ディタリエール伯爵邸【3】
応接間を出る時、ラナがいかにも「大丈夫?」という顔をしていくが笑顔で手を振った。
大丈夫大丈夫、弟たちのやんちゃを叱るだけなので。
「このバカモンどもがぁぁぁっ!」
「「いってぇ!?」」
……親父がね。
「いってぇ、いってえぇ! マジいってぇ!」
「ッッッ〜! な、なんでっ」
「当たり前だろうが! 特にルース! なんだあの幼児のような態度は! ユーフラン! お前も殴って引き離すくらいせんか!」
「久しぶりに会った弟にそこまではしたくなかったからなぁ〜」
「そしてクールガン! お前! ……まあ、よくやった」
褒めんのかよ。
なぜ殴ったし。
両肩に手を置いて、そんなしみじみと……。
クールガンも「え、なんで殴ったの」と、ありあり顔に出てる。
うん、それは無理もない。
「なにがよくやったんですか。っていうか殴られた意味が分かりません」
無表情で淡々と言い返す。
うんうん、それでこそうちのクールガンだ。
ああ、お前そういう奴だよな。
さっきのはなにかに乗り移られてたのか?
「いきなり初対面の少女に求婚などすれば驚くに決まっておろう! まったく酒でも飲んだのかと疑ったぞ!」
……まさかの酒!
うちの一族、酒で酔える体質してないだろう!
それでなくとも訓練を受けるのに!
「失礼な。ファーラ嬢の美しさに酔いしれてしまいましたが、酒は飲んでおりません。ああ、なんて麗しいファーラ嬢……一目で心奪われました……! あんなに可愛らしい人がこの世界にいたなんて!」
「お前そんな事サラリと言う子じゃなかっただろう? 本当にどうした?」
「お母様を前にしたお父様のセリフで覚えました」
「うそじゃん? わしあんな恥ずかしい事言わんぞ」
「うそでしょお父様……」
「父様、母様にバリバリ歯の浮くようなセリフ言いまくってるぜー?」
「……それは、まあ……否定はしないけど……」
「うそじゃん?」
うそじゃん、って親父……自覚なかったのか。
やべーな……怖いわ、無自覚って。
「なんにせよ、ファーラ嬢が『聖なる輝き』を持つ者であるならば、俺が求婚してもなんら問題はありませんよね? ね? フランお兄様?」
「むむむ……まあ、ファーラの意思に任せるよ。……どちらにしても『聖なる輝き』を持つ者の意思は尊重しなければならないし」
「そうだな。頑張るのだぞ、クールガン!」
「はい! もちろんですお父様!」
「応援すんのかよ……」
しかし、なんかとてつもなく妙な事になってしまった。
まさかクールガンが、ファーラに一目惚れしたとか言い出すなんて……。
そしてなんかもうファーラに関してだけ別人のようだ。キモい。
そりゃあ、ファーラは文句なく美少女だと思うけどな?
ええ、なにこれとんでもなく複雑な気持ち……。
うちのクールガンは、優秀だし将来有望だし、成長すればラナの言う『イケメン』になるとは思うけど……でも『青竜アルセジオス』の貴族なんだよ。
それも普通の貴族じゃない。
『ベイリー』家は、王家ではなく守護竜に仕える家だ。
んん、まあ……だからこそ『聖なる輝き』を持つ者と相性がいいのかもしれないけどな?
クールガンは特に、うちで今一番強い影響を受けているし。
けど、だからって親父も俺もリファナ嬢になんにも感じないわけなので? なんかそれは話が違う……?
じゃあ、マジで単純にクールガンはファーラに一目惚れした?
……その方がいいのか?
あれ? なんかわけ分かんなくなってきた……。
どちらにしても、『青竜アルセジオス』としてはファーラが嫁いできてくれるのは万々歳。
逆に『緑竜セルジジオス』としては、三十年ぶりに現れた『聖なる輝き』を持つ者が『青竜アルセジオス』に嫁いで行くのは阿鼻叫喚モノだろう。
せっかく俺とラナに爵位を与えて繋ぎ止めようとしていたのに、すでに一人『聖なる輝き』を持つ者がいる『青竜アルセジオス』に嫁入りなんかされたら……ねぇ?
