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第11章-1 日常時々トレジャーハンティング

 青い海に蒼い空、そして白い砂浜。
 ただ海があり、水平線まで視界を遮るものは何もない。
 ただ空があり、どこまでも高く広い。
 ただ砂浜があり、見渡す限り真っ白く美しい。
 陽の下にいると動かなくても汗ばんでくる。ただ日陰に入れば、ちょうど良い気温。
 惑星ヒメジャノメで宝船を隠しているポイントから約500キロメートル離れた海岸に、アキトたちは来ていた。
 彩香が死を覚悟し、ジンがTheWOC軍を殲滅すべく奮戦し、あえなく撤退してから2週間以上が経過していた。そしてアキトたちは、未だにジン達と合流できていない。
 つまり孤立無援。
 ヒメシロ星系に帰還する目処は全く立っていない。
 そんな状況にもかかわらず、アキトたちは海を全力で満喫していた。
 恒星ヒメジャノメから降り注ぐ眩い光が、海というキャンパスに、風姫と史帆と千沙の水着姿を鮮やかに描く。
 露出度は決して高くない。
 だが、それぞれの容姿に合う水着と開放的な雰囲気が、アキトの胸の鼓動を高めてしまう。別に何かのハプニングを期待している訳ではない。むしろ、ハプニングは避けたい。
「アキトく~ん、一緒に泳ごうよ~」
 膝まで海に入っている千沙が、大きく手を振ってアキトを誘う。
 千沙が積極的なのだ。
 オレの経験上、千沙とのハプニングはトラブルへと発展し、絶対にトラブルはトラブルを呼ぶ。最終的にトラブルが収束するのは、アキトの辺り一面焼け野原となってからだ。そして残念ながら、トラブルに巻き込まれたオレも無事に済まない。
「おーー、あと3匹だ! 捌き終わったら、そっちに行くぜ」
 アキトは卓上小型冷蔵庫の中を覗いてから、千沙に答えた。
 冷蔵庫の中にはマアジが2匹、イナダが1匹入っている。アキトの手元には60センチメートルぐらいのイシダイがあり、3枚おろしになっていた。
 その魚は、トレジャーハンターの仕事の一つで、生物の遺伝子に異常がないか調査するために釣ったのだ。
 ただ遺伝子調査は、血液を使用する。魚を血抜きする際に出た血液を使ったので、刺身として食べるためにアキトは捌いているのだ。ゴウは森で捕まえた猪の肉の下拵えしている。翔太もさっきまで猪の解体を手伝っていたのだが、トウカイキジの一時食糧保存庫へと、枝肉と魚を運んでいる。
「アキトよ、まだまだ肉の下拵えがあるぞ。しっかり処理しないと臭みと雑味が残り美味しくないのだ。バーベキューの醍醐味は、やはり肉だぞ」
「オレは新鮮な刺身と焼き魚だけでいい」
「遠慮するこはないぞ。1本いっとくか?」
 ゴウは1メートル近くある処理中の猪の後ろ脚を、向かい側にいるオレへと差し出してきた。その枝肉は、綺麗に皮剥ぎされ、丁寧に筋を断たれ、入念に味付けされてある。
 間違いなく美味いだろうが、気軽に1本いっておくと答えられる量でない。
 ゴウの後ろには、まだ内臓を取り出した状態の猪が1匹ある。その解体前の猪は、3メートルの高さを維持するよう設定した搬送機に吊るされている。
 オレが海で釣りをしてる間、ゴウと翔太は森に入って大きさが2メートル近い猪を2匹も仕留めてきた。
 海に調査へ来たのだから魚がイイぜと言い、カミカゼに釣り道具を載せていた。そんなオレにゴウは、海に来たらバーベキューだぞと返事をしたのだ。海のものでもイイだろと横にいるはずの言い返した時には、風だけ残し姿を消していた。ゴウと翔太は、自分たちのカミカゼに乗ってオレとの話の途中で行ってしまったのだ。
 大きく溜息を一つ吐いてから、オレは肉の下拵え手伝うことにした。もちろんタダでのつもりはない。
「ゴウ、吊るしを調理台に持ってくからスペースを空けてくれ」
 猪の四肢を伸ばすと2メートル以上になる。調理台は10人が一斉に料理可能なほど大型なものだ。しかし解体作業スペースに、解体した枝肉を置くスペースが必要になる。ゴウが無造作に広げている下拵え前の枝肉と共存は不可能だ。
「素直じゃないな。猪肉を食べたいと正直に言えば良いのだぞ」
