第11章-2 日常時々トレジャーハンティング
ゴウとアキト、翔太は史帆達3人の許へと全速力で駆ける。意外にも、3人の中で海辺を走るのはゴウが1番早い。そしてアキト、翔太に続き、3台のカミカゼが高速で疾走する。
3人ともカミカゼのROP機能を起動したのだ。
ROP機能・・・Return to Owner Position機能とは、カミカゼが自動で所有者を迎えに行く機能である。正確にはルーラーリングで生体情報を読み取り、コネクトがカミカゼと一定間隔でデータ通信している。その通信によってカミカゼは所有者の位置を常に把握し、ROP命令を受信次第、駆けつけるのだ。
カミカゼに乗るより走った方が早いと、ゴウ達3人は即座に判断したからだ。
その判断は正しく、ゴウは史帆の元にカミカゼより早く到着したのだ。そしてアキトと翔太は、カミカゼにタッチの差で勝利した。
アキトはゴウより脚が早く、同じ場所にいた。それにもかかわらず、アキトはゴウより到着が遅れた。その場所で1番早い走り方をゴウは選択しているからだ。2人のトレジャーハンターとしての経験が差となって表れたのだ。
「風姫、史帆を立たせろ。動かすなっ。そのまま抱きしめてろ」
ゴウの勢いに、風姫は言われた通り座り込んでいた史帆を立たせ抱きしめた。
女子2人が水着姿で抱き合い、滑らかな肌が海水の雫をはじいている姿は、非常に魅惑的である。特に風姫がもつ華やかな雰囲気はアキトを魅了する。逆に言うとアキトは、余裕があるため風姫に魅了されたのだ。
「エラブウミヘビにしては口の開きが大きいぜ・・・独自進化したエラブウミヘビ亜種だな」
エラブウミヘビ属内のエラブウミヘビ種の口は小さい。
いくら細身の史帆の太腿とはいえ、咬めるものではないのだが、口が180度近くまで開いているのだ。惑星ヒメジャノメで独自の進化を果たしたらしい。
「おお、そうなのか。千沙、史帆の膝を固定してくれ」
ゴウはアキトの言いたいこと、そして史帆に聞かせたくないことを瞬時に理解した。エラブウミヘビは、エラブトキシンと呼ばれる神経毒の一種を持っている。独自進化した亜種も神経毒を持っていると推定される。
流石のコンビネーションであった。
「・・・なに?」
史帆は不安そうに尋ねたが、翔太が安心させようと微笑を浮かべ、軽薄な口調で答える。
「まあまあ、まーったく心配ないよ」
少しだけ史帆は落ち着いたが、それは一瞬だけだった。
史帆の目に2本のコンバットナイフを構えたゴウの姿が映ったからだ。
「ひぃっ。い、嫌ぁ・・・」
史帆が悲鳴を上げきる前に、ゴウは2本のコンバットナイフを一閃した。
エラブウミヘビの毒牙を微動だにさせず、口の端から風姫が切断した頸部まで上下に分割したのだ。そして重力によって蛇の頭と下顎が下へと動くよりも早く、ゴウは頭と下顎をコンバットナイフで深々と突き刺す。
そして、コンバットナイフを器用に使い、史帆の太腿に余計な傷をつけずに毒牙を引き抜いた。ゴウがコンバットナイフを背後に向けると、アキトはエラブウミヘビの頭と下顎を受け取る。
「アキト、分析しろ。翔太、簡易メディカロイド準備。往けっ! それとカミカゼはアキトの1台だけでだぞ」
2人に指示を出しつつも、ゴウは史帆の傷口から視線を外さない。
「「了解!」」
アキトのカミカゼ水龍カスタムモデルは、適合率調整を元に戻していた。つまり残る4人には操縦不可能なのだ。
アキトのカミカゼをアキトでなく翔太が操縦し、トウカイキジに積んである簡易メディカロイドへと急ぐ。アキトには不本意だが、翔太が操縦する方が早く到着するからだ。
「千沙は蛇の胴体を回収。翔太のカミカゼで待機だ」
「私にできることはあるかしら? 何でもするわ」
