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第5話 踏みしめる未踏の地

ステータスとやらを調べてみたら瑛子の数値がぶっ飛んでいた。
いやよくわからんがこの数値がおかしいのは俺でも分かる。しかも勇者って?

「お、おぉ〜〜……わたし勇者だったんスね‼︎」

見ると瑛子がなんだか嬉しそうだ。
道理でさっきのモグラを瞬殺できるわけだ。

「もしまた変なのが出てきても、私が斬っちゃうスからね!お任せくださいっス‼︎」

瑛子はふふん、と鼻を鳴らし無い胸を叩く。ほらまたすぐ調子に乗る……

「おい、おかしくね、お前の数値。バグだ、バグ」

大体この数値が何なのか、項目の意味もよくわからないし本当に正確なものなのかすら疑わしい。俺は全面的に信頼する気にはなれない。
もし見方や尺度なんかが違ってたら大変なことになる。

「えー……でもさっきのモグラしゅんころだったっスよ?よゆーっス、よゆー」

元気を取り戻したのは何よりだが、この状況を舐めるのは危険だ。俺は苦戦したが何もさっきのモグラみたいなのばかりがこの森に生息してるとは限らない。何より瑛子に頼りきりという戦術を立てるのは俺が嫌だった。


「……まあいい、ステータスの件はひとまず置いといてこれからどうしようか」


ここに留まるか、それとも救助を待つか。
ここが見も知らぬ外国で俺たちが何らかの現象の為にぶっ飛ばされてきたというなら救助がやってくる可能性は極めて低い。それなら自分たちで生存戦略を立てるしかない。そしてさっきのモグラやら飛んでる変な鳥、植物、地形やらを見るに俺にはここが日本には思えなかった。

「……私はここに留まっていても無駄だと思います。この森は日本じゃないと思います。地球上ですらないかも……私たちの身に起こっていることも異常です」

おお、そこまで言うか。しかし糸井さんの言うことには一部賛同できる。

「だとすると困ったことになるな。衣食住の保証がない」

「えっ……‼︎」

悲鳴のような声を上げたのは瑛子だ。やっぱり思い至ってなかったか。

「まずは持ち物を調べましょうか。特に食料と水を」

俺たちは手元に持っているものを調べ始めた。しかし持っていた筈の財布やスマホどころか、家の鍵さえない。結局俺たちが持っているのはここに来た時にいつの間にか身に付けていた装備品だけだった。

「……持っていたものはどこへ消えたのでしょう?全て没収されるルールなんでしょうか」

誰にも答えられない。ガムの一つさえない俺たちは途方に暮れた。
俺は樹々の隙間の空を見上げる。先ほどより太陽は沈んできているように思う。

「……人里を探そうか。暗くなる前に。異論があれば言ってくれ」

誰も反対する者はいなかった。この岩の上から見渡せる限りでは民家は見えない。しかし、みんなここに留まっていては埒が開かないということを肌で感じ取っていた。













「俺たちがこんな風にこの森に来たように同様の目に遭ってる奴はいると思うんだ」

とりあえず北へ向かうと決めた俺たちは太陽の位置や切り株の年輪などを確認しながら進むことにした。方向はしっかり決めとかないと同じところをぐるぐると回ることになってしまう。
森の険しい道を歩きながら俺は推論を語る。あくまでも推測でしかないが。

