9.酔っぱらって泣き出しちゃいました
「私の話はいいんです。ちゃんとハローワークに相談しに行くつもりですから。それよりも、ずっと思い続けていた相手が別のひとと結婚なんて、そっちのほうが悲しい……おじさまが、か、かわいそうです……うっ……そんなの……」
「え……? 思い続けてきたわけでは……」
いろいろな感情がアルコールと一緒に混じり合い、ちひろの目からぶわっと熱い雫が溢れ出る。
「ひっく……好きで好きで堪らないんですよね? 今から……奪いにいきましょう!」
「奪う? いや、おれは彼女が幸せなら、それで……」
「私の目から見て、おじさまのほうが何倍も素敵です。ちゃんと愛を伝えていないんでしょう? もしかしたら、ここから一発逆転だってありえます!」
「一発逆転って……君、それはどういう……」
「だから逆転です! 彼女を奪うんです! さあ、私も一緒に行きますから!」
「いやいや、それはない。君はかなり酔っているようだな。チェイサーを貰えるかな?」
バーテンダーは黙って、水のなみなみ入ったグラスを差し出した。
それを一気飲みすると、ちひろはぷはーと息を吐いて、心配そうな顔をするイケオジを見つめる。
どの角度から見ても、本当に端整だ。
こんなステキなイケオジを振るなんて、その女性は実に見る目がないと思う。
ちひろは、猛烈にイケオジの味方をしたくなった。
「うぇ……おじさまに好きだなんて言われたら、私だったらすっごく嬉しいのに……」
そう考えたら、綺麗な花嫁がすごく羨ましくなって、またしても涙が溢れ出てくる。
「泣くか怒るか、煽るか、どれかにしてくれ」
イケオジが心配そうにちひろを見てくる、困った顔でさえ格好いい。
「ふぇぇ……こんなにステキなのに、どうして……? 世の中間違っている……!」
周りの目を気にせず泣き出してしまうが、ちひろはもう自分では涙を止めることができなかった。
「困ったな。泣き上戸か」
イケオジがハイスツールから立ち上がると、臆面もなく泣き出しているちひろの肩にポンと手を置いた。
「もう出よう。家はどこだ?」
「荒川区……」
グズグズと鼻をすするちひろを慰めるように、彼が何回も肩を叩く。
「わりと近いな。送ってあげよう。チェックを頼む」
バーテンダーが伝票を二つ差し出してきたが、イケオジがクレジットカードを出して、両方ともにサインをした。
自分の分は自分で支払おうと慌てて立ち上がったら、足に力が入らなくてガクンと落ちそうになる。
「おっと……」
イケオジが瞬時に、ちひろの脇下に手を差し入れ、身体を支えてくれた。
彼の広くて逞しい胸に顔を寄せることになり、鼻腔にふわりといい香りが漂う。
(いい香り……甘くてセクシーで……)