episode シータル
『狩猟祭』の翌日は狩った獲物の加工を行う。
それが『肉加工祭』。
狩りも肉の加工も実はこれからの時期ほぼ毎日行われるのだが、わいわいみんなが集まって祭りとして行われるのは今日だけなんだそうだ。
また、今日からは大市も始まる。
大通りを埋め尽くす出店。
見かけない品々。
いまだかつて見た事もないほどの熱気と活気。
「わあ〜」
「すげー! なあなあ、本当に今日はなんでも買ってくれるのか!?」
「なんでもは買わないわよ、シータル。冬支度のお買い物なんだから、チーズとソーセージと塩漬けされたタポンの実とお酒と……」
「そうよ! あたしたちは荷物持ちのお手伝いで来たんだから!」
「ちなみに迷子になったら広場にある噴水の前で待ってるようになー? まあ、そんなドジな子いないと思うけど?」
「「あ、うん……」」
この町ってこんなに人がいたんだなぁ。
子どもたちを連れて、全員出て来てみたが……ものすごい賑わい。
シータルとアルは俺が見下ろしながらそう言うとシュン……と大人しくなる。
さすがにこの人混みで誰も迷子にならない、とは思ってない。
そんなのは奇跡だ。
「アメリーも分かった?」
「アメリーはオレが見てるからだいじょうぶ」
と、相変わらずニコニコボケェ〜っとするアメリーの手を引くニータン。
ヤダ、なにこの子男前。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、手繋いでもいい?」
「いいよ」
「「!?」」
そう言ってきたのはクオン。
断る理由もないので手を出すと、アルとラナがすごい勢いで振り返った。
……アルは分かるけどラナはどうしたの。
「あ! クオン、ずるい! あたしも!」
「いいよ」
「「っ!?」」
あれ?
シータルも振り返った。
ラナの顔が妙に引きつってるけど、なにか重いものでも買う予定があったのか?
いや、重いものを持つ時はちゃんと離してもらうよ?
持つよ、荷物。
だから安心して欲しいな。
「そ、そうね……ま、迷子になったら……大変だものね……!」
「? うん?」
あれ?
ラナが急に不機嫌になった。
なぜ?
「クオン、ファーラ、フランをちゃんと連れてきてね!」
「「うん! まかせてエラーナお姉ちゃん!」」
「え、迷子になるの俺?」
そんな感じでクオンとファーラに手を引かれ、シータルとアルに睨みつけられながら市場を進む。
つーか、シータルがファーラに気があるとは……初めて知ったよ。
途中、昨日狩ったラックが公開解体されていくところに出会した。
立ち止まって眺めてしまう。
が、気がつくとファーラとシータルが足に震えながらしがみついているのに気がついた。
「え?」
「ひっ……!」
いや、ファーラは分かる。
女の子だし。
ベリベリ剥がされていく皮とか、身とか、取り出されて置いておかれる内臓はグロテスクだ。
それに怯えるのは無理もない。
しかしまさかやんちゃ坊主のシータルも?
……まあ、あれがダメなのに男女は関係ないと思うけど。
「な、なぁー、もう別なところへ行こうぜっ」
「そうだな。ラナ、俺ファーラとシータル連れてチーズ買いに行くね」
「え? ああ、そう? じゃあ私あのラックのお肉買ってくるわ。ローランさんに干し肉と燻製の作り方を教わる約束してるから材料は買っておかなきゃいけないし」
「あ、そうだったの? うん、分かった。じゃあ、終わったら噴水前に行くから。……ラナも大丈夫?」
「え、ええ……直視はしないから大丈夫……」
無理するなよ……。
クオンには「えー」と言われたが、彼女は解体作業が興味深いらしいのでラナたちと一緒にいる事を選択。
別行動してチーズを買いに行くが、問題は非常に歩きにくい事。
二人とも、足にべったりすぎて俺が歩きにくい。
いや、市場のあちこちで昨日の獲物が解体ショーをされているので無理もないのだが。
あと、一部の家畜も冬の前に数を減らさねばならない。
『緑竜セルジジオス』は冬がそれほど厳しいわけではないが、食糧に普段困らない国だからこそ他国から『食糧庫』扱いされる。
自分たちの食べる分はもちろん、他国に売る食糧も用意しておくのだ。
しかし……どうしてこれほど食糧に恵まれている国なのに、市民生活が『青竜アルセジオス』の平民と大差ないのだろう?
