バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

※※※※※※※※※※



城藤美麗(みれい)を一言で言うと『全てを持っている女』ということに尽きる。城藤財閥といえば企業グループが鉱山、繊維、貿易など主要な産業に進出した大財閥の一つ。城藤に関連した商品や施設を目にしたことのない人はいないだろう。その城藤一族の一人である美麗は城藤グループ会社の社長令嬢だということは大学では有名だった。その型破りな言動と人形のように整った容姿と共に。



「パーティー?」

「そう! 城藤美麗が主催の! ダイニングバーを貸し切って朝まで好きなだけ飲み放題!」

友人はベンチに座る私に興奮気味に報告する。

「私はいいや」

「何で即答? あの城藤美麗が主催なのに」

「だって興味ないし。バイトで忙しいしお金ないし」

「参加は無料だよ」

「え? 無料? 嘘でしょ?」

「ほんとだって。しかも大学からバーまで送迎付き!」

パーティーに興奮する友人に引きながら私は城藤美麗に呆れていた。金持ちの道楽は年々規模が拡大している。去年は親しい友人を招待して別荘でハロウィンパーティーをやったらしい。噂ではモデルやアイドル、芸人も来ての盛大なものだったらしい。
飲み会はもう学生のレベルを超え、別荘でパーティーは当たり前、お店を貸し切るのは当たり前だ。
そのうち城藤未美麗はテーマパークも貸し切れそうだ。いや、貸し切れそうなのではなく、その気になれば金にもの言わせて貸し切ることなんて簡単に違いない。

「私はいいから一人で行きなよ」

「お願い! 一緒に行って! 一人じゃ不安だよ……」

「何それ。不安なパーティーなんて行くのやめなよ。どうせ男女入り乱れて抱き合って、お酒で酔いつぶれて、違法薬物吸ってハイになるんでしょ? 私だって怖いよ」

「それドラマの見すぎだから。そんな犯罪の匂いなんてしないよ。城藤美麗のパーティーは未成年は完全NGで免許証とかの証明書がないと入れないの」

妙なところはしっかりしている。奇行を咎められないように法律の範囲内でうまくやっているのかもしれない。

「大物歌手とか来たりしちゃうかもしれないし、他の大学のイケメンもいっぱいいそうじゃん!」

友人はいつまでも興奮している。

「それこそドラマの見すぎだよ。いくらなんでも城藤美麗が毎回芸能人を呼ぶなんて出来るわけないって」

「そうだとしても行く価値ありだよ。成人してれば誰でも参加OKだから! まだ美紗しか二十歳になってないし、お願い!」

土下座までしそうな友人の勢いに負けてパーティーについていくことをつい了承してしまった。バイトのシフトを変更してもらわなければ。服は何を着ていけばいいんだろう……。





大学に入学して一番に覚えたことは城藤美麗の顔と名前だった。モデルかと思うほどの高い身長と整った顔。その美貌とお金を持つ彼女の周りには常に人が溢れていた。もちろん彼女のステータスに集る人間ばかりではなくアンチも多かった。私もその一人。
小さい頃に両親が離婚して私を一人で育ててくれた母に負担をかけないよう、高校に進学するのと同時にアルバイトも始め、少ない時間を駆使して勉強し、奨学金でこの有名大学に入ることが出来た。お金を振りかざして入学したとの噂もある城藤美麗を私は嫌悪していた。





「呆れた……」

大学から少し離れた駐車場にパーティーの参加者を迎えに来たのはリムジンが数台。それに乗ること数十分で会場のバーに着いた。入り口でスーツを着たスタッフに免許証を見せたらあとは好きなだけ飲んで踊ってバカになるのだ。
海外ドラマなどでよく見る、学生だけしかいないのに派手で社会から切り離された別世界のようなパーティー。それがこの日本で、目の前で実現している。

「海外かよ……」

「何?」

「何でもないよ」

私の声は会場の音楽にかき消される。今なら城藤美麗のどんな悪口を言っても誰にも聞こえないし追い出されないだろう。

「ねえ、私端っこにいるね……」

振り向きながら言うとそこに友人の姿はなく、少し離れたテーブルで知らない男の子と既に飲んでいた。

「早すぎでしょ……」

呟いたのと同時にマイクのスイッチが入るキーンとした音が響き、バックヤードからマイクを持った城藤美麗が出てきた。

「みんな今日は楽しんでー!!」

既に酔っているであろう彼女は下着かと思うほどの薄着で、いつも以上にテンションが高い。
そういえばこれは何のパーティーなのだろう。どこにも目的が分かるような掲示物はないし、城藤美麗からも説明はない。早くも帰りたくなった私はフロアの隅に置かれたイスにただ座っていた。



どれくらい時間がたっただろう。お酒も飲まずに私は会場の様子を眺めているだけだった。友人は男の子と楽しそうに飲んでいる。こんなことなら今日はバイトに行けばよかった。行けば数千円の稼ぎになる。ここにいても一銭にもならないのに。
暑くなってきた私は外の空気を吸おうと立ち上がった。

バルコニーに出ると夜風が気持ちよかった。
はぁ……もう帰りたい……。
手すりに寄りかかって真っ暗な空を眺めた。こんな所で無意味に時間を過ごしてバカみたいだ。

「うっ……おえっ……」

どこからか嫌な音が聞こえてきた。

「っ……うっ」

飲みすぎて気分が悪くなった子が近くにいるのかもしれない。
まったく……ここは呆れる人たちばっかりだ。
私は声のする方へ耳を澄ます。バルコニーの真下に誰かいるようだ。

「大丈夫ですか!?」

大声で真下にいる誰かに話しかけても返事は返ってこない。私は会場に戻ると人をかき分けて階段へ行き、駆け下りてバルコニーの真下を探した。出口を左に行くと植え込みがあり、その影に誰かがうずくまっているのが見えた。

「大丈夫ですか?」

私は恐る恐る近づいた。すると酸っぱいにおいが鼻をつく。こっちまで胃がムカムカしてきた。

「あの……」

近づいてやっとその人が誰なのか分かった。下着かと思うほどの薄着。綺麗に纏められていた髪が今はボサボサだ。

「おえっ……」

城藤美麗の体が震えると不快なにおいは一層強くなった。飲みすぎたのか、液体を吐き出す音が不快になる。

「はぁ……大丈夫ですか?」

溜め息をつくと声をかけた。本当は関わりたくないけれど流石に心配になる。私が近づくと今度は後ろに気配を感じた。

「美麗? いるの?」

振り向くと美麗の取り巻きの一人が心配したのだろう、探しに来た。そして吐いている美麗を見ると「うわっ」と口を覆って逃げていった。

「薄情なお友達」

私は呟いて美麗の後ろに屈むと背中をさすった。

「大丈夫ですか?」

「………」

驚いて私の顔を見た城藤のご令嬢はメイクが落ちてパンダ目になり、顔面蒼白でとても美人とは言えなくなっている。

「あの……お水持ってきましょうか?」

「どうして?」

「え?」

「どうして美麗に親切にするの?」

「どうしてって……具合が悪そうだから?」

「………」

ご令嬢は目を真ん丸に見開き私を凝視している。

しおり