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62.親切な有吉さん


 §§§


 できあがった企画書を逢坂が確認し、細かい調整を加えた。
 これで決定となり、素材の手配をして、工場にサンプルの依頼をする。

 二週間後、ちひろの手元にサニタリーショーツのサンプルが届いた。
 フィッティングを依頼するため、社内の女性社員に声をかけたが、みな冷たい対応しかしてくれない。

「あらぁ? 確かあなた、フィッティングはエッチとかほざいていなかった? そんな行為を私たちに依頼するわけ?」

 高木がそう声高に言うと、周囲の女性社員もそれに倣うようにしてそっぽを向いてしまった。
 彼女の持つリーダーシップを、こんな形で発揮してくれなくてもいいのにと思う。

 あのときの浅慮な発言を逆手に取られ、ちひろはどうしていいのかわからなくなる。

(協力してもらえなかったらどうしよう。自らまいた種とはいえ、これは辛い……)

 モニターをしてもらわないと改善箇所がわからない。
 もし重大な欠陥があったまま本生産してしまったら、取り返しのつかないことになる。

 サンプルは十枚ある。
 一枚はちひろがフィッティングするとして、残り九枚は誰かにフィッティングしてもらいたい。

 ここは真摯に謝罪し、フィッティングしてほしいと頼み込もうか。


 それでも無視されたら――


「残念。ぼくがフィッティングできればなあ」

 気の抜けた有吉の声に、緊張で引きつっていた場が一瞬で和んだ。

「やだぁ、涼君たら。いいわ。私がフィッティングする」

 誰かがそう言い出すと、次々にフィッティング希望者が名乗りを上げた。

「私もいいわよ」

 あっという間に、九枚全部が誰かの手に渡った。
 みなすぐにショーツを何度も裏返したり、生地の手触りを確かめたり、商品を詳しく検分しはじめる。

「可愛いデザインじゃない。サニタリーに見えないわね」

「フロントはレースとサテン生地の二枚重ねか。上品ね」

「見せて見せて! へえ、ヒップラインはすっぽりタイプじゃないのね。珍しい」

 みな楽しそうにキャッキャッと騒いでいる。

(よかった……なんとかなりそう。これも逢坂社長と有吉さんのおかげだわ)

 礼を言いたくて有吉を探すと、鞄を持って社内から出て行こうとする背中を目にした。
 ちひろは楽しそうにショーツを語っている女性社員を尻目に、慌てて有吉のあとを追う。

「有吉さん!」

 エレベーターに乗ろうとする彼を、懸命に引き留める。
 有吉は振り向くと、ちひろに艶やかな笑みを見せた。

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