Se odian entre si
日が傾く時刻。
キャメロン一行はノーチェ村に戻って来た。もちろん、証言者である水蓮も引き連れている。
新たな訪問者に対して村人がどう反応するかが問題だ。しかし、この事態に関しては仕方のないこと。犯人を捕まえなければ、この村に平穏が訪れない。
小さな門戸を開ける。そこには喪服を着たナナがヒジリと話していた。
すると、ナナがキャメロン達が帰って来るのを見て、こちらに駆け寄ってきた。
「おかえりなさい!!本当に約束通りに戻って来たんですね!!………そちらの方は?」
「ああ、近くの村で出逢ったのだ。喪に服している中悪いが、この村で泊めてもらうことは可能か。」
「えーと………大丈夫だと思いますよ!私がヒジリさんに伝えておきますね!!」
ナナが眩しい笑顔でそう言った。彼はまた急用を頼んでしまったが、それでも彼女は引き受けてヒジリに申し出てくれるのである。
彼自身"お礼"というのはどうすればいいのか分からない。ただただ簡単に感謝の言葉で済ませる。
「いいんですの?」
「何がだ。」
水蓮がキャメロンに囁く。
「さっき貴方が言っていたじゃないですの。この村の住人が昨日殺されて、明日がその葬式じゃないですの。本当にいいですの?」
「さっき言ったはずだ。この村には犯人がいる。そして貴様が居なければ解決しない。死体は明日の夕方には燃やされ、凶器も別の場所に移されるか血痕を残さず分解されるか。」
「だから………明日の朝に……………決着をつけるんだ………」
花菜も何か悟ったかのようにそう言った。オハナに関しては気に食わない表情を見せていたが。
「……………本気ですのね。まあ、いいですわ。そのために私は協力してますもの。」
彼女は小さなため息をした。
キャメロン一行は泊まっている建物に向かう。
その頃、ナナはヒジリの家の玄関前で彼と話していた。
「キャメロンさんがもう一人泊めさせたいって言っていたんだけど………」
「あ"?」
急にヒジリが"獣の顔"になる。その表情にナナが身体を震わせる。牙を剥き出し、その眼は獲物を定める虎のよう。
「ひっ………!」
ナナがか細い悲鳴を上げる。
「あーごめんごめん。準備で少し疲れちゃってね。別に泊めてもいいよ、もう一人だけなら。」
ヒジリが再び優しい笑顔を見せる。先程までの殺気がなかったかのように。
流石にこれに関してはナナは恐怖を覚えた。今まではヒジリがあの怒りに満ちた表情をするわけがないと思っていた。
「あ、ありがと………ね。」
彼女は苦笑いで玄関から飛び出た。"親友"がいつもと違う。急な出来事に彼女は冷や汗をかいた。
ヒジリの様子が変だということを誰かに伝えた方がいいのか。でももし誰かに言ったとして、彼はありがた迷惑と思わないのだろうか。
「きっと………気のせい、だよね。気にしなくても、いいよね………」
彼の心情にあまり深く突っ込まないことにした。"昔のこと"もあるからだ。これ以上彼を傷つけたくはなかった。
「……………」
空が橙色から藍色に染まっていく。考えるのをやめて、急いで家に戻った。
【宿泊施設にて】
花菜は疲れていたのか、キャメロンの膝の上で寝てしまっていた。子どもにとってこんなにも忙しく歩き回るのは疲れてしまうだろう。
そんなキャメロンは気にせず、メディジェイトを弄っている。遊底を外してチタン板を磁鉄鉱板に入れ替える。そして弾倉も外して、こちらも別の金属板に入れ替える。
「じーっ……………」
彼の横で水蓮がその作業を見つめている。
「何だ、俺の武器に埃が付いているのか。」
「違いますわよ!ただ………よく銃を扱うことができますわね。私は銃を触ること自体、体験したことないので……………」
「まあ、ほとんどの人間がそうだろう。」
銃をカチャカチャと動かして動作確認をする。金属板の設置部分に錆が発生しているかどうかも確認する。
「だがな、」
そう言いつつ、部品を元の場所に戻す。
「この武器は"ひ弱な女性"や"身体的に不利な子供"でも扱える代物だ。俺の知り合いがそう言っていた。」
「知り合いって……………貴方が組合で語っていた"名前も顔も覚えていない"人、ですの?」
少しの沈黙の後、
