虫にも虫の その1
オデン6世さんが、居場所をコンビニおもてなし本店から、ルアの工房に移して1週間。
オデン6世さんは、僕の店に迷惑をかけたからなのか、しょっちゅう店で買い物をしてくれるようになりました。
「いえいえ、そんなお気遣いいいですよ」
最初はそうお話していたのですが、よくよく見ているとコンビニおもてなしで買った食べ物をルアの工房の皆に差し入れしているみたいです。
なので
「おいおい。そんな気遣いしなくていいから」
と、気がついたらルアが向こうで僕と同じ事を言っていたわけです。
動き出してしまえばかなり大胆なところもあるオデン6世さんですが、動き出すまでがすごくシャイなものですから、ルアの工房でも最初は色々起きていたそうですが、今では
「よ、オデン6世さん、元気?」
「今日もよろしくね」
と、まぁ、
ルア工房の海千山千の作業員達とも、だんだん打ち解けているようです。
で、オデン6世さんですが朝城門が開く夜明けまで門の周囲を警邏。
門が開くと、ガタコンベの北門か南門で往来する人のチェック。
お昼過ぎにルアの工房へ移動し、皆の手伝い
その後、日が暮れて閉門時間がくると、翌朝まで門の周囲を警邏……
あ、あれ? 睡眠時間は?
「我……死人(アンデッド)」
だそうでして……ホント休むことなく仕事をしてくれているわけです、はい。
そんな働き者のオデン6世さんですから、夜の警邏を一緒にやってる衛兵の猿人達ともすでに仲良くなっていて、街の人達とも仲良くなりはじめています。
みんな愛着を込めてこう呼んでいます。
『ルアの旦那』と
「ぶ、ぶぁか!? 何馬鹿なこと言ってやがんだ! こいつはそんなんじゃねぇってんだ、ぶぁか!」
そう呼ばれると必死に釈明し始めるルアなんですが、なんかその慌てぶりの方が見ていて微笑ましいといいますか……とにかく、これからも生暖かく見守ろうと思います。えぇ、生暖かく。
◇◇
現実世界にいた頃のコンビニおもてなしの夏の風物詩と言えば、夜、店の灯りに誘われて来襲する大量の虫でした。
まぁ、これは24時間営業しているコンビニ全てに言えることだと思いますが。
現実世界にいた頃のコンビニおもてなしでは、店先に殺虫灯……あの青い光を発していて、ときどきジッ、ジジッって音がしているあれです、あれ。
あれを2つ、入り口脇の軒先に釣るし、入り口にはホームセンターで買ってきた工業用のオレンジ羽の大型扇風機を設置して虫の侵入を防ごうとしていたものです。
とはいえ、結構山が近く、目の前が見渡す限り田畑だった立地ゆえに、
殺虫灯は毎晩あっと言う間に虫の死骸で一杯になり
扇風機でも虫の勢いを止めることはできず……と
まぁ、そんな辛い時期を過ごしていたわけです。
ただ、この世界にやって来てからはですね、そんな被害には全く遭っていません。
すぐ横に川が流れ、森がある立地にもかかわらず、です。
これには理由があります。
ウチの店には、虫の……正確には、虫人の常連客がいるということ。
初めてこの虫人のお客が店内に入ってきたときは、まさかそんな人種がいるなんて思いもしなかったもんですから、レジ横に常駐しているハエ叩き片手に猛ダッシュしたのも、今にして思えばいい思い出です……そういうことにしてください、甲虫人のツンツクさん……
んで、この虫人の人達が、
「あの店はいい店だから迷惑かけちゃダメだよ」
と、ただの虫達にも周知してくれているそうで、そのおかげで虫達は光に引き寄せられるという本能に逆らってまでして、コンビニおもてなしへの襲来を避けてくれているんだそうです、はい。
ちなみに、この虫人さん達がよく買いにくるのが、
『砂糖』と『パラナミオサイダー』です
「おたくの砂糖、上物だねぇカブカブ、いくら舐めてても飽きないカブよ」
「こっちのサイダーも美味しいカブ、舐めてるとシュワシュワしてきてとっても刺激的カブ」
