影法師と人形遣い5
それから暫し頭を悩ませた後、一つ息を吐く。
「うーん、やっぱりわからない。流石にそう簡単にはいかないか」
今日一日集中しただけで全て解るのであれば、既に解析は済んでいる事だろう。しかしそうはいかないから苦労する訳で。
「これはやはり知らない魔法という事かな? いや、それ以前の根本から異なっている気がするし・・・うーん。兄さんは何でもありだな」
改めて兄さんの非常識さを理解する。こんな調べれば調べるほどに底が見えなくなるというのは精神的に疲れてくる。処理能力的にも限界があるし、本当に疲れるな。今ならぐっすり眠れそうだ。
それにしても、プラタでも未だに解析出来ない技術か。
「本当に、兄さんは色々とおかしな人だな」
「久しぶりなのに散々な言われようだ」
「え?」
解析を中断した後に休憩がてら横になって考え事をしていたら思わず漏れた言葉に、頭の上から返答があった。それに驚き、勢いよく起き上がってそちらの方へと顔を向ける。
「どうだい? 身体の調子は」
そこに居たのは黒髪の一人の少年。人間界を出た頃から少しも変わっていない、まだ僅かに幼さの残る容姿の少年は、見間違えようもない。
「兄さん!? なんでここに!?」
その少年は、ボクの兄であるオーガスト。間違いようがない。容姿もだが、その存在自体が奇妙な感じがするのだから。これはボクが成長したから感じられるようになったという事なのだろうか。
「なに、遊びに来ただけさ。ついでに君にあげた身体が問題なく機能しているのかの確認をね」
そう言うと、兄さんはボクを指差す。
「あ、うん。問題ないよ。むしろ馴染んだからか以前よりも順調なぐらい」
「そう。ならよかったよ。まぁ、確かに馴染んだというのもあるのだろうが、それ以上に世界が変わったからだろうが」
「世界が変わったって、どういうこと?」
兄さんの言葉にボクが首を傾げると、一瞬呆れたように止まった後に兄さんは口を開く。
「そのままの意味さ。世界は変わった。法則がね。例えば、以前よりも容易に成長出来るようになった。まだ一部だろうが、個性も出てきた頃合いだろう。数は少ないが種としての進化も確認しているし、そういった変化が今この世界で起きている。それが世界の変化さ。これぐらいは把握していてほしかったがね」
「・・・ごめん。そうなんだ。全く知らなかったよ」
その呆れたような物言いに、何だか申し訳なくなってくる。その程度は出来ると思われていたようだし、何だか期待を裏切ってしまったようだ。
「それで、えっと・・・身体の調子を確認しに来ただけ?」
「そのつもりだったが、その背嚢、どこまで理解出来た?」
目で背嚢を示して問われ、現在分かっている部分まで素直に話す。別に隠す必要もなかったし。
それを聞いた兄さんは、ふむと呟いたまま黙ってしまう。それから少しして、口を開いた。
「そうか。思った以上に身体の出来が悪かったようだ」
「え?」
「いや、その程度なら既に解析が終わっているか、遅くとも半分は解析済みかと思っていたのだが、まだ一割ほどだとは・・・情報を処理する領域が狭かったようだな。ついでだ、各種能力も上げておこう」
「えっと?」
期待に沿えなかったというのは解ったが、突然の話に理解するのに時間が掛かる。もう少し落ち着いていたら大丈夫だったのだろうが、唐突な兄さんの出現にまだ混乱していたのだろう。
「すぐ終わる。なに、能力が向上するだけだ」
そう兄さんがいい終わると同時に、思考がはっきりしていくような感覚を覚える。まるでさきほどまで寝起き、いや半分ぐらい寝ていたかのようだ。
流石にここまで分かりやすければ理解も出来る。つまりはまた改造されたのだろう。どうやってかしらないが。
それえでもまぁ、能力の向上はありがたい。今必要なのは力だからな。
「どうだ? 頭の中がスッキリしただろう?」
「う、うん。確かに」
「それで問題ないだろう」
ボクが肯定すると、兄さんはそう言って頷く。
「後は好きにするといい。おまけで全体的に能力の底上げもしておいたから、今ならそこそこ強いと思う。それでもまぁ、まだ少し足りないが」
「足りない?」
「もっと身体を馴染ませろって事さ。君には十分素質があるのだから」
そう言うと、特に用件も告げずに兄さんは何処かへと消えていった。
