53.私に企画開発…ですか?
「涼君は外回りばかりで、彼女の仕事っぷりを見ていないでしょう? ひどかったんだから」
案の定、ちひろに対していい感情を持たない高木が突っ込んできた。
ほかのふたりも、うんうんと頷いている。
「そう? ぼくが遅く帰社したときだけど、彼女は遅くまで残業して、資料を作ったり商品をチェックしたりしていたよ」
憮然とした面持ちで言い返してくるのは、やはり高木だ。
「残業をしているのは能力が低い証拠よ」
有吉は肩をすくめ、飄々とした態度を崩さない。
「そうだね。確かに入社した当初はダメダメだったかもしれないけど、今は努力しているんだよね? 自分を啓蒙するためにする残業はいいことだと思うよ。質問もたくさんしてくるし、勉強熱心に見えるな」
そう言われ、女性陣は黙りこくってしまう。
それにしても、ちひろが残業時に有吉とあれこれ話をしていたとは知らなかった。
逢坂は椅子から立ち上がると、全員の顔を見渡し、こう言い切った。
「中杢ちひろには、大きな商品企画をひとつ任せ、販売促進までひととおりやってもらおうと思う。みな、彼女に協力してやってくれ」
不満そうな顔、驚く顔、どうでもよさそうな顔、面白そうな顔がそれぞれ並ぶ。
「彼女への評価は、その企画が終わってからにしよう」
逢坂がこう言い切ると、誰も何も返してこなかった。
ちひろにとって、ここは正念場かもしれない。
しかし裏を返せば、反感を持ったり見下してきたりする連中を見返す、いいチャンスになる。
彼女がそのチャンスを理解し、ものにすればいいのだが――
そんな逢坂の思惑を、ちひろはまだ知らない。
§§§
ちひろが会議室に呼ばれて赴くと、逢坂と各チームのリーダーがミーティング中であった。
(なんだろう。私、最近何かやらかしたっけ?)
有吉がにっこり笑って手を振ってきた。
ちひろもつられて笑顔を見せる。
ある晩、夜遅くまで調べ物をしていると、営業から戻ってきた彼に声をかけられた。
わからないことがあると零すと、彼はそれらを教えてくれたり相談に乗ってくれたりした。
最初はイケメン過ぎて緊張したが、気さくで親切で、とても物知りだ。
その後、何回かそういうことがあり世話になっている。
ちひろと有吉のアイコンタクトに、場の雰囲気がピキンと凍りついた。
ちひろは慌てて気を引き締める。
(いけない、いけない。すぐに緊張が揺るむんだもん。気をつけなきゃ)
「お呼びでしょうか? 逢坂社長」
ちひろが中央に座る逢坂の元に近づくと、数枚の紙束を目の前に置かれた。
「君に新しい企画を与える。新商品の企画、およびそれの販促活動だ」
「新商品……?」
首を傾げるちひろに、逢坂が深く頷く。
「ああ。君のアイディアで新商品を企画開発し、売り出してくれ」
「え……企画開発?」
これまでハイクラスチームやカジュアルチームが数人でやってきたことを、ひとりでやるということか?
ちひろの顔色が、血の気がサーッと引いたように青くなる。