第11章-3 日常時々トレジャーハンティング
「さて、結界を張るぞ」
「張るのはオレだけどな」
警戒網から約100キロメートル、宝船から約350キロメートル離れた地点。そこの小高い岩山にアキト、ゴウ、翔太が立っていた。
「いやいや、僕とゴウ兄の協力なしではできないよね」
「協力といっても、荷物運びだけだろ」
「それは、十分に協力してるってことさ」
「そうだともっ! しかも、トレジャーハンター2名が護衛までしてるのだぞ」
両腕を組み少しだけ背を逸らした尊大な態度と、偉そうな口振りでゴウは言い切った。
「なあ。結界はオレの為じゃなく、全員の為だよな? なんでオレが感謝しなきゃいけねぇー流れなんだ? 逆だぜ」
「結界を張る提案をしたのはアキトだぞ」
「そうそう。それにトレジャーハンターハンティングユニットお宝屋が協力するんだよ。それなのに感謝の気持ちを表すのに言葉だけで済むのは、普通じゃあり得ないね。それもこれもアキトと僕が永遠の友だからさ」
議論にならない議論をするなんて、時間が勿体ないだけだな。今日中に結界を張って、明日からはトレジャーハンティングに専念したい。
昨日ゴウが風姫と戦い勝った。暫くはゴウからの圧力に屈して、風姫はワガママを言えないはずだ。圧力が効いているうちに思う存分トレジャーハンティングを愉しみたいぜ
その為に、対TheWOC用の結界を張り巡らせ、安全を確保するのが喫緊の課題なんだからな。
昨日、ゴウと風姫が戻ってくる前に、警戒エリアの索敵システムのレーダー装置に反応があった。
少なくとも大気圏突入艦船が2隻。
ルリタテハ王国船籍であることを示す識別コードを発していなかったことから、TheWOC所属の艦船と断定できる。ここはルリタテハ王国領であり、船籍を明らかにするため、ルリタテハ王国の識別コードを発する義務がある。
他国の船であっても、ルリタテハ王国に許可された識別コードを発していなければならない。そうでなければ、問答無用で撃沈されても文句を言えない。
つまり、惑星ヒメジャノメで識別コードを発していない船は敵である。
「翔太。ここは寿老人にすんぜ。防御優先設定な」
「了解だよ、アキト」
翔太は寿老人ロボに乗り込み、岩場の陰に隠す。隠しきれていない部分は、防御用の盾にもなる宝船の帆で護るように設置する。
防御優先でも攻撃も必要である。大気圏内では宇宙空間と比べレーザービームの減衰が激しいので主武装はレールガンにした。宝船のマストに弾倉を装備し長距離レールガンとする。
「ゴウは索敵レーダーの設置を」
「ふっはっはっははーーー、任せろアキト」
トウカイキジの格納庫からトライアングル”カミカゼ”が顕れゴウの許へと向かう。カミカゼの3枚のオリハルコンボード上に4台の小型機器が載っている。12台1セットのレーダー装置で、寿老人とレーダー警戒網にデータリンクするようになっている。
アキトたちは森や渓谷、岩場など、七福神ロボを隠せそうな7ヶ所に同じように設置したのだ。最後は、七福神ロボの中央付近にワープエンジンから取り出したミスリルを設置し、アキトお手製の装置を取り付けたのだった。
結界を張り終えたのは、日が沈んでから2時間経っていた。
「これで明日からトレジャーハンティングができるぜ」
「うむ。良くやったぞ、アキト」
アキトは結界を張る作業で疲弊していた。その体にゴウとの会話による疲労を重ねたくなかったので、アキトは労いの言葉に対して無言を貫いたのだった。
結界を張った翌日から2週間に亘って、ゴウと翔太は惑星ヒメジャノメの生態を調査している。レーダー警戒網内の山、谷、森、川、砂地、岩場、草原などでモニタリング端末を設置してはデータ収集に勤しんでいた。
ゴウ達がトレジャーハンティングしているにもかかわらず、アキトは宝船から一歩も外に出ていなかった。