 ゴウは軽口を叩きながら、ゴミやクズ肉は整理し、枝肉を整頓していく。
「手伝うだけだ。オレの今日のメインは刺身だぜ」
 アキトも軽口で言い返しつつ、自分のコネクトから搬送機を操作して調理台に猪を載せた。
 2人は暫く作業に集中し、調理台からは作業の音だけがする。
 アキトは部位ごとに包丁を使い分け、器用に解体していく。対照的に、ゴウは1本だけだった。しかも包丁でなく、刃渡り40センチメートルの所謂コンバットナイフを使っている。
 ゴウは己自身の不器用さ加減を知っている。
 だからモノを切る際、今使用しているナイフだけを使うのだ。もちろんコンバットナイフは複数所持しているが、全て同じ形状である。どんな状況でも、徹頭徹尾、このコンバットナイフを使用するのだ。
「なあ、ゴウ」
「うむ、激辛で良いか?」
 ゴウは肩ロース部分にコンバットナイフで切れ込みを入れる。コンバットナイフを横に倒し切れ込みを広げると、そこへ激辛パウダーを無造作に振りかける。激辛は冗談ではないようで、手早く繰り返し肩ロース肉の下拵えを続けている。
 いつものアキトなら即ツッコんでいるとこだが、今はゴウへの質問を優先した。
「お宝屋と新技術開発研究グループは関係が深いんだな。知らなかったぜ」
「うむ・・・そうなのか?」
 ゴウは不思議そうな表情に惚けた口調で応じた。
 だが、アキトは見逃さなかったし、聞き逃さなかった。
 コンバットナイフがさっきまでより肩ロースに深く刺さり、抗菌加工された金属製の調理台とコンバットナイフが接触した微かな金属音。ゴウの身体の一部となっているコンバットナイフが肩ロースを貫いて調理台にまで達したのだ。
「ユキヒョウに乗ってみて分かったんだけど・・・オレの技術や知識は偏ってんだよな。宝船に乗ってるときは、まったく気づかなかったぜ。まさか新技術開発研究グループの技術オンリーで、宝船や七福神が製造されているとはな」
「んっ? それは、宝船がオーダーメイドだからだぞ」
「ユキヒョウの技術力は凄かった。民間の恒星間宇宙船とは思えないほどに・・・」
「ユキヒョウは民間船ではないぞ」
 引っ掛かった。
「そうだな。でっ、なんで知ってんだ?」
「ふっはっはっははーーー・・・サムライシリーズを搭載してる民間船など存在してたまるかっ!」
 引っ掛かってなかった。
 しかもコンバットナイフは、ゴウの思うまま淀みなく動いている。余裕を取り戻されたか・・・。
「まあな・・・でっ、正体は知ってんのか?」
「風姫って名前が偽名じゃないってんなら、彼女は王位継承権を持ってるということだな。金髪碧眼の風姫王女は有名だぞ」
 いつもの口調で、オレの興味を引く話題をゴウは提供してきた。
「そうなのか?」
 王位継承権者が風姫以外、全員黒髪黒目とは知らなかった。風姫が王位継承権を持ってると聞いて、他にもいると思っていた。
「ルリタテハ王族の殆どは黒髪黒目。黒髪黒目でない王族は珍しい。しかも、だ。王位継承権まで持っているのは、風姫王女だけ・・・ルリタテハの破壊魔とは知らなかったな。ふむ、そうか・・・ルリタテハの破壊魔の正体が謎のままな訳だ。王家が情報規制してるんだろう」
 流石はゴウ・・・オレより10年早くトレジャーハンターになっただけのことはある。情報収集能力が高くないと、トレジャーハンティングでの成功は見込めない。また、トレジャーハンティングの役に立つ最新の機材を調達しないと、他のトレジャーハンターに先んじれない。 トレジャーハンターを続けるには、正確で精確な情報を収集できねばならないのだ。
 ゴウに主導権を握られそうになり、アキトは切り札の1枚をだし、強引に話題を転換させる。
「知ってるだろうけどよ。オレの曾祖父は新開蒼空。新技術開発研究グループ・・・新開グループの会長だぜ」
「うむ、正しくは新開グループの持ち株会社”新技術開発研究統括株式会社”の会長だぞ」
「ユキヒョウに乗船してみて、宝船の異様さが分かった。新開グループ以外の機器や部品が使用されてないぜ。それは普通じゃない。オレの監視役か?」
 ゴウはコンバットナイフを調理台の包丁立てに置いた。
 そして真剣な視線を肩ロースに向け、ゴウは徐に肉を揉み始める。