相変わらず自分勝手な人だなと思いつつ、何だか懐かしく思う。
まあそれはそれとして、間違いなく今のボクは強化はされているようなので、まずは訓練所の的を用意して、それへと攻撃を仕掛けてみる。
比較の為にいつもの調子で放った魔法は、いつもの倍ぐらいの威力になってしまい、的を粉微塵にしてしまった。そんなつもりはなかったはずなのだが、的は無残にも消滅してしまっているのが何よりの証拠だろう。
原因は明らかに兄さん。今まで努力して成長した分を含めてあっさり倍に強化しないでほしい。有難いがなんだか虚しくなってしまうから。
第一訓練部屋の掃除を済ませる。的を派手に破壊してしまったが、ほとんど消滅してしまったので片付けは楽だった。
その後にもう一度同じ強度の的を用意し、魔法を放つ。今度は先程の半分程度の威力を意識して魔法を行使する。結果としては、的が少し破損したぐらいで済んだ。これでもまだ、今までよりも威力が上がっているな。
それでも修復可能な範囲だったので、的の修復を促して片づける。どれぐらい能力が向上したのか大体分かったので、次は魔力操作を行ってみよう。背嚢の解析もしたいが、まずはこの身体に慣れなければ。
まるで兄さんの身体からこの身体に移って間もない頃のような感覚に、懐かしさを覚える。
それでも急激な変化は調整に苦労するから、出来れば勘弁してほしいが。強くするのであれば、段階を踏んで強くするとか他に方法はあったと思う。
「ま、文句を言っても仕方がないからな」
強化してもらえるだけ有難い事だろう。普通はこんな事あり得ないのだから。
気持ちを切り替えると、早速調整の為に魔力を循環させてみる。魔力操作で魔力の循環速度に緩急をつけたり、外に漏れないようにするが、やはり急激な変化にまだついていけていない。
それでも先程の魔法の行使で多少は感覚が掴めたので、制御不能というほどではないのが救いか。
まだ夕方にはなっていないので、もう少し集中して魔力を循環させていく。
循環速度については大まかな緩急はつけられるようにはなったが、内包魔力量も大幅に上昇したようで、かなり動かしにくい。魔力量が多すぎて重すぎる。もっと大きな力で動かさないと難しいか。
今までと何もかもが異なる感覚に戸惑いつつも、少しでも感覚が掴めるように集中していく。
魔力の方は大きく扱い、細かく調整といった感じが今のところ上手くいっている。魔法を行使する場合は、まずはかなり加減して調整の方がいいか。
全体的にと言っていたが、身体能力も向上したのだろうか? したんだろうな、兄さんだし。
第一訓練部屋の中を軽く走ってみようかとも考えたが、やめておく。今は魔力の掌握の方が大事だ。これが上手くいかなければ魔法の行使もだが、魔法道具も創れない。
でもそう簡単にいくものではないというのは、一度経験しているから分かる。あの経験があるから今回はそんなに手こずらないとは思うが、それでも一月程度は見た方がいいかもな。
「んー! はぁ」
暫く集中した後、伸びをして一息つく。時間を確認すると、もう夜だった。
集中して疲れていたので動くのが面倒になり、とりあえず朝に用意してもらっていた夕食をその場で食べる。
夕食を終えると、片付けを済ませて食休みを挿む。
「あー久しぶりの感覚で、何かいつもとは違った疲労感がするな」
普段と違い、だるくて重い感覚が纏わりつく。頭も金属でも詰め込んだかのように重い。それに食後の気怠さが加わって、何だか眠くなってきた。
「このままここで座っていたら眠ってしまいそうだ」
重い目蓋に頭を振ると、気合いを入れて立ち上がる。無理にでも自室に戻っておかないと、気づけば寝ていそうだ。
ふらふらとする寝起きのような頭で第一訓練部屋を出ると、そのまま自室に戻る。
妙に長く感じる廊下を通り自室に戻るも、プラタ達はまだ戻っていないようだ。
「今日はもう寝るか」
魔法で身体を奇麗にして、寝る準備をする。靄のかかった頭のせいで調節もせずにいつも通りに魔法を行使してしまい、身体や服がもの凄く奇麗になったが、その代り少し目が覚めてしまった。攻撃魔法とかではなくただ汚れを落とすだけの魔法なので良かったものの、今後は気をつけなければなと思ったところで、直ぐに眠気が襲ってくる。
