リグドと、酒場のならず者
「どうしたんで?」
リグドが声をかけると、押し問答を繰り返していた2人が、ハッとしながらリグドへ視線を向けた。
「あの……あなた方は?」
受付に向かって必死になって話しかけていた女が、リグドとクレアを交互に見つめていく。
「あぁ、怪しいもんじゃねぇ。俺はリグドで、こっちは俺のかみさんのクレアっていうんだ。なんかもめてるみたいだけど……なんかあったのかと思ってな?」
女の前でニカッと笑うリグド。
「あ、あの……実はですね、酒場にたむろっているならず者達を追い出してくださる方々を募集させていただけないかと、商店街組合にお願いしていたのですが……」
女の言葉に対し、受付の女が首を左右に振っていく、
「お気持ちはわかりますけど……カララさんのお店は2ヶ月前から組合費を滞納なさっているではありませんか。いわば現在は組合未加入と同じわけです。そんな状態の方からの依頼をお受けすることは出来ません」
「そこをなんとか……あのならず者達を追い払ってもらえさえすれば、酒場を再開することが出来ます。そうすれば会費もお支払い出来ますので……」
「そう言われましても……そのご様子では依頼の報酬も現段階では準備出来ていないのではありませんか? それにカララさんはタダでさえお体が弱いのですから、そもそも酒場の経営はもう……」
「そ、それは……」
受付の女の言葉を受けて、依頼を持ち込んでいるカララと呼ばれた女は徐々に言葉を失っていた。
リグドは、腕組みをしたまま2人の会話を聞き続けていた。
「……つまり、その酒場のならず者を追い出してほしいっていうのが、そっちのカララさんの依頼なんだが、その報奨金が準備出来てないってことか?」
「……あ、は、はい……お恥ずかしいお話なのですが……」
リグドの言葉に、うつむくカララ。
そんなカララの様子を一瞥したリグドは、視線を受付の女へと向けた。
「なぁ、嬢ちゃん。この仕事、個人的に受けるのなら問題ないか?」
「え?……えぇ、まぁ、そう言うことでしたら……組合が斡旋した仕事で報酬が払われなかったという汚点にもなりませんし……」
「じゃあ決まりだな」
そう言うと、リグドはカララの手から求人票を取り上げた。
「この仕事は、俺達が引き受けよう」
そう言うと、リグドはニカッと笑みを浮かべた。
……なお
ここまでのリグドの言葉を、その後方に立っているクレアはまったく聞いていなかった。
(かみさん……かみさんのクレア……ま、間違いないっす、聞き間違いじゃないっす。リグドさんが自分のことをはっきりとかみさんって言ってくれたっす……うああ嬉しいっす、最高っす、リグドさん好き好き大好き愛してるっす!)
先ほど『俺のかみさんのクレア』と紹介された事が嬉しすぎて、その顔を真っ赤にしたままリグドを見つめ続けていたのであった。
◇◇
商店街組合の建物を後にした3人は、その足でカララの酒場へ向かっていった。
「……じゃあ何かい? お前さんの酒場っていうのは、元はお前さんの親父さんが経営してたのか?」
「はい……父と私の2人で頑張っていたのですが……昨年父が流行病で亡くなってしまいまして……」
そう言うと、カララはさらに落ち込んだ表情になっていく。
「……私がその後を引き継いだのですが……私は生まれながら病弱でして……夜の仕事をしているとすぐに体調を崩してしまい……酒場の経営どころではなくなってしまったのです」
「……で、代わりに酒場を経営してくれる人を雇ってみたら、酒場がならず者の根城になっちまった……そんなとこか?」
リグドの言葉に、カララは小さく頷いた。
「……お恥ずかしい話なのですが……」
「……まぁ、事情はわかった」
そう言うと、リグドはカララの眼前に自らの顔を移動させていく。
「で、カララさん、ここで相談なんだが」
「……はい、なんでしょう?」
「そのならず者共を俺たちが追い出したら、俺たちをその店の店長として雇ってくれねぇか?」
「え?」
「ま、細かい条件はあとで相談するとして、だ……」
リグドは、その視線を前方へ向けていく。
その後方では、クレアがすでに臨戦態勢を取っていた。
そんな一同の前方、商店街の一角に薄汚れた看板が掲げられている一軒の店が見えて来た。
その店の前には、みるからに風体のよくない男達が輪になって座りこんでいる。
店の中からは馬鹿笑いが聞こえてきており、男達の仲間が店の中にもたむろしているのは間違いなかった。
「……あれが、あんたの店で間違いないか?」
「は、はい……そうなんです……」
男達の1人が、カララに気付いた。
「おう、カララよ、酒を仕入れに行ったにしちゃあえらく時間がかかったじゃねぇか」
すでに酩酊しているらしいその男は、千鳥足でカララに近寄ってくる。
その眼前に、リグドが立ち塞がった。
「あん? なんだお前ぇ?」
「あぁ、すまんな、あの店の新しい店長になる予定の者だ」
「は? 何言ってやがる。あの店はエンキのアニキが仕切ってんだぞ、コラ」
その言葉を聞いた、他の男達もリグドの眼前に歩みよってくる。
「おい、モンショウ、そいつがなんだって?」
「あぁ、こいつ、あの店の新しい店長だとか抜かしてやがんだ」
「は? ばっかじゃねぇの?」
男達は、大笑いしながらリグドを指さしてている。
「……リグドさん、いいっすか?」
「……そうだな、とりあえず店の前の奴らを頼めるか?」
「うっす」
リグドの言葉を受け、クレアがその場から駆け出した。
それが合図だった。
◇◇
時間にして、およそ10分……
店の前に山が出来ていた。
それは、リグドとクレアによって袋だたきにされ身動き出来なくなった男達で築かれた山だった。
駆け出したクレアが店の前にいた男達4人を全員ぶん殴って気絶させるのに4分。
店の中に押し入ったリグドが、店内にたむろしていた男達6人を全員ぶん殴って気絶させるのに6分。
クレアは一切反撃を受けることなく、
リグドは、2,3発殴られたもののびくともせず、
2人はあっというまにならず者達を討伐し、店の前に山積みにしていった。
「なんだなんだ、最初の威勢の良さはどこにいった?」
リグドは、右手で髪の毛を掴んでいた男を山の最上部に放り上げると、やれやれといった風にため息をついた。
今、放り投げられた男……この酒場にたむろしていた男達のボス、エンキであった。
エンキの顔面は真っ赤に腫れ上がっており、完全に意識を失っていた。
他の男達も的確に顔面に殴られており、全員気絶した状態で人の山を形成していたのであった。
「……準備運動にもならなかったっすね」
リグドの、きっちり3歩後方に立っているクレアもまた、やれやれといった様子でため息をついていった。
「しかしまぁ、10人もいて10分しかもたないとは、情けないったらありゃしないな……気が付いたら、みっちりしごいてやるとするか」
ガハハと笑うリグド。
「そんな……うらやましい。しごくのなら自分をしごいてほしいっす」
そんなリグドに、大真面目な表情で懇願するクレア。
そんな2人を、カララは少し離れた場所から見つめていた。
「……ま、街の衛兵さんでもかなわなかったエンキ達を……す、すごい……」
「とりあえず、店の前だと邪魔になるから、ちょっとどかすか」
「うっす」
カララの眼前で、リグドとクレアは、気絶したままのエンキ達を店の裏めがけて無造作に放り投げ始めたのだった。