結人と夜月の過去 ~小学校一年生③~
放課後 教室
そして今、横浜で初めての放課後を迎える。 帰りの会が終わって早々、理玖はまた結人の席へと駆け寄ってきた。
「結人! 一緒に帰ろう!」
「うん、いいよ!」
「てか、結人の家はどこ? 駅方面?」
「そう!」
「よかったー! なら僕たちと一緒だ!」
一緒に帰れることを心から喜んでくれる彼に、結人も嬉しそうに微笑み返す。
「あ、夜月ー!」
すると理玖は突然名を呼び、結人の腕を引っ張って彼の席まで近寄った。 だが夜月はこちらへは一切目を向けず、帰りの支度を淡々と行っている。
そしてその光景を何も言わずに見ていた理玖は、夜月がランドセルに全て荷物を入れ終えたことを確認すると、すぐさま彼の腕を掴んだ。
「よし! 夜月も一緒に帰るぞ!」
そう言って片方は結人の腕を掴み片方は夜月の腕を掴んだまま、教室から勢いよく飛び出していく。 そんな理玖に強引に引っ張られながらも、3人は隣の教室まできた。
「未来、悠斗ー! 帰るぞー!」
着いて早々、ドア付近でそう声を上げる。
「帰ろうか! あれ、もしかしてユイも駅方面?」
「うん!」
「そっか、一緒なんだな。 それじゃ、帰ろうぜ」
未来のその一言で、5人は学校を後にした。
帰り道
初めて通る、友達との帰り道。 結人は今、とても新鮮な気持ちを味わっていた。 見慣れない光景を、新しくできたたくさんの友達に囲まれて、歩いているのだから。
「結人! 今日一日はどうだった? 横浜へ来て、初めての学校だったんでしょ?」
理玖は相変わらずの笑顔を見せながら、そう問う。
「うん、凄く楽しかったよ!」
そんな彼に負けじと、結人も笑顔で返した。
「そっか。 結人はいつも笑っていて元気だし、すぐに友達とかできそうだよなー。 いや実際、今日はたくさんの子に話しかけられていたか」
「そんなことないよ。 クラスのみんなが優しいから」
「ははッ。 そういう謙虚なところも、結人のいいところだよな」
そう言って、無邪気に笑う。 すると理玖は突然何かを思い出したのか、身体を友達のいる後ろへ向けバックをして歩きながら、結人に尋ねた。
「そう言えば結人って、好きな人とかいるの?」
「好きな人?」
「うん。 流石に横浜にはいないと思うけど、静岡とかにはいなかった?」
「静岡・・・。 ・・・あ」
―――・・・藍梨さん。
尋ねられた瞬間、結人の頭には一人の少女が思い浮かぶ。 その反応を見逃さなかった理玖は、すぐさま結人に向かって口を開いた。
「もしかしてその反応! 結人には好きな人がいるのか!」
「いやッ、ちが、好きとかそんなんじゃ!」
素直な態度を見せてしまうと、再度優しく尋ねてくる。
「その子はどういう子?」
丁寧に質問をされた結人は落ち着いた気持ちを取り戻し、小さな声で答えていった。
「えっと・・・。 大人しくて、優しい子・・・かな」
その言葉を聞いて、彼は少し驚いた表情を見せる。
「大人しい? 結人とは正反対の性格だな。 ・・・で、その子のことが好きなの?」
「いや、だからッ、そういうんじゃ!」
「結人顔が赤くなってるー! 可愛いー」
「なッ・・・」
ニヤニヤとしながら聞いてきた理玖に戸惑っていると、二人の会話に一人の少年が割って入ってきた。
「理玖、ユイをそんなに困らさないであげてよ」
「あぁ、ごめんごめん」
悠斗の言葉に、やっと言動を改めてくれる。 そんな彼らのやり取りを黙って聞いていた未来は、同じ質問を理玖に投げかけた。
「そういう理玖はいんのか? 好きな人」