寝台の上に倒れこむようにして横になると、もそもそと適当に寝台に上がって身体の位置を調節してそのまま目を瞑る。明日も一日魔力の調整からだな。
そう思いつつ静かに呼吸をすると、すんなりと眠りに落ちていった。
◆
翌朝。目を覚まして部屋を見回すが、珍しくプラタの姿がなかった。
何かあったのだろうかと思いつつも、朝の支度を行う。
「朝食はどうするかな・・・」
いつもはプラタが用意してくれているが、今日はプラタが不在。昨日用意してくれたのは一日分なので、もう無くなっている。
一応何かあったらと、保存食を中心に色々と背嚢の中に入れてはいるが、量はそれほど多くはない。時間が止まっているとはいえ、突然背嚢が機能しなくなるかもしれないので、生ものはあまり多くはない。それと、中の物が取り出せなくなるといった事態に備えて、念のために部屋にも保存食が置いてある。そちらは日持ちするのを重視しているので、味はイマイチだが。
「向こうのはまだまだ問題なかったはずだから、今日は背嚢の中から食べるか」
部屋に常備している保存食は、定期的に点検しているので問題はない。そちらは新しい保存食を用意した場合に交換がてら食している。
なので、今はまだそちらに手を出すつもりはない。背嚢の中の保存食は味の方を優先しているので、交換すると逆に期限が短くなってしまう。もっとも、今回食べるのは保存食ではないが。
「そうだな」
考えながら背嚢の中を漁り、中から果物を一つ取り出す。手のひらに収まるぐらいの大きさだが、これぐらいでもボクには十分だ。
早速その果物を食した後、甘い匂いのする息を吐くと、少し休んで寝台の上に座る。今日は直ぐに横になれるように、ここで魔力の調整をするとしよう。
◆
プラタが帰ってこないまま、一日が経過した。
上がった能力に感覚を適応させる為に、今日も一日集中して修練を行った。途中何度も休憩を挿んだが、結局昼食は食べなかったな。
夜になって時間に気づき、作業を切り上げる。しかし、いざ終わると意識すると、どっと疲労が押し寄せてきた。
「あー・・・無理、おやすみ」
ふらりとして寝台にそのまま倒れると、最近の習慣になっていたので、思わず誰に言うでもなくそう呟いた。
◆
そして翌朝。
意識を失うようにして眠ったからか、そのまま朝まで起きる事はなかった。
翌日になってもプラタは帰って来なかったので、外で何かあったのだろう。兄さんが帰ってきた事を考えれば、何か面倒くさい騒ぎが起きていても納得出来る。
それでも何の連絡もないという事は、向こうで対処可能な事なのだろう。もっとも、今呼ばれたところでまだ役立たずなのだが。
「早くこの力に慣れないとな」
そう口にしながら朝の支度を済ませる。昨夜も入浴していないので、ついでにお風呂にも入っておいた。
朝食は保存食、ではなく今日も果実。まだ少し残っているので、こちらから消費していく予定。
食後は一息ついて、今日は温泉水を飲んでみる。ほんのり温泉の香りがするが、とろりとしていながら飲み口はまろやかで意外と飲みやすい。
温泉水が出る水場と食事の時に使っている椅子とを往復して温泉水を数杯飲むと、昨日同様に寝台の上に移動して少し考える。
「現状のボクはまだ力を使いこなせていない。それでも火力は上昇しているのは確か。ただ、この辺りはある程度加減しないと無理に魔法を行使して身体を痛めてしまいそうだよな。全力で走れば間違いなく感覚がついていかなくて転ぶだろうし」
やはりまずは感覚の調整が最優先だろう。
この身体を貰った当初も中々上手くいかなかったが、それでも何とかやっていけた。しかし、今の状態はあの時よりも酷い。能力の上昇の仕方がおかしいからな。幸いなのは、以前にも似た状況になっていたおかげでまだ何とかなっているだけで。
「はぁ。本当に兄さんは相変わらずよく分からないな」
急に来たと思ったら、唐突に能力の底上げである。それも倍以上に。一体何だったのか。それを考えてみるも、答えは出てこない。いやまぁ、会話を思い出せば期待外れだったからなのだろうが。それにしてもなぁ・・・。
「・・・・・・これ、もしかしてプラタが帰ってきていない事と関係ないよな? いくら一度経験していると言っても、流石にこんな短期間で力を自分のモノになんて出来ないぞ!?」