風姫が手伝いを申し出たが、彼女にできることはないな。
それどころか、お宝屋のコンビネーションの邪魔にしかならない。風姫に何もさせないことが最大の手伝いだろう。
「今は、そのまま史帆を押さえてろ」
ゴウは顔を上げ、史帆に尋ねる。
「痺れはあるか?」
「はい・・・」
「呼吸はどうだ? 苦しくないか?」
「・・・特には」
体全身の痺れてるが、呼吸困難にはなってないか・・・。
毒は史帆の体内に入ったが、すぐに処置すれば問題ない量と判断して良いだろう。しかし、体内にある毒の量は少なkれば少ないほど良い。
ゴウは躊躇せず史帆の太腿に口をつけた。
「ひゃっ・・・あ、あ、あっ」
史帆の口から、思わず羞恥に塗れた声が漏れ出た。
構わずゴウは史帆の太腿から神経毒の混じった血を吸い、海へと吐き出した。
血を口で吸いだすのは、口の中に傷があるなどで対処者にも毒が入るリスクを抱える。そのため推奨されないどころか、本来はすべきでない。
しかし、ゴウに一切の躊躇はない。
5回ほど毒を吸い出した後、ゴウは有無を言わせず史帆を横抱きにし、自分のカミカゼに乗った。史帆が抵抗したがゴウの膂力には全く敵わない。
「動くなっ! 体中に毒が回るぞ。大人しく俺に抱えられてろ」
一喝された史帆は、顔を真っ赤にしながら大人しくなった。心の準備もないまま、男性に初めてお姫様抱っこをされては、心拍数が限界値まで跳ね上がっても仕方ないだろう。しかも史帆は、学生生活を技術で埋め尽くしていたため、恋愛に縁が遠かったのだ。
「千沙は風姫と一緒に乗ってこい」
ゴウは千沙の返事も聞かず、カミカゼを追尾モードにしてトウカイキジへと疾走させた。
史帆はトウカイキジの簡易メディカロイドで緊急治療を受けてから、宝船のメディカロイドに収容されたのだった。
アキトの分析によってエラブウミヘビ亜種の解毒剤が簡易メディカロイドで調合され、翔太の操作によってピンポイントに解毒剤を注入した。注入位置は太腿だけでなく、心臓の近くから手足の指先までと、全身に及んだ。ただ極細の針により痛みはなく、跡も残らない。
解毒剤は肉体の各部分に、必要十分な量が注入された。しかし簡易メディカロイドでは、どうしても毒の効果を打ち消すよう適量を超して投与してしまう。微妙な調整は簡易メディカロイドでは難しいのだ。故に宝船のメディカロイドで、解毒剤の副作用の症状が表れていないか看視し、副作用を適切に抑制する必要がある。
それに簡易メディカロイドでは、傷跡をキレイに治すための患者用再生皮膚フィルムを作成できない。
アキトと翔太、それに千沙が史帆の看病と世話のために、4人で宝船へ戻ったのだ。そして4人は、簡易メディカロイドの積んであるトウカイキジに乗って移動した。そのため海辺に残された移動手段はカミカゼ2台、残された人物はゴウと風姫だった。
「どうして私が残らなければならないのかしら?」
ゴウという筋肉ダルマと一緒に残されたことより、アキトと千沙が一緒に戻るということに不満を募らせているのだ。それを正直に口にするのは、気恥ずかしいからだった。
「戻っても役に立たないだろ。ならば、役に立てるところで貢献するんだ。俺たちはトレジャーハンティングユニット、お宝屋だぞ」
役に立たないだろうと言われて全く反論できない。そのため反論できる部分に対して、反射的に否定する。
「私は違うわ」
「今の俺たちは生き残るため、チームとして共に行動せねばな」
「そうかしら・・・いえ、そうね。生存確率を少しでも上げるために、私たちは積極的に協力し合うべきだわ」
風姫はジンから常日頃聞かされていたことを思い出し、協力を受け入れた。
