意思が息吹く。
惑星が胎動する。
星々は畏怖に忌避し、太陽は威厳を競い合う。
それは膨大なるエネルギーの塊。
宇宙に浮かぶ不定形な光球。
落ち着きのない表層変化を浮かばせる異物。
幾多もの白き龍が絡み合い、噛み殺し、無に還り、生まれる。
或いは、それ自体が眩い心臓とばかりに鼓動を刻み、宇宙から闇を吸収する。
人知及ばぬ存在──。
かつては肉体を枷と持っていた種族──。
進化の果て統合された精神集合体──。
そして、宇宙の真理を監視し、調和と進化を強いる者──。
それは〈高次元生命体〉と称される者────。
小柄な銀髪少女の意識は、それと対面していた。
物質的な対面ではない。
距離と時間の束縛も、そこには無い。
純然たる〝意識と意識の対峙〟だ。
この感覚を前時代的な生態系の観念で把握させる事は難しいが、精神世界での魂同士の邂逅と言えば近いだろうか。
「地球のデータ収集は予定通り完了した」
少女が報告すると、光の塊は歓喜の如く膨張と伸縮を見せた。
「今回の査察に当たり不確定要素として〈ベガ〉の介入があったものの、概ね〝地球人類の素養〟を見極めるには障害とならなかった」
白光が不安そうに脈打つ。
「心配無用。今回保護した〈ベガ〉には、私が責任を以て新天地を探し与える。尚、不確定要素の主犯格は〝ジャイーヴァ〟──即ち〈リトルグレイ〉へと退化する前の種族〈レトログレイ〉の生き残り。無論、彼にも意識成長の再教育を施すつもり」
本題を急いて膨張を見せた。
「問題ない。〈ベガ〉同士の対決図式に陥ったものの、それはいずれ訪れる宇宙進化論に於ける誤差範囲内。むしろ、結果として〝地球人の本質と可能性〟を見極める好材料となった」
結論を求めて膨張と伸縮を繰り返す。
「これは、私的見解。やはり地球人類の連帯向上意識は、まだまだ未成熟と言わざる得ない。もしも、このまま宇宙進出すれば、地球のみならず近域銀河まで実害を及ぼす畏れは否めない」
納得したかのように鎮まると、続けて英断を吠えるかの如く荒ぶった。
「違う。それは早計。滅ぼすと判断するには、まだ未知数……」
胎動に示された懸念を、彼女は確固たる意志に否定する。
「不要。例え、私の観察介入が無くとも、彼女達には生産的な共存未来を築ける可能性が眠る」
数多の銀河──幾多の惑星が〈高次元生命体〉によって試されてきた。
宇宙全体の調和を保つ為に……。
その使徒として現場観察を司るのが〝彼女〟のような存在である。
彼等〈高次元生命体〉に、私情は無い。
超進化に於いて種族的統合を果たした際に〈個〉としての肉体を破棄すると同時に、人間的な感情も失われた。
厳粛且つ公正な判断には、統べて不要な障害だ。
篩に残らぬ生態系は、滅ぼさねばならないのだから。
それは強者の驕りと紙一重な独断にも映るが、宇宙全体の摂理からすれば至極正統性を帯びた行いでもある。
この宇宙は──世界は、地球人類の為だけに在るわけではない。
統てが『パワー・オブ・バランス』だ。
しかし、それでも──。
「彼女達には、無限の可能性が眠っている。それは時として、因果率や確定結果未来軸でさえも覆す。よって、いま暫くは観察継続の余地が必要。以上が、今回の一件で私が学んだ事実」
学んだ?
誰から?
その問いには、彼女も淡い苦笑を浮かべるしかなかった。
「たぶん〝宇宙一の不確定要素〟──そして、私の…………」
現時空軸へと意識を戻した少女は、小休止として宇宙船のコントロールシートから離れた。
制御室内を低重力任せに浮遊し、一面耐圧ガラス張りのキャノピーへと泳ぎ着く。
流れ過ぎる星々を眺めるも、そこに地球は無い。
遥か光年の彼方だ。
だが、そこには確実に存在している。
あの青い惑星も……。
あの騒がしい未来も…………。
「日向マドカ、アナタは結果として地球を救った……自覚は無いと思うけれど」
幼き容姿をした〈高次元使徒〉は、敬愛と祝福を込めて微笑んだ。
「……育乳、頑張れ」
そして、この時、薄く反射する自分を見て、初めて変化に気が付いたのだ。
「あ……私、微笑えた?」
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