バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

べいべぇ、べいべぇ その3

 離乳食がスタートした我が家のリョータなのですが、基本的に何を作っても、なんでも美味しそうに食べてくれます。
「リョータは好き嫌いが判断しにくいなぁ」
 その食べっぷりを見ながら僕は思わず腕組みをしたのですが、そんな僕を見ながらパラナミオが満面の笑顔で言いました。
「パパが作る物ですもん。美味しくないわけがないじゃないですか!」
 パラナミオはそう言いながらリョータの前に少しずつ皿に盛られて並んでいる試食の山を見つめています。
 よく見ると、その口の端から少し涎が……
「パラナミオも食べて見るかい?」
 僕がそう言うと、パラナミオは一瞬満面の笑みを浮かべました。

 が

 すぐに顔を左右に振りまして、
「ダメですダメです。パラナミオはお姉ちゃんです。お姉ちゃんが弟のご飯を食べてはいけないのです」
 そう言いました。
 そうは言っていますが、相変わらず口の端からは涎が垂れています。
「パラナミオって、結構食いしん坊なとこがあるもんねぇ」
 僕が笑顔でそう言うと、パラナミオは顔を真っ赤にしていきました。
「そ、そうじゃないんです。パパのご飯が美味しすぎるのです」
「そっか、それは嬉しいな」
 パラナミオの言葉に、僕も思わず笑顔になりました。

 で

「リョータも全部は食べられないだろうし、1皿くらいなら食べても大丈夫だよ」
 僕がそう言うと、パラナミオは再度その顔に笑顔を浮かべました。
「そ、そうですか? じ、じゃあこのお魚のほぐしたのが入っているのを……」
 そう言いながらパラナミオは、小盛りの皿の中身を一口で全て口の中へ入れていきました。

 最初、満面の笑顔でモグモグしていたパラナミオですが、その表情が徐々に変化していきます。
『なんか変です?』
 的な表情になり、一生懸命口の中の味覚を研ぎ澄まそうとしています。
 が、どうも思った味と違いすぎたらしく、パラナミオは困惑の表情を浮かべています。
 
 まおぁ、そりゃそうでしょう。
 何しろ赤ちゃん用の離乳食ですから、すっごい薄味に仕上げていますので、いつもの僕の料理とは比べものにならないほど味がついていませんからね。
「……あの、パパ……パラナミオはお口がおかしくなってしまったのでしょうか……」
 それでも、パラナミオは僕が料理を失敗したとかはまったく思おうとしないで、自分がおかしいんだ、と思い込んでいます。
 確かに、リョータは笑顔で食べ続けていますからね、さもありなんなとこはあるわけです。
 そんな、困惑仕切りなパラナミオに、僕は笑顔を向けました。
「パラナミオがおかしいんじゃないよ。この料理はリョータ用に味をすごく薄くしてあるんだ。リョータはまだ赤ちゃんだから、パラナミオやパパがいつも食べているような食事の味付けをしたら味が濃すぎになっちゃうんだよ」
「そ、そうだったんですか!?」
 僕の言葉に、パラナミオは心の底から安堵のため息をついていきました。
「よかったですぅ……パラナミオは、もうパパの美味しいご飯を味わえないのかと、すごく悲しくなりそうでした」
 そう言うパラナミオの目の端には涙が浮かんでいました。
 あぁ……そこまで真剣に思っちゃったんだなぁ……
 僕は、
「ゴメンねパラナミオ。最初に教えておいて上げればよかったね」
 そう言いながら、パラナミオを優しく抱きしめました。
「パパ、ありがとうございます。もう大丈夫です」
 そう言いながら、パラナミオも僕をギュッと抱きしめてくれました。

 そんな僕達を、スアが抱きしめ
 さらに、遊びに来ていたルアが抱きしめ
 その上、ちょうど部屋を覗きにきた魔王ビナスさんが抱きしめてきて

 と、まぁ、いつものコンビニおもてなし名物、家族と従業員の輪が出来上がっていきました。

◇◇

 とはいえ、パラナミオが言ってたことって、意外と的を得ていたようです。
 いえね、僕が作った離乳食なんですけど、どうもリョータ的にもすごく美味しいみたいでして、だから野菜でも肉でも魚でも、なんでも好き嫌いなく食べてくれてるみたいなんですよね。
 なんでそう思ったのかといいますと、僕の作った離乳食を参考にして、スアが離乳食を作ってみたんですが、それを口に運んだリョータは
「うぇ……」
 そう言って、なんかすっごい顔をしました。
 で、スアが2口目を運んでも、けして口を開けようとしなかったんですよね、これが。

