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リグドと、商店街組合

 夜明け近く。

 ベッドの中で、リグドはゆっくりと目を覚ました。
 右腕が痺れている。
 そちらへ視線を向けると、そこにクレアの姿があった。

 つい数刻前まで、この体が自分の下にあったのかと思うと、リグドは年甲斐もなく体が熱くなるのを感じていた。

 つい先日まで、乙女だったクレア。

 ……なんか……どんどん俺好みになってきてるっつぅか……
 数刻前まで、自分の下で女の顔を見せていたクレアの事を思い出しながら、どこか照れくさそうな表情をその顔に浮かべていく。

 脱力しながらも、リグドの腕を枕に心地よさそうな寝息をたてているクレア。

 互いに何も身につけず、毛布一枚かけているだけのため、その胸元が露わになっている。

 ……こいつ、結構あったんだな、胸……

 弓士のため、常に胸当てをつけていたクレア。
 改めて、その生の胸を眼前にしたリグドは、その圧巻の双丘を前にして、思わず喉を鳴らしてしまった。

 その音に反応して、クレアの耳がピクッと動いた。
 犬人ゆえに、小さな音にも敏感なクレア。
 傭兵団に所属していたころは、身軽さと速さ、嗅覚と聴覚の鋭さをかわれて偵察任務をこなすことも多かった。

 しかし

 クレアの耳は少し動いただけで、すぐに力なく垂れていった。
 寝息が止まることもない。

 それは、リグドの腕に抱かれているクレアが心の底から安堵している証拠でもあった。

 ……こいつが、俺の嫁さんか……

 リグドは、クレアの頭をそっと抱き寄せた。
 それに呼応して、クレアが無意識にリグドの胸に頬を寄せてくる。

 ……そうだな……俺の残りの人生かけて、こいつを幸せにしてやらねぇとな……

◇◇

 朝、少し遅くに起き出したリグドとクレア。
 部屋に備え付けられている桶の水を利用して体を拭くと、1階の酒場で遅めの朝食を食べてから街へと出かけていった。
 
「確かこのあたりのはずなんだが……」
 街道を街中に向かって進んでいたリグドは、その一角で立ち止まると周囲を見回していった。
「……っと、あった、あれか」
 右前方に、目的の看板を見つけたリグド。

「よし、クレアいくぞ」
 そう言うと、後方を付いてきているクレアに声をかけた。
「うっす」
 クレアは、ぺこりと頭を下げると、足下を気にしながら歩きはじめた。

 常に、リグドと一定の距離を保ち、その後方を追従している。

「……お前、何やってんだ?」
「え……あ、三歩っす」
「は?」
「三歩下がって、リグドさんの後をついていってるっす」
「三歩さがって? またなんのために?」
「それがいい奥さんのすることだって、レアンナが教えてくれたっす」

 レアンナ……
 片翼のキメラ傭兵団の女騎士である彼女。
 貴族の六女という家柄の彼女は傭兵団の女性達に対し常日頃から
『淑女たるもの……』
 といっては、女性のあるべき姿を講義していた。

 ……そういえばクレア、あいつの講義をやけに熱心に聞いてたな

 その事を思い出したリグドは、思わず苦笑していった。
「まぁ、くれぐれもはぐれるなよ」
「うっす」
 
 きっちり三歩下がって付いてきているクレアの気配を背後に感じながら、リグドはその建物の中へと入っていった。

 商店街組合……
 ある程度の規模以上の街や村であればどこにでもある、文字通りその街の商店を管理している組合である。
 加盟している各店から管理費を徴収する代わりに、

 求人の世話
 お知らせの掲示
 商品の仕入れの仲介

 こういった表の業務に加え

 指名手配犯・盗品の最新情報
 強盗・山賊・魔獣の出没情報

 こういった情報を組合員に周知するという裏の業務まで行っている組織である。

「リグドさん、ここで仕事を探すんすか?」
「あぁ、そうだが?」
「……自分、てっきり冒険者組合に登録するもんだとばかり思ってたっす」
「あぁ、まぁ、しばらく暮らすだけの金を稼ぐのならそれでもいいんだが、俺たちはこのドレの街に住むつもりなんだからさ。なら、定職についておいた方がいいと思ってな……それに」
「それに?」
「まぁ、なんつうか……夢でもあったんだよな。酒場の親父をやるのがさ」
 そう言って笑うリグド。