誰に言うでもない言葉は、部屋の中に響いて消える。自分の考えに軽く戦くも、いくら兄さんといえどもそこまで考えなしではないだろう。
「いや・・・兄さん基準であれば、こんなもの一瞬で掌握出来るぐらいは考えていそうだ。それか一日二日で十分だとか平気で考えていそうだよな」
兄さんの規格外な能力と、それに基づいたおかしな基準に頭を抱えたくなるが、今はそんな事をしている場合ではない。それに、今のはボクの勝手な妄想だ。真意は別にあるだろう。
「ま、単なる気まぐれで、そもそも既に覚えてもいないという可能性もあるからな」
そう思えば気楽なものである。さて、今日も魔力の調整に集中しないとな。
現状ではそこそこ自分のモノに出来てきているが、まだ二割ぐらいしか進んでいない気がする。もしかしたらそれ以下かもしれないし。
まあいいや。今はその考えは頭の外に追い出す。
そうした後、一度大きく深呼吸してから集中していく。
魔力の流れというのは人それぞれ感覚が異なるらしいが、ボクの場合は河みたいな感じだ。
元々はそれほど大きな感じではなかったのだけれど、兄さんに能力を底上げされてからは、まるで大河のように感じている。実際、全容を把握するだけで手間取ったぐらいだし。
それを自在に操るというのが難しいのは、それだけで解るというものだ。魔法を行使する場合、その大河から片手で一杯分掬う程度の量でも初歩的な魔法は行使出来る。
もっとも、階梯のかなり上の魔法の場合、大河だろうと連発には気をつけた方がいいのだが。まぁ、その辺りは今はいいか。
ここ数日の集中によりこの流れの全容は把握出来たが、それでも未だに速度を変えるのすら細かな操作が出来ていない。今日はそこまではいきたいところだ。
そう思い集中していると、あっという間に時が過ぎていってしまう。気づけば今日も夜。それだけやってもまだ完ぺきではないが、結構よくなってきたと思う。
さて、意識が飛びそうだから今日もそのまま寝るとしよう。明日にはプラタも帰ってきているかな?
◆
翌朝目を覚ますも、まだプラタは帰ってきていなかった。
流石に心配になりフェンに連絡を入れてみると、現在プラタは国の外に出ているらしい。何でも数日前から国の外が騒々しくなり、それの確認に出向いたのだとか。
騒動の原因は国から離れた場所らしいが、それでも国内で感じられるほどに大きかったとか。ボクは感じなかったが、この地下が特別だったからだろう。
そして、様子を見に行ったプラタの報告では、どうも死の支配者側の誰かとソシオが戦っているらしかった。それは今も続いているらしい。
その後もフェンから話を聞いてみると、戦場はジュライ連邦からかなり離れた場所なのだが、力と力のぶつかり合いや行使の余波が国に押し寄せてきているらしい。
それを受けて国民は不安になっていたが、プラタが偵察の傍らでその余波を弱めているらしく、おかげで大分改善したらしい。そのうえでフェン達も国の防護に協力しているので、現在は国内に余波は届いていない状態だとか。
ソシオと戦っているのは死の支配者ではないが、それでも一人らしい。世界を震わす力というのがどれほどかは知らないが、それが凄まじいのは解る。
それでも死の支配者自身が出ている訳ではないので、手持ちの戦力はそれ以上だと考えると、死の支配者の軍がどれだけ強大かが解る。死の支配者は更に強いだろうし。
もう訳の分からない領域の話だが、これでは能力が倍以上に上がった今のボクでも足りていない気がする。
「・・・・・・まずは出来るだけ早く感覚を掴まないといけないな」
色々思うところはあるも、何はともあれまずはそれが最優先である。それにしても、プラタには助けられてばかりだな。
フェンの話では、その戦いは今でも続いているらしい。世界を震わすほどの攻撃を何日も継続して行うとか、正気の沙汰ではないな。肉体的・精神的疲労もだが、よく魔力が続くものだ。
「うーん・・・そういえば、何か忘れているような? 無尽蔵の魔力・・・えーと、うーんと・・・・・・ああ! そういえば魔物の魔力変換について調べるのすっかり忘れていた!!」
あれは確かタシに最初に指導した日だったか。その時に魔物の魔力変換の速さに驚いたものだが、その時にその魔力変換速度の秘密を後で調べようと思っていたんだった。タシが思いの外出来ない子だったので、すっかり忘れていたよ。