《汝は生き残らねばならない。ならば少しでも生存確率が高い道を選ぶのだ》
《状況は常に変化するのだ。ある時点で生存確率の高い選択肢を取ったとしても、現時点では低くなっていることもある。変化を見逃すでない》
《その場その場、その時その時で最善と思われる選択肢が、罠である可能性がある。人為的な罠でなくとも、もがけばもがくほど引きずり込まれる底なし沼に嵌まっている可能性もあるだろう。広い視野と現状把握に正確な分析、それだけでは逃れられん。流れを意識せよ》
《過去の経緯、これからの趨勢を見極めよ。そして二手三手先を読み、布石を打っておくのだ》
「ふっはっはっははーーー。やっと理解してくれたか」
物分かりの悪い生徒が漸く理解できたのに満足した。そのような表情で豪快に言い放ったゴウに対して、冷たい声色で明言する。
「あくまで一時的なチームだわ」
「チームお宝屋の代表として命じるぞ。貴様には・・・」
ゴウは暑苦しい空気を全身から放ち、ゴウは命じようとするが、風姫は顔を背けた。すると調理台の上にある生物から風姫は視線を離せなくなった。
「待って! 蛇の胴体を忘れていったわ。早く届けないと」
「んっ、なんでだ?」
「なんでって・・・。分析するんでしょう?」
「もちろん分析は後でするぞ」
「後でだと間に合わないわ」
「食べる前で構わないだろ」
「食べる?」
「エラブウミヘビは美味いんだぞ。今回は燻製にするつもりだ」
「・・・もう、いいわ。さっさと済ませて早く宝船に帰りましょう」
「うむ、全くだ」
「それとね。蛇の燻製は、アキトだけに食べさせればいいわ。まあ、食中毒にならなければいいけど」
「食べられるか否かを分析するんだ。食中毒になる訳がないぞ」
「お宝屋でトレジャーハンティングしてた時、大蛇を食べてアキトが食中毒になったって聞いたわ」
「うむ、あれは不幸な事故だった。俺はしっかり分析、確認して千沙に伝えたがな。千沙はアキトが絡むと・・・なんというか・・・脳内が桃色に染まるらしい。それによって気持ちの高揚。判断力の低下。体温の上昇。そして無駄な動作が多くなる。あれは、ほろ酔い気分の症状だ。俺は密かにアキト酔いと命名してるぞ」
風姫はゴウの話の前半で何故かソワソワしだし、後半で戻ろうと決意したようだった。当然、そんなことはゴウが許さない。
「・・・帰るわ」
史帆の具合が気になるし、アキトの身が危険に迫るかもしれないわ。私は一刻も早く帰るべきね。
自分の気持ちに、風姫は必死で言い訳をしていた。
実際は、アキトと千沙が気になり焦燥感を募らせているだけなのだが・・・。
「うむ、ダメだな。モニタリング端末を回収するんだ。俺たちはトレジャーハンティングの後片付けのために残ったんだぞ」
「どうしてモニタリング端末を回収するのかしら? 長期間、環境データを収集するための端末なのでしょう」
トレジャーハンターにとって、環境データ収集のためのモニタリング端末は、必須のアイテムである。
1回のトレジャーハンティングは数週間単位になり、1つの星系を探索し尽くすには年単位になる。そのためテラフォーミング中の補給可能な惑星では、各トレジャーハンティングユニットはベース設置の場所を探す。ベース設置の可否を判断するため、環境データ収集するのだ。
重力元素開発機構は十年単位で環境調査を実施している。その範囲は惑星全体に及ぶ。そのため、どうしても調査内容が粗くなる。そこで、トレジャーハンティングユニットが環境調査した極小範囲のデータも購入しているのだ。
ただしトレジャーハンティングユニットから購入したデータは、ルリタテハ王国の民が移住を開始するまで公開しない契約になっている。その契約がなければ、殆どのトレジャーハンティングユニットは、環境データを提供などしない。環境データは、ベースの候補地選定のための有力な情報源となるのだ。
