……やりました その3
スアの妊娠が発覚したとはいえ、いつ産まれるかがわからない現状を踏まえ、一応、積極的にはおおっぴらにはしないようにしておこう……そういう話合いになっていたはずなのですが、なぜかどんどん情報が漏れ伝わって言ってたんですよね、これが……
「おや? 店長さんや、すっごい嬉しそうなお顔じゃが、何か良いことでもあったのかい?」
「え~、わかっちゃいますかぁ? 実はですねぇ……」
……
……
……
え~、なんですか? スアさん
え~、なんですか? イエロさん
え~、なんですか? セーテンさん
え~、なんですか? ヤルメキスさん(い、いえぇ、私はそんなおそれおおくてぇ
え~、なんですか? ブリリアンさん
え~、なんですか? 猿人4人娘さん
……
……
……
えぇ、
もっとも顔に出てて
もっともバレてて
もっともばらしてますけど
何かありますか?
いえもうすいません、だってうれしいんだもぉん。
以上、情報解禁までの経緯でした。
◇◇
さて
そんな中ですが、コンビニおもてなしにおいてちょっとびっくりな商品の動きが起こっています。
いえね
スアビールの売り上げがすごいんです。
夏で、熱くなり始めましたし、全店でビアガーデンもやってますし、そりゃ売り上げも増えるだろうよ、となるわけですが、それだけでは説明できない売り上げの増加を示していまして……
よく見るとですね、
いつもスアビールを買って帰って行かれるのは、ほとんど男性客だったんですよ。
それが、ここにきて、すごい数の女性客が店に訪れては、スアビールを買って帰られます。
その女性っていうのも、
大概、若い女の方でして、
で、まぁ、たまにお年の方もおられるんですが
「いえねぇ、嫁にと思いまして」
とか言われながら買って行かれるんですよね……時に、僕を拝みながら……
で、まぁ、不思議に思ってお客さんにもお尋ねしてみたんですが
これがなかなか教えてもらえないといいますか、聞いた女性の皆さん、みんな顔を赤くしてうつむいちゃうんですよねぇ……
はて? どういうこった?
と、まぁ、首をかしげることしきりだった中
やっと1人の女性の方が教えてくれたのですが
「このビールのお名前になっているエルフの方が妊娠なさったと聞きまして、それにあやかろうと……」
ここで、ルア姉さんが教えてくれたんですけど
「エルフってのはね、長命な分滅多に妊娠しない種族って言われてるんだ。
そのエルフが妊娠したっていうんだ。
しかも、そのエルフの名前の入ったビールがあるってくりゃあ、子供を欲しがってるママさん達にしてみたら、あやかりたくもなるってもんだろう」
そう言っていつものように豪快に笑いました。
……なるほどなぁ、そんな理由ってのもあるんだ。
ただまぁ、
本当にそんな効果はないんだけどなぁって、わけなんだけど
「いえ、いいんですよ。あくまで願掛けみたいなもんですから」
商店街で顔見知りの新婚の狐人のママさんはそう言って買って行ったけど……
そうだねぇ、それっぽいお客さんがスアビール買っていく時は、今度から心の中でお祈りくらいさせてもらおうか
……幸せが訪れますように
って。
で、
この事は、最近週1でやっている店長会議でも話題にしました。
さすがに、客の100%が魔法使いの3号店では、あまり意味がないですけど
「タクラ様! なんて素晴らしいご配慮なんでしょうか!」
と、2号店のシャルンエッセンスは、もう、すっごい感動しながら僕に顔を寄せてきました。
「私も、最近若い女性の方がスアビールをお求めだなぁとは思っておりましたのですが、そのような理由があったのですねぇ……それを踏まえてのタクラ様のご配慮、このシャルンエッセンス感服いたしました。
えぇ、おまかせください! 2号店一同、心をこめてお祈りさせていただきますわ!」
えっと、くれぐれもさりげなくね
恥ずかしがってる方も多いんだからさ……
「わかっておりますわ。すべてこのシャルンエッセンスにお任せくださいまし!」
と気合い満々のシャルンエッセンスなんだけど……ホント、大丈夫かなぁ
と、若干の不安要素をはらみながらも始まった、通称「心の中でスマイルサービス」作戦なのですが、
……案の定、2号店だけ異質な状況になっていきました。
サービス開始以降、
2号店の皆は、今まで以上にスマイル満開、声出し全開、すべてに全力で望むようになりました。
そのモーレツぶりに、若干戸惑うお客さんも出たりしたものの
徐々にそれは2号店の個性的なものとして受け入れられていき、気がつけば
「あの店に行けば、元気を分けてもらえる」
との評判がたっていました。
そのサービスは、店の営業終了後のビアガーデンでも発揮され続け
「この飲み屋の店は、みんな元気で気持ちいいな」
との評判がたっていきました。
その結果
2号店の客足、売れ行きが右肩上がりで上がっていきます……おいおい、すごいな、この上昇率。