そんな平穏な日々をアキト達は過ごしていた。
ヘル以外のメンバーが、宝船のダイニングで夕食を囲んでいた時・・・。
「アキトはご飯? それともパン?」
夕飯のメインは、ゴウが捌き燻製した猪肉だった。
「パンで」
キッチンへと姿を消した千沙は、手ずから皿に3個載せたロールパンを持ってきて、アキトの前に置いた。
燻製肉は2週間で熟成が進み、まろやかな辛みに落ち着いていた。それを野菜と共にパンに挟んで食べると凄く美味しいのだ。その他にダイニングテーブルには、様々な副菜とスープが並んでいる。
限定人工知能搭載の調理機器”クックシス”が、個人の栄養バランスと味の嗜好を考慮してメニューを決定し料理する。宇宙旅行で健康を維持するにはクックシスに全てを任せるのが安全安心である。しかし、お宝屋はメインを自分たちで用意することに拘っている。
今回メインはゴウが用意し、スープは千沙が料理した。
「じゃあ~、おにぎりは2個で良い?」
このところ、アキトは殆どの時間を格納庫で作業している。千沙はアキトに夜食の提案をしたのだ。
「ああ」
「う~ん、具は何かリクエストあるの?」
「千沙のセンスに任せる」
「そうだなぁ~・・・サケとワカメの混ぜおにぎりにするね」
千沙のセンスと好意に、アキトは素直に感謝を口にする。
「悪いな。頼むぜ」
そんなアキトと千沙の様子を、ゴウと翔太、風姫は全く気にしていなかった。ただ史帆は衝撃を受けたようで、思わず風姫に囁く。
「夫婦みたい・・・」
史帆の囁いた内容を風姫は理解できず質問を返す。
「えーっと、どういうとこがかしら?」
「千沙が甲斐甲斐しい」
「侍女の役目だわ」
「アキトの声が優しい」
「厳しい主の許では侍従や侍女も長続きしないし、過大なストレスは健康の敵だわ」
風姫は王女であり、世間一般の夫婦を知らない。それはアキトも同様で、今の千沙との雰囲気が夫婦のように見えるのは想像の埒外であった。
「カゼヒメ」
風姫の勘違いの核心を突く言葉を継いで、優しく声色で伝える。
「千沙はアキトに雇われてない」
頭脳明晰な風姫は言葉の意味を理解したが、納得はいってないようであった。
育った環境の所為もある。しかし、風姫の心が納得を拒否しているのだ。
ヘルがメディカロイドの近くにいる時・・・。
「さあぁあああ、ラマクリシュナンよ。我輩に貴様の知識の全てを捧げるのっだぁああああ」
『ワシは、全ての質問に正直答えてる。これ以上ワシに何を求める。助手をしたくとも、体は未だ動かせぬ』
「チップディメモーリアの制限を解放するぐらいなら大丈夫だろう?」
『なっ、なんだと・・・。それは、人道的にもとる行為だ。ヘル、ワシらは科学者である前に人間である』
チップディメモーリアは、TheWOCが開発した脳内に埋めこみ式の記憶チップのことである。記憶チップは膨大なデータ容量を誇り、実験の生データ等を保管し、いつでも検証できる。TheWOCの研究者は必ずチップディメモーリアを脳内に埋め込んでいる。
埋め込んだ脳を介してしかデータは取り出せない仕様なので、セキュリティーは万全である。逆にいうと、大量のデータ読み出しや書き込みすると脳への負担が大きすぎ、最悪廃人となる。チップディメモーリアの制限を解放とは、無制限にデータへのアクセスを許可することなのだ。
「我輩を、宇宙の果てへと追放した人間の言葉とは思えんなぁあーーーー」
『あれはワシの意思ではない。TheWOCの企業論理の決定であって・・・』
「我輩が実行犯にかける情けなぞあると思うかぁあ? それは期待せぬことだなぁあああ。しかぁーし、考える時間ぐらいは与えてやろうか。ちょうど腹が空いたからなぁあ。我輩が食事を終えるまで考えていればよい」
ヘルはコネクト経由でクックシスに、お薦め定食をオーダーした。
