13話 異世界は最悪である
「あれ、沙月さんどこかに出かけるんですか?」
「うん。数日は帰らない。ちょっと実験みたいなもので用事があって、海外に行くからさ」
事情聴取が終わった次の日の朝、そう言って沙月さんは大荷物を準備していた。海外にまで実験に行く必要があるのか。大変だな。
「正月までには戻ってこれると思うから」
「未来視で分からないんですか?」
「分かるけど、複数見えてるんだよね。結果はバラバラだし」
やはり未来というのは確定したものではないらしい。未来視も絶対というわけではないようだ。
「あ、そうだ。主治医はちゃんとつけておいたから安心してね」
「ありがとうございます。でも、最近なんか調子良いんですよね」
昨日も一昨日も疲れることばかりしているのに不思議と元気なのだ。最近の私ならしばらく寝ていても不思議ではない。
「やっぱり? 肌の調子も良さそうだしね。2日でだいぶ変わったんじゃない?」
「ふぁっ!?」
慌てて鏡を見る。なんということでしょう。ニキビがたくさんあったのに、そんな面影はどこにもなく、お肌はツヤツヤ。めっちゃ綺麗。しかも奥二重がぱっちり二重に。面影はあるが、もはや別人である。
「……誰?」
「環境が良くなったから、とかなのかな?」
いやいや。それでもこれは変わりすぎでは? よく見ると、転けるなどして怪我した時に残った傷跡もない。手も少々荒れていたけど綺麗に。異世界へ来た効果にしては凄すぎないか?
「……やっぱり試した方がいいのかな。うーん、でもなあ……」
「何かあるんですか?」
「いや、なんでもないよ」
どう見てもなんでもないようには見えない。まあ、私に関係があるかどうかはっきりと分からないので、それ以上は聞かないでおく。関係があったとしても恐らく言わないだろう。
「じゃ、行ってくるね!」
「いってらっしゃいませー!」
そう言って沙月さんは出て行った。私以外に誰も見送りをしていないけど、いいのだろうか。沙月さんは気にしてなさそうだから、いいのかもしれないけれど。
「あ、沙月さ……行っちゃった」
あのフィギュアの行方を聞かなければと思っていたが、言い損ねていた。扉を開けても既に沙月さんはいなかった。
「……どこにいるんだろう」
そう呟く。捕まえられた紅の月がどこにいるのか全く分からない。ここみたいに異空間だと言っていたから、空間操作の人に頼むしかないか。……危険だから許可してくれなさそうだけど。
「どうされましたか?」
「ちょうどいいところに!」
私は運が良いらしい。ナイスタイミングだ。あの空間操作の超能力を持った女性が後ろに立っていた。
「捕らえられた超能力者の所に行くことってできますか?」
「できますけど、危険ですよ?」
ですよね。予想はしていた。それでも一刻も早く、なんとしてでも取り返す必要がある。転売など断じてあってはいけない。特に盗品だから、余計に許さん。
「じゃあ、俺と行くか?」
「あ、この前の……」
クリスマスパーティーの時に話した男性だ。改めて見るといかにもお酒が強そうな見た目をしている。
「そういえば嬢ちゃんは新入りか。名乗ってなかったな。
「神谷光です。お名前も強そうですね」
「まあな!」
なんて言って、鬼塚さんは自慢気に笑っている。筋肉もかなりあるし、実際に強いだろう。超能力を持っていないとしても、超能力者を相手に軽々と倒せてしまいそうだ。
「だが嬢ちゃん、あそこは危険だぞ? なんでまたそんなとこに行くんだ?」
「宝物を盗られたんですよ。返っては来ましたが、一番大事な宝物だけが無くてですね……」
「嬢ちゃん、殺気がやべえぞ」
自覚している。それでも出さずにはいられない。顔が凹むくらい殴ってやりたいけど、残念ながらそんな力も勇気もない。だからこの際、呪ってやる。生霊を飛ばして呪ってやる。できるか分からないけど。
