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75.逢坂社長が、赤い薔薇のハイパーイケオジだったんですか!

 オフィスの扉が解錠されていたので誰かは出勤していると思うが、誰も在席してはいなかった。

「ちょっと早かったかな。ま、いいか」

 通勤用のトートバッグではなく、以前なけなしのボーナスで買ったエナメル製のブランドバッグと、大事な()()が入った紙袋をデスクの上に置き、給湯室へと向かう。

 そこに逢坂がいるような気がしたからだ。
 案の定、香ばしいコーヒーの香りがしたので、おしゃれした姿を見せたくて元気よくあいさつした。

「おはようございます」

「おはよう。ほう、めかしこんできたのか。可愛いじゃないか」

(うふふ……可愛いだって! 可愛いだって!)

 ちひろの望んでいた言葉がすぐさま返ってきて、嬉しくて堪らなくなる。

(今日の逢坂社長は、どんなちょい悪オヤジかな? いつも魅力的なんだけど、今日はプレゼンテーションパーティに懇親会もあるもんね。いつもより格好いいに違いないわ!)

「あ……れ? え?」

 ところが逢坂は、いつものちょい悪オヤジスタイルではなかった。
 高級な三つ揃いスーツに、ブルーのドレスシャツといった正統派ブリティッシュスタイル。

 ワインレッドのネクタイに、王冠の中央にエメラルドが埋め込まれたラペルピン、袖口にはお揃いのカフスボタン。
 長めの髪をオールバックにしており、完璧にハイソサエティなおじさまで、ちひろの目が飛び出しそうになってしまう。

 そして逢坂のトレードマークともいえる無精ヒゲが剃られ、サングラスを外したら、そこには――

「あああ……」

 ちひろは驚愕で声が出なくなる。逢坂が目を細めて、ちひろを見返してきた。

「また妙な芸でもする気か?」

 芸などしたことはない。
 というか、これは誰でも驚くはずだ。

「あなたは……あのときの……!」

 ちひろが、ホテルのバーで酔っ払ってクダを巻いた相手、赤い薔薇のおじさまが目の前に立っていたのである。

(ちょっと待って! じゃあ、あのときの赤い薔薇のハイパーイケオジは逢坂社長ってこと?)

 アワアワ状態のちひろは、余裕の態度を見せる逢坂に、震える声で問いかける。

「知っていたんですか……その、私があの日の……」

「ホテルのバーでへべれけに酔っ払って、おれにヴァージンを捧げたいと訴えて相手だということなら、しっかり君だと認識しているよ」

 何食わぬ顔でそう返されてしまい、もう穴があったら入り込みたい衝動に駆られてしまう。

「ちょっ……ま、待って……あああぁぁ………そんな……」

(酔っぱらってあまり記憶にないとはいえ、この数ヶ月まったく気づかすに過ごしていたなんて……!)

 壁に背中をつけたまま、ずるずるとその場にしゃがみ込む。

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