もともと、コンビニごんじゃらすから、コンビニおもてなしへと店が変わった際
「お、店員も雰囲気変わったね」
と、高評価をもらっており、店員皆満点の接客で頑張ってくれていた2号店が、さらに上のレベルに上がっていったのですが、
ここで、シャルンエッセンスがぶっ倒れました。
過労です。
「ま、まだ働けますわ……」
と言うシャルンエッセンスですが、顔色が真っ青です……
聞けば、
作戦開始以来、シャルンエッセンスは常に店の先頭に立って皆を鼓舞し、ビアガーデンも常に最後まで面倒を見ていたそうです。
ビアガーデンは、日によって終了時間にばらつきはありますが、だいたい深夜3時頃に終了します。
本店では、イエロとセーテンが常に最後までいてくれて接客しながら飲み明かしていますのでいいのですが……
これを2号店に当てはめれば、シャルンエッセンスは一人で、店の開店準備が始まる6時頃から翌未明の3時頃まで働きっぱなしだったわけです。
「申し訳ありません、私達がもっときつく言っていれば……」
と、2号店の副店長を任せていたシルメールもしょんぼりしています。
でも、あれです。
みんな頑張ってくれていて、その結果も出ていたわけです。
僕は
「みんなの頑張りは無駄じゃなかったんだ。
でも、くれぐれも一人で頑張りすぎないで、みんなでやっていこう」
そう、2号店の皆に告げました。
で
ここでシルメールだけに任せてしまうと、今度はシルメールが暴走しかねないと思い、本店の店長補佐をしてもらっているブリリアンに、しばらく2号店のヘルプを任せました。
彼女には、主に店員のシフトをチェックしてもらい、店員みんなが常に元気でいられるよう配慮してもらいます。
2号店はもともと、シャルンエッセンスと彼女の屋敷のメイド達で運営されていたため、シャルンエッセンスの言われたとおりに仕事をこなすという雰囲気が出来上がっていたらしく、まぁそれはそれで悪いとはいわないのですが、そのシャルンエッセンスが、なんでもかんでも抱え込んでいたらしく
「……というわけで、シルメールさん、一緒にシャルンエッセンス店長の負担を軽減しましょう」
とのブリリアンの仕事見直し作業によって、シャルンエッセンスが復帰した後も、ぶっ倒れるほどまで働かなくても大丈夫な、道程は出来上がりました。
んで、
この間には、僕も時間を見つけては2号店のフォローに回りました。
特に、ビアガーデンの時間帯。
この店の店員である、シャルンエッセンスの元メイド達は……その、なんと言いますか、あまり仕事が出来ないメイドさん達が最後行く当てが無くて残っていた感じの方々ばかりのため、料理の腕前もいまいちだったんですよね。
そんな中、簡単な焼く料理くらいなら、シャルンエッセンスが上達していたので、任せていたのですが……
というわけで、
僕がつきっきりで、メイド達に料理を教えました。
……まぁ、とは言っても、ちゃんと火が通るまで焼けている、その確認方法を徹底しただけなんですけどね……
で、まぁ、こっちも1週間ほどでどうにか様にはなってきました。
そんな中
本店の、僕の家である巨木の家で休んで貰っていたシャルンエッセンスも、かなり元気になりました。
スアが特別に薬湯などを処方してくれたおかげです。
なんか、僕のイメージだと、魔法でちゃちゃっと治せちゃうんじゃ……とか思ってたんだけど
「……魔法は、万能じゃない、よ。体の疲労の蓄積は、休んで疲労を抜かない、と、体が壊れる、の」
とのことだった。
「タクラ様……今回は本当にご迷惑を……」
そう言うシャルンエッセンスですが、
「いや、今回は僕がちゃんと2号店の状況を把握出来ていなかったのが問題であって、シャルンエッセンスは悪くないよ」
そう言って、にっこり笑いかけました。
シャルンエッセンスは、それでもやっぱり複雑そうですが、
「タクラ様がよく言われていますように、『出来ることからコツコツと』が、大事でございますね」
そう言って、にっこり笑うシャルンエッセンス。
うん
どの笑顔、すごく良いと思うよ、僕は好きだな
そう伝えると、その顔面を真っ赤にしたシャルンエッセンス。
「も、もう、好きだなんて、お戯れを……」
って、笑顔だよ、笑顔……
とまぁ、
そんなゴタゴタがありながらも、2号店にシャルンエッセンスもほどなく復帰
「お、元気のお姉ちゃん帰ってきたな!」
「姉ちゃんいないと寂しいじゃないか」
と、お客さんもシャルンエッセンスを待ってくれてたようです。
そんなみんなにシャルンエッセンスは
「さぁ、いままでお休み頂いた分、しっかり働きますわよ! 出来ることからこつこつとですわよ!」
そう言いながら、休業前の笑顔でしっかり頑張ってくれています、はい。
そして、
相変わらずスアビールは、新しい客層を取り込み、売れ続けています。
……みんなに、幸せが訪れますように