた。
流れは簡単に跨げるほどに細い。
でも向こう側は部長が寝ているテントがある聖域だ。切り株とテントはそれなりに離れている。なのに、ちょっとだけ気が引けた。
結局、ほかに適当な場所が見つからないことを言い訳に、天の川を越えた。極力足音を立てないようにして歩き、部長のテントに背を向けて切り株に座った。
寝袋を広げて肩から羽織るようにした。
当たり前だが、禁断の場所に足を踏み入れたような高揚感はなかった。
星や星座の知識は乏しくても、見上げた星たちの配置が先ほどとは少し変わっているのは見分けがついた。時間が進んだ分だけ地球が回っているのだなと、何故か太陽が動いても感じたことがない地球の自転を、星の動きからは感じられた。
春の空。
春は大陸からの黄砂も来るし、なかなか空が晴れない。部長はそう言っていた。
でも今日は運よく空気が澄んでいる、とも。
星を見ると知りたくなるはずだと部長は言った。確かにそうだと思う。どの星が何という星なのか。どの星とどの星を結べば何の星座になるのか。そういった知識も持ち合わせがないから何も分からない。分からないから知りたくなる。
暗幕に針で小さな穴を無数に開けたような空。ところどころを小さな雲がマスキングしている。
首が痛くなった。やっぱり寝転がった方がよさそうだけれど、もう夜露で地面は湿っている。直に寝転がったら背中や寝袋がびしょ濡れになりそうだった。
そのとき、背後でテントの入り口のファスナーが開く音がした。
心臓が高鳴った。
どちらのテントか、音だけでは分からない。
部長だろうか。
トイレかな。
気づかぬふりをして、首の痛さも忘れて空を見上げ続けたけれど、星の光も目に入らないほど神経の全てを耳と背後の気配に集中させていた。
小さな、ゆっくりとした足音が近づいて来る。
それに合わせて鼓動が速く大きくなる。
「眠れないの?」
すぐうしろで部長の声がした。