その最もたる理由は水。
『青竜アルセジオス』に源泉を握られているのだ。
なので年間使用料として胴体大陸の『青竜アルセジオス』以外の四ヵ国は毎年大金を払って水を買っている。
そういう意味では、ラナの考案した冷蔵庫や冷凍庫などの竜石道具も『青竜アルセジオス』では足元見られて安く買い叩かれかねない。
それほどまでに水はこの国にとって重要資源。
……まあ、ぶっちゃけ『水』以外の他国に誇るもののない『青竜アルセジオス』にとってはそれしかないんだけど。
他国もそれを分かってるから、多少蔑みを交えて金を支払っている。
俺は外交の手伝いで他国に行くと必ず一人には「水しかない国は大変ですなぁ」って笑われてた。
『青竜アルセジオス』は水の国だ。
だが水しかない国でもある。
『竜の遠吠え』はいつも『青竜アルセジオス』を狙ったように直撃して通過するし……それに伴う被害も毎年ひどい。
あまり傲慢になりすぎれば足元を見られるのは『青竜アルセジオス』かもしれない。
「……あったあった」
まあ、『青竜アルセジオス』の心配はアレファルドにお任せするとして。
目当てのチーズが売っている店にたどり着いた。
いつもよりも人が多いせいで、普段より時間を食ったな。
「ここって……チーズの店!?」
「シータルはチーズ大好きだろ? 入るよ」
そう、ここは……『エクシの町』唯一のチーズ専門店。
木製でありながら非常に重厚感溢れる外装と扉。
丸く、幅と高さのある固形チーズが左右に並ぶ商品棚。
店主のいるカウンターの横は粉チーズや、チーズを粉にしたり、削ったりする器具が売っている。
その横の棚はチーズ作りの道具かな?
チーズ……というか乳製品全般を作る竜石道具はあるけれど、今はカルビが牛乳を出さなくなっているので冬用にチーズは多めに必要だ。
まあ、つまり……牛乳屋から牛乳を買ってくれば他の乳製品も作れる。
でもちょっと今の人数分の牛乳を買っていくのは大変。
それに、やっぱりプロの作る熟成チーズは味の深みが違うしね。
「こんにちは」
「あーら、ユーフランいらっしゃい。今日は可愛いお連れさんねぇ。例の『赤竜三島ヘルディオス』から来たっていう子たちかい?」
「そう」
ここの店主、マチーダさん。
この国の女店主らしくスリムで肌ツヤツヤの年齢不詳。
そのくせ男勝りというか、堂々としていて濃ゆい。
……この人は、他の『エクシの町』の人より最初から俺への態度が柔らかい人だった。
旦那さんもそうだが、チーズにしか興味ないんだってさ。
「男の子がシータルで、女の子がファーラ」
「よろしくね、アタシはマチーダだよ。この町のチーズは全部うちの手作りなんだ!」
「え、そうなの!? おれチーズ大好き!」
「おお、そいつぁ嬉しいねぇ!」
『赤竜三島ヘルディオス』では食べた事がない料理がとても多い中、各々最近は自分の好きな味や料理を主張するようになってきたから。
中でもシータルのチーズ好きはちょっとヤバい域。
なにしろ「あ、これ店で買ったチーズ」「これは竜石道具で作ったチーズ」と見分けるようになったのだ。
いや、まあ、俺とラナもそりゃあチーズの違いぐらいは分かるけどね?
ヨーグルトや生クリームと違ってチーズばかりは熟成度で味が格段に変わるから、味の違いはそりゃ分かりやすいけれども!
「なあなあ、チーズってどうやって作るんだ? おれにも作れる?」
「あら、チーズ作りに興味あるのかい?」
「だって美味いじゃん! うちで作るチーズも不味くないけど、店のチーズはめちゃくちゃ美味い!」
「あんらぁ〜!」
めちゃんこ嬉しそうにするマチーダさん。
そりゃあ、自慢のチーズを褒められればねぇ。
……シータルの子守はマチーダさんに頼んで、一番大きな円盤型のチーズを買って運ぶか。
「買うもの決まってたの?」
「うん、まあね。一番大きいこれ」
「大きい!」
しかし、今の人数でどの程度保つだろう?
