60.イケメンの営業さんはキラキラしています
このオフィスは、施錠のときも解錠のときも、暗証番号を打ち込むめばいい仕組みになっている。
だから、ちひろが最後まで残ったとしても、ちゃんと施錠できるので問題はなかった。
「さてと徹夜はイヤだし、終電ギリまで頑張ろう!」
資料をチェックし、目標金額や生産にかかる費用の計算を、表計算ソフトで算出する。
ちひろはそのあたりが得意ではないので、ノウハウ本を片手に一生懸命計算式を打ち込んだ。
細かい数字を見ていると、目がどっと疲れてくる。
「ふう。取りあえず今日は、これくらいにしようかな」
時計の針は十時を少し回ったところを指していた。
「疲れた……ちょっと休んでから帰ろ……」
ちひろはそのまま机に突っ伏し、瞼を伏せた。
――どれくらい時間が経過しただろうか。
誰かが近くにいる気配がして、目が覚める。
「風邪引くよ」
「ん……?」
柔らかい声が頭上から落ちてきた。
もや~っとした意識で面を上げると、口の周りがひんやりとする。
(やば……ヨダレ垂らして寝てた。誰が起こしてくれたんだろ……)
手の甲で口元を拭うと、ふふっと誰かが笑った。
見ると、湯気の立つコーヒーカップを片手に持った有吉が傍らに立っていた。
「有吉さん……」
彼はそのコーヒーカップを、ちひろの目の前に置く。
「どうぞ。寒いと思って持ってきたよ」
有吉はイケメン揃いである営業チームの中で、最もイケメンだと言われている男だ。
高木ですら彼が通ると「涼くぅ~ん。相談したいことがあるのぉ」と甘ったるい声で近寄っていく。
そのキラキラしい彼が、ちひろに向かって美麗な笑顔を向けてくる。
品のいいグレーのシャツに、紺色のベストとスラックス。
ブランドもののネクタイをして、コーヒーを淹れたためか腕まくりをしていた。
気がつくと、ちひろの肩にジャケットがかかっている。
有吉のだろうかと見上げたら、彼が肯定という表情で頷いた。
(でも……この香り……)
「ありがとうございます。有吉さん」
ちひろは、コーヒーなのかジャケットなのか、微妙にどっちともとれるような礼を口にした。
彼は気にした様子もなく、ちひろの企画書にちらりと目を通す。
「サニタリーショーツの企画書? へえ……」
男性に見られるのが恥ずかしくて、慌てて隠す。
「照れなくていいよ。ぼくは営業だよ? ちひろちゃんが企画立案した商品を、顧客先に売り込みに行く役目を背負っているんだからね」
「そうですけど……」
ちひろちゃんなんて呼ばれてしまって、もっと恥ずかしくなる。