 どうやら、激辛パウダーを肉に馴染ませるためのようだった。

 さて、と・・・どこまで感づいているか。
 ふむ・・・。俺を監視役かと訊いてくることから、アキトは己自身が自立出来てると勘違いしてるようだな。
 新開家直系の親族が、トレジャーハンターのような命懸けの職業に就くことを容認するはずない。表向きはアキトの意志を尊重しているが、裏では徹底的なリスクマネジメントで安全を確保している。アキトの安全の要として、お宝屋は新開家と契約を交わしている。主にアキトの支援、護衛、救助を実施する主体として・・・。
 契約内容は明かせない・・・というより契約の存在自体を認めてはならない。アキトは世間を知らないが頭は切れるからな・・・これは結構キツイかも知れんぞ。
「おい、ゴウ。お宝屋と新開家で、どんな契約を締結してんだ?」
 ゴウは視線を肩ロース肉に下ろしたままで、作業しながら口を開く。
「気になるなら、実家に訊けば良いだけではないのか?」
 アキトは実家と約束した定期連絡を欠かしたことがなかった。しかし、定期連絡以外の通信はしていない。義務教育の後半3年間と、その後5年間の自由期間中、新開家と極力接触しないようにしてるらしい。
 契約窓口からの情報だから間違いないだろうな。
 ゴウは畳みかけるようアキトに話しかけ、時間を稼ぐ。
「まあ、待て。今は肉が美味くなるか。それとも、すっごく美味くなるかが決まる工程だぞ。俺はな、すっっっごく美味い肉を喰らいたいんだ。お宝屋にとって日々の食事は、まさにトレジャーハンティング。喰らって喰らって、そして喰らい尽くすぞぉおぉおーーーー。いいかぁああああーーー。食べることは生きること、生きることはトレジャーハンティング。これこそがぁあああ。お宝屋、だっ!」
 アキトの表情は見るからにウンザリしている。なぜなら、幾度となくゴウが話して聞かせた内容だからだ。
 顔をあげ、ゴウは更に熱弁を振るう。
「そしてトレジャーハンティングこそが、俺の生きる道な、の、だぁあああーーーっ! そう、俺が俺であるために、俺はトレジャーハンティングを続けるのだ。それは必ず、必ず・・・人類の明日へと繋がるのだぞ。俺たちお宝屋は人類の進歩に多大な貢献し、歴史に名を刻むことになるだろう。だがな、それは結果に過ぎないのだ。お宝屋は、常に人類最先端のトレジャーハンティングユニットであり続けるぞ。そ、れ、が、お宝屋の存在意義なのだぁあぁあああーーーー」
 暑苦しく圧の強い声で話しているが、ゴウは口と頭を別々に動かしていた。
 そして、漸く考えが纏まったので一息入れる。
 その瞬間を逃さず、アキトが再質問する
「オレの訊きたいのは、お宝屋と新開家の契約内容だぜ。ゴウの人生に興味はない」
「新開空天と宝航征は、ルリシジミ星系で最初にして最大の重力元素採掘鉱床・・・”テンセイ”の発見者だぞ」
 新開空天”シンカイアキタカ”は、ルリシジミ星系を新開家の拠点とし、発展の基礎を築いた人物である。そして宝航征”タカラコウセイ”は、トレジャーハンターで初代お宝屋だ。
「テンセイの・・・?」
「空天のタカをテンと読ませ、航征のセイを繋げてテンセイ。それが、鉱床の名前の由来だぞ」
「なんて安直な・・・ネーミングセンスがゼロだぜ」
「発見時の鉱床の権益は新開家5割、お宝屋5割だった。一介のトレジャーハンターにとって、その状況だとルリタテハ王国政府に売却する他ないよなぁあ。」
「そうだな・・・。んん? 今、テンセイの権益の4割はルリタテハ王国政府が持ってる・・・残りの4割は・・・何か変だぜ。確かテンセイの権益は新開グループで持ってねぇーんだ。他の鉱床はグループが所有してる・・・」
 この話題でアキトの興味を惹き、ガッチリと食いつかせることに成功したのだ。
「そこで、だ。2人は別々の道を歩むことにした。権利の4割をルリタテハ王国政府に売って元手を作ったんだ。航征は宝船を購入し、トレジャーハンティングユニットお宝屋を創設。空天は鉱床の開発に必要な機材を調達。テンセイの開発権利の6割は、株式会社テンセイが握ってる。そして株式会社テンセイの株は、空天と航征で半々だった」