雪はあまり降らないらしいとはいえ……まったく降らないわけではないはず。
雪が積もると町まで来るのは大変だ。
二つくらい買っていく方が無難かな?
「すいません、この二つ……」
「なんなら作っているところを見ていくかい?」
「いいの!?」
「あれ? あのー」
「あ、ちょっと待ってておくれよ! あんたー! 見学だよー!」
「…………」
シータルが飛び跳ねながらマチーダさんについて行く。
仕方ないので、ファーラと顔を見合わせてからもう少し店内を見て回る事にした。
「!」
おや?
これは……『ワインにはこれ! チーズ詰め合わせ』。
なるほど、ワイン用のチーズか。
ラナの誕生日プレゼントはグラスにしようと思ってたけどお酒はなんにも考えてなかったな。
レグルスが「今度イイお酒持ってくるわヨ〜」とか言ってたけど、ラナの誕生日前にしてくれるよう頼んでおこう。
それによってつまみも用意して……。
「!?」
え!
ふと……本当にふと店の外を見たら驚いた。
この店の真ん前ってガラス工房だったの!?
……そ、そういえばチーズだけ買いに来てチーズだけ買って行くからこの辺り周辺はのんびり見た事なかったなぁ!
「……。ファーラ、ちょっとグラスを見てきてもいい?」
「いいよ! シータルたちが戻ってきたら呼ぶね!」
「ありがとう」
賢い。
頭を撫で撫でしてから、チーズ屋向かいにあったガラス工房に入ってみる。
他の店とは少し離れている、独特な場所だ。
驚くほど色とりどりのガラス。
グラスだけでなく、皿や窓、コップからペン立てや灰皿、瓶まで……多種多様な品が乱雑に並んでいた。
「らっしゃい……」
うお、びっくりした!
商品棚の影にカウンターがあったのか。
店主らしき初老のおっさんがパイプをふかしながらこちらを睨むように見ていた。
まあ、俺の髪や目の色を思えばこの国では慣れた反応。
「すいません、グラスを探してるんですが……その、セットの、プレゼント用で」
「夫婦用か?」
「!?」
な、な、なっ!
「な、なんでっ」
「時々夫婦でチーズ屋に入ってくのを見かけた事がある。うちには来た事なかったがな」
「…………」
くっ、意外と商売人のようだ……。
「それならこれはどうだ? 名前が彫れるやつだ。注文を貰えれば一日で入れてやるよ」
「な、名前……」
なるほど、それはいいかも?
しかし、名前を彫れると聞いた時、普通『夫婦』ならばお互いの名前を彫った腕輪や指輪を贈り合うものだと思い出す。
まあ、これは『青竜アルセジオス』の文化だけど……。
「…………。じゃあ、お願いしてもいいですか?」
いや、グラスにしよう。
もしも、ラナに……他に好きな相手が出来たら……グラスなら割って終われる。
腕輪や指輪のように残る物、きっと迷惑になるよな……。
「ひっひっひっ」
「!?」
と、突然の不気味な笑い声!?
ここの店主やばい人なの!?
「ああ、名前は?」
「……俺はユーフラン、妻は、エラーナ」
あれ?
顔から火が出そうなほど恥ずかしいぞ?
つ、つ、妻とか呼んでしまっ……!
初めてじゃないのに、なんかどんどん気恥ずかしくなるの、なんでだ?
「ユーフランとエラーナ、だな。分かった。料金は銀貨三十枚だ」
「え、高い」
「ひっひっひっ、夫婦用って事はアレだろう? 『聖落鱗祭』用だろう?」
「…………。っ!」
わ、忘れていた!