お薦め定食のメニューは、今ある食材と食事履歴から栄養のバランスを考慮して決定される。しかも飽きが来ないようメニューも工夫されている。
食事を単なる活動エナジーと考えているマッドサイエンティストのヘルにとって、クックシスは素晴らしい機械である。
『短すぎる』
「熟慮したからといって、結論は2つに1つだぞぉおー。解放するか、解放しないかだ」
ヘルは、愉悦に塗れた実にマッドな表情で話を続ける。
「そうだぁあああーーー。飯はここで食べよう。さすれば我輩に問いたいことを訊けるだろう?」
食事の配送配膳まで完備した宝船は、ヘルの研究室としてお誂え向きであった。
「我輩、なんて紳士な科学者かぁあああ」
紳士な科学者は、脳に埋め込んでいる記憶装置から脅してデータを取り出したりはしない。ヘルの自分基準の紳士さとは、選択肢があるというだけで満たされる条件なのだ。
『断ったら?』
「宇宙へ追放」
『受諾したら?』
「我輩の終身助手にしてやろう。待遇としては・・・そうだなぁあああ、睡眠以外で1日1時間の休憩も保証する。無論、飯の時間は休憩時間に済ますのだぞぉおおおおーーー」
人類の活動範囲が地球だけで、空も飛べなかった時代に存在した奴隷以下の待遇だ。しかもヘルは本気で、正直に語っている。質が悪すぎる。
断ったら生存確率はゼロになる。
生き残るには受諾するしかない。
しかし受諾しても、データアクセスにより脳が破壊される可能性があり、脳が破壊されなくとも地獄の生活が保証されていた。
ラマクリシュナンは脱走を決意したのだった。
ゴウと翔太が惑星ヒメジャノメを調査している時・・・。
「翔太、一気にやるぞ」
『いやいや、一気にやるのは良いけどさ。その言い方だと、僕とゴウ兄で作業するみたいだよね。ゴウ兄は作業を手伝う気ないよね』
ゴウと翔太はシマキジに搭乗していた。そのシマキジは森の上空に停止していて、操縦席にはゴウが座っている。
翔太はクールグラスをかけ、自分のコネクトをオペレーションルームの端末にセットし、ルーラーリングを有線接続していた。
「当たり前だ。俺が手伝うより、翔太一人の方が早いんだからな」
『そうだけどさ。少しは手伝おうとする気遣いが必要だと思うなぁー。女性はそういうとこ、結構気にするんだけどね』
「うむ、ならば問題ないぞ。なんせ、翔太は男だからな」
『まあ、気が利かなくても構わないからさ。安全確保は、気を抜かないで欲しいかな』
翔太のいるオペレーションルームには、シマキジの操縦系統と物理的に別の回線になっている。そのためシマキジの安全はゴウの双肩にかかっているのだ。
新開グループのエンジニアが翔太専用に設計開発したもので、小型飛行コウゲイシ”オテギネ”を最大9機を同時に操縦できる。そのような特殊な仕様を盛り込んだため、他の操縦系統との接続が不可能だった。
ルリタテハ王国には操作系用の標準通信規格があり、当然新開グループも標準に準拠している。本来なら操縦系統の統合は容易いのだ。新開グループ以外のエンジニアが知ったら、9機分の操縦系統を1つのオペレーションルームに装備しているのが間違っていると指摘するだろう。
そもそも標準通信規格では9機分の操縦系統の統合をサポートしていない。ただし新開グループでは、独自仕様を追加した拡張通信フレームワークを採用していた。その拡張部分には、最大32の操縦系統を統合できる仕様を盛り込んでいた。その他にも多様な仕様が盛り込まれている。その殆どは、オリハルコン通信と各機種特有の操作を簡便にするための仕様である。
それらの拡張部分は、翔太のマルチアジャストにとって非常に有用であった。
またオテギネは、新開グループのコウゲイシ研究開発生産会社”機械人(きかいびと)”が生産している。つまり、新開グループの拡張通信フレームワークを使用しているのだ。