「株式会社テンセイの株は新開家が100%持ってるぜ・・・そうか、”設立当時”は、半々だったのか」
「その通りだ。その後暫くは、お宝屋も新開家も順調に業績を伸ばした。だが、お宝屋にはとんでもない金喰い虫がいたんだ。分かるか?」
「宝船だろうな。ゴウの先祖だ。どうせ、普通の恒星間宇宙船じゃねぇーよな?」
「お宝屋の乗る宝船のコンセプトは、今も受け継がれているぞ」
「やっぱりか・・・。新開家が株を買い取ったんだろう。いや、それだけじゃない。宝船の設計開発は新開家が担当・・・製造もだな。コンセプトが一緒ということは1点もので、かつ最新技術の塊・・・。同じクラスのトレジャーハンティング用恒星間宇宙船とは桁違いの金額になる。請求額に利益を乗せなくても10倍や20倍では済まないだろうな」
「うむ、当時の標準的なトレジャーハンティング用の宇宙船の31倍と、記録にあるぞ。むろん七福神も手抜きはしてないぞ。なにせ1柱あたり、宇宙船2隻とあったからな」
「あわせて45隻分か・・・メンテナンスにも多大なコストが掛かる。いくら新規の重力元素鉱床を発見しても、全く足りないだろうぜ・・・となれば研究開発費か」
「ふっはっはっははーーー、その通り。新開グループから研究開発名目で、費用負担してもらったようだぞ」
「新開グループにとっても悪い話じゃない。最新技術のテストをお宝屋がしてるようなもんだしな・・・そんなことが可能になるスキル・・・推測するに、航征は翔太と同じスキル”マルチアジャスト”を持っていた・・・」
 アキトの表情を注意深く観察しながら、様々な方向へと想像の輪を拡げられるよう、ゴウは話題を提供する。アキトは少しのヒントだけで答えを推理し、正しい情報と要点に辿り着く。知識が豊富で、頭の回転が早いだけに、ゴウにとっては非常に扱いやすい。なぜなら、脳のリソースを他に使わせないようヒントを調整するだけで良いのだ。
 この話題になってから5分と少し・・・アキトの頭の中で、お宝屋と新開家の繋がりに納得した。いつの間にか、お宝屋と共にあることを当然と考えるようになっていた。
 これがゴウとアキトの経験の差なのだろう。ゴウはお宝屋の代表として契約交渉にあたり、10年以上も一線のトレジャーハンターとして活躍してきたのだ。
 そして、この話題は唐突に終了してしまった。
 それは、2人の耳に悲鳴が届いたからだった。

 千沙たち女子3人は、膝まで海に入って水を掛け合い走り回っている。華やいだ雰囲気の中、3人の無邪気で可愛い笑顔が眩しい。
 ただ水の勢いには全く可愛気がなく、全速力でのダッシュと急停止を繰り返している。時には海へと身を投げ出して回避する。
 3人は、競技用のウォーターガンで撃ち合っているのだ。
 風姫はハンドガンタイプで2丁スタイル、史帆はサブマシンガンタイプ、千沙はライフルタイプのウォーターガンを手にしている。有効射程距離は実際の銃の10%~20%程になる。
 弾は水で出来ているとはいえ、近距離で露出している肌に命中すると、痣や傷になるぐらいの威力がある。外傷防止対策として、千沙たちはナノ分子防護クリームを全身に塗っていた。このクリームは、ある一定以上の衝撃が加わると瞬時に、その部分が硬化する。
 ただ硬化しても、衝撃を吸収できる訳ではない。衝撃は命中個所の周囲にある程度分散されるが、当たり方が悪ければ痣になるし、当たり所が悪ければ気絶する。
 ルーラーリングで衝撃を検出し、コネクトで命中判定、分析して損害を演算する。損害が100になったプレーヤーはゲームオーバーとなるのだ。そしてクールグラスに、自分と相手の損害の数値が表示されている。
 今、千沙のクールグラスに史帆の損害は81、風姫の損害は8と表示されていた。千沙自身の損害は37である。ゲームは1対2のチーム戦だった。1人は風姫で、千沙と史帆がチームである。
 史帆の右側面に回り込もうと風姫が空に舞う。
「史帆さ~ん、右! 撃ってぇ~」
 気の抜けたような千沙の指示に、史帆は本人的には気合を入れた声で応じる。
「やぁーっ!」
 史帆のバラ撒いた水の弾丸は風姫の影すら捕らえられなかった。
 う~ん・・・反応が遅い。でもね~、これ以上早く指示は出せないよ。どうすればいいの?