その問いに、理玖は身体の向きを前へ戻し淡々とした口調で答えていく。
「うん、いたよー。 幼稚園の頃」
「え、マジで!? 誰?」
「へへッ、言わなーい。 でも好きになったっていうより、ちょっと気になっていただけ」
「今同じ学校?」
「そうだよ。 でも今は好きとか、そういう気持ちはないから」
苦笑しながら答える彼に、更に尋ね続けた。
「その子にアタックとかしなかったのか?」
「アタック? していないよ。 僕はこう見えて、恋愛に関してはチキンだから!」
最後の一言を笑いながら言うと、未来は不思議そうな表情を見せる。
「チキン? 理玖は・・・鳥なのか?」
「なッ、ちげぇーよ!」
未来のボケではない真面目な返事に、理玖は鋭い突っ込みを入れた。
「チキンはその、何て言うかー・・・。 恋愛に臆病な人っていうか」
「へぇ・・・。 それをチキンって言うのかぁ」
今の会話で新たな知識を得た未来は、満足そうな表情を見せる。 そこで理玖はあることをひらめき、足をその場に止めて友達に向かって口を開いた。
「そうだ! 僕昨日、お父さんに新しいゲームを買ってもらったんだ! だからみんなで僕の家へ来て、一緒にやろう!」
「え、マジで? 行く!」
「僕も行きたい!」
未来と悠斗はすぐに受け入れる。 そして謙虚な結人にも、誘いの言葉を述べてきた。
「結人も来るだろ?」
「いや、でも僕はまだ会ってばかりで初めてだし・・・」
「来いよ。 新しい友達ができたって言ったら、僕のお母さんもきっと喜ぶと思うから」
優しい表情で言ってくれた理玖に安心し、嬉しく思う。
「うん・・・。 ありがとう」
結人もその誘いを受け入れると、次に夜月へ視線を移した。
「夜月も来るだろー?」
「俺はいい」
「え? ・・・あ、おい!」
声のトーンを普段よりも低くして放たれた一言に、理玖は少し困惑した表情を見せる。 そして夜月はこれ以上何も言わず、この場から一人離れていってしまった。
理玖はそんな彼を止めようとするが、待ってくれる気配もないため諦めてその場に立ちすくむ。
だが――――その中でも結人の身体だけは、勝手に夜月のことを追いかけていた。
「夜月くん!」
理玖たちから少し離れたところで名を呼ぶと、彼は立ち止まってくれる。
だがその行動に安心したのも束の間、夜月は顔だけを後ろへ向けて結人のことをキツく睨み付けた。
「ッ・・・」
突然の行為に怖気付くも、負けないよう笑顔で必死に言葉を紡ぎ出す。
「夜月くんも、理玖の家で一緒に遊ぼうよ」
夜月はその誘いを聞いた後――――結人に、一言だけを返した。 それも残酷な程にとても冷たく、感情のこもっていない言葉を――――
「お前とは一緒にいたくもないし、遊びたくもないから」
「・・・え・・・」
結人がその一言に返事に詰まってしまうと、彼は再び前を向きそのまま帰ってしまった。
そんな彼の背中を複雑な気持ちで見つめるが、先程みたいに追いかける気力はない。
―――どうして・・・夜月くん、そんなこと・・・。
先程の言葉が理解できずその場から動くことができずにいると、背後から理玖の声が徐々に聞こえてきた。
「結人ー? どうした? 大丈夫?」
「・・・」
だが彼の優しい言葉にも何も返事をすることができず、小さくなっていく夜月の背中を見つめたまま。
そんな結人の視線の先を理玖も追うと、遠くにいる一人の少年を心配そうな面持ちで見つめながら小さく呟いた。
「夜月は、本当はあんな子じゃないんだ。 ・・・でも一体、どうしたんだろう」
「・・・」
その言葉にも――――結人は、何も返すことができなかった。