72.8万枚を売り切りました!
しかし、ちひろは時が止まったかのような錯覚に陥ってしまった。
(この感覚……温度、香り、広くて頼りがいのある胸……)
既視感を受けるのだが、どこでと明確に答えを出せるほど冷静ではなかった。
心臓がバクバクと高鳴るほど、興奮してしまっている。
(気持ちいい……このままずっと抱きしめてほしい……)
無意識に、そろそろと彼の筋肉質で逞しい背に手を回そうとしたそのとき。
願いも空しく、逢坂はすっと離れていく。
名残惜しくて手を伸ばすが、もう彼はちひろを抱きしめてはくれなかった。
「……キスは、まだ無理だな。これで我慢してくれ」
「は、はい……」
口にしているのはキスの保留なのに、言いかたはとても優しくて、ちひろの心がまたしても沸騰しそうになる。
「なるべく早く帰るようにしなさい」
彼は平静な態度と声色でそう残すと、オフィスから出て行った。
残されたちひろの心臓は、まだドクドクと高鳴っている。
全身の血が逆流してしまうのではないかというくらい高揚していた。
(私……私……赤い薔薇のおじさまが好きだったのに……いつの間にか逢坂社長のこと……)
「逢坂社長のこと、好きになっちゃっていたんだ……」
今更ながら自分の気持ちを認識してしまい、戸惑いを隠せなかった。
§§§
翌朝。
ちひろが提出した提案書は、逢坂が数カ所訂正してやっとGOサインが出た。
「いい着眼点だ。客単価も上がるし、枚数もはける」
「ありがとうございます」
ちひろは、人気インナーブランドのサイトをくまなくチェックし、機能性の高い下着は、よくまとめ買い値引きされていることに注目した。
「気に入った下着なら毎日でも身につけたいから、洗い替えは必要……毎日使うから最低でも3枚は欲しい。買った枚数によって値引きするとか、送料無料にするとか。サニタリーだもの。1枚なんかじゃ足りないわ」
更に逢坂の助言で、前回の購入者がリピしてくれることを期待して、カラーバリエーションを3色から10色に増やした。
そして―――
考案に考案を重ねて企画開発した商品は、品質も上等であった。
高評価のレビューが多いというのも功を奏し、2ヶ月後には8万枚すべて売り切ったのである。
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