68.損益分岐点ギリギリって本当ですか?
「毎日100枚くらいずつコンスタントに売れています。……バカ売れというわけではないですが、小ヒットアイテムにはなるでしょうね」
橘の報告に、ちひろは耳を疑った。
逢坂は、それほど意外という顔をしていなかった。
「だろうな。爆発的なヒットにはならないが、必要なときに必要な枚数を買っていく。機能性下着の特性だ」
逢坂は腕を組むと、何か考え深げな顔をした。
「残り何枚だ?」
「500枚を切りました。追加生産を依頼いたします」
追加生産!
ちひろは小躍りするほど嬉しくなり、立ち上がった拍子にチェアを後ろに倒してしまった。
ガチャンッと大きな音が鳴り響き、オフィス内の全員がちひろを一斉に見た。
逢坂が呆れた顔でちひろをたしなめる。
「君の椅子はこの中で一番新しいから壊さないように」
「す、すみません! いてもたってもいられなくて……追加生産って本当ですか?」
橘が目を細めると、面倒くさそうにこう言い捨てた。
「見たらわかると思うけど。今、逢坂社長に依頼をかけているところでしょ。でも許可が出ないと追加生産にならないわよ」
小ヒットとならば、追加生産してもらえるはず。
そう信じて逢坂の判断を待っていたら、彼からもたらされたのは意外な言葉だった。
「今回の商品企画、まだ成功とも失敗とも言えない。追加生産は悩むところだ」
「え……どうして……」
高木が横から口を出してきた。
「だって新商品ですもの。生地から型取りから、ゼロベースでやったでしょう? そのあたりの雑費が結構かかったんじゃない?」
逢坂が高木の説明を肯定するように、深く頷く。
「それだけではない。広告費や生産費用も引いたら、まあトントンといったところだな」
逢坂の辛辣なひところに、ちひろは衝撃を受ける。
「そんな……」
ちひろは単純計算で、1枚1,900円のショーツが全部売れたから、1,300万以上の売り上げだと喜んだ。
現実はもっと厳しい。
かかった費用全部を引かれたら、トントン……つまり損益分岐点ギリギリだということになる。
「……じゃあ、この企画は失敗なんですね」
気落ちして俯くちひろに、逢坂が鋭く否定の言葉を口にする。
「そうと決めつけるのはまだ早い。というかこの数字は最初からわかっていた」
どういう意味かと面を上げる前に、彼がこう言い切った。
「次にすることは追加生産のため、もっと利益を上げるための企画を考えることだ」
「利益を、上げる……」