王族との謁見【前編】
その後……ほぼ深夜に『エンジュの町』にたどり着く。
とはいえ『エンジュの町』もまた『収穫祭』で夜通し踊り明かしているものだから、町自体はそりゃあもう明るい。
しかし、ファーラはお子様なのでラナの膝に頭をのせて寝た。
え、別に羨ましくはないけど?
「『聖なる輝き』を持つ者が見つかっただと?」
……そして、まあ……今いるのはドゥルトーニル家のお屋敷前だ。
俺としてはファーラとラナを一晩ベッドでちゃんと休ませたい。
ラナもさすがに疲れたのだろう、ファーラの頭を膝に乗せたまま船を漕いでいる。
さすがにほぼ半日馬車に揺られていたのだ、体が辛いだろう。
玄関前でおじ様とクーロウさんがファーラに関して話をして、それをカールレート兄さんが横で聞いている。
三人とも表情は険しい。
理由は言わずもがな……ファーラが『加護なし』だからだ。
「……とにかく今夜は夜も遅い。体調を考えて泊まらせろ」
「分かりました。俺ァ、このまま町に帰ります」
「ああ、馬車は明日にでも返そう。…………」
と、窓からおじ様が俺に『出てこい』と顎をしゃくった。
へいへーい。
「ラナ、おじ様のところに着いたよ。今夜はここに泊めてもらうってさ」
「んぁ」
はあ? 可愛い。
……じゃなくて。
「…………」
仕方ない。
寝ぼけて転ばれても困る。
ドアを開けて足場をしっかり確認してから、ラナの背中と膝に両腕を滑り込ませて持ち上げる。
ふぉ、あったけぇ……。
ラナの上にいたファーラはカールレート兄さんが抱き抱えて連れてきてくれた。
「……ん?」
屋敷の玄関に灯った明かりで目が覚めたのか、ラナが片目をぼんやり開ける。
おじ様が玄関を開けておいてくれて、数ヶ月ぶりのドゥルトーニル家のお屋敷に入った。
「え? え? えっ⁉︎」
「あ、寝てていいから。おじ様に許可もらってるし、前使ってた部屋で今日はゆっくり寝ておけってさ」
「い、いや、あの……そ、そうじゃなくて……(おおぉ姫様抱っこおぉっ!)」
「あんまり動かないで。落としたら大変」
「うっ」
まあ、落とさないけど。
それにしてもふかふかでぽかぽか。
寝てたからだろうけど……やっぱり今夜はゆっくり寝て、明日からしばらくは移動が続く。
ファーラも『赤竜三島ヘルディオス』来の長距離移動でくたびれるだろう。
「ま、待って! へ、部屋には自分で入るし、き、着替えるから!」
「え? あ、そうか。ごめん」
二階に上がり、以前ラナが借りていた部屋に入ろうとしたら止められた。
ああ、いやしかしその通りだ。
淑女の部屋に無断で入るわけにはいかなかった。
本当はベッドまで運ぼうかと思っていたけど。
「じゃあおやすみ」
「……う、うん……おやすみなさい……。は、運んでくれてありがとう」
「ん」
深夜に急な訪問だったから、廊下の灯りはとても弱い。
そんな薄暗い中でも顔が赤くなっているのが分かる。
馬車に揺られて気分が悪くなったのかな、大丈夫かな……まあ、もう寝るだけだし……一応ここのメイドに様子を見てもらえるよう頼もう。
「あ、そうだ……」
俺も以前使わせてもらっていた、隣の部屋に向かおうとした。
だが、その前に一つ、言っておきたい事があったのだ。
ラナが扉を開ける音に歩を止めて振り返る。
「な、なに?」
「えーと、その……誕生日……もうすぐだろう?」
「…………。いつだったかしら?」
「…………。十一月十日でしょ」
自分の誕生日も忘れてる?
そう聞くとなにやらもごもごして唇を尖らせる。
んもー、なんなのあれー、可愛いー。
「そ、そうなのね。誕生日……十一月、十日……十一月……十一月!? あら? もうすぐじゃない?」
「なぜに他人事? うんまあ、だから、一応誕生日プレゼントは用意していたんだけど……」
「え!」
でも、移動期間にもろ被りしてしまった。
そして、プレゼントはお酒を入れるグラスだ。
それを白状するとなんとなく目がキラキラしてる。
……悪くはない。むしろ可愛い。
「お酒! そういえば飲もうって言ってたものね!」
「うん、まあけど、こうなっちゃったから……」
「そ、そうね。でも、帰ってから飲めばいいのよ!」
「お酒はなににする? 時間が出来たら『ハルジオン』でなにか見繕って行こうか」
「そうね!」
……はあ?
なぜそこで満面の笑み?
ラナ可愛い。
「でも当日は、その多分……途中の町で一泊になると思うから」
「なんにもいらないわ。楽しみをあとに取っておく派だもの! 私!」
「んー……」
でもそれでは俺の気が治らない。
というか、違和感のようなものがある。
毎年贈ってきたのだ。……アレファルド名義だけど。
今年だけ贈らないのはモヤっとする。
照れ臭いし、それがプレゼントになるかは分からないが……。
「なぁに?」
「当日俺に贈れるもの……もしくは出来る事とか、ある?」
「へ?」
「恋人……とか、その……奥さんの誕生日になにもしないってのは、ちょっとどうかと思うというか……」
などと言いながらも一つ、提案したい事があった。
けれどそれはさすがに俺の願望の方が強すぎてラナに引かれそう。
だから呑み込んだ。
呑み込んだはず、だったのに——。
「……だ、から……あの……」
「気にしなくていいわよ? 本当に。帰ってからのお楽しみの方がテンション上がるというか……」
「ん、うん、もちろんそれも、後日改めて祝うけど……」
早く言え、俺。
ラナは眠いはずだ。
明日も早くから馬車移動!