わざわざ他のトレジャーハンティングユニットに、自らが手間暇かけて開拓したベースへ招待などしたくない。トレジャーハンティングは重力元素鉱床を他のトレジャーハンティングユニットより早く発見する競争である。競争相手に手の内を明かしては、先んじることは難しくなるからだ。
「うむ、王女様はトレジャーハンティングを少しは勉強したようだが、応用力がないようだ。経験不足は仕方ないなぁーー。それならばぁあ、特別に一つ教授してやろう」
「王女様って・・・私に何か含むところがあるのかしら?」
風姫は険悪な雰囲気を全身から醸し出した。
それを受けても、ゴウは風姫を虚仮にする。
「確か王位継承権・・・98位だったか」
「8位だわっ!」
「おおっ、そうだった、そうだった。8位か・・・。俺にとって、どうでも良い情報だからな。知ってはいたんだぞ」
完全に揶揄われているわ。
それは分かっているけれど、どうしても・・・どうしても私には我慢できない。
「いつから知ってたのかしら? 誰から聞いたのかしら? 命が惜しくはないのかしら?」
「ルリタテハの破壊魔は物騒だな」
「命は惜しくはないようね?」
「いいやぁあぁあぁあ、まぁーーーったく大丈夫だぞ。俺の心配は必要ないなぁーーー」
嘲笑うゴウに怒りを抑えきれず、風姫は静かに宣言する。
「そう・・・全力で叩き潰してあげるわ」
ジンから常日頃聞かされていたアドバイスは、いつの間にか風姫の頭の片隅へと追いやられていた。
風格を漂わせる立ち姿に鋭い眼光。
流石はルリタテハ王国の王位継承権者にして、ルリタテハの破壊魔。
風姫は俺に、静かな声音で苛烈な台詞を吐いたのだ。
《全力で叩き潰してあげるわ》と・・・。
つまり、風姫は俺に対して宣戦布告したのだ。
むろん受けて立つぞ。
そして勝算もある。
2人の距離は、3メートル弱。一足一刀の間合いである。
ゆったりとした動作でゴウは半身になり、ファイティングポーズをとる。風姫は自然体のまま、風を身に纏った。
2人の戦闘準備が完了した。後は、どちらかが合図なり動作すれば、戦いが開始される。
主導権を握るべく風姫が口を開こうとした刹那、彼女の頭上に鞘に収まったままのコンバットナイフが落ちてきて命中したのだ。
それは、ゴウのコンバットナイフであった。
ゴウの愛用しているコンバットナイフの重量は約0.6キログラム。剛性と弾性を兼ね備えた切れ味抜群の刃を持つナイフである。たとえ落下速度が遅くとも、抜き身だったなら間違いなく風姫に突き刺さった。
鞘に入っていたおかげで、風姫は頭部に皮下血腫ができただけで済んだのだ。
そして今、ゴウは風姫の首筋に2本目のコンバットナイフを押し付けている。無論コンバットナイフは鞘に入ったままなので危険はないが、抜き身であったら頸動脈が簡単に切断されていただろう。
風姫の頭上に落ちたコンバットナイフの所為で、一瞬の隙が生まれた。その隙を逃さず、ゆったりとし警戒心を抱かせない動作で、相手の虚をついたのだ。
「勝負あったぞ」
「卑怯だわ。合図もなしに仕掛けるなんて・・・」
「そうかぁあああ? 貴様が叩き潰すと口にした時点で、戦いの合意は成った。それに貴様の敵・・・命を狙うヤツらは、開始の合図をしてから殺しにくるのか? 己の眼前に、俺という敵がいたのだぞ。油断する方が悪い。・・・ふむ、それとも貴様は、肉壁に被害が出るまでボンヤリと待つのか?」
「くっ、屈辱だわ。オモシロ屋のリーダーに、心構えの説教をされるなんて・・・」
