第0話 プロローグ
ママとパパが死んだ。
「なんてことしたの!!」
母さんの叱咤が、部屋と耳に響き渡る。
その日、俺は母さんに叱られた。
今までになく、叱られた。
理由は単純で、僕が、友達を殴ったからだ。
おふざけ程度のつもりだったが、おおごとになってしまった。
当時の俺には、そこまで怒る母さんの意図は感じ取れなかったらしい。
ただただ、狂ったように怒る姿は、鬼そのものに見えていた。
ママは僕から目を逸らさないから、俺は母さんから目を逸らした。
僕には、ママの言っていることは耳に入っていなかった。
だから、なんで途中から、母さんが泣いていたのか、俺には理解できなかった。
久しぶりに見た顔も、なぜかもう怖くなかった。
「誰も悲しませない、強い子になりなさい」
赤くなった眼で、俺を見つめながら、母さんは口にしていた。
正直のところ、その言葉の意味はわからなかった。
でもなぜか、僕は、ママの胸元に飛びついた。
怯えていたからだ。
優しくなったその顔に、安堵を覚えたからだ。
泣き声の裏側で、ガチャという、玄関の扉が開く音が聞こえる。
外の空気と共に、ミシミシと、優しい音が近づいてきた。
義父さんは、何かを察したように
「今日は食べにいくぞ」
と満面の笑みを浮かべて言った。
「よかったね」
母さんは、虚構の表情を浮かべて、微笑んだ。
僕は、ワクワクが止まらなかった。
高揚感で一杯だった。
俺は、調子に乗っていた。
浮かれていた。
俺はふざけ半分で、運転している義父さんのわき腹をくすぐった。
綺麗に言えば、魔が差したんだ。
パパも笑っていたから止めなかった。
母さんは、ずっと遠くを見ていた。
だから、誰も気付かなかった。
横から飛び出してきた自動車に、誰も気が付かなかった。
次に光を見たのは、白いベッドの上だった。
体をよく見ると、あちこちが白い何かに包まれていた。
右足も、左腕も、動かない。
息を吸うのでさえ、苦しさを隠せない。
俺は、いろいろ察した。
僕は、泣き喚いた。
僕のせいで、ママもパパもいなくなったんだ。
悲しかった。辛かった。
後悔しかなかった。
葬式のとき、義父さんの顔は見ることができたが、ママの顔は、包帯でぐるぐる巻きにされていた。
母さんの記憶に残る最後の顔は、あの恐ろしい形相だった。
おばあちゃんもおじいちゃんも泣いていた。
母さんの友人も、棺桶前で泣き崩れていた。
僕は、泣かなかった。
母さんとの約束を守るため、誰も悲しませないため、俺は、もう泣けなかった。
……泣いちゃ、ダメなんだ。