賢者ノ遺産
目を覚まし、いや、意識を取り戻したと言ったほうが正しいか。
そこは先程までいた牢屋でもなければ、初めて神様にあった場所でもなかった。
部屋と呼ぶにはあまりにも広すぎて、外と呼ぶには少しばかり人工的すぎる気がする。
空一面を黒で塗りつぶしたような景色に、辺りを映す明かりは無数に燃えるろうそくの炎。
静寂に包まれたこの場所はどこか厳かで、異質な雰囲気を醸し出している。
そこら中にある大小様々な棚には乱雑に本が収めらている。
一見図書館のようにも見えなくはないが、そう呼ぶにはあまりにも散らかりすぎている。
床や棚の上といった場所に所構わず重ねなられた本。どちらかというと本を集めすぎて置き場に困った一室というイメージがぴったりだ。
もっともこの場所は本の置き場に困るほど狭いようには見えないが。
「何をボーっとしている。こっちだ。ついて来い」
「あ、ちょっと……」
相変わらず突然現れた神様に呼ばれ後を追う。
「ところでここはどこなんですか?」
床に積まれた本を気にもせず、それを蹴りながら歩みを進める神様に訪ねた。
「あー、ここはいわゆる精神世界って奴だな。『賢者ノ遺産』っていうスキルで作られた世界で、多世界に渡り存在する知識を得られる便利なチートスキルなんだが……持ち主の性格に影響されるのが難点だな」
「……その持ち主っていうのは」
「お前に決まってるだろ」
つまり俺が雑な性格をしているからこの有様……いやいや、現在進行系で本を踏み歩いているあんたにだけは雑だと言われたくないんですけど!
俺はははは、と乾いた笑いを返し、神様が散らかした本を踏まないように気をつけつつ言葉を続けた。
「あれ、でもそんなスキルがあるなんて俺聞いてませんよ」
「ちょっとした特典があるっていっただろ。内政チートを使いこなせるようにつけておいたんだよ。いくら凄いスキルを持っていても能力がなければ使いこなせないからな」
「なるほど」
今ナチュラルにバカ扱いされたような気がするが、能力事態はありがたいので気にしないことにしよう。確かに内政チートを使う上で知識面には不安があったし……
「って内政チート!? えっ、俺戦闘チートにするっていいませんでしったけ!?」
たしか転生する前にそんなやり取りをした覚えが……
いや、でも会話だけでその後もらったおぼえはない。
戦闘チートはもちろん内政チートもだ。だがこうして発現しているのだからチート事態は貰えているから問題は……
だからといってなんで内政チート?えっ、というか俺、なんの力もなくあの化物に立ち向かったの?
こわっ!!
「ええい、うるさいな! 今からそれを説明してやろうっていうのだろう! お前とあいつに」
そう言って神様が指さした先にはなにやら黒い影が床にうずくまっていた。
まだ結構な距離があるため、それがはっきりと何かはわからないが、歩みを進め近づいてみると、だんだんと正体が明らかになった。
少年だ。少年が床に落ちている本を一生懸命に片付けているところだった。
いったい誰なんだろうと近づいてみると、こちらの存在に気がついた少年が顔を上げたのを見て思わず「あっ」という声が漏れた。
なぜなら、そこにいたのは先ほど鏡で見たばかりの人物だったからだ。
「ご、ごめんなさい。僕はその……気づいたらここにいて、出口もわからなかったのでその……」
怪しまれると思ったのか、俺たちに気がつくなりあたふたと弁明を始める少年。
勝手に他人の家に入り込んでしまったという罪悪感からなのだろうが、今の彼の姿を見て泥棒だなんて思わないだろう。
家主からすれば不法侵入者であることには違いないが、不審者というよりもお節介な隣人が勝手に片付けに来てしまったというところだろう。
行動もそうだが、見た目からもお人好し感がにじみ出ているし。
「いや、大丈夫だ。大体の事情はわかって……じゃないな。こっちにいる神様が把握しているから」
「あ、それなら……え、神……様?」
安堵の表情が一転、俺の神様発言に困惑する少年。
気軽に神様なんて紹介されたからなのか、それともとてもじゃないがこの少女が神様とは思えないのか……
おそらく両方だろう。俺だっていきなりこんな少女が神様だなんて言われても信用出来ない、というか実際に転生させられるまで半信半疑だったのだから。
そんな神様というと、どこからか出した椅子に座り、俺たち二人にも早くしろと席につくよう促していた。これで絵本でも手にしていようものなら、図書館に親と一緒にやってきた子供にしか見えないだろう。
俺はそんなこと思いながらも、決して口にはせず、テーブルを挟んで向かい側の席に座ることにした。少年は少し戸惑いはしたものの、俺に続き隣の席へと。
それを確認した神様はさてと、と現状を説明し始めた。
「まず何から説明したらいいんだいったい……あー、そもそもの原因はお前の転生したタイミングが早すぎたせいなんだよ」
「なんかさっきもそう言ってましたけど、どういうことなんですか?」
「つまりだな。もしもの時のためにやった反魂の術が発動してコイツとしてお前が生き返ってしまったんだよ」
「はん……ごんの術ってなんです?」
「あー、もう! だから、なんかの間違いでお前が死んでも大丈夫なように一度は生き返れるようにしてやったの! けど、コイツが完全に死に切る前にお前が転生したせいでコイツの魂が定着しちゃったっていってんだよ!」
ガタンと椅子を飛ばして少年が立ち上がった。
「僕……死んだんですか?」
「あぁ、死んだ」
「ちょ、ちょっと」
俺のときもそうだったが、この神様は死んだことへのカミングアウトか軽すぎる。
死んだように冷たい表情(実際には死んでいるのだが)で固まる少年。さすがに心配になり、肩に手をやり揺らすと作ったような笑顔で大丈夫という答えが返ってきた。
「なんとなく……なんとなく覚えているような気がするので……あの、僕と一緒にいた女の子はどうなりましたか?」
「安心しろ。あの子ならちゃんと助けて村に帰らせたから」
「そうですか……ならよかった」
そう言って少年は今度こそ本当の笑顔で笑ってみせた。まるで後悔なんてないといったように。
神様の話じゃ俺も誰かを救おうとして死んだらしいが、 彼とは違いその時の記憶も、死んだという実感もない。現に転生という形でまだ生を繋いでいるのだから、死んだと言うよりも知らない土地に引っ越したという感覚に近い。
だから、お前は誰かの代わりに死んだ。なんて言われたところで、そうなんだ。と受け入られてしまう。けど、もし本当に死んでしまったら……
「なぁ……」
「もういいか? 話を続けたいんだが」
後悔はないのか? と訪ねようとしたところを神様の言葉に遮られた。テーブルに肘を付き、指をトントンとしながら早く終わらせたいと態度が示している。
相変わらず気の短い神様だ。
「ご、ごめんなさい」
うん?
なぜか慌てて顔を反らした少年を不思議に思いつつも、「どうぞ」と神様に話を促した。