影法師と人形遣い6
少し離れた場所で大きな音や強烈な光の瞬きが起こっているも、ソシオは気にしない。そちらは人形が敵を迎撃しているのだから、討ち漏らしはないだろう。
そうした安全圏でソシオは周囲を調べていく。死体は装備や種族など見た目こそ統一性がないものの、所属が同じなのはソシオには容易に解る。
何か気になる部分はあるかと調べてみても、今までの敵と大して変わりがない。
「ふーむ。気のせいか?」
あまりにも何も無いのでソシオがそう考えた辺りで、離れた場所の音が止む。
「終わったか。まぁ、攻め手の数だけは多いからな。その分時間が掛かる」
ふむと、もう一度考えたソシオだったが、結局答えは出ないので勘違いだと思うことにした。
◆
その翌日もソシオは何かが気なったが、やはり調べてみても何もでない。襲撃は連日行われている。朝も昼も夜も時間などお構いなしだ。
連日それが続くよ流石に辟易するも、攻めてくるので相手をしない訳にはいかない。今では全て人形達が相手をしているが、常に警戒している身では、その襲撃もいちいち察知してしまうので疲れてしまう。
支配地を棄てるという手もあるが、今はまだその時ではない。ソシオの目的に必要という訳ではないが、嫌がらせにはなる。
気晴らしに人形でも量産するかと思いながら、ソシオは寝床にしている巨人の森に在る研究室に戻った。
◆
更に次の日。
相変わらず襲撃がある国境付近まで律儀にやってきたソシオは、今日も違和感を覚える。流石にこう連日感じるとなると、気のせいではないのだろう。
「ふむ。そうだな・・・」
そういえばと思い出したソシオは、以前相手の駒に仕込んだ仕掛けを探ってみる。
「どうやらまだ生きているようだな」
その仕掛けも、どうせ直ぐに見破られるだろうと思っていたソシオだったが、意外にも今でもその仕掛けが生きていた事に驚く。
「忙しくてそれどころではなかったのか、ぼくが放置していたから気がつかなかっただけか」
ちょっとした悪戯にはなるが、直ぐに見つかって壊されるので意味がないだろうと思っていたので、ソシオは仕掛けだけ施して今まで放置していた。
しかし、今でも仕込みが生きているというのであれば、それを使わない手はない。もしかしたらそれが罠かもしれないが、その時はその時だ。
とはいえ、残念ながら欲しい時に欲しい情報が手に入るというほど便利な代物ではない。仕掛けを施した駒の耳目を共有するだけなので、覗き見している間に駒が見聞きした情報が手に入るだけなのだから。
それでも連日現地を調べても何も出てこないので、それを続けるよりはマシだろう。何も解らなくとも結果は変わらない。少なくとも息抜き程度にはなるというものだ。
そう思いながら仕掛けを施した駒から情報を得ていく。仕掛けを施した駒は二つ。それから同時に情報を得て処理するなど、ソシオには容易い事。
だが、まあ予想通りといえば予想通りなのだろう。結局何も解らなかった。有益そうな情報は幾つか手に入ったが、気になっている事への答えは手に入らなかった。
「ま、調べて直ぐに分かるものでもないだろう」
ソシオはそりゃそうだといった感じでそう呟くと、巨人の森に戻っていく。引き続き覗き見をしつつも、その日は過ぎていった。
◆
それからも覗き見を継続しながら、国境付近に毎日赴いては調査を継続したソシオは、ある日やっと気になっていた事の原因を突き止める。
「これはまた、陰湿だなぁ」
ソシオは笑うように声を出す。ソシオが突き止めた原因は魔力だった。それも普通の魔力ではなく、周囲を汚染する魔力。いや、正確にはソシオを蝕む魔力だろうか。
それを攻めてくる敵の体内に忍ばせ、大軍の中に紛れ込ませる。魔力の量とそれを内包している敵の数は少ないのだが、その分認識が難しくなる。
認識し難くなるも、魔力の量が少ないので効果は微々たるもの。それでも継続して取り込めば汚染されてしまうだろう。少なくとも弱体化は免れない。
しかし、ソシオが気づいたのはまだ早い段階であった為に、多少時間は掛かるが除去可能な範囲内であった。
早速除去に取り掛かったソシオは、遠い相手の本拠地へと目を向ける。
「これはあいつの策じゃないだろうなぁ。こんな事するのは・・・ま、一人しか居ないか。という事は、そろそろ向かってくるかな? いや、汚染の速度を考えればまだ猶予はありそうだ。ついでに周辺の除染もしないとな」
