べいべぇ、べいべぇ その1
僕の目の前で信じられない光景が繰り広げられています。
「あ~……」
僕の目の前で、リョータが歩いています。
笑顔で嬉しそうな声をあげながら歩いています。
今までも、お尻を突き上げて立ち上がろうとしたり、そのままズリズリとハイハイすることはあったリョータなのですが、今日の僕の目の前のリョータはひと味違います。
完全に二本の足で立ち上がっています。
何も掴んでいません。
満面の笑顔で僕を見つめながら、僕に向かって両手を伸ばしてヨチヨチと歩いてきます。
「ぱ~ぱ~……」
「おぉ! リョータ! そうだぞ、パパはここだぞ!」
僕は笑顔でそう言いながらリョータに両手を伸ばしました。
その腕を嬉しそうに見つめながらリョータは僕の方にどんどん歩いてきます。
「うわぁ、リョータが歩いてます!」
そんなリョータを、学校から戻ってきたばかりのパラナミオが見つけまして、感動の声をあげました。
すると、どうでしょう。
それまで、僕に向かって真っ直ぐ進んできていたリョータ。
「ねぇね!」
そう言うと、リョータは僕まであと少しのところで方向転換し、パラナミオへ行き先を変えましてそっちに向かい始めたではありませんか。
「リョータ! すごいです! パラナミオお姉ちゃんはここです!」
そんなリョータを、パラナミオは笑顔で見つめながら両手を伸ばしています。
「ねぇね!」
「はい! パラナミオお姉ちゃんはここです」
「ねぇね!」
リョータは、満面の笑みを浮かべながらパラナミオに向かって歩いて行き、そしてついにその胸の中に飛び込んでいきました。
「リョータすごいです! パラナミオお姉ちゃんも感動です」
パラナミオは、満面の笑顔を浮かべながらリョータを抱きしめています。
そんなパラナミオの胸の中で、リョータは嬉しそうな笑顔を浮かべています。
うん、いい光景です。
すっごく良い光景です。
……いいんですよ別に……僕の伸ばしたこの両手が何も掴んでいなくてもですね、リョータとパラナミオのその光景さえ見ることが出来るのならば、僕はあの某ラノベの主人公のように魔王でも倒せるかもしれません……いや、倒せますともさ。
「店長さん、今、私を呼ばれましたかしら?」
「すんません、魔王ビナスさん。なんでもありません、身分不相応なことを思ってホントすいません」
いきなり巨木の家に顔を出した、本店のアルバイトである魔王ビナスさんに向かって僕は土下座でもしそうな勢いで頭を下げていきました。
この魔王ビナスさん、その名の通りマジで魔王です。
この世界の、ではありませんが、本物です。
えぇ、勢いに任せて迂闊なことを考えるもんじゃありません。
ウチの店には魔王もいれば伝説の魔法使いもいますし、暗黒大魔道士な招き猫やゲートの番人の幽霊や、動く木人形まで、なんでもござれなんですからね。
えぇ、ホント迂闊なことを考えるもんじゃありませんとも……
で、そんなことを思っただけなのに、何で魔王ビナスさんの後方に、暗黒大魔道士ダマリナッセが封印されてる招き猫を持った伝説級の魔法使いスアとゲートの番人の幽霊というか思念体のララデンテさんと、動く木人形のエレがやって来てるんですかねぇ……あはは。
そんなわけで、ついに歩き始めたリョータですが、すでにお姉ちゃん大好きっ子です。
その次にスアが好きです。
その次が僕……と思ったら、なんか魔王ビナスさんが好きなようでして、
その次がヤルメキスで
その次がテンテンコウ♀で
その次がルービアスで
その次がセーテンで
その次がイエロで
もうおわかりですね
目下コンビニおもてなし本店勤務メンバー……僕 対 ブリリアンの一騎打ち状態です。
「……店長、悪いですけど、ここはスア師匠の一番弟子として譲るわけにはいきません」
「ばっかやろ! こっちだって実の父親なんだ、負けるわけがないっての!」
僕とブリリアンは互いににらみあった後、リビングのカーペットの上に座っているリョータに向かって同時に手を伸ばしました。
「さぁリョータくん、ブリリアンお姉さんのところにいらっしゃい! 抱っこしてあげますよ」
「リョータ! パパだぞ!さ、おいで!」
僕とブリリアンの声に反応したリョータは、笑顔で立ち上がりました。
ヨチヨチと僕らの方に向かって歩いてきます。
さぁ、どっちに!?
