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vs, モスマン Round.7

 
挿絵


 閑散とした一階ロビーで、休憩用ベンチへと腰掛ける少女達──言うまでもなく、ボクとジュンとクルロリだ。
 遙か上方の天窓には、シノブンが突き破った逃亡の(あと)が生々しい。
 そこからダイレクトに射し込む白い月明かりが、中央に(そび)える巨大ツリーをライトアップする。
 けれども、生憎(あいにく)、叙情的心象は皆無。周囲の雰囲気は不気味だ。心霊ビデオ(さなが)らの青暗さと静けさが、得体知れない不安感を助長していた。
「あ、そだ。さっきは、ありがとね」
 ふと思い起こして、ボクはクルロリに礼を言う。
(さき)の件は済んだ。改めて礼を言う必要は無い」
「じゃなくて、ライン。この場所を教えてくれたのは、キミでしょ?」
 クルロリはコクンと肯いた。
 略して、クルコク。
 何気(なにげ)に可愛いな、コレ。
 きっと小柄な容姿の相乗効果もあるだろうけど。
「それでも、礼は不要。私は義務を果たしただけ」
「義務?」
 ジュンが耳聡(みみざと)く怪訝を浮かべる。
 クルロリは、それ以上語らなかった。
 代わりに前置きも無く説明を始める。
「アナタ達が交戦した胡蝶宮(こちょうみや)シノブは〈モスマンベガ〉という異能存在」
 ヒメカ用のテイクアウトを(つま)みつつ、ボクは好奇心のままに聞き入った。
「モグモグ……ああ、なるほど〈モスマン〉か」
「何よ、その〈モスマン〉って?」
 オカルトに明るくないジュンが、ボクへと解説を求める。
「アメリカのウェストバージニア州で頻繁に目撃されている未確認生物だよ。全身毛むくじゃらで巨大な翼を持ち、赤く爛々(らんらん)とした丸い目で、暗闇から獲物を急襲する。直接的な遭遇例や被害談も多い……モグモグ」
「……蛾要素ゼロじゃない」
「モグモグ……ごもっとも」
「で、被害談っていうのは?」
「色々あるけど『慢性的な健康被害を発症した』とか『精神がおかしくなった』とか『遭遇後、ポルターガイスト現象に襲われるようになった』とか『半年以内に死んだ』とか」
「それって怨霊妖怪の(たぐい)じゃないの?」
「これまた、ごもっとも……モグモグ」
「まあ、おそらく原因は〝高圧電磁波〟でしょうけどね。たぶん〈モスマン〉は強力な高圧電磁波を視線照射できるのよ──派生であるシノブン……コホン……胡蝶宮(こちょうみや)さんが立証したように。それによって、対象の生体機能が過剰な障害を生じる」
 何故言い直したん?
 ボクのナイスネーミング?
「モグモグ……あれ? そういえば電磁波弊害って、都市伝説じゃないの? 納豆ダイエットやマイナスイオン神話と同レベルの?」
「大衆が盲信的に翻弄されている大部分はね。その辺を誤認している人も多いけれど、生活レベルでは安全規定内よ──携帯電話や家電とか。そもそも電気が流れれば、大なり小なり電磁波(・・・)は出ているワケだし。だけど〝メノウ通りの災厄〟のように、深刻な実害を及ぼすケースは確かにあるの」
「何さ? その〝メロン通りは最悪〟って?」
「メノウ通りの災厄! ロシアのメノウ通りで近隣住民が体調不良を(わずら)ったり、次々と怪死した大惨事よ。その原因を調査したら、工場から住宅街頭上を通る送電線が発する高圧電磁波だったの。ただし、このケースでは工場レベルの大出力電磁波というのが重要ポイントで、しかも送電線配置に()ける安全面の考慮が足りなかったのが直接的原因だったんだけど」
「ふ~ん? じゃあ、やっぱ〝ルー ● ーズ大先生〟じゃないんだ?」
「だから、それこそ誰なのよ?」
「伝説の鉄人」
「はぁ?」
「ま、それはさて()き──現在〈モスマン〉は〝村おこしシンボル〟として崇められているんだよね。ヒーローチックな彫像とか建てられて」
「本末転倒というか……商魂(たくま)しいわね、人間って」