面倒だ面倒だとぼやきながらも、ソシオは周辺の除染も行っていく。しかし、汚染範囲がかなり広いうえに、ソシオ以上に長時間汚染魔力に晒されていたので、結構深くまで汚染されていそうだ。
人形の方は大丈夫だろうかと心配するも、ソシオが作製した全ての人形を調べてみたが問題ないようであった。
念の為に調べてみた地面の方は細工が施されており、どうやらこちらは血に仕込まれていたようだった。しかし、土壌の細工はその場に汚染魔力が留まりやすくなるだけで、他に害はない。
そもそも汚染魔力自体がソシオのみを狙ったもののようで、他には影響しないようだ。
そのソシオも、身体に蓄積していた汚染の除去と共に汚染魔力を解析したので、それを寄せ付けない結界を構築する事に成功。なのでもう心配はない。
「汚染魔力を除去する結界でも構築で出来ればよかったが、結構複雑だから帰ってからそれは創るか。しかしま、本当に面倒くさい手だな」
ガリガリと頭を掻きながら、ソシオはそうぼやく。しかしその口元は笑みの形をしていた。
◆
それからというもの、ソシオはその身を蝕む魔力を取り除く事に集中して日々を過ごしていく。
大事に至る前に気がついたとはいえ、それでも蝕まれていたのは事実。丁寧に取り除けば問題ないが、それは丁寧に取り除いた場合でしかない。
という訳で、ソシオは身を蝕む魔力の相手に忙しかった。
しかし、そればかりというのも暇らしく、ソシオは合間合間をみては、以前創った筒と杭を組み合わせたような魔法道具を作製して爆発させていた。しかも改良した結果、より容量が増したが、その分安全性には配慮している。
包部分で魔力を取り込み、それを内部で爆発させる。包部分は強固な魔法防御を施しているので、それぐらいでは簡単には壊れない。爆発の衝撃は筒の上部に追加した煙突部分を通って上空に、それと杭を通して地面に逃げるようにした。
無論、ただ外に衝撃を逃がす訳ではなく、衝撃を可能な限り弱める造りになっており、外に出る衝撃はそれほど強くならないようにしている。
その結果、魔法道具は数回は使いまわせるようになり、おかげで周囲の魔力の消費も進む。ただ、地面に逃がす事で周辺の地面が緩み、地面に刺している部分がぐらつくようになるので、その辺りも改良が必要そうであった。
それでも暇つぶしにはなるので、それを日に数回は行う。とはいえ、毎日ではない。他にも遊び道具は幾つか用意しているので、そちらも使用して遊んでいる。
侵攻の方は変わらず続いており、数も相変わらず桁がおかしい人数が攻め寄せていた。
しかし、それは人形達によって完璧に防がれている。ソシオの暇つぶしのおかげで、それでも魔力濃度は徐々に低下していた。おもちゃにはかなりの魔力を使用しているというのに、それでも徐々にというところに狂気さえ感じる。
「まぁ、向こうは死んでも直ぐに手駒に戻せるからな」
攻め手の顔など全く覚えていないが、それでも何度か攻めてきている者は必ず居る事だろう。敵対するものにとって、この蘇りこそが一番厄介な特性だろう。
それについて思案したソシオは、どうにかしてそれを阻害出来ないものかと考えるも、生死に関しては世界の機構の一つなので、中々干渉が難しかった。
それについても考えながら、ソシオは日々好きなようにして過ごす。
予想されている襲撃についてはまだ行われていない。ソシオの予想する汚染魔力の感染力から計算すれば、まだ対象が完全に感染しきっていないだろう時間だからだろう。
ソシオはその辺りの偽装を特に入念に行っている。元々色々と偽装してはいたが、そこは更に注意していた。罠を張った相手を罠に嵌めるのだから、それぐらいは当然だ。
既に人形に全て任せても十分防衛が行えるほどに充実しているので、ソシオは表にも出ないようにしている。念の為に人形の補充も徐々に減らしているので、外から見れば弱ってきていると勘違いするかもしれない。
その裏でソシオは自身を蝕む魔力を取り除き、更に戦力を充実させている。遊びも定期的に行っているので、そこそこ充実した日々であった。研究の方もゆっくりとだが進展している。
「そろそろ来そうだけれども・・・」