 千沙の感想は、比較対象が適切でない。ウォーターガン・サバイバルゲームで訓練を兼ねゲームをする相手は、いつもゴウと翔太、アキトだった。その3人と比べたら、大抵の人は反応が遅いとなるのだろう。
「上~」
 風姫は水弾丸の雨を宙へと飛び躱した。その風姫の姿を史帆の視線が追う。しかし、その時には風姫のウォーターガンの弾が、史帆を捕らえた。左の腕と肩に被弾し、史帆の損害は90になったのだ。
 ただ空中にいる風姫は、距離の離れた千沙の恰好の的となる。千沙は狙い澄まし、ウォーターガンの引き金を引いた。しかし、風と共に水平移動した風姫は、水のライフル弾を余裕で回避する。
 う~ん・・・対策がないよ~。
 攻撃はウォーターガンのみで、防御は自由にしちゃったのが間違いだったよ~。ウォーターガン・サバイバルゲームのルールを厳密に採用していれば、もう少し勝負になったかも・・・。
 ルリタテハの破壊魔の実力を測りたいと考えたのは、身の程知らずだったのかな~? でも、ライバル”恋敵”の実力は把握しておかないとね~。どんな情報でも入手出来るときに、余さず拾っておかないと・・・。
 優雅に風と共に舞う風姫を見ながら、千沙は呟く。
 可憐な美少女で、アキトくんの好みの外見だとしても、お付き合いするかどうかは別だし・・・。ウォーターガン・サバイバルゲームの勝利はいくらでも譲れるけど、アキトくんだけは絶対に譲れないのっ。
 ゆっくりアキトくんと過ごせなくなったのは残念だったけど、ライバルの情報を集めるチャンスと前向きに考えて・・・2人きりで海に来たかったよ~。
 当初アキト、ゴウ、翔太と一緒に海でトレジャーハンティングする予定だったのが、千沙の願望が脳内変換により2人でなっていた。しかも6人で海に来ることになった責任の一端は千沙にもあるのだ。
 ・・・というようり自爆だった。
 昨日の昼に宝船の第3格納庫で、千沙たち4人は海でのトレジャーハンティングの準備に勤しんでいた。そこに風姫と史帆が様子を見に来たのだ。
「何をしているのかしら? いつもなら朝に少し準備するだけで完了よね」
 アキトに風姫は尋ねた。
 風姫と一緒に来た史帆は、アキトの隣に立っている翔太に話しかける。
「手伝う。なんでも言って」
 翔太より早く、アキトが答える。
「いや、必要ないぜ。これはトレジャーハンティングの準備だからな」
 喜怒哀楽の表現力が乏しい史帆だが、アキトの言葉で一瞬だけ不機嫌な表情を見せた。
「そうそう。それに、もうすぐ終わりなんだよね、史帆ちゃん」
 爽やかな笑顔を無駄に振りまいた翔太のセリフに、史帆は頬を赤らめ俯いた。そして次に、翔太にしては珍しく厳しい声色で風姫に言い放つ。
「それと王女殿下におきましては、お宝屋の七福神の威容を仰いでいてくだされば・・・まあぁ、本音で言うとさ。あっちに行ってくれないかな」
 風姫の怒りに呼応し周囲の気圧が下がる。透き通った凛とした声が刺々しい色を帯びて翔太を襲う。
「そうねぇ。呼び方は王女殿下でも、風姫お嬢様でも、風の妖精姫様でも、アドベンチャーレースのウィナーでも構わないわ。七福神は本気で、どうでもいいんだけどね。とにかく明日はトレジャーハンティングについてくわ」
 右肩にかかった金髪を優雅にかきあげ、アキトに視線を向け宣言した。しかしアキトは真剣な表情に深刻な声色で風姫の宣言を拒絶する。
「明日は警戒網の外に出ることになる。そんな危険な場所に、王女様を連れてなんかいけねぇーぜ」
「あなた達は、どうしてそんな危険な場所に行くのかしら?」
 トウカイキジの格納庫前で荷物の搬入を確認していたゴウが一旦戻ってきた。そして、言葉に詰まったアキトを援護するように、はっきりと目的地を告げる。
「そこに海があるからだぞ」
「海さ」
「海なの~」