「任せろ、翔太。それより今日のノルマは8ヶ所だぞ」
『いやいや、倍でも問題ないぐらいさ』
翔太は軽口と共に9機のオテギネを森の中へと放つと、全機が僅か数秒で最高速に達する。次々とオデギネはモニタリング端末の許に辿り着き、物理接続でデータを収集していった。
TheWOC対策として、シマキジとオテギネは無線ではなく有線で接続している。9機のオデギネが数十ヶ所のモニタリング端末から情報収集したのだ。それにも拘わらず、線同士が絡まりもせず、また森の木や岩で切れることなく収集を完了させた。
ノルマの8ヶ所の倍どころか、3倍の24ヶ所でも廻れそうな早さだった。
ゴウは惑星ヒメジャノメに来る前の翔太の実力から推定して、ノルマ8ヶ所と言った。しかし翔太は、実力に裏打ちされたの軽口であったことを1ヶ所目で証明したのだ。
翔太はオテギネをシマキジの格納庫に帰還させてから、オペレーションルームに向かった。ゴウは翔太がオペレーションルームに戻るのを待たず、次のポイントへとシマキジを飛ばす。
暫く飛行すると森を抜けた。モニタリング端末は渓流に設置している。その渓流へと向かう途中に、小高い急峻な岩山がある。
そこは、オオヒゲワシの群生地だった。
「ゴウ兄、戻ったよー」
「うむ、ご苦労。それにしても作業が格段に早くなったな。有線だったのに、無線通信と同じぐらいの時間で済んだぞ」
メインディスプレイから視線を外し、ゴウは翔太を肩越しに見やる。そこには翔太の得意満面の笑みが炸裂していた。家族とアキト以外は、滅多に見ることのできない無邪気な笑顔だ。
「才能が開花したのさ」
「俺の兄弟の才能が開花したとは・・・素直に誇らしいぞ。だが、ちょーっとばかり、人という生物から遠ざかっていってる気がするな。もしかして中身だけでなく、外見まで人外へと変化しないだろうな? オレは兄として、少し心配になってきたぞ」
ゴウの心のこもっていない心配を鼻で嗤ってから、翔太は種明かしをする。
「アキトの作ったシミュレーションが・・・凄くってさ」
「おおっ、そうなのか。アキトの自由研究は後3年半しか残ってないな。やはりアキトの才能をお宝屋の為に使い倒すには、宝船でトレジャーハンティングしてもらわねば・・・」
「いやいや、ゴウ兄。話は最後まで聞こうよ。シミュレーションが凄く底意地悪くってさ。巨大な昆虫とか、鳥とか、ムササビのような空飛ぶ哺乳類とか、そんな生物が宝船に体当たりしてくるんだよねぇー。しかも、突然雨が降ったり、突風が巻き起こったりもしてさ。それらを避けたり、防御したりするのにミリ単位の精度を求めてくるんだから・・・。宝船を移動させるのに、そこまで必要ないよなーと思いながらゲームみたいだったから、ちょっとハマったんだよね、これが。僕はゲームクリアするのに色々と工夫したんだ。その結果、俯瞰と予測が身についたのと、マルチアジャストの精度が上がったんだよね」
「なるほど!・・・良く分からん!」
「簡単なことさ、ゴウ兄。今まで僕は、ルーラーリングと機械の適合率100%なのを良いことに、機械の性能の限界に挑戦し続けてたらしいんだよね。そうすると疲れるしさ、周囲をみる余裕が少なくなってくんだよねー。適合率100パーセントなんだから、耳を澄ませば機械の声をはっきり聞きとれるはずだってアキトにアドバイスされたんだ。やってみたら簡単にできたんだよねー」
翔太の愉しそうな声にゴウが素っ気なく応じる。
「まったく分からんが、もういいぞ。翔太が人間やめて才能を開花させた訳じゃないと・・・。俺は、それが分かれば十分だ」
「まだまだ語り足りないさ、ゴウ兄。僕は、ちゃんと可愛い弟とのコミュニケーションをとっておくべき、と思うなー」
軽薄な強引さが翔太の持ち味でもあり、