そんな日々を送り、身体の毒を完全に除去し終えてから更に時間が経ったある日。ソシオはそろそろ予想している相手が来るのではないだろうかと考えて待ち構えているのだが、待てど暮らせど中々やって来ないので飽き始めていた。
「うーん・・・随分と慎重だな」
これで待ち構えて何日目だっけ? と思いながら、飽きたので研究を行う。輪廻の阻害というのは難題だが、それでも成果が出始めていた。もっとも、襲撃に間に合うかと問われれば無理だろう。流石にそう上手くはいかない。
成果が出始めているといっても、数万の魂の内幾つかを一瞬だけ引き留めるので精一杯なのだから。それでもかなりの成果なのだが、残念ながら望む結果ではない。
いつ来るのやらと思いながら、ソシオは待ち構えつつその研究をしているが、それも既に何日も経過している。
「・・・遅いな」
予想以上に慎重なので、何か問題でも起きたのだろうかと思うも、攻め手には特に変化はない。
向こうは向こうで覗き見を警戒しているので、観測は難しい。細工を施した相手の駒だが、少し前にそれがバレてしまって一度処分されている。大した情報に触れていなかったので、覗き見にあまり意味はなかった。
「もしかして、あの後で問題にでもなったか?」
そこでふとそんな考えが浮かぶ。ろくな情報を得られなかったのは確かだが、それを相手が知る術はない。あるとすれば、駒の行動を洗い直して精査する事だろうが・・・それには一体どれだけの時間が掛かるのだろうか? そもそもいつから仕掛けをされていたか、から調べなければならない。
「まぁ、そこは問題ないだろうが」
いつからについては直ぐに分かるだろう。分かりやすかったから。
そう思ったソシオは、あれからどれだけの日数が経過したんだっけなと頭の中で数え始める。その結果、思った以上に気づくのが遅かったのだなと、呆れたように感想を抱いたのだった。
◆
それから、待ちながらも研究の日々を過ごすソシオ。
待ち人は中々現れなかったが、研究もあまり進展はなかったので、もどかしくはあったが退屈ではなかった。
そうしたちょっと充実した日々を過ごしていると、ソシオの感知にやっと待ち人が引っかかる。
「ようやく来たか。それにしても真正面からとは、搦め手を使ってきた相手とは思えないな」
皮肉げに笑うも、待ちに待っただけにソシオは妙にやる気になっていた。おかげで絶好調と言えるほどに昂っていた。
相手は他に何名か連れてきたようだが、どれも小物。強さ的には一応死の支配者の側近達のようではあるが、ソシオは自作の人形にも劣る相手など興味もないので、それについては人形に任せて放置する。
程なくして、ソシオの正面に全身が影のように黒い人物が下り立つ。肌がひりつくような闘気を放っている。やる気十分といった感じか。
その背後に側近達が並ぶも、そちらには待ち人を待っている間にちょっとずつ創っていた人形を人数分向かわせる。彼我の差を思えば人形一体でも十分だが、ただの露払いなので、そちらは早々に終わらせるに限る。
人形を向かわせた事で完全に興味を失くしたソシオは、眼前の真っ黒な相手に意識を集中させる。
「随分と遅かったね」
呆れたようにソシオが口にすると、相手は軽く肩を竦めた。
「それを君が言うのかい。こちらは後始末で大変だったんだよ?」
お道化たようにそう口にした相手だが、その言葉の端に僅かに殺気が混じる。それだけ面倒な後始末が在ったという事なのか、それとも駒を勝手に使われて不快なだけかは、ソシオには何とも判別がつかない。
ただ、まあどちらでもいいかとは思ったようだが。何にせよこれから殺し合いをするのだから、相手の事情などどうだってよかった。同情しようがなにしようがこれから戦うのだ、そこに殺さないなんて馬鹿の理論は存在しない。
ソシオは自身は強くなったと思っているし、相手よりも上だと知っている。だが、それでも見逃すなどという絶対者のみに許された余裕を見せられるほどではないと理解していた。
相手の後方で、人形と死の支配者の側近達が戦いを始める。戦いというにはあまりに一方的だが、それでも多少時間は掛かりそうであった。
「ふむ。やはり役には立たないか」
そんな状況でも、相手は疲れたように息を吐き出すだけ。