 風姫の視線から逃れるように、アキトはディスプレイへと顔を逸らした。
「どういうことかしら?」
 ディスプレイには、トウカイキジに積み込んでいる機材の動作チェックの結果が表示されている。9割がチェック完了のステータスになっていて、完了予定時刻は30分後だった。
「場所は海だが遊びじゃないぜ。これは、トレジャーハンティングなんだ」
 アキトは視線をディスプレイに固定したまま風姫の質問に答えた。しかし、戻ってきたゴウに千沙が報告したセリフは、アキトの答えを台無しにする。
「ゴウにぃ達の水着は用意したよ。もちろんアキトくんの分も・・・ねっ」
 風姫の表情から温かみが消え失せ、視線が刺さるようになってきた。
「どうして水着が必要になるのかしら?」
「有害電磁波反射クリームを塗るんだよ。下着姿になるよりはマシだろ。それ・・・」
 言い訳にならない言い訳を述べるアキトの横で、搬送機を操縦している翔太が千沙に訊く。
「有害電磁波反射クリームなんて塗るのかい?」
「翔~太ぁ、日焼け止めクリームだよ~。え~とっ・・・次のコンテナはウォーターガン1式ね~」
 千沙は折角のアキトの言い回しを粉砕し、クールグラスに表示されたコネクトからの情報を、そのまま翔太に伝えた。
「うむ、ヒメジャノメの紫外線は特に強いからな。肌に悪いから、しっかり全身に塗りたくるぞ」
 風姫の冷たい表情が極寒の厳しさへと変化して、視線は瞳から物理的な何かが出ているのではないかというぐらい鋭くなった。
「どういうことかしら?」
 風姫はアキトの間近まで踏み込んで詰問した。
「アキトくんに近すぎるのっ!」
 千沙が2人の間に体を滑り込ませるように割って入った。
 しかし風姫の追及は止まらない。
「どういうことかしら?」
「何がだ?」
「ウォーターガンを使って、海で何をするのかしら?」
「・・・訓練だぜ。オレたちトレジャーハン・・・」
 何とか体裁を保とうとしたアキトの言葉を遮って、千沙が正直に話してしまう。
「ウォーターガン・サバイバルゲームだよ~」
「完全に遊びだわ。違う?」
 見兼ねたゴウが、リーダー権限で風姫と史帆の同行を許可した。たぶん、面倒臭いからだと推察されるが・・・。
 こうして風姫と史帆も一緒に海にきて、なぜか女子だけでウォーターガン・サバイバルゲームをしているのだ。
 そして、史帆の損害は既に95を超えた。
 あたしはトレジャーハンターなのっ! ルリタテハの破壊魔が相手でも一方的に負けたりしない。
 千沙は風姫のウォーターガンの有効射程距離に入らず、ライフルの有効射程距離から狙える位置へと疾走する。
 風姫が振り向く前に勝負をかける。
 しかし、千沙に弾が命中し、あっという間に損害が90を超えた。
 史帆が最後の抵抗でサブマシンガンを撃ちまくり、千沙が被弾したのだった。
 千沙は予期していない攻撃を受け足を滑らせた。その大きな隙を風姫は見逃さず宙から千沙の背中を撃つ。
 千沙らしいといえば千沙らしい負け方だった。
 負けてもゲームはゲームと、すぐに頭を切り替え、2人に声をかける。
「そろそろお昼の準備するね~」
 千沙はリズミカルに走り、浜辺に設営した簡易テントに向かう。その時、史帆の悲鳴が耳に届いた。振り返ると風姫が空を駆け、瞬く間に史帆の元に辿り着く。
 千沙の目には史帆の脚に1メートルぐらいの蛇が絡みつき太腿に咬みついているのが映った。その蛇の頸部と史帆の太腿の間に、風姫は手を差し入れる。そして次の瞬間、風姫の手の位置から蛇が両断されたのだ。
 風姫の風刃の威力は絶大で、切断面はキレイでフラットだった。
 蛇が咬みついた様子を見て、すぐに史帆を治療すべきと千沙は判断し、大声でゴウ達に助けを求めた。

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