「うむ、メインディスプレイに向かって語りかけてても良いぞ。兄として、温かく見守っていてやろう」
ゴウは暗に、メインディスプレイを見ろ言ったのだが、翔太の口からは緊張感のない軽薄な台詞がでてくる。
「いやいや。そこじゃないよ、ゴウ兄。ツッコんでくれないと、少しだけ恥ずかしいじゃないか」
しかし台詞とは裏腹に、翔太の視線はメインディスプレイに釘付けとなっていた。その翔太に、ゴウは無表情かつ、平坦な口調で返答する。
「何を言う。翔太は俺にとって可愛い弟だぞ」
台詞の中身とは、まるで印象が異なって耳に残る。ただ、台詞からも分かるように、翔太がツッコんで欲しい箇所をゴウは把握していた。しかし、シマキジのパイロットであるゴウには、全く余裕がなかった。
シマキジの機体から二本の長い砲身が出現する。
機体の上に一門、そしてもう一門は機体の下にある。そしてレールガンが出現した時、上は後部に砲台があり、砲口は前方を向いている。そして下のレールガンは前部に砲台があり、砲口は後方を向いている。
ゴウは二門とも、シマキジ1時の方角に砲口を向けた。
「それならさぁ。感情を込めて言って欲しかったなーー」
砲口の先には急峻な岩山があり、数十羽のオオヒゲワシが巣の周囲を遊弋している。どうやらオオヒゲワシの群生地らしい。獰猛な気性のオオヒゲワシは、自らのテリトリーに侵入した生物を敵と見做し、即攻撃するのだ。そしてシマキジは、そのテリトリーに侵入していた。
「今はムリだぞ」
一旦上昇した数羽のオオヒゲワシがシマキジ目掛けて急降下してきている。
「うんうん、そうみたいだねぇーー」
レールガンとはいえ作用反作用の法則から自由にはなれない。弾体射出の反動を別のエナジーに変えていても、完全に抑え込めることは不可能なのだ。
いくら照準機能が優秀であっても、弾の射出した後にレールガンの反動を抑制してからでないと弾は命中しない。しかしレールガンで狙う獲物は、カミカゼより速い数十羽のオオヒゲワシ。レールガンを連射しないと、オオヒゲワシの鋭い爪と嘴がシマキジの機体に届いてしまう。
シマキジの複合装甲を貫くのはムリでも、何羽ものオオヒゲワシがカミカゼ並みの速度で激突すれば撃墜できるだろう。つまり、ゴウと翔太の生命の危機が直前まで迫っていた。
返事をしないゴウに、翔太は助け舟をだす。
「そうそう。それならさ、手伝おうか?」
音速の10倍を遥かに超えた弾体がオオヒゲワシ貫き、胴体に大きな穴を空けた。しかも、シマキジ上部のレールガンから連射して全弾を命中させ、急降下してきたオオヒゲワシを残らず倒したのだ。
この攻撃が戦闘開始の合図となった。
巣にいたオオヒゲワシも飛び立ち、あっという間に100羽を超える。
「ふむ・・・翔太は休んでて良いぞ! いや、むしろ邪魔をするな。これは・・・これはぁあぁあー。俺の見せ場だぞぉおおおーーー」
シマキジの前後に回り込んだオオヒゲワシは固定されたレールガンの餌食になっていく。その他は上下のレールガンの砲身が細かく動き、次々と弾体を射出する。
ゴウはシマキジの機体を安定させる為だけに神経を集中させていた。
「良かった良かった。それじゃあ、僕はゴウ兄にお任せするさ」
そう言うと翔太は空いている座席に腰を下ろし、リクライニングにして目を瞑った。
ゴウ兄のテンションが上がっているなら大丈夫だねぇー。僕は本当に疲れたし、ゆっくりしてようかな。
今まではセミコントロールマルチアジャストで、複雑な動作が必要な七福神ロボを操縦して数時間の模擬戦をアキトとこなしていた。それが9機とはいえ、単純な動作しかできないオテギネを20分間操作しただけで、脳の疲労が激しい。これは、自分のスキル・・・マルチアジャストに頼り切っていた所為なのか・・・。