「当然だろう。さ、こちらも始めるとしようか」
ソシオはにこりと無邪気そうに笑うと、そう告げて動き始める。
まずは小手調べ、などという事はせず、一瞬で動いて死角から首目掛けて突きを放つ。そのソシオの手には、いつの間にやら短剣が握られていた。
「本当に、この短期間で随分と強くなったものだ」
身体を逸らしてギリギリで回避しながら、相手も反撃を行う。
突きを繰り出したソシオの足下から影が這い上がってくるが、それは光でも当てられたかのように一瞬で消えた。
ソシオは突きを出した腕の肩を中心に、そのまま身体を逸らした相手へと体当たりを行う。
咄嗟に間に障壁を展開した相手だったが、華奢なはずのソシオの体当たりは強烈だったようで、その障壁を抜いて相手を捉える。
「む」
小さく言葉を漏らした黒い人だが、それが何某かの言葉になる前に吹き飛ばされる。
「ちょっと勢いが削がれたかな」
飛んでいく相手を追いかけながら、ソシオは先程の体当たりを思い返してそう反省した。
今度こそ仕留めると内心で気合を入れると、移動しながら相手の様子を確認する。
動向を探る為に目を向けた先では、黒い人が体勢を崩しながらも、転ばずに勢いを止めたところであった。
それを好機と思ったソシオだったが、ぞわりとした嫌な予感を覚えて咄嗟に横に跳ぶ。その瞬間、ソシオが一瞬前まで居た場所の地面から真っ黒で大きな棘が幾本も天を衝いた。
それだけでやられるというほどソシオは弱くはないが、それでも直撃すれば多少の傷は負った事だろう。だが、そんな事よりも恐ろしいのは内部破壊かもしれない。あの汚染魔力を使用した相手だ、少しでも傷を負った場合に何をしでかすか分からない。ソシオもある程度は準備をしているが、何もかもが予定通りとはいかないだろう。不測の事態などいくら備えたところで起きる時は起きるものだ。
であるからして、最善は無傷で対処する事だろう。難しくはあるが、今の彼我の差を思えば不可能ではない。
「やはり効いていないか」
ソシオの動きを見た黒い人はそう呟く。それが何を指しているのかは容易に想像がついたが、初撃を凌がれた今となってはどうだっていい事だった。
黒い人との間に僅かに距離が空いてしまい、ソシオはさてどうしたものかと思案する。相手も迂闊には動けないのか、ソシオの方へと油断なく視線を向けるだけで動きはない。そんな二人を遠巻きに眺める人形達。
そうして十秒程睨み合った二人だが、先に動いたのはやはりというべきか、ソシオであった。
ソシオはまず、相手の全方位から魔法を放つ。
相手の頭上から巨大な氷の槍を。前後左右からは激しく放電する雷の槍を。足下からは影が足に纏わりつき動きを阻害してくる。
更にはその全てが一斉に相手に降り注いだ瞬間、足下の地面が隆起して鋭い棘が幾本も伸びていく。
放たれた魔法は一発一発が強力で、どれも巨人程度であれば、一撃で複数体が同時に片が付くほどの威力。
しかしそれを受けた黒い人は、にやりと口元を笑み曲げてその身で全てを受け止める。
攻撃魔法が黒い人の体内に深々と入っていくが、それでも黒い人は動じる様子は無い。
暫くすると、ソシオが放った攻撃は全てが黒い人の中に入っていった。
「吸収は出来るが力には還元出来ないか。厄介な魔法だ」
全ての攻撃を沼のように飲み込んだ黒い人は、感心しながらも忌々しそうに口にする。
「当然だ。想定内だからね」
黒い人は背後から軽い衝撃を感じると共に、そんなソシオの冷めた声が届く。それに伴い背中の中央辺りから拡がる激痛。
「がぁあああっ!!!」
「むしろ、力の還元を阻害しただけで済ませた事に感謝して欲しいぐらいだけれども」
淡々とした声音で告げながら、今度は黒い人の頭にソシオの虹色に輝く片手が載せられる。
「ま、ここまでくれば詰みかな。色々と対策しているようだが、その程度は当然想定内」
途端に黒い人の身体の境界が曖昧になり、そこから空気に溶けていくように消滅していく。それもかなりの速度で。
「がっ! く、やはりそう上手くはいかないか。それにこの力は・・・」
急速に力を奪われていく感覚に、黒い人は口元を口惜しげに歪ませながらも、悟ったような声音で言葉を零す。