「そういうことになるな。」
正直に言うと、水蓮はそのキャメロンの"知り合い"なる人が気になった。果たして女性なのか男性なのか。彼がこんなにも強いのだから、その人はきっと武闘家なのだろう。
彼女はいつの間にか"監視"ではなく"彼の仲間"として質問しているのであった。
「そろそろ寝ろ。」
「え?」
「俺は少し外へ出る。」
「え、ちょっと待ってですの!!まさかヒジリを煽るつもりですの!?」
「貴様は馬鹿か。そんなことは感情的な愚か者がすることだ。」
鋭い言葉で切り返す。そして花菜を水蓮に預けて出かけて行った。
「まったくもう………」
彼の態度には納得がいかない。どうしてそう冷淡なのか、水蓮は全く理解できなかった。
─────建物の外。夜だからなのか涼しい。少しだけ冷たい風が吹いている。
近くに年輪の太い木があるので、その木の陰に背をもたれる。
「っはあ……………」
ため息を吐きながら手袋を外し、袖から注射器の形をした道具を取り出す。
そしてその道具を─────**に刺した。"痛くない"、いや、そもそも"刺した"という感覚は分からない。ただただ血液を"体内"に流し込む。
「俺の身体は本当に"複雑"だな。」
そう呟きながら押し子を強く押し、血を一滴も残さず**に流し込んだ。
「俺は……………何をしたいのか?」
ふと、そんな言葉が口から出た。自分があの結晶体から出てから約一日が経っている。子供を助け、その子を仲間(?)に加える。そして向かった先には殺人事件が起こる。
自分でも何故ここまで深く突っ込むのか分からなかった。
これが……………人間の性、というものなのか?
「これは考えても無駄だな。忘れようか。」
─────【忘却】(リセット)。
哲学は今、必要ない。もう部屋に戻ろうか。
戻って来た時には水蓮と花菜(何故かオハナがベッドの端に置かれている)が一緒に寝ていた。
彼は昨日と同様に床で寝そべって、適当な毛布を掛けた。
次の朝、水蓮は起きると部屋にキャメロンの姿を見ることができなかった。床には毛布らしきものが乱雑に置かれていた。
「あ"ー!!あの男!!」
「どうしたの……………?」
彼女は起きたばかりの花菜をよそに建物の外に出ようとした。すると、
「遅いな。」
キャメロンが建物の側で立っていた。その怒っている水蓮の後ろに花菜とオハナがついてくる。この二人に関しては、今からキャメロンが行うことを知っているので何も言わない。
「遅いな、じゃないですわ!!何しているんですの!?」
「タイミングを見計らっている。」
「タイミング………?どういうことですの?」
「それは後で分かる。」
水蓮はキャメロンの言いたいことが分からなかった。なので、傍に立ってみて彼の目線の先を見てみた。
目を向けると、喪服姿の村人達が家中に花を飾っている。もしかしたら死者を寂しい気持ちで送りたくないのかもしれない。
(何でしょう………変わった見送り方ですわね。これが文化の違いなのでしょうか。)
彼女は地方の文化についての知識はあるが実際に見たことはない。事実、写真や文章だけで理解していた。
彼女がそんなことを深く考えていると、キャメロンが急に中央の広場へ歩き出した。
「ちょ、ちょっと………!!」
水蓮が止めようにも、もう遅かった。彼は袖からメディジェイトを取り出し、銃口を上に向ける。
その時、彼は"音"を放った。
キーン─────
青空に鳴音が反響した。ヒトも獣人もみな、耳を塞ぐ。大量の花を抱えていた人はそれが地面に散らばり、木箱を運んでいた人はその中の道具が落ちた。
「な、何だあ!?」
上擦った声で驚く人や、
「耳にずっと響いてる………」
耳障りな音を必死にかき消そうとしている人がいる。
すると、
「どうしましたか!?」
ヒジリが左斜めの建物から出てきた。
「お早う、ヒジリ。今朝は良い夢を見ることができたか。」
「えっ、何です?急に………」
「悪い夢は見ていないのかと聞いているのだ、"殺人犯"。」
キャメロンの放った言葉で周りが静寂に包まれる。村人のギョッとした目線がこちらに向かれる。開いた口が塞がらない人もいた。
「キャ、キャメロン………さん?な、何言っている、んですか?」