と、甲虫人のツンツクさんと、その奥さんのトントコさん始め、多くの虫人さん達に支持されているわけです。
ちなみに、この虫人さん達ですが、お金を豪快に四つ足で抱えて来店します。
虫人さん達は、組合に委託されて森の整備作業をしているそうで、それに帯するお給金が支払われているんだとか。
んで、それを秘密の木の洞に隠しているそうなんですが、そこからお金を取り出して買いにくるわけです。
で、中にはですね、この虫人さんからお金を奪い取ろうとするガキなんかがいるんですが……
虫人をなめちゃいけません。
10cmほどの大きさしかありませんが、この虫人さん達は皆すごい能力を有しています。
甲虫さんなら、頭部の角で屈強な人間でも10m近くぶん投げることが出来るとか
鍬形虫さんなら、頭部のはさみを巨大化させて、結構な丸太でも一刀両断です。
夏休みのこの時期、
時折子供の悲鳴が聞こえてくると
……あぁ、やらかしたな
そう思う人が多いんだそうです、はい。
あ、ウチのパラナミオはいい子ですからそんなことしませんよ
あ、ウチのパラナミオはいい子ですからそんなことしませんよ
大事なことなので2回言いました。
で、そんなある日、甲虫人のツンツクさん……この人、このあたりの森の虫人のまとめ役なんだそうでして……すんません、初遭遇のとき、ハエ叩きフルスイングして……あっさり破壊されましたけど。
そのツンツクさんが僕に相談を持ちかけてきました。
「ワシら虫人でも食べやすい商品を作ってはもらえんカブか?」と
なんでも、虫人さん達の食事って、僕が元いた現実世界と同様に樹液系が主食らしいんですけど
「アレね、夜明け前に食べに行かないと競争激しい上に、日が昇るとすぐ固くなっちゃって食べられなくなるんだカブ」
それもあって、よくウチの店に砂糖やパラナミオサイダーを買いに来る人が多いそうなんだけど
「アレも確かにいいカブけど、もう少しお腹に溜まる物が欲しいカブねぇ」
とのことだそうでして……
で
まぁ、イメージはすぐにわきました。
元の世界で、この時期ホームセンターなんかでしょっちゅう見かけていた、あれ
『昆虫ゼリー』です、はい。
ゼリーを作るために必要な粉寒天はすでに店に在庫が残っているので、これをプラントの木で増殖させようと思っています。
……で、あとはアレって何が入ってたんだっけ?
何しろ、子供のころ道を走ってたら真正面から飛んで来た甲虫が眉間に直撃して以来、虫全般が若干トラウマになってる僕が知っているはずもないわけで
と、まぁ、ちっちゃな容器を前にして、僕が厨房で腕組みしていると
「て、て、店長殿、な、な、何か新しいお菓子の研究でごじゃりまするか!?」
と、我が店のスイーツ担当、ヤルちゃまことヤルメキスが寄ってきた。
「そ、そ、その呼び方は勘弁してほしいでごじゃりまするぅ」
と、泣きついてくるヤルメキスなんだけど、あの奥さま、ホントヤルメキスのことをヤルちゃまと言って贔屓にしてくれてるよなぁ。
で、涙目で顔を左右に振るヤルメキスのため、仕方なく一時的にヤルちゃまは封印して、
「虫人さん用のゼリーを作ろうとしてるんだけど、どんな味付けにしようか悩んでてさ」
と、僕が言いますと、ヤルメキスは、ぱぁっと顔を輝かせて
「そ、そ、それ、是非このヤルメキスにさらせて頂きたいでおじゃりまするぅ!」
そう言いながら僕の腕をブンブン振ってきました。
いつも引っ込み思案なヤルメキスのこのやる気は大事にしてあげたいな、と思った僕は
「よし、それじゃあやってもらおうか。とりあえずサンプルが出来上がったら、ツンツクさんも呼んで意見を聞いてみよう」
僕がそう言うと、ヤルメキスはすごい勢いで僕の手元の素材に手を伸ばしていきました。
「ほうほう……ふむふむ……へぇへぇ……」
早速没頭しているヤルメキス。
そんな姿に、思わず僕も「頑張れよ」的な暖かな目で見つめていくわけです、はい。