それにソシオは何も答えずに、油断なく気を配りながら最後まで攻撃を行う。死にゆく者にわざわざ必要以上の情報を与える必要は無いし、何より相手は何をしでかすか分からない相手。油断など出来ようはずもない。
(最悪、これがこのまま復活するからな)
今まで相手にしてきた雑魚とは格の違う相手。現在のソシオにとっては格下ではあるが、それでもそこまで大きな差はない。
それに何より、黒い人の主人はこの世界の管理者なので、何をするのかソシオでも正確に予測するのは不可能だ。
故に、可能な限り情報を与えず、それでいて魂まで完全に破壊しつくさなければならない。それでもまだ復活させるというあり得ない事をしでかす可能性が残るほどに、管理者というのは厄介極まりない存在であるのだが。
黒い人の動きを封じ、能力を封じたうえで、力を奪い、存在を否定していく。その後に露出した核となる魂を破壊する。その一連の流れを着実に確実にソシオは行い、破壊の後は残らず消滅させていく。
それでもなお不安は残るが、とりあえず襲撃してきた黒い人についてはそれで決着となった。存外決着は呆気なくつくものらしい。
その後暫く警戒したが何も変化はなく、終わったかとソシオが判断して僅かに気を緩めたところで、背後からの衝撃と共に胸元から黒い棘が生える。
「おや。あれでもまだ生きていたのか」
ソシオは慌てず騒がず黒い棘を消すと、背後へと振り向きざまに攻撃する。しかし、相手は既に離れた場所に立っていた。
その相手を睨みながら、ソシオは身体に違和感を覚える。
(何か仕込まれたか。取り除くのに少々時間が掛かるな)
警戒していた通り、黒い棘で刺された時に何かを体内に仕込まれたようだが、それは想定内なので直ぐに特定して除去を開始する。だが、それには時間が掛かるので、その間はそちらに処理能力を割り振る分、能力が低下してしまう。
もっとも、仕込まれたモノの作用も計算に入れても互角ぐらいと予想出来るので、まだ何とかなりそうではあった。
「ふむ? ふむ。おや、ぼくの人形を一つ乗っ取ったのか。大分追い詰められているようだね。それにしても、わざわざ側近の中に仕込んでまで保険を掛けていたとは」
相手を観察した後、何故生きていたのかを理解したソシオは、呆れたように口にする。そうと分かれば、まだソシオの方が優勢のようだ、。相手は相手で弱っているのは変わらない。
「まあいいさ。さっさと続きを開始しようか」
体内の仕込みを取り除くまで時間稼ぎをしてもいいが、ソシオは一瞬考えてそれを放棄する。
以前は分体相手に勝利したソシオだが、それでも当時は分体に勝利するので背一杯であった。
そして今回、せっかく相手があの時のように舞台を整えてくれたのだから、今度は本体を正面から潰す事にした。というよりも、その程度は出来なければ、到底管理者には手が届かない。それに自らの力を測る丁度いい機会でもあった。
(油断していた訳ではないというのに一撃を貰った者が考える事ではないだろうが)
ソシオは内心で苦笑しつつも、まずはそれを課題として取り組む事にする。
今回の目的は相手の消滅。先程は失敗したが、それを突き詰めた先には輪廻への干渉の手掛かりがありそうな気がしていた。
(だが、それはそれとしてだ・・・)
ソシオの相手を睨みつけている視線に殺意が増す。
確かに相手は研究材料としては一級品だ。自身の強さを測る尺度としても十分役立ってくれるだろう。
相手が取り込んだ素体である人形は、ソシオが製作した物なので性能はいい。完全に取り込む事は失敗したようなので、ソシオが有利なのは変わらないが、ソシオも解毒しながらなので楽しめる相手ではあるだろう。
しかし、それはそれなのだ。そういう側面がある。というだけでしかない。
ソシオは視線を自身の身体の方へと下ろすと、貫かれた胸元に手を置いて確かめるように動かす。
そこは既に完全に傷が塞がっているので、穴は開いていない。ただ、服は胸元が破れているので、貫かれたのが幻や夢の類いではなかった事を伝えてくる。そう、先程相手に胸元を貫かれたのだ。
(これは一撃貰ったこちらが悪いのだろう。だが、それでも!)
ソシオの身体から濃密な魔力が溢れ出る。死の支配者の側近程度であれば、それだけで倒せてしまいそうなほどに凶暴な魔力。
(あいつはこの身に傷をつけた。あの方から頂いた大事なこの身体を!!)