…………頭が痛い。
本格的に『聖なる輝き』を持つ者の奪い合いが激化する。
『緑竜セルジジオス』もクールガンがファーラに求婚したと知れば黙っていないはずだ。
あー、めっちゃめんどくさぁ……。
「そうだ、ユーフラン。お前にも一つ話しておくべき事がある」
「え? なに? 正直今日はもうなんにも考えたくないんだけど」
「そう言うな。お前にも無関係ではない。……クールガンは今、アレファルド殿下付きになっておる」
「ふあ……?」
なんだとう?
……それって、ラナの言ってた『第三部』みたいな? えぇ〜……。
「は? 早くない? クールガン、まだ十歳なったばっかだよな?」
「殿下直々に頭を下げてきた。おそらく陛下が我が家の名の意味を教えたのだろう」
「げぇ……マジ? お前めっちゃ大変じゃねぇの?」
「フン! 殿下の思う通りになんて、動いてやっておりません!」
ああ、いつものクールガンに戻ったな。
っていうか、そうじゃなくて。
「……クールガン、お前まさかとは思うけど……」
「そのまさかだよ兄様。俺、いろんな茶会に招かれてそれはもう色々聞かされるし聞かれてるんだから! こちとらもうすぐ舞踏会で本格デビューなのに、クールガンの評判悪すぎて大変なんだからな!」
「フランお兄様を自分の婚約者諸共国外追放しておいて、『青竜の爪』欲しさに子どもの俺を側近にしてる辺りクズでしょ。あんなのが王になるなんて、『青竜アルセジオス』も終わりです」
「…………」
思わず親父を見る。
眉間を揉み解す姿に……察した。
そうか、これは確かに俺も無関係ではないし、これを放置してはクールガンはアレファルドを処断するところまで行きかねない。
さすがに十歳児が人を殺す、というのは考えづらいが、ある程度最低限の教育はなされている。
あとはクールガンの覚悟と、当主の座だ。
親父も歳だし、しばらくはルースを代理にしてクールガンが成人するまで待つだろうが……次期当主はクールガンにほぼ決まっている。
ただ、俺が言うのもなんだけど……ルースとクールガンは……ちょっと俺に対して懐き過ぎてるようなのだ。
好意を持ってもらえるのは兄としてとても嬉しいのだが、ルースの甘えたぶりとクールガンの甘えん坊ぶりは、種類こそ違うがそこそこ重い。
それもまた可愛いと思うので、俺はまったく構わないのだが……それを理由に次期王を処断されるのはいささか私情が入り過ぎだ。
「クールガン、お前の感情でそれは決めていい事ではないだろう?」
「うっ」
クールガンはまだ子どもだ。
幼過ぎる。
親父もそれは分かった上だろうに……それでもルースでなくクールガンをアレファルドにつけたのか。
ちょっと冒険し過ぎだぜ。
「なんじゃ、わしが同じ事を言っても聞かなかったくせに」
「…………ソンナコトハアリマセンヨ」
「目を見て言わんか!」
「…………」
ここはルースにしっかりサポートして欲しいところだが、ルースはルースで社交界デビューと学園入学を控えている。
ちょっと大変だなぁ。
まあ、なんにしてもクールガンは優秀だ。
優秀だけど、まだ子ども。
みんな子ども扱いしないから、俺は存分に子ども扱いして撫で回す。
しかし、甘やかし過ぎたのだろうか?
でもなぁ……子ども時代くらい……楽しい思い出が多い方がいいと思うんだよなぁ。
「なんにしても、クールガン……俺は『戴冠式』を見届けたら、『緑竜セルジジオス』に帰る」
「! ……も、戻ってこないのですか?」
「え! 嘘!」
「ほんと。あっちでもう生活の基盤出来てるし、今は『緑竜セルジジオス』で貴族になったしな」
「なんだと?」
あれ?
言ってないっけ?
……いや、親父に定期連絡する時、書いたはずだな?
