15話 大いなる勘違い
「寒っ……!」
玄関の扉を開けると、寒さが押し寄せてきた。開けた先はあの駐車場でもマンションでもなく、よく分からない場所の部屋の扉。見たことはないが、研究所に近いかもしれない。勘だけど。
「思ったより寒いですね……まだジャージでもいけますけど」
「流石に病院には繋げられないからね。もう皆は先に行っているだろうから、急ごう」
病院は群青隊と関わりがあるわけではないらしい。そりゃそうか。全ての病院と関わりを持つなんて、いくら沙月さんでも不可能だろう。
「な、なんじゃこりゃ……!?」
外に出て、更に驚愕した。猛吹雪である。北海道とかでも、ここまで酷い吹雪はないのではないだろうか。まず間違いなく車は走れない。そのくらい前が見えないのである。
「う、上着……足りない……布団……我が布団……」
コートやジャンパーはこれでもか、というほど持ってきてはいた。ジャージもかなり暖かいものに着替えた。にも関わらず、寒すぎる。布団が恋しくなる。
「まあ、ここマイヤだからね」
「マイヤ……!?」
マイヤといえば、絶対零度の能力者が氷漬けにしている国だ。まさか、ここがマイヤ? だからこんなに寒いのか? そんなところに何故沙月さんがいた? ここで実験? こんな危険なところで?
「さあ、行こう。病院は目の前だよ」
そう言われて進もうとするが、かなり滑る。部屋にあった普通の運動靴しか持っていない。まあ、もし家ごと異世界に来ていたとしても、雪と無縁の地域だから滑りにくい靴とかは全く持ってないけどね。
「つ、着いた……」
ほんの数十メートルのはずだったのに、かなり長く感じられた。これが雪国というやつか。かなり辛い。
「ふー、やっぱり辛いね。ここが天国だよ。特に今は冬だから、端の方でもかなり酷いよ。さあ、病室へ行こう」
病院に入ると、かなり暖かかった。さっきの寒さを味わうと、ここが天国だというのも納得できる。これでもまだマイヤの端の方だというのが信じられない。マイヤの中心の方に絶対零度の能力者がいるせいか、中心部はかなり酷いらしい。これでもまだ端の方だというのか。
アルフさんがエレベーターのボタンを押す。どうやら病室は5階らしい。5階に出ると、圧倒的な人の数で廊下を埋め尽くしていた。これでは通れない。隊員数は知らないけど、群青隊のメンバーがここに皆揃っているのかもしれない。それほど沙月さんは信頼されているのだろうか。
「これ全員うちの隊だね。通れないな。でも、これならバレないかな。よし、2人ともこっち来て」
予想通りだった。言われるがままに近づくと、手を繋がれた。驚いて何かを言おうとする前に、ほんの少し違和感を感じた。周りの景色が変わっていたのだ。
「これ、俺の能力ね。触っている人も瞬間移動できるからね。場所を知ってなきゃいけないけど、今回は知ってたから」
私が何も言わずとも、アルフさんは説明してくれた。
病室はかなり広い個室だった。にも関わらず、人が多すぎてかなり狭い。しかも皆、沙月さんの名前を呼んでいてうるさい。ここ病院なんですけど。
「はいはい。全員静かに。周りの人に迷惑がかかるでしょ? まあ、セバスさんのことだから、この階を貸切にはしてくれてるだろうけどさ。この辺だったら患者はほとんど来ないだろうし」
そう言うと、全員が一斉に黙った。特に大声を出したわけでもない。それなのに、この煩い中で、普通に注意しただけで全員が黙ったのだ。どういうこと?
「……沙月もバカな無茶をしたな」
「……っ! それなら、あんたが行けばいいじゃん!」
渚さんが言葉を漏らすと、1人の女性がそう大声を上げた。よくは分からないが、沙月さんの代わりに渚さんが実験に行けば良かったと言いたいのだろう。
「いつも足手
その女性は泣きながらそう訴えていた。他の皆は口には出さないものの、表情から察するに同じような意見なのだろう。前に確か、アルフさんが「渚は弱いのに出しゃばりすぎるから文句を言われるんだよ?」と言っていたことを思い出した。そういうことなのか。
「俺が行ったところでどうしようもない。群青隊の中では未来視を持つこいつが一番、生存と成功の可能性が高い」
「小日向さんが死にかけるくらいなら、あんたが行った方がマシよ!」
さらに感情的になって渚さんに反論する。
「どういう理屈だ、それ。沙月は未来視を持っている。それなら、自分がどこまで行けば死ぬかくらいはすぐに分かることだ。だが、こいつは死にかけた。自業自得だろ」
「このっ……!」
殴りそうになった女性を慌てて周りが止める。今ので、渚さんが皆から嫌われる理由が分かったかもしれない。女性は感情的になって発言していた。一方、渚さんは冷静だった。渚さんは間違ったことは言っていない。だけど、あまりにもストレートに言うから周りが傷つく。そういうところが嫌われる原因なのだろう。
「渚の言う通りだ。悪いのは私だ」
「沙月さん! 大丈夫なんですか?」
沙月さんが目覚めて起き上がったのに気づき、慌てて私は声をかけた。死にかけたと言っていたが、意外と元気そうで良かった。
「ああ。死にかけてると分かっていたにも関わらず、自分で行った私が悪い。まあ、死ぬ未来は見えていなかったからだろうな。全く。私もバカなことをしたものだ」
ああ、またこの感じ。目覚めた時から思ってたけど、違和感がある。沙月さんは時々、そんな違和感があった。特に今日は酷い。口調まで全く違うのだから。
「そういえば、
やっぱり。そんな風に言うってことは……
「二重人格……あ、多重人格ですか?」
「二重人格で合っている。お前がよく知っている私は、今は眠っている。それに今はこっちの私の方が説明しやすいだろう」
淡々と話していく沙月さん。まるで別人だ。二重人格の人に会うのは沙月さんが初めてだけど、ここまで変わるのか。
「まあ、他の皆はもう理解していることだろう。もう1人の私が絶対零度の能力者に会いにまた行こうとした。死にかけることは未来視で見えていたが、懲りずに先へ進んでこれだ」
またということは、以前にも行ったことがあるのだろう。他の皆は理解しているようだから、もしかすると以前にもこういうことがあったのかもしれない。
「渚、後で私を叱ってくれ。こういうのはお前が適任だ」
「分かっている」
渚さんが叱るのか。渚さんなら怒って叱るというよりは、淡々と正論を述べて相手を何も言えなくして叱るのだろうか。後日、私がよく知っている方の沙月さんに聞いてみようか。
「小日向さん……なんで……なんでそんな最低な奴が彼氏なんですか!」
さっき怒っていた女性がまた声を上げる。私からすれば見た目も中身もお似合いの2人に見える。しかし、信頼されている沙月さんと足手纏いと言われた渚さんの2人は、周りからすれば外見は別としても、内面は天と地の差があるのだろうか。
「「……は?」」
2人が同時に言った。まるで理解していないようだった。その発言に周りも「は?」と言いたそうな表情だった。
「いや、渚は彼氏じゃないぞ? 当然、もう1人の私もだ」
「「「はああああああああああ!?」」」
病院中に絶叫が響いた。