 思いっきり沈んだスアを必死に励ましつつ、僕が改めて離乳食を作り始めるとリョータは満面の笑顔を浮かべて僕の所までトコトコ歩いてきまして足に抱きつきました。

 と、いうわけで……

 僕作成の赤ちゃん用の離乳食をですね、ルア工房製の容器に詰めて販売することにしました。
 容器は、1食分を小さくて薄い缶に詰めてありまして、缶の頭についているプルタブを引っ張ると缶の上部がぱっかんと開く仕組みになっています。
 この世界では、この缶の材料にしているアルミもどきがゴミとして扱われてるもんですから、実質ルア工房での作業賃のみで作成してもらえるんですよね。
 で、この容器は、使用後にコンビニおもてなしに持って来てくれたらいくらかで買い取りすることにしました。
「この容器ならさ、再利用出来るよ」
 ってルアが言ってくれたのでやってみたところ、回収率がほぼ百パーセントというすごい状態になっていまして、ルアの工房でも新規に作成しなくても、回収した容器を消毒・洗浄して蓋部分を再加工するだけでいいもんですから、すごく楽に作業出来るそうなんですよね。

 で

 本格的に販売を開始した離乳食ですが飛ぶようにうれています。
 赤ちゃん用の品物がほとんど扱われていなかったこの世界です。当然のように赤ちゃん用の食事も特に販売とかはされてなかったもんですから。
 とはいえ、最初はやっぱり物珍しさで売れた感じだったのですが、その離乳食を赤ちゃんにあげてみたママさん達がですね
「コンビニおもてなしの離乳食をね、ウチの子、すっごくよく食べるのよ。私の作ったご飯はいつもイヤイヤだったのに」
「ウチの子もなのよ」
「ウチもよ」
 とまぁ、あっという間にママさんの間にそんな噂が広まってですね、販売2日目の開店前には、その噂を聞きつけて離乳食を買いにやってきたママさんの行列がコンビニおもてなし本店前に出来てたんですよね、これが……

 で、まぁ、押すな押すなの大盛況な上に、いつものお弁当を求めてくるお客さんもいたりで、この日のコンビニおもてなし本店は、お客さん整理をしていたスアのアナザーボディ達とルービアスが閉店前にヘロヘロになって倒れ込むほどでした。

 で、ママさん達の中からですね
「これ、どうやって作ってるんですか?」
「作り方、知りたいわぁ」
 ってご要望も多かったもんですから、簡単な冊子を作ってそれを無料配布しようかなと思っていたところ
「こんにちはスア様の旦那様。魔女魔法出版のダンダリンダでございますわ」
 そう言いながら、ちょうどスアのところに新しい本の原稿を取りに来ていたダンダリンダが駆け寄って来ました。

 ちなみに、今回スアが執筆したのが

・ゴブリンでもわかる海洋生物図鑑~調理方付き
 共同著者:リョーイチ タクラ

 なんですけどね。

 で、ダンダリンダは僕がメモ書きした紙の束を見つめながら
「スア様の旦那様、そのレシピ、本にしませんか?」
 って言ってきたんですよね。
「このお店では、特別に百部まで無料配布してくださって構いませんので」
 って条件ももらえたし、ま、それもいいかなと思って
「じゃあ、お願いしてみようかな」
 僕はそう言いながらメモ書きの束をダンダリンダに手渡しました。

 で、三十分後

「スア様の旦那様、初稿があがりましたわ」
 って言いながら、ダンダリンダが転移魔法で戻って来ました。
 ってか、相変わらず早いな、おい。

 ちなみに、スアの本の初稿も同時にあがったらしく、ダンダリンダは僕に初稿チェック用原稿を手渡すと、その足でスアの実験室へ向かって行きました。

 で、その表紙なんですけど

『ゴブリンでも出来る赤ちゃん用離乳食レシピ 著者:ステルアムの旦那』

 ……ま、まぁいいんですけどね。
 この世界……特に、魔女魔法出版の購読層の中では、スアの名前は絶大ですしね……

 で、今回のレシピ本の中には、あえて海産物やテトテ集落で取れる変わった野菜を使用したレシピは省略していまして、ガタコンベやブラコンベの市場や食料品の店で普通に買える材料で作ることが出来る物ばかり紹介していたのと、こういった赤ちゃん用の食事のレシピ本が発売されたのがこの世界初だったってのもあってか、
「もうですね、パルマ全土で大ベストセラーですよ。今回同時販売しましたスア様の新著に勝るとも劣らない売り上げを各地で記録していますわ」
 そう言って、ダンダリンダは嬉しそうに僕の手を握りしめてきました。
「……つきましては、スア様の旦那様、至急続編の相談を……」
 あぁ、やっぱそうきますか。

 で、まぁ、2巻にどのレシピをのせようかな、と考えつつも、僕は今日も離乳食をあれこれ試行錯誤し続けています。
 足元で、リョータが笑顔で待ってますしね。

 こうして、コンビニおもてなしで新発売された離乳食缶詰と、魔女魔法出版から発売された離乳食レシピ本は、ともに絶好調の売り上げを記録し続けています、はい。

しおり