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第6話 持ち帰ってきたもの

『か、関節キスなんて不潔っス‼︎絶対ダメっス‼︎絶対‼︎』と瑛子に強硬に阻止されたので俺は糸井さんの水をもらうことは諦めることになる。変なとこでめんどくせえなあこいつ……
俺たちは糸井さんがお椀の水を飲み干すと小川に向けて歩き出した。
瑛子の案内で小川にたどり着くとそこで水分を補給し、暫く休むことにした。

「よく見つけたな、エイコ。せせらぎの音なんて全然聞こえなかったぞ」

小川はそんなに大きくなくてさらさらと大きな岩の合間から流れる水が森にできた窪みの間をゆったりと流れていた。
到底先ほどの場所からは何も聞こえそうにない。

「そういえばそっスね?うーん、なんとなく聞こえてきたとしか」

「野生か!」

瑛子自身にもよくわからないらしい。
さっきのステータスの項目とやらに感覚がなんたら、とかいうのがあった気がする。その影響か?だとしたら瑛子が誰よりも早く人里を発見できるかもしれない。存在すればだが。

「エイコ、わかってると思うが人の気配を発見したらすぐ教えてくれよ?」

瑛子は何かにすぐ気を取られる所があるから念のために繰り返す。

「……センパイ、私イヌじゃないっス」

不服そうに瑛子は頬を膨らませる。
糸井さんはというと、靴を脱ぎ足を小川に浸してくつろいでいた。

「水が冷たくて気持ちいいですね。那月さんありがとうございます」

「いえ〜〜なんてことないっスよ。テヘヘ」

あまり褒められたことのない瑛子が嬉しそうに笑う。

和やかな光景だが俺は違和感を覚えていた。
――おかしい。瑛子が逞しすぎる。この子はもっと普通の女の子だったはずだ。
理由や理屈はわからないが、この妙な森に迷い込んだことで俺たちは何らかの力をそれぞれ与えられたということだろうか?それがさっき見たステータス画面とやらの数値なんだろうか?とにかく妙なことが多すぎる。
まあ今は考えるのはやめておこう。考えてもわからないことばかりだ。とにかくライフラインを確保することに集中しよう。
時計がないのではっきりとした時間経過はわからないが、俺たちはそこで数十分ほど休むと先を急いだ。暗くなる前に寝床くらいは確保しときたい。















「エイコ、糸井さん下がってろ」

小一時間ほど歩いた頃だろうか。遭いたくはなかったがやはりこの森の獣というのは向こうから寄ってくるものらしい。今度は体長2メートルはありそうな大きなトカゲが草陰から音を立てて現れた。
俺は2人に下がるように指示を出すと剣を抜き構える。きっと不恰好だっただろう。しかし今はこの剣に頼るしかない。

「オォォォォォォォラァ‼︎」

気合を込めて俺はトカゲ目掛けて走り出す。狙うは頭だ。
目測で攻撃が届くだろう距離まで到達すると俺は剣を振りかぶった。

「ッシャァァァァァァ‼︎」

しかし俺の斬撃は虚しく空を切り、地面に突き刺さる。
また当たらない。
――あれ、トカゲは?
探す間も無く、トカゲの顔が不意に俺の目の前に現れた。どうやら俺の斬撃に合わせて空中に飛んでいたらしい。

「うあ⁉︎」

思わず間抜けな声が出る。そりゃバカでかい爬虫類の顔が急に目前に現れたら誰でも驚く。
しかし問題はこの後だ。こいつらは普通の生物じゃない。どんな攻撃をしてくるか――
まるでその瞬間はスローモーションのように周りの風景が止まって見えたのを覚えている。
やがてトカゲが口を開きその鋭い牙を剥きだすのが見えた時だった。
ガンッという音と共にトカゲが真横に吹っ飛んだ。
危機を脱した俺は思わず尻餅をついてしまった。

「センパイ……下がるべきはセンパイっス」

見ると瑛子がいつの間にか俺の横に立っていた。手には鞘付きの剣が握られている。先ほどと同じようにこれでぶん殴ったんだろう。

「じゃ、さっさと終わらせるっスから」

「ちょ、まてよぉ!エイコォ……」

俺が言い終わる前に瑛子は抜刀すると倒れたトカゲに駆け寄り一瞬で真っ二つにした。
モンスを瞬殺した瑛子は口を真一文字に結び目を少し吊り上げ、俺と目を合わせてくれない。これは瑛子が怒っている時のリアクションだ。