そう思っている僕とブリリアンなのですが……リョータは、そんな僕達の真ん中をヨチヨチと歩き過ぎていきまして……ちょうど部屋に入ってきた黒骨人間(ブラックスケルトン)の足に抱きついていきました。
覚えておいでだろうか。
この黒骨人間(ブラックスケルトン)、昆虫人達のために巨木の家の上の方にある木の実の店舗で昆虫ゼリーを販売しているれっきとしたコンビニおもてなしの店員です。
よく考えたらこの黒骨人間(ブラックスケルトン)って、パラナミオの召喚魔法から産まれているので、その影響があったのかもしれません。
僕は、黒骨人間(ブラックスケルトン)に抱っこされて満面の笑顔を浮かべているリョータを見つめていました。
「……なぁ、ブリリアン」
「……なんでしょうか、店長」
「あのさ、勝負……やめにしない?」
「……奇遇ですね、私も今同じ事を思っていました」
と、いうわけで……どっちがリョータに好かれているか勝負は、ここで打ち切りになりました。
僕的には、ここでさらにリョータに選ばれなかったらもう立ち直れないかも……
と、まぁ、そんなことを考えながら、僕は仕事に戻っていきました。
◇◇
その夜、各店からの発注書をまとめ、明日コンビニおもてなしで販売する弁当類の仕込み作業を終えた僕は巨木の家に戻っていきました。
すると
「ぱ~ぱ~」
そんな僕に、リョータがヨチヨチ歩いてきまして、今度こそ僕に抱きついてくれました。
大江戸花火祭りも霞むくらいの大花火が僕の脳内で大爆発した瞬間です。
僕はそんなリョータを抱っこすると思いっきり感涙を流していきました。
すると、そんな僕をブリリアンがドアの隙間からハンカ咥えて見つめていました。
マジ泣きしています。
僕は、そんなブリリアンのところに歩みよっていくと、リョータに向かって言いました。
「ほら、ブリリアンお姉ちゃんだよ。抱っこしてもらってごらん」
僕がそう言うと、リョータは満面の笑みを浮かべながらブリリアンに向かって手を伸ばしていきます。
ブリリアンは、口に咥えていたハンカチをポロッと落とすと、両手でリョータを抱っこしていきました。
感涙です。
マジ泣きしています。
「わかる……わかるぞブリリアン。お前のその気持ち」
「店長……私、今まで生きてきて最高に幸せです!」
僕とブリリアンは、リョータを中心にして感涙を流し続けていました。
いや、マジで嬉しかったんですってば。
◇◇
とまぁ、そんなこんなで就寝時間。
すでにリョータとパラナミオはベッドの上で寝息をたてています。
「というわけでさ、やっとリョータも僕に歩いてきてくれたんだ」
僕が嬉しそうにそう言うと、スアは僕に向かってニッコリ笑顔を浮かべ、
「……リョータはいい子。みんなに先に愛想を振りまいたの、よ……パパのこと、大好き、よ」
そう言ってくれました。
スアが言ってくれると、なんかすごく説得力あります。
「しかしあれだなぁ……」
僕は、スアを抱き寄せながらベッドの上のリョータとパラナミオを見つめていました。
「素敵な奥さんに、可愛い子供達……店も順調だし……」
僕がそう言うと、スアは少し拗ねたような表情を浮かべました。
「……でもね、少し働き過ぎ、よ……もう少しのんびり、ね」
「うん、わかってる」
僕はそう言いながらスアを抱きしめると、顔をスアへ寄せていきました。
そんな僕の前で、スアはゆっくりと目を閉じました。
「……次の子供、出来たんだ、し」
そう言ったスアと、口づけを
「……ちょっとまって……スア……今、さらっとなんかすごいことを言わなかった?」
「……えへ」
「いや、『えへ』じゃなくてさ……可愛いけど」