「親父、俺の手紙読んでる?」
「ん? ……今回のやつは読んだぞ」
「今回、の?」
「…………。まあ、色々忙しくてな……今回のは緊急だったようだから読んだが……」
「…………」
うちの親父はたまに抜けてる。
まあ、それはいい。
報告を読んでない親父が悪い。
「『緑竜セルジジオス』で男爵の爵位と名字をもらった。……まあファーラの護衛の意味もあると思う」
「! ……そうか。さすがはセルジジオス王だな……」
「あれ、それだけ?」
「いや……。…………ドゥルトーニル家はもう『竜の爪』が発現しなくなっていると聞いている」
「!」
「……お前を養子に欲しがっていたのも……まあ、その辺りが大きな理由だ。……『聖なる輝き』を持つ者が側におれば、ドゥルトーニル家の『竜の爪』も復活するかもしれん。カールレートとエールレートには『影』の教育は施しておらんそうだが……その辺りは相談に乗ってやれ」
……マジか。そうだったのか……。
カールレート兄さんが俺を「うちに養子にこい!」と誘ってたのは、発明品に関しての意味が大きく感じていたけれど。
「…………じゃあ親父は俺が『緑竜セルジジオス』にいるのは……」
「反対はせん。男爵の爵位も持っておればいい。しかし、お前が『青竜の爪』を持つ『青竜アルセジオス』の下僕である事は生涯変えようがない。必要なら働いてもらうが……今の情勢でその可能性は低かろう」
「ふむ……まあ、その辺りゲルマン陛下も織り込み済みだろうね」
「恐ろしいお方だな……」
親父がそうも褒めるとは。
——確かに……隣国の『竜の爪』であっても、構わない。
情勢によってはスパイになり得る俺を、あえて『聖なる輝き』を持つ者の近くに置いておく。
まあ、『ベイリー家』の人間は『聖なる輝き』を持つ者を傷つける事は出来ないし、護衛としては本当にうってつけだからなぁ。
あはは、ほんとに怖い怖い。
「…………フランお兄様は戻られないのですか……」
「まあ、そういう事なら俺は『緑竜セルジジオス』にいた方がいいしな。ファーラがクールガンに嫁ぐなら、ファーラの事は実家に任せてのんびりラナと『緑竜セルジジオス』で余生を過ごせる」
「お前相変わらずジジくさいな……」
「親父に言われたくはないけどなぁ」
俺には『緑竜セルジジオス』での生活の方が合ってると思うんだよ。
ジジくさいとは失礼なー。
「『戴冠式』って葬式のあとだろう? ……二十五日にやるって言ってたから……ええ、たった六日しかいられねぇの? もっとゆっくりしてけばいいよ! フラン兄様!」
「ん〜……」
今日が十九日だから……確かにいられたとしても六日か一週間くらいか。
ちなみに葬式はいつなの、と聞くと明日だという。
各国の王が揃うのが明日だからだ。
ただ、陛下のご遺体は傷むのを慮ってすでに水葬されている。
ふむ……どの道陛下のご遺体から毒の証拠云々は無理だと思っていたけれど……埋葬も済んでいたとは。
そしてスケジュール、キッツキツだな!
どんだけ無茶こいたんだ、親父たち!
「来年にすればいいのに……『戴冠式』……」
「わしもそう進言したのだが、来年はアレファルド殿下とリファナ嬢の結婚式が予定されておってなぁ……」
「ぐぬぅ……」
くにくにと眉間を揉む親父。
あー、その辺とかもアレだったのな〜……。
察したので突っ込むのをやめる。
思い出させてはつらいだろう……。
「どちらにしても玉座を長く空けるわけにはいかん。殿下も早い即位を希望されておる。……お前が側にいた頃より多少マシになっておるようだが、ルースフェット公爵家以外の公爵どもの性根は変わっておらん。ご子息どもが殿下の影響でまあまあ仕事をするようにはなっておるが……」
「え? あいつらが仕事?」
「うむ。まあ……親よりマシ、というくらいだな。未熟である事に変わりはない」
「へぇー……」
なんか変わったのかな?
ふぅーん……まあ、マシになってんならいいんじゃね?
「でもスケジュール……」
「その辺りは仕方がない。もう決まった事だ。……まあ、『青竜アルセジオス』にいる間はゆっくりすればよい。エラーナ嬢とファーラ嬢もいる事だしな……。明日は葬式があるから面会は無理だろう。そうだな……早ければ明後日にはエラーナ嬢の実家に行くのだろう? 連絡はしておけよ」
「はぁーい」