「聞いたぞ、この村で起きた"事件"を。」
「……………は?」
キャメロンはエマヌエルから聞いた話を語り始めた。
「八年前、ノーチェ村とマニャーナ村は一つの大きな邑だった。ヒトや獣人、エルフ達などの異種族がお互いに助け合い、信頼し合った。」
「……………」
だが、
「ある日、"とある"噂が邑中に広まった。それは……………」
「"エルフと獣人の少女二人がヒトに殺された"」
村人達の中では何も言わずに下を向く人や静かに涙を流す人もいた。
「その噂のせいか、異種族同士での喧嘩が絶えなくなった。そして遂に─────」
「おい……………」
ヒジリがキャメロンの話を遮ろうとする。
「戦争まで発展したのだ。」
「やめろって!!」
「今まで同族(みかた)と見なしていた者達が、一つの"根拠の無い噂"のせいで異族(てき)として殺し合うようになった。」
それでも続けて話そうとする。
「その戦争は三年間続いたそうだが、他国が政治介入し、各種族代表が調印することにより終結に至った。」
「……………やめろ。」
彼は頭を抱えながら"その時"を思い出していた。
燃え盛る炎。村中の家が崩れる。男性の断末魔。子供の死体に集る蝿。足を切られた女性。鉈を振り回すヒト。女性の長い髪を引っ張る獣人。笑いながら男性の生首を掲げるヒト。
彼の目は涙で霞んでいて、よく周りが見えなかった。必死に自分の母親を探し、二人で逃げようと思った。彼には父親はいなかった。だから母親さえ生きていればそれでいいと思った。
走り続けたところ、少し先に母親がキョロキョロしながらこちらに近づいてくる。
『お母さん!!』
彼の呼びかけに気づいた母親は息子の傍に駆け寄ろうとしたが─────
どこから現れたのか、後ろにいた男性(ヒト)が大斧を振り下ろし、母親の背中に大きな傷を付けた。
何度も、何度も、斧を持った腕が振り下ろすのを止めずに、何度も、何度も……………
『あ………あああ……………』
母親を、目の前で、殺された。
『あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁ!!』
もう何が何だか分からない。エルフもヒトも獣人も。誰も信じたくない。何も考えたくない。
ただ、ただ、立ちすくむ。大粒の涙が頬を濡らす。
男性は彼に近づいてニッと口角を上げ、その血塗られた斧を振り上げる。
その時───────
グサッ!!
『う"………』
男性が濁った声を発する。
ヒジリは必死に"今ある最大限の力"で抵抗する。
男性の腹に長爪が刺さった。その反動で斧が後ろに飛ぶ。血が少しずつシャツに染み込んでいく。
『お前も俺の母親と同じようにしてやろうか!!』
長爪を引き抜いて、その男性に馬乗りする。
男性は必死に手で穴の空いた腹を隠そうとするが、ヒジリがその腕二本を捻じ曲げて"二度と抵抗できないように"折った。
男性は折られた痛みで阿鼻叫喚し、耐えられないのか白目を剥き始める。
『人間(おまえら)もッ!!』
男性の腹に一回。
『獣人もッ!!』
二回目。
『エルフもッ!!』
三回目。
『そして友人もッ!!』
四回目。
『みんなッ!!』
五回目。
『大っ嫌いだああああああああぁぁぁ!!』
トドメを刺す。男性は既に亡くなっていたが、それでもヒジリにとっては"母親を殺した者"なので、"気持ち"としてトドメを刺した。
『っ………は、あ………』
死んだ者は生き返らない。もがいても、願っても。
「っち………」
ヒジリが歯ぎしりを止めず、拳を握る。
(ベラベラと話しやがって……………)
「その話からどうやって俺が犯人だと決めつけるんだ!!」
その言葉を聞いたキャメロンがため息をついて、
「証拠は"これ"だ。」
キャメロンが弾倉の金属板を入れ替え、その銃口をヒジリの方へ向け、雷のようなエフェクトを放った。
雷はヒジリの髪を掠って、後ろの大倉庫の扉を壊し、磁力で"あの"大鎚を銃口まで引っ張る。
「これが凶器だ。」
そしてゴーグルを取り出し、眼鏡の上にかける。
「【人血:97.2%】………確定だな。」
「…………………」
「さて、誰を殺したのか。その理由も答えてもらおうか。」
冷たい風が飾花を吹き飛ばした。