王族との謁見【後編】
四時間後。
いや、さすがに長すぎではあるまいか。
おじ様はパイプを咥えたまま、眉を寄せている。
んん……お風呂一時間、支度一時間、化粧一時間、チェック一時間って感じ?
朝にたどり着いたのに、もう昼である。
ラナたちもお腹空いているんじゃないかな……朝ご飯食べずに来ているし。
つーかこの時間まで準備が伸びてるって事は、王家側も会食会の準備してると思ってまず間違いない。
対話の時間を増やすつもりだろう。
ファーラには……というか、うちで預かってる子たちには、俺とラナがテーブルマナーを教えている。
完璧と言われると微妙だが最低限の食事は出来るはずだ、多分。
ただ、まさか最初に披露するのが王族相手になるとは……ファーラ、頑張れ……。
「お待たせ致しましたわ」
「!」
ラナの声に顔を上げた。
城のメイドが後ろに二人、つき従い頭を下げる。
「…………」
お、おお……。
煌びやかな金のドレス……!?
これから王族との謁見と食事会なのに、そのド派手さはいかがなものだろう、とか一瞬で思いつかないくらいにラナに似合っていて美しいの一言。
緑色の髪が、金のドレスで映える映える。
で、その後ろのファーラ。
こちらは緑色のドレス。
カッチコチの表情に、しかし、ラナと髪とドレスの色が逆なので二人一緒だととても……うん、なんか、もう、語彙力が仕事しない。
「さすが公爵令嬢……」
「もう少しマシな感想出てきませんの?」
「すみません語彙力が死にました」
「ならば仕方ありませんわね!」
ふんす!
と、鼻息荒くドヤ顔。
そして最初っから令嬢モード。
「許されるのか……」
「…………」
カールレート兄さんの視線が痛い。
仕方ないだろう、語彙力が死ぬほど綺麗なんだ。
ラナには通じたみたいだけど……。
「ちなみに俺たちも褒めていいかい? エラーナ嬢?」
「結構ですわ!」
えー……おじ様めちゃくちゃ褒めようとしてたけど……いや、まあ、カールレート兄さんはともかく……おじ様は、うん……ですよね。
「はあ……」
さて、それでは俺も久しぶりに『貴族』をしよう。
立ち上がって、ラナへと手を伸ばす。
「お手をどうぞ」
「エスコートの方、よろしく頼みますわ。ファーラは反対側よ」
「え? う、うん」
両手に花。
俺、今夜死ぬのかな。
そう思いつつ、いざ出陣だ。
メイドたちに謁見の間の前へと案内される。
部屋の前には護衛を務めてくれた騎士たち。
彼らが扉を開けるので、おじ様とカールレート兄さんが先に入る。
ラナとファーラをエスコートしながら、いよいよ国王陛下との謁見へ。
おじ様たちが膝を折って挨拶する後ろに、俺たちもまた膝を折って頭を下げる。
ファーラはラナにやり方を聞いていたのだろう、真似するように頭を下げた。
「久しいな! ああ! お前たちの開発した小麦パン! あれはいいものだ!」
「は? あ、はい、ありがとうございます?」
開口一番、なんて?
ラナが驚いて顔を上げる。
俺もほんの少し顔を上げるが……ええ、なにあれ気持ち悪いくらい鼻の下伸びてによによしてるぅ……。
なにが起きている?
カールレート兄さんを見ると俯いて泣きそうな顔……いや、半笑いで泣きそうになってる、だと?
ますます謎が深まる!?
「ロザリーが自分の店を持つと言ってな、オリジナル商品の試作品を焼いてくれるのだが……ぐへふへ……」
「ま、まあ、お父様! 今そのお話は!」
「お、おお、すまんすまん!」
「…………」
なるほど、娘の手料理を食べられるようになって緩んでたのか。
…… わ か る !
ファーラも最近パン作りを覚えて、俺に食べさせても大丈夫なレベルに作れるようになったと喜んでた。
アレですね? 陛下、アレですね!?
「こほん! ……では改めて……『聖なる輝き』を持つ者が現れたと聞いたが、それは……」
「こちらの娘です」
おじ様がファーラを振り返る。
ラナと頷き合い、ファーラを挟んで一緒に立ち上がった。
俺たちが立ったので、ファーラも恐る恐る立ち上がってゲルマン陛下を真っ直ぐに見上げる。
息を呑む音。
空気がピリリとした。
「…………金の瞳……! 紛う事なき聖なる輝き……」
……やはり『聖なる輝き』とは瞳の色の事なのだろうか?