「神隠しってあるだろ?そういう人の中にはここに来てる奴も居るかもしれん」

保証は無い。でも俺にはここに『飛ばされた』人間が俺たちだけだとは思えなかった。

「なるほど〜〜だとしたら人が居るかも知れないっスね⁈」

俺の言葉に黙ってた瑛子は少し元気を取り戻す。素直な子って扱いやすいぜ。

「可能性はありますね。でなきゃ私たち詰みますけど」

糸井さーん……ネガティブなこと言わないでよ……瑛子が俯いちゃったじゃねえか。

「煙でも匂いでも音でも何でも構わん。とにかく人がいる痕跡を見つけたら即報告な」

「「うはっスい」センパイ!」

2人からかぶせるように返事が返ってきた。

しかし森の道は整備されておらずガタガタだ。人がここまで入り込んでいない証拠だろう。逆に言えば道が少しでも良くなれば人里近いという証明になる。
俺たちの中では瑛子が一番元気に歩いていた。こんなにガタガタで歩きにくい道だというのに息一つ切らさずしっかりした足取りで歩いていく。男の俺でさえもうへこたれそうだというのに。瑛子は口調以外は極めて普通の女の子であり、部活といえば文化部を転々と渡り歩いてただ楽しんでいるだけ、だと聞いた。やはり俺たちの身体能力に先ほどのステータスとやらの修正を受けているのだろうか?対して糸井さんは女の子らしく息を切らしてこのアップダウンの激しい道を一生懸命に歩いている。俺たちは糸井さんのペースに合わせて歩くことにした。

「大丈夫スか?糸井さん。しんどかったらすぐ言ってくださいっスね」

「あ、ありがとうございます。お二人ともごめんなさい。まだ大丈夫です。先を急がないと……」

30分ほど歩いただろうか途中で休憩を入れる。まだ何も発見はなく見渡す景色も変わらない。
糸井さんは木の株に腰掛け申し訳なさそうに息を継ぐ。何か水分補給しないと俺たちはいずれ倒れてしまう。

「……センパイ、あっちに小さな川があるような気がするスからとってくるっス」

瑛子がそんなことを言い始めた。

「いや気がするってなんでわかるんだよ。単独行動は危ないって」

「あれ?聞こえないっスか?向こうからせせらぎの音が聞こえるっス」

耳を澄ませるが何も聞こえない。しかし瑛子は指差した方に歩き出した。

「お、おい、待てって」

「すぐ帰ってくるっスから。待っててくださいっス」

そう言うとエイコは俺が止めるのも聞かず藪をかき分け繁みの中へ消えていった。

「那月さん、単独行動は……」

「ごめんな、糸井さん。すぐ帰ってくると思うから」

こんな時でも相変わらずのマイペースだ。でも流石に無茶はしないだろうと判断した俺は暫くこの場で待つことにした。
5分ほど経った頃だろうか、ガサゴソと繁みをかき分け瑛子が帰ってきた。手には何やら小さな木のお椀らしきものを持っている。

「エイコ、なんだそれ?」

「岩から流れる水を汲んで来たっス。これは適当にそこらの木を削って作ったものっス。流れる水が小川になってたっスよ」

「マジで?小川見つけたのか」

やるなあ、瑛子。まるで野生だ。
っていうかこっち来てから何やら瑛子が力強い。

「さ、さ。糸井さん飲んでくださいっス。私はもう水分補給したっスから」

「えぇ、おい俺の分は」

「足場悪くて両手でお椀持つとコケるっスからセンパイの分はないっス。案内するから水場に行きましょう?」

そっかあ……喉乾いたなあ……
でも俺はこの水を欲しがったりはしない。武士は喰わねど、だ。

「……あのう、宜しければ」

糸井さんは申し訳無さそうに俺に水の入ったお椀を差し出す。1番消耗しているだろうに気丈な人だ。

「いやいや飲んでくれよ。糸井さん。後でその小川に行くし先か後になるだけだ」

「……そうですか。ではすいませんがいただきます。那月さん、草薙さんありがとうございます」

そう言うと糸井さんは気まずそうにお椀を眺め口をつけた。
そして少し飲むと俺に再びお椀を差し出してきた。

「残りは飲んでください」

「そ、それはダメっス‼︎絶対ダメ‼︎」

瑛子が飛び跳ねて真っ赤になって反対の声を上げる。
うるさいなあ……糸井さんが戸惑ってるじゃないか。

「あ、あのごめんなさい……わたしそんなつもりじゃ……」

糸井さんはうなだれて謝った。
最初は整っていた糸井さんの黒髪も、この強行軍で千々に乱れて顔を覆っている。表情はよく見えない。

「エイコォ……変なこと言うなよ、この空気どうすんだよ」

瑛子は腕組みしてそっぽを向き、何故かプンプン‼︎していた。

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