第11話 獰猛そうな鷹を肩に乗せた、極上イケメンシーク
太った男が鼻息を荒くして、ベルトをカチャカチャと鳴らす。
一年くらい洗濯していないのではないだろうか、というくらい汚らしいスラックスのフロントをくつろがせた。
「ひっ……!」
汚物を視界に入れたくないローゼマリアは、慌てて顔を横に背けた。
怯えるローゼマリアをあざ笑うように、太った男がこう言い放つ。
「王太子妃になられるアリスさまに、さまざまな嫌がらせをした自分自身を恨むんだな」
(なにがアリスさまよ! 言いがかりだわ! そもそもアリスの私物を破損した罪とか、学園内に蔓延した悪評とか、サロンやお茶会に招待しなかったからとか! 罪が小さすぎるでしょ!)
転生前、楽しく遊んでいた頃はわからなかった。
当事者になってみたら、なんと安っぽい罪の羅列だろうかと気づく。
具体的に、なにがいつ壊れたのかも提示しないし、アリスの悪評だってすべて真実である。ローゼマリアがわざと流したわけではない。
上位貴族のサロンやお茶会に招かれないことに至っては、知ったことではないと声高に叫びたいくらいだ。
すべてが、あり得ない言いがかりである。
未遂とはいえ謀略で殺害しようとするというくだりなど、具体的な内容すら説明されなかったではないか。
まるで強引に罪を着せたがっているように思えた。
(悪役令嬢補正ということ……? ここが乙女ゲームの世界である以上、運命はわたくしの手では変えられないの? それならば、いっそ――)
モブ獄卒兵たちが汚らしい手で、ローゼマリアの身体をまさぐろうとした。
ローゼマリアが、己の舌を噛み切ろうと唇をキュッと結んだ、そのとき――
「おい。愚劣な野郎ども。その手を彼女から離せ」
恫喝するような低い声に、モブ牢番兵がビクリと身体を震わせた。
なにごとかと、慌ててローゼマリアの身体から離れる。
「な、なんだ、貴様。どうやって牢獄の小部屋まで入ってきた!」
鉄格子の向こうに、珍しい格好をした長躯の男が立っていた。
漆黒色のカンドゥーラの上から、金糸銀糸を精緻に織り込んだカフタンガウンを着用したその男は、どこからどうみても砂漠のシーク。
男らしさのなかに高貴さも含んだ容貌をし、ダークブラウンの双眸からは力強い光を放っている。
更には、右肩に獰猛そうな鷹を乗せていた。
(目を見張るほど派手な男性だわ。こんなひと、ゲームに登場したかしら……?)
大好きなゲームだったこともあり、攻略相手であるフォーチュンナイトはノーマルエンド、グッドエンド、バッドエンド、ワンランク上のトゥルーエンドまで網羅している。
しかしローゼマリアには、目の前のシークがゲーム中に登場した記憶はない。
(モブのひとり……? いいえ、顔が端整すぎるもの。ぜったいにモブじゃないわ。こんな極上キャラを忘れるわけがない……でも、思い出せないわ……)