ソシオの身体は想い人から贈られた物。ソシオの為に創られ、そして直接贈られた唯一無二の贈り物だ。
それをソシオにとって大事な大事な宝物。たとえ身体がなくともソシオは問題なく存在出来るし、首を斬られようが胸を貫かれようが死ぬ事はない。だが、やはりそれはそれなのだ。宝物を傷つける者は、それだけで万死に値する。
(あいつはそこのところを理解していたのだがね・・・まぁ、この身を傷つけずに勝てるような存在はあれぐらいなものだが)
だが、それでもそれはそれなのだ。傷つけた。ソシオにとってはそこだけが重要で、そこに自身の過失は関係ない。相手の力量も関係ない。無論、状況すら意味を成さない。いくら修復出来ようとも、赦されざる行為なのだ。
ソシオは予定通りに正面からぶつかる事にした。今は殺意が強すぎて細かな事が考えられないというのもあるが。
相手も迎撃するようで、周囲に直径十センチメートルほどの黒い球体が五個浮かんでいる。
ソシオは初手として天を覆うほどの大量の氷塊を発現させた。一つ一つの大きさはこぶしより少し小さめだが、空が見えなくなるほどの量となるとそんな事は関係なくなる。
それが間断なく黒い人へと降り注ぐ。空気が押し潰してくるような圧迫感を伴って降り注ぐそれは、一瞬で黒い人の姿を隠してしまう。
ソシオが減っては補充するので、一分近くの間黒い人へと氷塊は降り注いだ。
周囲の温度が一気に下がり、氷の破片が霧のように空気に舞う中、黒い人が居た場所には真っ黒い楕円が立っていた。まるで黒い繭のように見える。
「この程度は凌いでくれないと困るからね」
それを見たソシオは愉快そうに口元を歪める。色々測りたい事はあるのだ。それに簡単に死なれては罰の意味がない。
黒い繭が内側から破裂するように消滅すると、中から黒い人が現れる。
それを確認後、ソシオは待機させていた次弾を発現させた。
「さぁ、今度はどう凌ぐのかな?」
急に天が陰る。その原因は、氷塊と同じように上空を覆い尽くす黒い塊。
一つ一つが禍々しいまでの圧力を有するそれは、ソシオの号令で黒い人へと殺到する。
ソシオが用意したのは、全てを吸い込む黒き球。重力球よりも上の階梯の魔法で、触れたモノを何でも吸い込むので、防御として用いられる事が多い魔法であった。
それをソシオは敢えて攻撃として用いる。そこまで辿り着けた魔法使いでもそれを動かすというのは困難なのだが、ソシオはそれに加えて無数の数でもって相手にぶつけていく。
そしてこの黒き球は、先程から黒い人が防御に使用している魔法でもあった。
同じ魔法が衝突した場合、魔法の質が高い方が勝つ。一つの大きさであれば黒い人だが、ソシオの場合は数が膨大だった。
それに流石の黒い人も焦ったようで、黒き球が殺到して魔法同士がぶつかる直前、地面に出来た影の中にとぷんと沈む。
その瞬間を目にしたソシオは、ついと視線を動かす。視線の先には、未だ消えずに残っている死体の山。その影から黒い人が飛び出してくる。
黒い人が飛び出してきた瞬間を狙い、ソシオは咄嗟に光の矢を五十本放つ。
しかし、黒い人もそれは想定内だったようで、大きな黒き球を放って迎撃した。
魔法同士が衝突すると、光の矢は全て黒き球に吸い込まれてしまう。それで黒き球の容量を越えたのか、黒き球は一瞬膨らむと爆発してしまった。
爆発したと言っても、音はほとんど無かった。衝撃も大したものではなく、瞬時に膨大な魔力の波動が世界に拡散しただけ。
二人にとってはそよ風のようなもので、気にせず次の攻撃に移る。離れたところで先程以上の爆発が起きたが、それも二人は気にしない。
ソシオはとりあえず強烈な明かりで周囲を照らすべく光の球を複数発現して、黒い人を囲むように上空に浮かばせた。それにより、黒い人の周囲から影が消える。
「これで影を渡るのは難しくなったかな?」
嘲るように声を掛けるソシオ。先程相手が使った移動手段である影から影へと移動するというのは、ある程度強い魔物ならばどの個体でも普通に使える方法であった。