3.突然の計画倒産――社長の夜逃げ――給与の振り込みもなし――三重苦……
突然の計画倒産――
社長の夜逃げ――
給与の振り込みもなし――
頭が朦朧とし、手足から力が抜けていく。
パシャンッと音がして、手から滑り落ちたカフェオレがパンプスに跳ね返ったが――
ちひろは呆然としたまま、その場に立ちつくした。
§§§
「明日から……どうしよう……」
ちひろは、ふらふらと街中を歩いていた。
平日と違って、それほどひとが多くないビジネス街。
それでもときおり誰かの肩に当たり、そのつど小さな声で謝罪した。
ちひろは、社長が社員を騙していたとは、どうしても考えたくなかった。
だから二週間後には、遅れた給料とボーナスがちゃんと口座に支払われると、まだ信じている。
とはいえ、会社がもぬけの殻になってしまったのは事実。
みな会社の扉の前で立ちすくんでいても仕方がないということで、それぞれいったん自宅に戻り、気持ちが落ち着いてから連絡を取り合おうとなった。
ちひろは、たった今歩いてきた道を、フラフラと戻っていく。
このまままっすぐアパートに戻っても、やるべきことが何もない。
これまでも土曜日は積極的に出勤していたので、急に時間が空いてもすることが思いつかなかった。
「どうしようかな。明日から……」
空を見上げたら、透きとおるような青空が、どこまでも続いている。
手を伸ばすと、指の隙間からキラキラとした陽光が差し込んできた。
このまま普通に電車に乗って、帰る気がきっとしない。
会社とアパートを往復するだけの毎日だったが、今日はもういつもの日ではない。
「寄り道してみようかな……」
落ち込んだ気分を変えたくて、周囲をキョロキョロとしてみる。
見つけたのは、シックな茶色の外壁に包まれた品のよいホテル。
吸い込まれるように、そのホテルのエントランスへと入った。
大きなクリスタルシャンデリアがぶら下がり、フカフカのソファが並ぶ。
こんな素敵な場所に足を踏み入れたことなどないちひろは、おのぼりさんみたいにおどおどしてしまう。
それでも意を決して、エントランスをそのまままっすぐ進んでみた。
「いいわよね。今日はもう何もすることがないんだもの」
自然豊かな中庭を見つけて、ため息がもれる。
ちひろは、ただひたすら仕事に打ち込む毎日を送っていた。
東京に友だちも少ないし、当然恋人だっていない。こんな場所にくる機会もなかった。
だから高級ホテルの庭園など、どこもかしこも感動ものだ。
「会社の近くに、こんなホテルがあったんだ。噴水もある。ステキ……」