ゴウは半身になる際、左腕の動作をワザと大きくし、拳を見せつけながら強く握り込んだ。風姫の視線を左拳に誘導した。そして、腰に佩いたコンバットナイフの1本を背中越しに投擲したのだ。
ゴウは決して器用な方ではない。しかし、密度の高いトレジャーハンター歴6年の経験が、ゴウに様々なスキルを習得させていた。そして今も、新たなスキルの習得に努めつつ、習得したスキルの向上に余念がない。
「でもね、こんなことで私は挫けたりしないから・・・。私は私の周りの人に被害がでることを許容しない。周辺環境への被害は最小限に、犠牲者はゼロにするわ」
うむ、王女様は負けず嫌いの上、理想が高すぎるしようだな。今までの環境と全然違うという事が理解できていない。今後の暴走を抑えるため、ショックでも与えておくか・・・。
「ふっはっはっははーーー、それは良い覚悟だぞ。なにせ、お宝屋の中で貴様の価値は、最下位なんだからな。しっかりと己を護るが良いぞ」
風姫は何を言われているのか、訳が分からなくなってきていた。
そんな風姫の表情を一瞥してから、ゴウは落ちているコンバットナイフを拾い、腰のホルダーに2本とも納めた。踵を返して風姫に背を向けながら言葉を紡いだ。
「ホント愚か者だな。世の中のことを知らなすぎる」
「オモシロ屋になんて言われたくないわっ!」
振り返りざまに、強気な風姫のセリフをゴウは鼻で嗤い飛ばし、残酷な事実を叩きつける。
「俺たちには、貴様が王女だろうが王子だろうが、まぁーーーったく関係ないぞ。姫に忠誠を誓う騎士がいたとして、俺たちは貴様の騎士ではないぞ。大体、守護職とて本質は所詮契約にすぎない。あくまで、その場にいる者たちとの関係性において、各個人が優先順位をつけるのだ。ルリタテハ王国国民が、無条件に王女の命を優先順位1位にすることなどないぞ。己と相手の立場によって、命には優先順位がつけられるのだ」
綺麗な顔が能面のように固まり、華やかだった風姫の周囲の空気感が重苦しいものに変わる。追い打ちをかけるように、ゴウは具体的な理由にまで言及する。
「俺は翔太と違って親切だからな。ハッキリと宣告しておいてやろう。お宝屋は、お宝屋とアキトの命を最優先としている。次は速水史帆だ。速水のオヤッさんの孫娘だからな。ヘルは人としてオカシイが、科学技術の進歩に貢献できるだろうな。故に、だ。貴様を助けるのは一番最後になる」
ゴウは明確に、そして合点のいく理由まで語って聞かせたのだ。
今までの風姫は特別扱い慣れていて、ジンと彩香という人では絶対に勝てない最強の護衛が常に同行していた。自覚なく自分自身に生命の危機はない。そう考えていた風姫にとってショックだったのだろう。顔が青ざめ、表情が凍りついていた。
んっ? 流石は王女にしてルリタテハの破壊魔・・・。叫びださないまでも戦慄と恐怖から身を震わすかと思えば、体に余計な力がはいっていない。ショックな話を聞かされても、即応できる自然体を保てるとは、胆力があるというか気概があるというか・・・。
ゴウは風姫に対する評価を上昇修正し、安堵の気持ちと共に2人で残った原因を片付けるため、口を開いた。
「さて、そろそろ端末の回収作業をしてもらおうか」
「・・・だ、か、らっ、どうして回収作業が必要なのかしら? モニタリング端末は長い期間放置しておいて、環境データを収集するのよっ!」
「おお、そうだったな・・・。こんな簡単なことも推察できないとは思いもしなくてな。すっかり説明すんのを忘れてたぞ」
「それに、どうして私が回収作業をしなければならないのかしら?」
「ここではルリタテハの王位継承権者も、トレジャーハンターも、エンジニアも、マッドサイエンティストも、等しくリーダーである俺に従ってもらうぞ。それと理由の方だが・・・」