今回の話を聞くと、今後似たような状況にならないとも限らない。その時には魔力枯渇も気にしなければならないというのは不利だからな。持久戦でなかったとしても、魔法を好き放題使えるのであれば、その方が有利なのは当然だし。
魔力の調整もだが、そちらの研究も行わないとな。やることが多い。
課題が増えたところで、今日も頑張っていく。まずはさっさとこの身体に慣れないとな。
◆
「最近雑魚の群れが多いな」
目の前に築かれた屍の山を眺めながら、ソシオは考えるように呟いた。
元々各所へと攻めてくる敵の数は多かったが、どれもソシオにとっては取るに足らない雑魚ばかり。
いくら相手が無限とも言える数を揃えられるとはいえ、流石に辟易するほどの数を連日時間を問わずに幾度も送ってくるのは正気を疑いたくなるほど。
ソシオはそれに対して、自身の力を真似て造った大量の人形を当てる事で対処していた。
相手が数ならソシオは質で抗い、それを見事に撃退し続けている。能力に差がありすぎるので、いくら数で攻めてこようとも、数の差が活かされる事はなかった。それどころか、ソシオが人形を増産すればするほどに、戦況は一方的な様相を強めていく。
それでもなお、相手は懲りずに大軍を連日さし向けてきている訳だけれども。
そんな戦況の中、ソシオはある戦場を眺めながら思案する。そこは最近特に相手の侵攻が激しい場所。
攻めてくる数が激増したという訳ではないが、それでも明らかに他よりは数が多い。その戦場は平地なので数を並べるには適していそうだが、最初から数が多かったのだ、増やす意味がないだろう。
他に何か変わったところはなかっただろうかとソシオが考えていると、目の前に築かれている屍の山が空気に溶けていくようにゆっくりと消えていく。その消え方はまるで魔物のそれだが、相手は魔物ではない。
ただ、人というのも少し違う。何せ相手は動く死体なのだから。それに出来がいいと死者には全く見えない。その場合は、よく見れば死んでいるのが解るぐらいだ。
ともかく、そういった変わった存在なので、魔物のように消えたからとて驚きはしない。むしろ片付けを必要としないので楽なほど。
屍の山が消えると、それに遅れるように武具も消滅していく。こちらは相手が身に付けていたものだが、止めを刺した時に身に付けていないと、消滅までに少し余計に時間が掛かる。
武具まで消えるのは死者と一緒に生み出しているからだろうが・・・今更ながらに死者を斃すというのもおかしな話であった。まぁ、武具類も死者と一緒に蘇させているのだからしょうがない。
そうして全てが消えた後に残るは、不快な臭いと血の滲み込んだ大地のみ。どうやら土に混ざった血の方は消えなくなるらしい。面倒な事この上ないが、ソシオにとってはそれはどうでもいい事であった。
臭いだって風で散らせばいい。どうせ直ぐに新手がやって来るので、無駄な事はしないが。
死体の山が消えて一時的に奇麗になった戦場を眺めた後、ソシオは僅かに何かが引っかかったような感覚を覚える。
「ん? この感じは何だ・・・」
さて、何が引っかかっているんだと、ソシオは周囲に視線を巡らす。現在そこには、ソシオ以外には防衛の任に就いている人形が複数体居るのみ。
他に何か気になる事でもと考えていると、程なくして次の群れがやって来る。それを感知したソシオは、面倒そうに小さく息を吐き出した。
まだ前回攻めてきて返り討ちにした相手の屍の山が残っているというのに、直ぐに次の相手が見えてくる。今回もまた大軍だ。
そちらは人形達に対処を任せて、ソシオはまだ残っている屍の山の方に意識を向ける。
死体は時間の経過と共に消滅して魔力に還元されているが、如何せん数が多いので時間が掛かりそうだった。死体の数が多いので、周囲の魔力濃度が一時的にもの凄く上昇している。魔力濃度か高ければ高いほどに、魔力に還元されるまでに時間が掛かってしまう。
「可視化されるほどに濃い魔力。もう国境付近は常時薄い靄が漂っているような状態だな」
濃すぎる魔力故に可視化されてしまった魔力が周囲を漂う。視界を遮るほどではないが、薄っすらぼやける視界というのは意外と鬱陶しさを覚えるらしい。