王族が皆息を呑むとは……。
ファーラは困惑した様子で、俺とラナの手を強く握る。
大丈夫だよ、という意味で笑いかけるが、不安そうなまま。
「あの、陛下……この娘、実は『加護なし』でして……」
「『加護なし』? ほう、そうか……。しかし、その金の瞳は紛い物ではないのだろう?」
「はい、突然この色になったと……」
「間違いありません。以前はやや濃い茶色でした」
髪を染める術はあるが、瞳を染める術などない。
ゲルマン陛下は頷くと、ファーラへ側にくるように命じる。
だが、ファーラは俯いて怖がってしまう。
仕方ない。
「俺も一緒によろしいですか?」
「うむ、よい。寄れ」
頷いて、ファーラを連れて行こうとしたらラナも一歩前へ出た。
当然一死に行く、と。
「…………」
さすがだなぁ。
そう思いながら
ゲルマン陛下が立ち上がり、ファーラへと近づく。
「…………」
「!」
緑色の瞳だった陛下の右目が、光った。
竜石と同じ輝き……これは……俺の右眼の『竜石眼』と、同じ?
「……問題はない。守護竜セルジジオスはこの娘を大層歓迎しておる」
「!?」
「この娘は間違いなく、聖なる輝きを持つ守護竜の愛し子!」
ビリビリと謁見の間の空気が圧されるゲルマン陛下の宣言。
両脇に控えていた二十人の騎士は膝を折り、ファーラと陛下へ首を垂れる。
この宣言でもって、ファーラは『緑竜セルジジオス』に現れた『聖なる輝き』を持つ者……『守護竜の愛し子』として認められたのだ。
マジか……! 『加護なし』とか、関係ないのか!?
「……だがしかし、それゆえに我らはそなたの自由に口出す権限はない」
「?」
「少女よ、名を……ファーラと言ったな? そなたはこれからどう生きたい?」
陛下がファーラの前で膝をつき、目線を合わせて問う。
さすが、娘が四人いるだけあって女の子の扱いが分かってらっしゃる。
問われたファーラは困った顔。
まあ、十歳の女の子がそう聞かれてもね。
「……ユーお兄ちゃんと、エラーナお姉ちゃんと、クラナたちと、一緒にいる……」
少し考えて、俺とラナの顔を見上げて、それから陛下を真っ直ぐ見て答えた。
その答えを聞いた陛下の表情を見て驚く。
「……そうか」
ゲルマン陛下はとても、とても満足そうに微笑んだのだ。
まるで愛しい我が子でも見るように。
そして立ち上がり、玉座に戻ると立ったまま手を突き出す。
「例の物を持て!」
あれ?
ものすごーーーーっく嫌な予感。
一人の文官が、小さく平らな木箱置いた一枚の紙を持ってくる。
その紙を片手で持ち上げ、俺とラナを見下ろしてニヤリと笑う。
……うぁー……。
思わずおじ様を振り返りそうになるが、その前に震えるカールレート兄さんが目に入ったのでグルだこいつら……。
「ならば決まりである。ユーフラン、エラーナ、お前たちは隣国で貴族だったそうだな。家名はディタリエールとルースフェット。ふむふむ、ディタリエール……うーむ、イマイチだな。ルースフェットは公爵家か……ではダメだな。『ベイリー』も我が国にいるゆえにダメだ」
「!」
……やはりこの国にも俺の家と同じように『守護竜』に仕える王家の影がいるのか。
いや、そうじゃない。
突然なんで名字の話!?
まさか? もしかして? 絶対面倒くさい事に……!
「ええい、面倒だ。ユーフラン、エラーナ! そなたたちに『緑竜セルジジオス』の古の言葉の一つ、『光導く者』の意味を持つ『ライヴァーグ』の家名と男爵の爵位与える! ユーフラン・ライヴァーグと、エラーナ・ライヴァーグとして聖なる輝きを持つ守護竜の愛し子を護り、この国へますますの繁栄をもたらす事を命じる!」
「えっ!」
「…………」
やっぱりぃ……。
ラナは驚いているが、これまで作ってきた竜石道具の数々と、ファーラの願いを思えばむしろ当然王家はそう動くだろう。
ファーラの希望はおじ様たちが事前に伝えて置いたに違いない。
見なくても肩を震わせて笑っているのが分かる!