理由には納得がいったようだが、不服がウォークインクローゼットに収納しきれないといった風情で、風姫は渋々と回収作業に移った。
回収作業の間、風姫は効率と八つ当たりのため、ミスリルの力を全開にしていた。重力を操り海を割り、海水の雨を降らせ、海水の刃で空気を切り裂く。勝手気ままな振る舞いをしながらだったが回収作業は文句のつけようがなかった。
ゴウは浜辺で簡易テントを片付けながら、カミカゼに乗る風姫の能力を見極めていた。
これから暫くトレジャーハンティングする仲間のスキルと力の把握はリーダーとして当然の責務だからだ。
ただゴウは、リーダーとして1つだけ状況を見誤っていた。
TheWOCは資源・・・主に重力元素鉱床を求めてヒメジャノメ星系に進出してきている。つまり、海上での重力波異常は感知されやすい。そして間の悪いことに、惑星ヒメジャノメの海の遥か上空をTheWOCの救出用シャトルが飛行していた。
「ひゃあぁあぁああ・・・」
宝船のオペレーションルームに史帆の悲鳴が響いた。
史帆がエラブウミヘビの亜種に咬まれた翌日。
ゴウたちが今日のトレジャーハンティングの計画を再確認するためオペレーションルームに入ってきた時、彼女は運悪く扉の近くにいた。扉が開いた瞬間、ゴウとバッタリ鉢合わせになったのだ。
史帆は真っ赤になり、両手で顔を隠し蹲る。
昨日はゴウに太腿を吸われ、お姫様抱っこで簡易メディカロイドまで運ばれたのだ。
悲鳴を聞きつた風姫は、オペレーションルームのメインディスプレイ前から素早く史帆の傍まできた。そして、彼女の肩に手を置き、落ち着かせようと声をかける。
「大丈夫?」
蹲ったまま史帆は肯いたが、立ち上がったのはゴウと遭遇して、1分以上が経過してからだった。下を向いたまま深呼吸を繰り返し、漸く落ち着いてきたらしく呟くような小さな声でゴウに謝罪する。
「ごっ、ごめんなさぃぃ・・・」
言葉の最後の方は、隣にいた風姫でさえ殆ど聞き取れなかった。史帆の頬は未だ朱に染まり、顔を上げられないでいる。
ゴウはオペレーションルームに踏み入れ史帆の肩をポンと軽く叩き、大型メインディスプレイに向かう途中で背中越しに声をかける。
「うむ、大丈夫だ。俺は全く気にしてないぞ。慣れてるからな」
悲しい内容をサラリと口にしたゴウに、弟妹が2人してツッコむ。
「そうそう。でもさ、ゴウにぃ。最後のセリフは必要ないよね」
「う~ん・・・妹としてはね。女性に好かれる兄が良いかなぁあ」
「諦めろ。女にモテる為に俺自身を変える気は、更々ないぞ」
「知ってる知ってる」
「少しは気にして欲しいのっ!」
千沙は真剣な表情で、ゴウの台詞を責め立てた。しかしゴウの心と肉体は、微動だにしない。
「会った時から、ゴウは全くブレてねぇーのな。ある意味スゴイぜ。尊敬はしないけどな」
「女は現実的なのよ。あまり夢を見ていると、結婚なんてできないわ」
船長席まで歩を進めたゴウは足を止め、振り向いて風姫に答える。
「ん? ありのままの俺に惚れて欲しいと夢見るほど、現実が見えてない訳ではない。それにな・・・俺は結婚よりも、お宝屋としてトレジャーハンティングを続ける道を歩むぞ」
「言い訳かしら? それとも自虐?」
風姫の揶揄を無視し、ゴウはアキトに視線を合わせてから力強く宣言する。
「それが、俺の生き様だ。一緒に旅ができない相手は、寧ろ邪魔な存在だと言っても過言ではない。なあ、アキト?」
「何故そこでオレに振るのか分かんねぇーけど、ゴウの生き様は否定しない。ゴウの人生はゴウのものだし、オレの人生はオレのもんだ。だからオレの生き様は、オレが自分で決める。結論として、お宝屋に戻る気はない。ゴウの生き様は、オレの趣味じゃねぇーぜ」