ずっと攻めてくる敵も合わさり、ソシオは少し苛立たしげにそう呟く。この高濃度の魔力を散らすには、魔力を強制的に外に逃がすか、魔力を消費するしかない。
しかし、魔力を外に逃がす作業は今でも休むことなく続けているし、魔法に関しては敵の迎撃時に敢えて派手に使用するように心がけている。
それでも消費しきれずにこうして薄くけぶっているのだから、攻め手の数が尋常じゃないのが解るというもの。
「外に魔力を流す人員は追加したばかりなんだがな。既にそっちだけで百人以上は配置しているのだが、まだ足りないか・・・新たに無駄に魔力を消費する何かを考えないといけないか?」
うーんと思案したソシオだが、延々と魔力を無駄に消費し続けるだけの魔法道具も既に大量に追加している。魔法や魔法道具で消費した魔力は世界の根源へと一度戻り、妖精を窓口にして世界に還元されている。現在世界には妖精は二人しかいないが、それでも十分だった。魔力の還元だけなら妖精は一人でも問題ない。
「しかし、こんな一気に魔力を消費すると妖精も大変だねぇ。いやはや、よかったよ妖精止めて。それにしても、もしかしたら妖精は一人になるかもしれないが、その時は妖精の森がこんな風に靄が掛かるかもな・・・いや、その為の精霊か・・・・・・ここでも精霊かその代りの何かを創るか? しかし、人形よりも弱いからな」
かつてその妖精だったソシオは、現状の面倒くささに軽口を叩く。実際、未だにソシオが妖精であったならば、自らも魔力を追加してしまい大変面倒な状態になっていただろう。
ソシオは妖精時代にしていた魔力を世界に循環させる方法を思い出し、それを実行しようかと考えたが、そんな暇があるなら人形を増やした方が効率的かとやめておいた。
「それにしても・・・うーん・・・・・・うん? 魔力の循環、ねぇ」
ふとそこで、ソシオは別のところで引っ掛かる。現状の打破についてではないが、何か面白そうな事を思いつきそうな気配に、意識をそちらに向けた。
「魔力の循環。魔力を消費、根源への返還、世界への還元・・・ふむ? これはあれに対する宣戦布告に使えるのでは? 幸い材料はここに呆れるほど在る訳だし」
何かを思いついたソシオは、ふふふと怪しい笑みを零す。
「そうと決まれば、早速行動を開始するか。まずは魔力を溜めに溜められる魔法道具を用意しないとな」
ソシオは周囲の魔力を集めると、それを基に魔法道具の創造を始める。ソシオに掛かれば、どれだけ高度な魔法道具でも一瞬で完璧に作製出来る。
そうして完成した魔法道具は、大きな筒の下に太く長い杭を取り付けたような物であった。
「これをこうして固定してっと」
魔法道具の杭の部分を地面深くまでしっかりと刺した後、ソシオは魔法道具が倒れない事を触って確認する。
それで問題なさそうだと判断したソシオは、魔法道具を起動させて周囲の魔力を筒の中へと取り込んでいく。
「ふふふ。魔力の充填が完了するまでに同じ物を大量に創って周囲に刺していき、っと」
問題なく魔法道具が起動したのを確認したソシオは同様の作業を繰り返していき、数秒の後に周囲一帯を魔法道具だらけにした。
まるで地面から生えたかのようなそれらが全て起動しているのを確認した後、最初に起動をした魔法道具の筒が魔力で満杯になる。
それを確認したソシオは、筒の中に在る魔力に干渉して細工を施していく。同じ事を筒が魔力で満杯になった周囲の魔法道具全てにも施し、ソシオは準備を終えた。
「さて、念のために少し離れるかな」
ソシオは上空に浮かび上がると、十分に距離を取ったと判断するまで上昇する。
そうして十分に距離を取って上空で静止すると、真下の大量の魔法道具を一斉に起動させる。
起動した魔法道具は、その場で魔法を発現して自爆していく。それがほぼ同時に一斉に起こったので、結構な大爆発となった。
副産物ではあるが、その大爆発のおかげで周囲の死体の処理を一部行えた。それ以外の被害は地面以外のみで他には無い。
「ふむ。上手くいったな。これであいつに宣戦布告出来たかな?」
広域に地面が抉れた大地を眺めながら、ソシオは楽しげに笑み曲げる。
考えが逸れてしまったが、中々に有意義な実験であった。そう思いながら地面に下り立ったソシオは、改めて思考を周囲の現状に戻して思案を始めた。