一秒でも早くラナを寝せたいし、俺も寝たい!
「……キ、キスしていい?」
「………………」
コキーン、と固まるラナを見て、やはり失敗したかもしれない。
えー、どうしたらいいのか、この空気。
しかし言ってしまったものは仕方ない。
「お、おやすみのキス的な!」
「……お! おや、おやすみのキスね! ななななるほど!」
よし、多分ごまかせた!?
と、思うので、再びラナのところへと戻る。
恋人っぽい事を、したいのは……俺も、だから。
「……」
「え、えっと、そ、そ、それじゃあ、あの……ど、ど、どう、する、の?」
「お、俺から、します」
「は、は、はい」
緊張しすぎて敬語になる。
再び向き合う俺とラナ。
……えーと、ところでなんでラナさんは目を閉じてらっしゃるのだろうか?
眉は寄っているし口はぎゅう、と結ばれているし、しかし頬は赤いし……可愛すぎか。
身を屈めて、髪の香りが分かる距離。
そっと、唇を落とす。
「……おやすみ」
「…………え?」
「え?」
なんか聞き返された。
顔を離すと、ラナの微妙な顔が……どうした?
「あ、いやー、そ、そうよね、おやすみのキスだもね?」
「は?」
「な、ななななんでもない! ……ほっぺかよ……」
「なんて?」
「な、なんでもない! おおぉぉおやすみなさい!」
「おやすみ……」
あれ?
バタン、と閉められた扉。
なんとなく逃げるように入っていったラナを見送ったあと、俺は少し困りつつ頭をかく。
……いや、別に構わないんだけどさ、お返し……的なものは、うん、いや、はい、あると嬉しかったです。
でももらっても心臓がもたなかった気もする。
「ま、まあ、いいか」
寝よ。
***
王都へは『エンジュの町』から馬車でおよそ三日かかる。
しかし、今回はファーラがいるので休みを多めに取り、その間におじ様たちが送った手紙で『迎え』の騎士が数人現れ合流する事となった。
ファーラとしては「なんかこわい」らしいけれど、正直俺やおじ様たちでもファーラの存在は判断に困っているところ。
なにしろ『聖なる輝き』を持つ者の特徴が現れているのに、未だ『加護なし』のままなのだ。
王家から派遣された護衛騎士たちも、その本来ならば相反する特徴を持つファーラを確認して首を傾げる始末。
「と、ともかく陛下にお会いして……判断を仰いだ方が、いいでしょう……」
「ですよねー」
「そ、そうだろうな」
カールレート兄さんとおじ様が騎士の言葉に肩を落とす。
やはりそれしかないようだ。
王族に会う、というので、ファーラはとても不安そうだが俺たちだけでなくおじ様やカールレート兄さんも一緒だ、きっと大丈夫。
そう言い聞かせながら……五日目の朝——。
「ここが『緑竜セルジジオス』の王都『ハルジオン』だぞ!」
「わぁ〜」
……正直次に来るのは来年とか……下手したらもっとあとだと思っていた。
ロザリー姫はラナと仲がいいが、果たして今回も味方になってくれるだろうか?
馬車は真っ直ぐに城へと向かい、あっという間に王城の正門を潜る。
護衛騎士の一部がすでに先遣で到着を伝えにいっているのだ。
そのため、到着するやいなや、二十人近いメイドが馬車を降りたファーラを出迎えて頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました、愛し子様」
「え? え?」
「陛下への謁見の前に、こちらへ」
そう言われ、玄関ホールから二階の部屋へと案内される。
おじ様とカールレート兄さん、そして俺は別室へ。
ファーラの事はラナに任せる事になる。
「え? なんで? いや! ユーお兄ちゃんたちと離れるの……」
「あ、違う違う、安心して。そうじゃなくてね、ファーラはこれからお風呂に入らなきゃいけないの」
「ふえ?」
嫌がるファーラに目線を合わせるように座り、人差し指を立てて説明した。
ファーラはこれら別室でお風呂に入る。
ラナもお風呂に入る。
なぜならこれから王様に会う準備をしなければならないからだ。
風呂は前準備にすぎない。
ラナもそれを分かっているので、目が遠い。
なお、俺も『エクシの町』からずっと同じ服なので風呂とお着替えである。
服は洗濯される、間違いなく。
……俺も思わず遠くを見てしまう。
「そうだな、そのあと着替えたり、化粧をしたり髪を整えたりされる! すべてここのメイドたちがしてくれるだろうから、ファーラはなにもしなくてよいぞ!」
おじ様声でかいから。
メイドさんたち若干笑みが深くなったから。
「な、なんで?」
「王様に会うには身嗜みは最低限の礼節なのよ。大丈夫、ファーラは元々可愛いんだからすんごく可愛くなれるわよ」
「え? え?」
「まあ、そういうわけで、またあとでね」
「ええ、フランたちも……頑張ってね……」
「ん……」
お互いの検討を祈りあう。
「まあ、俺たちは風呂入って着替えて髪を整えるだけだけど……女性陣は大変だろうな……」
「そうだろうな。ワシらはゆっくり待つとするぞ」
「ですねー」
でもラナのドレス姿は久しぶりなので少し楽しみ。
そう言ったらはっ倒されるだろうか?