スキルを鍛えず、寄りかかって、楽をして・・・トレジャーハンターとして一流になるのに僕に操縦訓練は必要ないと考えていたからなぁー。苦手をなくし得意を伸ばさないといけないね。まあ、いいさ。効果的な訓練方法はアキトの役割だしね。
それは任せてしまおう。
それより今はリラックスして、脳の緊張を解ぐさいといけないよなぁ。10分もしたら、次のポイントに到着するし・・・。
翔太の思考が淀み始め、心身ともに弛緩し、夢の世界へと旅立ったのだ。
ゴウの放つ半端ない緊張感と外の凄惨な光景のなか、翔太の周囲だけがノンビリとした雰囲気を醸し出していた。
「安心して休んでろ、翔太。俺は俺の見せ場で失態を演じるなど、絶対にあり得ないぞぉおぉおーーー!!!」
ゴウには、お宝屋代表としての経験がある。トレジャーハンターお宝屋のリーダーとしての経験がある。一人でトレジャーハンティングしていた経験がある。そして、常に最悪の事態を推測し、事前にリスクを推し測りっては、それを潰してきた実績がある。
それらがゴウの放った言葉に重みを与え、翔太には安心を与えていた。
風姫達が女子会をしている時・・・。
「恋敵に勝利するには情報が重要になるわね」
千沙は惑星ヒメシロの喫茶”サラ”で、沙羅から受けたアドバイスを思い出していた。
「それとね。重要なのは嘘を吐かないことよ」
「え~っと・・・えっ?」
「嘘は人間関係を壊すわよね?」
「えっ?」
嘘を吐かないのは、当然のことじゃないのかな~
「えっ、じゃないわよ。壊すわよねっ?」
「・・・は、い」
この時の千沙は話の方向性が判らず、とりあえず肯定の返事をした。
「戦争では嘘も欺瞞情報として利用するのは有効よ。でもね、恋愛では絶対ダメよ。バレた時のリスクが、高すきするからねっ!」
「うっ、うん」
「だからねっ。自分に有利になる情報だけを開示するのよ。有利不利は、多角的に情報収集して判断することが重要ね。私の知っている話だとー・・・。遠距離恋愛中に彼氏が突然別れを告げてきたのよね。その彼氏は遠距離恋愛が無理だとか、色々理由をつけてきた・・・。仕方なくお別れしたの・・・でもね。本当の理由は、いつ死ぬかも知れない命懸けの職業に就いていてから・・・だから生きて帰れない日がくるかも知れない。彼は大怪我をして、危険を自覚して、本当の理由を告げずに別れを告げた。別れた後で・・・本当の理由を知った時の彼女の後悔は、計り知れないわよ。恋は盲目と言うけど・・・。だからといって、彼の言葉だけに耳を傾けていると間違えるわよ。複数の筋から・・・そう多角的に情報を集め、正確な判断ができていれば別れなくて済んだのよ。彼と一緒になるために王都で勉強してたのに、シロカベンへ戻る前にお別れるすることになるなんて・・・」
千沙は怪訝な表情を浮かべ、沙羅の瞳を覗き込むように見つめる。随分と沙羅の話が逸れてきていたからだ。しかも知っている話が、経験した話に変化してきている。
千沙の視線に気づき、沙羅は怒りから冷静な口調へと変えて仕切り直す。
「・・・とにかく。いい? 一般的には良いと言われるところ・・・しかし彼からすると良くないところ・・・そこを彼に教えてあげるのよ。そしてね・・・それは、逆も、同じ。恋敵からすると彼の良くないところ・・・そこを教えてあげるのよ。可能なら、第三者の口から彼に伝わると最高よ。そこまでいけば、もう謀略と言ってもいいレベルになるわねー」
沙羅さんの恋愛観て、少し怖いかも・・・。
「そこまでするの~?」
「そこまでするのよっ! いい? 恋と戦争にルールはないから、相手を陥れてでも手に入れないと」
さっきまで沙羅さんは、嘘を吐いちゃいけないって言ってたよ~。それは何処行っちゃったのかな~。
千沙は柔らかく反論してみる。
「それは良くないですよ~」
「・・・ふーん? それで金髪のお嬢様に勝てるのかな?」
あたしのライバルを知ってる?