 呆れ顔を浮かべていた。
 軽くウンチク披露(ひろう)を終えたボクは、キョトンとクルロリに訊ねる。
「ってか〈ベガ〉って何さ?」
 さすがに、これは初耳用語だった。
 真っ先に連想されるのは〝ペクン(あご)の超能力おじさん〟ぐらいだし。
「正式には〈ベムガール〉の略。近年、頻繁に出現している〝宇宙怪物少女〟の総称。統計データから鑑みるに、既に数多くの〈ベガ〉が地球上へ潜伏しているものと思われる」
 ……いっそ〝ジョーンズおじさん〟呼べよ。缶コーヒー片手に捜し出してくれるよ。
「問答中悪いけど、そもそも〈ベム〉って何なのよ?」
 またもやジュンが眉根を曇らせる。
「語源になった〈ベム〉っていうのは、古典SFに登場する〝異形の宇宙怪物〟の事だよ。現在では〝異星人〟も〝宇宙怪物〟も、総じて〈エイリアン〉とか〈UMA〉って呼ばれるようになっているから、完全に死語化しているけどね」
「そんなものが実在しているっていうの? 科学常識を根底から覆す異説よ、それ」
「実在してたじゃん。さっきまで」
「それは、そうだけれども……」
 ()に落ちない顔を浮かべていた。
 不毛な〝あるない論争〟を置いて、彼女は(しば)し黙考を巡らせる。
 そして、心中に涌いた疑問をクルロリへと投げた。
「その異能進化は自然発生なのかしら? それとも何者かが人為的に?」
「宇宙生物進化論的に〈ベガ〉は、極稀(ごくまれ)ながら突然変異発生しても不思議ではない。ただし、今回の件に関しては〈ベガ〉を増産している者が背後にいる。その名は〝ジャイーヴァ〟……」
「ジャイーヴァ?」
 明らかになったボスキャラの情報に、ボクとジュンは顔を見合わせた。
 クルロリは続ける。
「ただし、それ以外は詳細不明──その目的も。現在調査中」
「じゃあ、ボクの異能化も……」
「……その〝ジャイーヴァ〟ってヤツの仕業かもね」
 緊迫感に覚えた渇きをコーヒーで潤す。
日向(ひなた)マドカ、それは違う」
「ゴクゴク……ふぇ?」
「アナタを生体改造したのは、私」
「ブフウゥゥーーーーーーッ?」
 派手に噴いたよ!
 アブり職人、此処にいたよ!
 (けが)(がた)い愛らしさで何を独白してんだ! この()
「な……なななななななな?」
「七千七百七十七が、何?」
 言ってないよ! 朴念仁(ぼくねんじん)
「どういう事さ!」
「アナタには、これから先〈ベガ〉と戦ってもらうから」
 いや「もらうから」ぢゃないよ。
 その理不尽な理由が知りたいって言ってんだよ。コッチは。
「宇宙怪物少女である〈ベガ〉の防波堤に成り得るのは、一騎当千の〈ベガ〉を()いて他にない」
「だから、何でボクなのさ!」
「呼ばれたから」
「は?」「ふぇ?」
「あの時、私は悩んでいた──自己犠牲覚悟で〈ベガ〉となってくれる候補者を捜すべきか否か。それは、アンモラル的で酷な選択だから……。そんな折、アナタ達が呼び掛けた──『ベントラーベントラースペースピープル』と」
 アレかーーッ!
「更に日向(ひなた)マドカに至っては、快諾の意思表示をしてくれた──『ユ~ンユンユン』と」
 アレもかーーッ!
「じゃあ、何か! 話を整理すると……えっと……つまり……ジュンのせいか!」
「何で、私ッ?」
 唐突な責任転嫁に、ジュン、ガビーン顔。
「だって、ジュンのコンダクト能力じゃん! それで来たんじゃん! モグモグ……」
 チキナゲ、うめーー!
「呼んだのは、あなた! 私は()めようって言った!」
「モグモグ……ああ、そう言われれば、そうだったような……モグモグ」
 フラポテ、うめーー!
「自業自得よ! 好奇心は猫を殺す!」
「モグモグ……そだねー」
「……とりあえず北海道県民に謝れ」
 もぐもぐタイムに弛緩(しかん)したら、正論で怒気(どき)られた。

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