 その言葉に嘘はなかった。
 だが、その言葉には別の意図が隠されていたのもまた事実であった。

 リグドとクレアは、相当手練れの冒険者である。
 2人が片翼のキメラ傭兵団に所属していたことは、傭兵団が本拠地としていた辺境都市バトコンベの冒険者組合に登録されている。
 そのため、2人がこの街の冒険者組合に登録して狩りを行い、その獲物を組合に買い取ってもらうという行為を行っていれば、その情報がバトコンベの冒険者組合へ通達され片翼のキメラ傭兵団の知るところとなってしまいかねない。

 クレアが、ベラントをぶん殴ってきたことをすでに聞いているリグドは、

 ……かなり根に持つタイプのベラントのことだ……自分をぶん殴ったクレアの噂を聞けばいつか仕返しをしにやって来かねないからな。

 そう考え、あえて冒険者組合に所属しなかったのである。

 リグドがそこまで考えていることに全く気が付いていないクレア。

「……三歩……三歩」

 今のクレアは、リグドの三歩後ろを歩くことに全神経を集中している様子だった。

◇◇

 リグドとクレアは、受付の横にある掲示板の前で立ち止まっていた。

 そこには、ドレの街にある店や、どこか他の町で開催されている祭りのチラシなどが掲載されている。
 それらは、少しでも目立たせるためにカラフルな彩りの物が多かった。
「秋の収穫祭なんてやってるとこがあるんすね……ララコンベ……知らないっす」
 クレアは少し口を開き気味にしながらその広告を興味津々といった様子で見回し続けていた。
「おいおい、ブラコンベ辺境都市連合の祭りには前に連れていってやっただろう? マジで覚えてないのか?」

 成人前に傭兵団に加盟したクレア。
 冒険者として、かつ弓士としての能力には長じている彼女なのだが、こういった祭りなどに自分の意思で出向いたことは一度もなかった。
 時折、リグドが若手メンバーを引き連れて飲みにいったり、こういった祭りに繰り出す際には率先して付き従っていたものの、いつもリグドしか見ていなかったため内容まで覚えていなかったのである。

 さすがに、
『リグドさんしか見てなかったっす』
 とは返答出来なかったクレア。

「……すいません。覚えてないっす」
 そう返答するのがやっとだった。

「ま、いいんだけどよ……俺たちが用事があるのはこっちだしな」
 そう言うと、リグドは掲示板の下側を指さしていく。

 そこには、掲示板の上部を彩っている華やかなチラシとは打って変わって、地味な商店街組合所定の様式が整然と貼られていた。

 それは、すべて求人票である。
 商店街組合に加盟している商店から寄せられた求人がそこに掲示されているのである。

 商店街組合の求人にはいくつかのメリットがある。

 ・商店街組合に加盟している優良店からの求人しか掲載されていない
 ・商店街組合が内容を調査・精査した上で掲載しているので内容が保証されている

 商店街組合に加盟するためには相応の基準をクリアする必要がある。
 ・逮捕歴のある者を雇っていたことがないか
 ・不正により処罰されたことがないか
 ・誠実な商いを長期にわたって継続出来ているか

 つまり、商店街組合に掲示されている求人は、商店街組合が定める条件をクリアした優良店からの求人であることが保証されているということである。

 仕事内容についても商店街組合が保証しているため、行ってみたらまったく別の仕事を押しつけられたということもあり得ない。
 もし、そんな事態になったとしても、その旨を商店街組合に申し出れば雇用主を処罰した上で別の仕事を優先的に斡旋もしてもらえる仕組みになっている。

「……確かに、ここの求人は安心っちゃあ安心なんだが……」
 リグドがざっと見回したところ、掲載されている仕事の大半は

 ・店の用心棒
 ・荷馬車の護衛
 ・遠方の荷物の受け取り代行

 といった物ばかりであった。

 ……酒場とは言わねぇものの、店員募集はねぇか……

 リグドは、その顔に渋い表情を浮かべながら腕組みしていった。

「……ん?」
 その時、リグドはあることに気が付いた。

「……お願いします、どうかこの求人を……」
「そう申されましても……」
 受付カウンターから何やらもめている声が聞こえてきた。

 若い女性が手に求人票を持ち、商店街組合の受付の女性とちょっとした押し問答になっている様子だった。

 ……無視してもいいんだが……厄介事を片付けたとあれば、商店街組合からいい仕事を斡旋してもらえるかもしれねぇしな

 そう考えたリグドは、押し問答を続けている2人へ歩みよっていった。

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