アキトの台詞の途中で、ゴウは史帆に視線を向け声をかける。
「痺れや痛みはないか?」
「はい・・・。それと、昨日はありがとうございました」
最後は消え入るような声だったが、史帆はゴウにしっかりと謝意を伝えた。
「感謝を言葉にするのは重要だが、過剰に畏まる必要はないぞ。俺たちはチームお宝屋だ」
マイペースかつ、自分に都合の良くない話題には興味を示さないないゴウの態度にイラつき、アキトは即座に反論する。
「違う。オレはお宝屋じゃない」
アキトの言葉を無視して、ゴウは話を続ける。
「チーム内で助け合うのは当然で、リーダーが先頭に立ってチームメンバーを導くのは当然のこと」
オレは、お宝屋のメンバーじゃない。
「前提が間違っていぜ、ゴウ」
「大船に乗ったつもりで・・・」
「あれあれ、ゴウ兄。そこは宝船だよね」
「うむ。宝船ならば決して沈まぬ」
「この宝船、以前の船とは別じゃないかしら」
「前の宝船は寿命を迎えたのだ。断じて沈没したのではない」
「後10年は、船体寿命があったはずだぜ」
「いやいや、寿命だったのさ、アキト。船体ではなく性能的な方のね」
「翔太の言う通りだ。何せ新造宝船は、レーザービームを8門装備したんだぞ」
「それにね、2種類のミサイルを搭載したの。あたしは反対したのに・・・」
「一体何処を目指してんだか・・・」
「お宝屋って、本当にトレジャーハンティングユニットなのかしら? 普通の船にはレーザービーム砲なんて必要ないわ」
「トレジャーハンティングユニットさ」
「トレジャーハンティングユニットだよ~」
「トレジャーハンティングユニットだぞ」
「ホントは宇宙劇団お宝屋だろ。オペレーションルームに舞台装置があんだからな」
「なるほど、アキトの言う通りだわ」
「まあ、いいや。そろそろトレジャーハンティングユニットらしいことしようぜ」
時間は有限。
命の危機が迫りつつある中、リスクの最小化して生存確率を向上させる措置をとる。
「うむ、そうだな。今日は俺と翔太、アキトの3人だけで行く。後のメンバーは留守番だ」
「私は行くわ」
風姫の同行は許可できないと、ゴウ達お宝屋とオレで昨日の内に合意していた。そして、風姫の同行を拒否する理由は、新開グループの機密事項に抵触するため絶対に明かせない。要は同行させない理由をでっち上げるなり、自ら辞退するように誘導しなければならない。
アキトは風姫に疑問を投げかける方法で、同行させない流れに話を持っていこうとする。
「史帆を置いてか?」
「数日は、メディカロイドですぐに治療できる場所にいた方が良いと思うな。あたしがメディカロイドの操作をするとして、介助要員として、もう1人は必要なの」
アキトの意図を理解している千沙が、援護の意見を述べた。
「そうそう。惑星ヒメジャノメでの第一回女子会と洒落こんだらどうかな? たまにはスペースアンダーから華やかな服にでも着替えてさ」
「千沙と史帆とヘルの3人が留守番だと、なんとなく不安にならねぇーか?」
風姫の顔に憂いの表情が浮かんだ。何がとはハッキリしてないが、やはり不安になったようだ。千沙さえいれば史帆と宝船の安全と言っていい。
ホントのところ、風姫がいたとしても、ハッキリ言って女子会メンバーとしての役割しかない。
「風姫、史帆、千沙は留守番だ。これはトレジャーハンティングユニットお宝屋のリーダーとして俺が決定した」
ゴウの台詞に1ヶ所だけ異議を唱えたかった。だが、折角まとまった結論をひっくり返す訳にもいかず、アキトは黙ることにした。
いつものアキトなら、お宝屋のメンバーじゃないと声を大にして主張するとこだった。