特にカールレート兄さんは昔からなにかにつけて俺に「ドゥルトーニル家の養子に来ないか?」と言っていた。
どこまで本気だったかは知らないが、今回それが大いに働いたとしても不思議ではない。
個人的にも『でんわ』……『通信玉具』を作ってしまった時に「ああ、これはもう普通の平民として暮らすのは難しいかもな」と感じてもいた。
もちろん外に出す気はないし、レグルスにも販売はしないと突っぱねたけど。
あれは色々、使い方によっては危険だから。
だが……。
「え、えっと……」
「陛下、それは妻エラーナもまた、男爵の爵位を与えられるという事でしょうか?」
「そうだ。お前たち二人にそれぞれ爵位を与える。お前たちの子が生まれ、この先の貢献次第では子孫に子爵の地位も与えよう」
……爵位の概念がない『赤竜三島ヘルディオス』と男爵の爵位自体がない『紫竜ディバルディオス』、そして『緑竜セルジジオス』は『男爵』は子爵よりも地位は上。
しかし、男爵の爵位は世襲が出来ない。
個人に与えられる『爵位』だからだ。
子爵の地位が与えられるという事は、その地に根を下ろす者にとってはその地で貴族という地位を得て、貴族という上民と王家に認められ管理する側になるという事。
よってこの国で『男爵』は、子爵より地位は上だが権威は最も低い……とても“都合がいい”爵位。
ああ、せっかく『青竜アルセジオス』の貴族のゴタゴタから逃れられたと思ったのに……。
「…………それは……」
辞退する。
と、いう選択肢はない。
ゲルマン陛下の思惑としては、俺たちにファーラを引き取らせるつもりだな?
くっ、おじ様たちの方は血縁が爵位を賜る事に別段問題はない。
それどころかこの国の貴族たちからしても、わざわざ『聖なる輝き』を持つ者……しかし『加護なし』という特殊生態のファーラを養子にするという労力を得る事もなく国内にファーラを留めておける。
あー、くそ、こうきたか……!
ファーラを貴族の養子に、とかいう方向でくるとばかり思ったのに。
「大変光栄な事ですわ。ですが、あまりに突然の事に驚いておりますの」
「!」
「ですからお時間を頂けないでしょうか? まさかこのような場で、陛下自らにお話を頂くと思っておりませんでした。二人できちんと相談したいのです。なにとぞ、本日はご容赦を」
「…………」
ラナが頭を下げて、笑みを浮かべたまま答える。
うわ、マジか……さすが元公爵令嬢、俺は絶対言えない。
だが緑髪緑眼のラナが言う方が、遥かに意味も効果もあるだろう。
「む、そうか……」
思いの外あっさり丸め込まれた陛下。
……え? まさか素でこっちが喜ぶと思ったのか?
いや、絶対ラナに言われて「あ、そう?」ってなったんだろう。
あと……。
「…………」
ファーラが陛下を不満げに見ている。
俺とラナが困ったのを見てなにかしら感じだのだろう。
意外と顔に出やすいからなぁ、ファーラ。
陛下の少女相手に表情を読む能力……さすが四人娘がおられるだけはある。
「で、ではその話はまたあとにして、昼食はいかがかしら? 急がせてしまったもの、お腹が空いているのではなくて?」
空気を変えるように手を叩く王妃様。
ロザリー姫も笑顔で頷く。
確かに……よくお腹の音が謁見中鳴らなかったな、良かったってレベルで腹は減っている。
「喜んで」
もちろんこちらはそれしか言えない。
ラナと頷き合って、ファーラに「ご飯だよ」と告げるとやっぱり嬉しそう。
だよねー。
「こちらですわ」
謁見の間の左にある扉を促される。
そちらはテラス廊下の会食場となっており、下には一面美しい庭が広がっていた。
さすが、緑竜の国の城の中庭……見事という他ない。
席に着くとロザリー姫が目に見えてソワソワしている。
それで大体察した。
先程ゲルマン陛下がパンの事を話題に出した時、ロザリー姫が焦っていたのは——。
「どうぞ」
「あら」
給仕がテーブルに置いていくのはサラダ。
この形式は、アレファルドたちが来た時にラナが提案したもの……そう、コース式というやつだ。
ニコニコ笑うロザリー姫を見るに、どうやらあのあと色々研究を重ねたのでその成果を見ろ、という事らしい。
これは責任重大だな、ラナ。