『
年の最後と、新しい年を祝う祭りで全ての国が賑わう日だ。
守護竜たちの鱗は新たなる『竜石』となり、竜石道具や竜力を国中に運ぶ助けとなる。
そう、まさに年に一度の重要な日……。
そして、その日には家族に贈り物をする慣しがある。
これもまた胴体大陸では共通の文化だろう。
……家族。
夫婦ならば、『今年もありがとう。どうか来年も一緒にいてください』の意味。
う、うーーーん……。
「い、いや、十一月に彼女の誕生日があるから……」
「おう、なんだいそうなのか。じゃあ『聖落鱗祭』用のも今のうちに予約しておかねぇかい? ウチで」
「商売上手だなー。分かったよ。でもなにを……」
店内を見回す。
なにか、他にプレゼントになるような物……。
「……これは、ガラス玉?」
楕円形の平たいガラス……玉とは呼べないな。
とても澄んだ緑色。
他にも青や黄色、この国では忌避される赤やオレンジまである。
先の方に穴が開けられ、紐が通されているのだが……その先の形がややおかしい。
これは、蓋?
「目が高いな。そいつは入れもんとしても使える」
「入れ物?」
「まあ、なにを入れるかは人によるが……買う奴は必ず解毒薬を入れて渡すな。この国には春先にイエローポイズンハニーっていう毒蜂や、レッドラインスネークという猛毒の蛇が出る」
「ええっ……?」
そんな危ないの出るの!?
……えー、うち森の中なんですけど。
やだなー、絶対いそうじゃんー。
「相手の身の安全を最優先にする男はそれを買う。こりゃあ、マジだぜ?」
「…………。はあ……本当に商売上手いね……。ちなみに解毒薬は?」
「メリンナんとこで買えば間違いねぇだろ」
「んもう。で、両方でいくら?」
「銀貨二枚だ」
ぼったくりじゃねーの?
足元見られてる気もするけど、これだけ小さい器、色つき、ってことまで思うとなかなかの技術力。
これでも元貴族。
そのくらいは分かる。
「はいよ」
「毎度。次に来る時まで用意しておく。グラスはお前と嫁の名前、こっちの小瓶は嫁さんの名前だけだな」
「うん、よろしく」
『聖落鱗祭』は“贈り合う”イベント。
なので、俺は自分の分など用意しない。
出来ない。
ラナが俺になにか用意するかは分からないけど……誕生日には一緒にお酒を飲んで、お祝いんさせて欲しいから。
お金を払ってチーズ屋に戻ると……あれ、まだファーラが一人で店内に……。
「ユーお兄ちゃん!」
「まだ夢中になってるの?」
「みたいー」
やれやれ、となんとなく盛り上がってる気配のする厨房を覗き込む。
そこで見たのは……。
「すげー、つまりチーズって牛の乳をどんな風に加工するかでも差が出るんだな!」
「そうだ! 呑み込みが早いなぁ、坊主! うちの跡取りにしてぇくれぇだ!」
「ああ、いいねぇ。アタシらには子どもが出来なかったから……」
「!」
「ははは、どうだ坊主……いや、シータル。うちの子になってこの店を継がないか?」
「……え……えーと」
シータルの意外な才能?
しかし、さすがに突然の里親の申し出にはシータルも困惑している。
無理もないな。
「…………。マチーダさーん、そろそろ買い物したいんですけどー」
「! あ、ああ! すまないすまない! さあ、シータル、お兄ちゃんとこ戻んな。……うちの子になる話はそんなに深く考えなくていいから!」
「う、うん……」
そうは言っても、シータルの顔は完全に引っかかりを覚えている。
驚いたな、シータル……そこまでチーズ好きだったとは。
というか、それなら簡単ではないか?
「お待たせ、なににする?」
「これを二つ。ねえ、マチーダさん。この子たち、来年には『エクシの町』の近くの学校側に出来る施設に住む予定なんだけど、いつまでも無職ってわけにはいかないだろう? 自分で稼げるようになってもらわないと。だから、シータルが十二か十三になったらここで見習いで雇ってくれない? シータルはチーズ大好きみたいだしね」
「!」
「! ……ああ……ああ、それはいい考えだ……ああ、そうだね、そうすればいいんだね……! そうしよう! シータル、もう少し大きくなったら、うちの店で働いてくれるかい?」
カウンター越しに、マチーダさんがシータルに笑いかける。
シータルも、驚いた顔のあと満面の笑みを浮かべた。
「うわ、うん! おれここで働きたい!」
「そうかいそうかい! ああ、楽しみだねぇ!」
「良かったね、シータル」
「おう!」
やんちゃ坊主その一、シータルは就職先が早くも決まりました。