「なんで?」
「うちは情報屋なのよねぇー」
「喫茶店じゃないの?」
「兼業しているだけね」
「どちらが本業なの~?」
お茶目な性格の沙羅が、ウィンクしながら答える。それは21歳の沙羅に、ギリ許される仕草だった。
「それは私にも分からないわね。お宝屋がトレジャーハンティングユニットなのか、アキト君の護衛なのか分からないようにね」
宝船のオペレーションルームの応接セットで、千沙が風姫と史帆に紅茶を振る舞っていた。ソファーに千沙が腰を下ろすと、暇を持て余していた風姫が紅茶の香りを愉しみながら尋ねてきた。
「暇だわ・・・ねぇ千沙は、アキトの幼馴染なのかしら?」
「幼馴染ではないよ。アキトは12歳の時に転校してきたの」
「転校? 珍しい」
正直に答えて失敗したことに千沙は気づいた。
あたし、今なら沙羅さんの恋愛観が理解できるかも・・・。
「どうしてかしら?」
風姫の質問に史帆が答えるより早く、千沙が口を挟む。
「そこで翔太と同じクラスになったの。翔太とアキトくんは、その日のうちに友達になったんだよ」
アキトくんが、新開家の直系だと知られてちゃ不味いよ。新開一族だったら王位継承者でも、結婚相手として不足ないもの。
絶対にアキトくんの家の話にはしない。
「それでね。翔太は卒業と同時にお宝屋で働くことを決めてたの。だから休日はトライアングル、トラック型オリビー、コウゲイシ、大気圏宇宙兼用の輸送機、恒星間宇宙船の訓練をしてたんだけど・・・」
「そうなんだ」
史帆が短い言葉で答えた。声色だけでは分からないが、瞳が話の続きを強く促していた。史帆の興味を惹くのに成功したのだ。
「アキトは翔太に誘われて、訓練の見学に来たの。そして、運命的な出会いをして・・・あたしは、アキトくんと結婚するんだって、その時に確信したんだよ」
「運命的って、どういうことかしら?」
風姫の表情が曇り、唇は強く引き結んでいた。気分を害しているのが、風姫を見なくても千沙に伝わってくる。
千沙は史帆だけでなく、風姫も話に惹き込んだのだ。
宝船の研究室で、アキトがヘルと交渉している時・・・。
「我輩に頼みとな?」
ヘルの常識的な問いかけにアキトは少し意外感を覚えた。しかし、常にハイテンションで語るのは、如何なマッドサイエンティストでも疲れるのだろう。
「いいや、これは取引だぜ。テメーはダークマターとダークエナジーの研究成果を。オレはダークマターとダークエナジーの測定機器を用意する」
「何処にあるのだ?」
研究室の入口にいるオレに背を見せて立ったまま質問してきた。しかも、眼はディスプレイに固定し、視線を忙しなくに動かしていた。
「今はない」
「何処に行けば手に入るのだ?」
オレの話に興味がない・・・というよりは、信じていない。条件反射のように返事をしているようだった。きっと脳のリソースの殆どを研究に費やしている所為だろう。
「人類の手にはないだろうなぁー」
揶揄われていると感じたらしく、ヘルは勢いよく振り向き、怒りを体全体で表現する。
「何を言ってるのだ、貴様は。ふざけてるのか? それとも馬鹿なのか? 我輩は忙しいのだ」
「なければ作ればイイんだ。オレが開発する。だからテメーはダークマターとダークエナジーの研究成果をオレに開示しろ」
「大言壮語もいい加減にせよ。これ以上我輩の時間を無駄に消費させるというのか・・・ならば、貴様を殺すぅううう!」
「測れないものは把握できない。測れないものは作れない。ならば、測れる環境を整備せよ。何より先にあれ」
「何を言ってるのだ」
「オレの一族の家訓だぜ。トレジャーハンターやってて、骨身に染みた。ようやく是認できたんだ。オレは・・・」
「人類の宝であぁぁぁるぅぅぅ我輩の貴重な時間を奪うとは、この愚か者ぉーっがぁあああああ!!!」
ヘルは勢い良くオレの方へと5歩ほど進んでから、倒れ込んだ。
「まあ、話を聞けや」
「我輩に何をした」
「テメーには何もしてないぜ。まあ、そこだけ重力を強くしたんだけどな」
オレはヘルが這いつくばっている床を指さしして教えた。
自己中マッドサイエンティストの扱い方は何通りかある。その中でも話を聞かせるには、こちらに関心をもたせ、身柄を拘束するに限る。このやり方は、オレが惑星シンカイに居た時に学んだことだった。
「ヒヒイロカネ合金精製には、オレの技術も使用されてんだぜ。まあ、精製過程の5%だけらしいけどな。ただ、この技術を使わない場合、精製には約3倍のコストが必要になる。研究ベースでなく、商業ベースにするための必須技術だぜ」
うつ伏せから仰向けになり、ヘルは口を開く。
「どうやって証明するのだ?」
「特許申請はしてっから、ルリタテハ王国の行政統合ネットワークで検索すれば証明できるぜ。ただ、そこに行くまでの時間が勿体ねぇーよな? 測定機器の開発をもって証明とするのはどうだ? オレがダークマターとダークエナジーの知識を得れば測定機器が開発可能」
「測定機器があれば、我輩による人類の技術革新が加速されるな。いいだろうぅーーーー。貴様の口車に乗ってやろうではないかぁああああーーーー」
仰向けの状態で両腕を上にあげ、ヘルは叫ぶように了承したのだった。