「無茶するセンパイは嫌いっス……」

「いやこういう時は男が戦うのは当たり前だろ?なあ?」

瑛子はフンッ!と鼻を鳴らしてそっぽを向き歩き出した。

その後も「女子2人下がってろぉ‼︎」→「攻撃当たらねえ!うわあ‼︎モンスの反撃きたあ‼︎」→勇者瑛子によるワンパンゲームという俺にとっての地獄のループが5、6回続いた。

「あのぉ、草薙さんもう……」

遠慮がちに何かを言いかけた糸井さんの言葉が更に俺の中の男のプライドなるものを粉々に打ち砕いた。














諦めて怪物との戦闘を瑛子に任せてから更に2、3時間ほど歩いた頃だろうか。休憩を挟みながらの行程だったが流石に俺も糸井さんもバテてきた。

「センパイ、糸井さん大丈夫ッスか?休みますか?」

軽やかに先頭を歩く瑛子が後ろを歩く俺たちに振り向き声をかける。
うん俺はもう限界だ。やや後ろを歩く糸井さんも息が上がっているようだ。
お前は元気だなあ……モンスと時々戦いながら歩いてるのに。ほとんどワンパンだけど。

「……いや大丈夫だ。そう、俺は大丈夫なんだけどおぉーー⁉︎お前より先にバテるわけないしぃぃ⁈でぇーもぉー?糸井さんが疲れたんじゃねえかなあー⁈疲れたよね糸井さん?休もうか?うん休もう?」

これ以上男のプライドを踏みにじられたくない俺はついつい見栄を張ってしまった。ごめんな糸井さん……

「…ええ、そうですね。少し休みたいです」

汗を拭い乱れた髪を整えながら真里さんが答えた。
樹々の葉陰から木洩れ出る日の光はもうオレンジ色になっていた。本当ならば一歩でも多く先を急ぎたい。しかし無理をしても人里が見つかるという保証はどこにもない。俺はそろそろ今夜は野宿する覚悟を決め始めていた。

「よっしゃ、休みますか。水も何もないッスけど後で私が探してくるッスからね」

少し先頭を歩いていた瑛子が戻ってきた。
適当な座るところがなかったので瑛子が木を切って切り株の椅子を作ってくれた。一瞬で。

「ささ、お二人ともゆっくり座っててください。また何か探してくるからっスね‼︎」

「お、おい瑛子あまり遠くに行くなよ」

俺が言い終わる前に瑛子は駈け出す。
相変わらず人の話を聞かないぜ。
切り株に腰掛け、森の樹々を見つめる。この大きいやつ樹齢何年だろうか?

「那月さんいつもあんなに元気でお強いんですか?」

糸井さんが髪を整えながら尋ねてきた。まあ不思議に思うよな。

「あー……元気なのは元気なんだが、あの強さとフィジカルはおかしい……いつものエイコは普通の女の子だ」

俺は中学時代の数年と今の瑛子しか知らないが、あいつは身体能力もテストの成績も並だ。
運動会の徒競走を走らせれば万年3位。マラソン大会の順位も毎年ほぼ真ん中。
文化系の部活を気の向くままに渡り歩いてはいたが格闘技の経験なんかもほぼ無いはずだ。俺が知る限り瑛子には「戦い」という技術との接点は無かったと思う。

「……だとしたら『この世界』に迷い込んできた時に私たちに何らかの能力が割り振られたという仮説が立てられますね。元の世界の能力とは関係なく。その中でも那月さんは大当たりを引いた、ということです」

「ふーむ……なるほどなあ」

糸井さんの仮説は一理あった。
瑛子のフィジカルが異様に上がっているというのなら、逆に俺のフィジカルはここに来る前より下がっているように感じていた。俺は「ハズレ」を引いたってことか?
エイコを待つ間、暫くとりとめの無いお互いのことを話していた。サッカー部に所属していた・こと、瑛子とは中学からの付き合い(付き合ってはいない)であること、吹奏楽部に所属していること、花園高校の様子などなど、お互いの日常について情報交換した。10分くらい話していただろうか、それにしても瑛子遅いな、と思い始めた時だった。
ガサゴソと樹々をかき分ける音がしておーい、と瑛子の声が聞こえてくる。

「おっせーよ、エイコ!迷ったら大変だろ?縄でくくっとくか?」

「そんな趣味なんスかセンパイ!ドン引きっスね‼︎」

うるせえな……と振り向くとヤツは驚くべきものを持ち帰ってきてやがった。瑛子は女の子を背に乗せ、片方の手で男の子と手を繋ぎながらこちらに戻ってきたのである。

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