「ま、何かあっても俺がなんとかするか。だが、一応自分でも気を付けとけよ」
「はい」
「……じゃあ、飛ばしますよ」
あまり乗り気ではないようだが、超能力を使用したらしい。空間が裂けているといったらいいのか、歪んでいるといったらいいのかは分からない。ただ、この先にどんな光景があるかは分からない。こんなこともできるのか。
「行くぞ」
先に入っていった鬼塚さんを追って私も入る。すると、本当に異空間に来たようだ。ここは広場だろうか。周りは大きな建物に囲まれている。
「ここから探すのも骨が折れるなあ……」
どうやらかなり人がいるらしい。周りの様子からすると、刑務所にしてはかなり自由な気がする。まあ、規律を守っていないだけかもしれないけど。
「おいてめえ! 早くここから出しやがれ!」
突然、鬼塚さんに突っかかってきた男がいた。体格の差は歴然としていた。超能力抜きの戦闘ならば、鬼塚さんが間違いなく勝つだろう。
「出たら死ぬぞ?」
「こんな生活はもう懲り懲りだ! 刑務所かよ!」
いや、刑務所よりマシだろ。ここにいるのは全員犯罪者だろ。有難く思え、と言いたくなるのをぐっと堪える。
「捕獲……超能力者対策部隊に捕まったらどうなるか。お前ら全員実験台にされて一生生き地獄だぞ」
「んな話、聞いたことがねえ! それに俺は捕まらねえ!」
などと余裕ぶっこいている。これは即行で捕まるタイプの人間だな。まるで警戒心もない。自分が最強と思っているバカだ。
「そうか? なら……」
そう言って鬼塚さんは後ろに下がった。この時点で私は何となく次にすることを察した。
「ぐはっ」
鬼塚さんは走り込んで、真正面から男の腹部を殴った。みぞおちに入っただろうか。男は全く動けない。やっぱりこうなったか。
「ほら。今のでお前は捕まったな。俺は余裕を与えたぞ。不意打ちですらない。超能力すら使えてねえ。この程度でやられるようじゃ、あいつらには勝てねえよ」
何か言いたそうな顔だが、痛みのせいか何も言えない。というか、顔から察するに反論もまともなものではないだろう。負け惜しみの発言だろう。
「ひっ」
突然、小さな悲鳴が聞こえた。この声には聞き覚えがあった。そう、お目当ての女である。
「いーたーぞー!」
と言ってそいつを追いかけるけど、相手も既に走って逃げ始めていて追いつかない。というか、徐々に離されている。あの時みたいな俊足は出ないし、体力もない。これは間に合わないだろう。
「捕まえたぞ、嬢ちゃん」
いつの間にか鬼塚さんが挟み撃ちにしていたらしい。逃げ場を失ってあっという間に捕まったようだ。……鬼塚さん、足速くないですか?
「何よ! 今度は何の用よ!」
じたばたしながらも私に向かってそう言う。
「フィギュアを返せ」
「は!?」
「私のもう1つのフィギュアはどこへやった」
「人形!? 知らないわよ!」
知らないでは困る。返してもらわなければ困る。もう一生手に入らないのだから。今帰ってこないともう二度と帰ってこないかもしれない。
「もう1人のやつが持っていったんじゃないの?」
「そいつはどこ?」
「逃げたわよ!」
逃げた? 最悪だ。戻ってこなくなる可能性が高くなってしまった。一番のお気に入りが……私の最推しが……嘘だろ……?
「なあ、それは本当なのか?」
「おっさんこそ何よ! 嘘なわけないでしょ!」
「……嘘をついているようには見えんなあ」
終わった。セバスさんがいるからって安心せずに肌身離さず持っておけばよかった。結果論でしかないけど。……物探しの超能力者とかいませんかね。
「嬢ちゃん。もうここにいる意味はないんじゃないか?」
「……」
意気消沈である。恨みすら湧き出てこなかった。もう戻ってこないかもしれない。そんな現実がずっと頭を渦巻いている。
「おいおい、危ないぞ」
異世界、最悪だ。