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十一話 一夜の里

 小太郎は美少年二人に連れられて釣り橋を渡りきり、三十年越しに、ついに一夜の里がある地へと足を踏み入れた。
 だが、小太郎の胸に熱いものが込み上げてくる間も無く、歩みを止めぬ二人に里の入り口へと(いざな)われる。
 たどり着いた里の様子は、平凡でありながら異様であった。
 忍びの里といえど、表面上は普通の集落とかわらない。基本的に自給自足。畑を耕し、獣を狩る。必要な物は自分たちで作り、支え合って生きる。
 当然のことながら、小太郎の本拠地である風魔の里も、ここは乱波(らっぱ)集団の本拠地ですよとわかるようなことさらな構えはしていない。どこの集落にでもあるような、自衛の備えがあるようにしかみせていない。その実情は違うにしてもだ。
 この一夜の里もそう言った意味では、風魔の里となんら変わらぬ風景である。
 小太郎が異様と感じたのは、風景ではない。異様なのは人。道すがらすれ違う者、農作業に精をだす者、木陰で乳呑児をあやす母親、虫を追いかけまわしている子供たち、その全てが前を歩く二人の少年同様に美しいのである。若き者も老いたる者も、その年齢に適したものではあるが、皆一様に美しいと思わずにはいられぬ外見をしているのだ。
 これは諜報活動を主な生業としていると聞く一夜において、不利に働くのではないか。全ての者が美しい外見をしているこの里の中では目立たぬであろうが、他の土地に彼らが赴けば、衆目を集めることが容易に想像がつく。目立ちすぎることは諜報活動を行う上では不利だ。主軸の活動が諜報活動ではない乱波集団の長である小太郎とてそれくらいはわかる。
 いや、それ以前に里の者全てを美しい外見に整えることなどできるのか?
 美男美女が子をなしたとて、必ずしも美しい子が産まれてくるとは限らない。幼き頃に美しく見えたとて、成長すれば凡百になることとて珍しきことではない。その度に間引きをしていては人手が足りなくなるだろう。このように揃えきることなど到底不可能に思える。


「ありえるのか? このようなことが……」


 小太郎が言葉を漏らすと、二人は揃って振り返り微笑んだ。
 思わずどきりとするほどの、妖艶な笑み。


「我らにとっては、これが当たり前でございます」

「これが我らの最大の術でござれば」


 小太郎のわずかな言葉から全てを悟ったようにさらりと答えてみせた。
 これが術かと、小太郎は内心で少しばかり首をひねる。小太郎にとって術とは鍛錬によって後天的に身につける技である。習得する技の種類や習得までにかかる期間は個人でまちまちだが、術とは、技とはそういうものだ。
 伊賀や甲賀には、受け継ぐ血を濃くして、特殊な技能を受け継ぐようにしていく術もあると聞くが、たいてい血を濃くした代償として、醜い外見を持って産まれてくると小太郎は伝え聞いている。
 このように先天的に美しい人間ばかりにする術などあるのだろうか? あるのならば、それはもはや術というよりも、一種の呪いではなかろうか。
 そういえば、八犬士という輩も、元は呪いから生まれた者達だと聞いている。
 小太郎がそんなことを考えているうちに、里長のものと思われる、他の家屋に比べればいくらか大きめの屋敷へと到着した。
 二人の美少年が、見張りがいる様子もないその屋敷の中へと、なんの遠慮もなくずかずかと入っていく。小太郎は辺りに気を配りながら慎重に後に続いた。いざ戦いとなれば遅れをとるような小太郎ではないが、どんなに戦闘を得意としない一族であろうとも、ここは忍びの里。どのような罠が仕掛けられているとも限らない。
 案の定、屋敷の廊下は迷路のように入り組んでいた。一族の長が住む最終防衛拠点。容易には長の元にたどり着くことができぬようにしてある。
 このことは逆に小太郎を安心させた。里で感じた異様さを考えれば、この備えはいたって普通であったから。
 やがて、二人に案内されてたどり着いた廊下の突当りには、地下へと下りる階段があった。二人は階段の前で左右に別れ、階段の下を指し示す。


「この先の広間にて、幻之丞がお待ちしております」

「ここより先は、小太郎様お一人でお進みくだされ」


 小太郎は言われるがまま、階段の前まで進みでる。地下の部屋に明かりは灯されているようで、薄明るい。人の気配も確かにある。だが、一人ではない。二人いる。
 一度は安心しかけた小太郎であったが、またもや異様を感じ足を止める
 小太郎はもっと人がいると考えていたのだ。他国からの来訪者。しかも、乱波の頭領。警戒されるのが当たり前。この下に本物の一夜の頭領がいるのならば、二人しかいないというのは、あまりにも不用心である。まさか、乱波集団を束ねる風魔小太郎の名を継ぐ者を弱いと思っている訳ではなかろう。相手は情報戦に長けた一族。四代目小太郎の武勇の程を知らぬとは思えなかった。
 小太郎が足をとめた為か、二人が言葉をかけてくる。


「ご安心くだされ。我らに争うつもりはございません」

「ここまで小太郎様に入りこまれた時点で、我らが負けは必定」


 小太郎は追従のような言葉に鼻をならす。
 どのみち、この階段を下りねば話が進まぬ。
 意を決した小太郎は、二人に見守られながら階段を下りた。

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