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レグルスのおせっかい【中編】



 顔を上げたラナの顔。
 感情豊かな彼女は、いつもコロコロと表情が変わる。
 しかし、俺はこの表情だけは……出来ればもう二度と見たくないと思ってた。
 それも、ここまで哀しみに染めてしまったものは……。

「貴方がアレファルド側だったら私は破滅まっしぐらじゃない! 疑いたくない、フランは私の側にいる事を選んでくれた、そのはずだって! そう考えても、でもあの夜にフランがアレファルドとどんな話をしたのか分からなくて不安なままなのよ! 貴方の事を信じたいけど、どうしても疑っちゃうの! そんな風に疑うのはきっと私が『悪役令嬢』だからだと思うと……」
「……それは俺のせいでしょ? ああ、あの夜の会話ね……。……んー……あんまり言いたくないけど……」

 しかしラナをここまで追い詰めてしまってたなら……ああ、観念しよう。
 それに、言語化が難しい。
 そう言ってた理由も分かった気がする。
 ズボンのポケットからハンカチを出して……恐る恐る頰に添えた。
 布越しでも、自分から君に触れたのは初めてで緊張がパネェ。

「……あの夜アレファルドに話してたのは……その、女の子との、えーと……話し方? どう会話したらいいかって話」
「……………………。へ?」

 キョトンと見上げられる。
 涙は面白いほどピタリと止まった。
 ……人間の涙ってこんなに分かりやすく止まるものなの?

「その、俺はこんな見目だけど……仕事が忙しくて女の子と話す機会が全然ないまま生きてきたから……ラナと生活するようになって……本当言うといつも緊張してるし、なにを話していいか分からないし、ぶっちゃけ今もこの慰め方で合ってるのか戦々恐々としてる」
「…………え。嘘。その見た目で……? 女の子と? え? か、か、関わってこなかった? え? その見た目で?」

 よほど大事な事だったのか二回も確認された。
 仕方ないので二回とも頷いてみせたよ。

「そのチャラさで!?」

 改めて確認されたので「そうだよ」と割と強めに肯定する。
 あれ、これ俺怒ってもよくない?

「俺を女の子免疫ゼロにしたのは俺をこき使いまくってきたアレファルドなんだから、その責任を取ってその辺のコツみたいなのを教えるべきだろう、って……そういう話をした」
「…………なにそれ、嘘でしょ? 嘘だと言って……」
「本当です」
「…………。私最悪じゃないいぃ!」
「まあ、若干俺からしてもそれはコノヤロウって思ったけれど」
「ごめんなさいごめんなさい!」
「そう勘違いさせたのは、俺も悪かったと思うから……」
「いやいやいやいや、完全10:0で私が悪い! 本当にごめーーーん!」

 ……嘘は言ってない。
 実際そういう話もしたし。
 肩から力が抜けるようだ。
 だが、ラナの立場に関して俺は少し……理解が足りなかったんだろう。
 大雑把でポジティブに見えるが、物語の中の『悪役令嬢』という楔はまだ深く突き刺さったままなのだ。
 どうしたらその枷を外せるんだろう。
 その、ラナの死ぬ予定のなん部のなん章? ってのが終われば、安心してくれるんだろうか?

「あと、アレファルドとの関係だけど本当に切れてるよ」
「……そ、そうなの?」
「まあ、ある程度伝手は残ってるから今回のダージスとダガン村の件は報告したけどな。ダガン村はアレファルドというか、現アルセジオス王が国境の町の一つにする予定で作った村だった。それを流しておきながら、異常なしって報告するなんてスターレットはアホすぎるでしょ? まあ、スターレットの地位ならその誤報の責任をダージスに押しつけて、知らぬ存ぜぬで突き通す事も出来るだろうけど」
「な、なによそれ! そんなの不正じゃない! 物語の中のスターレットでも確かにやりそうだけど!」

 ……スターレットって物語の中でもそんな奴なのかよ……。

「でしょ? だから、伝手を使ってアレファルドに報告はしたよ。その程度はね……。まあ、だからあとはアレファルドの采配次第。あいつの立場上、宰相と対立している最中に味方になっていた公爵家が減るのは避けたいだろうけど……今回の件は俺、親父にも報告してるから陛下の耳にも届くと思う」
「! ……ダガン村は、陛下の指示で作られた村……それが流れたのに、嘘の報告をした者を庇うのは……」
「王子として王の信頼までなくすのは避けたいだろう。どっちを庇ってもアレファルドにとってはちょっと地獄だよね〜」

 出来れば乗り越えて欲しい気持ちもある。
 多分、ここを無傷で乗り越えなければ『王』としてやっていくのはかなり難しくなるだろう。
 アレファルドにはもう……出来る事なら“俺で最後にして欲しい”。

「な、なんて面白い事になってるの……! あぁっ! 出来る事なら頭を抱えて苦悶の表情を浮かべるアホ王子を近くで眺めたい!」
「…………」

 この子さっきまでポロポロ泣いてたよね?
 今はハンカチ握り締めてむちゃくちゃツヤツヤ笑ってるんだけど。
 恐るべしエラーナ・ルースフェット・フォーサイス。
 やりたくないと言いつつ絶好調に悪役令嬢やってるなー。

「……じゃあ、アレファルドにはそういう報告をして、私の事は……」
「うん、アレファルドに女の子との話し方を聞いた結果『自分の心を言語化』すればいいとしか……」
「そ、そうなんだ。ああ、そういえばそんな事言ってたわね……なんかごまかしてるのかと思ってたら……本当にそういう話してたの……」

 本当にそういう話もしてたのだ。

「……なんだ、そ、そうかぁ……」
「まあ、確かに俺もラナの立場なら俺の事信用出来ないから普通じゃない?」
「そ、それ自分で言っちゃう? ……いやうん、けど疑って本当にごめんなさい」
「ご理解頂けたなら結構です」

 まあ、これはしばらく疑われたままになりそうだがそれは仕方ないだろう。
 今自分でも言った通り俺がラナの立場なら俺も疑うし。
 自分の命が懸かってるなら尚更不安要素には目を光らせておきたい。

「じゃあ、えーと次はフランの番ね」
「……。…………。…………」
「ちょ、ちょっとなにその顔と動き!」

 俺の番……俺の番か、そうか……そういえばそうだな?
 一瞬かなりの真顔になった。
 そして左手で頭を抱え、よくよく考えてから両手で頭を抱えてソファーの背もたれにおでこを押しつける。

 …………………………なんて言えと?

 だってこの流れで言える?
 実はずっと結婚に浮かれてたとか、ラナがそんなに真剣に自分の将来、命に関して悩み続けていた横で浮ついてたとか言える?
 恥ずかしくない?
 別な意味で恥ずかしいよな?
 格好悪いにもほどがある。
 むしろ人として最低なのでは?
 だって好きな女の子がそんなに深刻な悩みを抱えていた横でウキウキしてたんだよ?
 死ねばよくない?

「…………いや、えーと……」
「う、う、うんっ」
「……? なんでワクワクした顔してるの」
「え! そ、そそそそそそんな顔になってるかしら!? おおぉおかしいわねぇ!?」

 おやつをちらつかせた時のシュシュみたいな顔になってたよ。
 なぜ? いや、本当になぜ?
 なんの期待に胸膨らませてるの。
 くっ、こっちは自己嫌悪の中でこれまでの自分の浮つきを告白しなければならないというのに。
 でもラナはちゃんと話してくれたんだし、俺も向き合わないと。

「俺は、その、さっきも言った通り……女の子と会話とかまともにしてこなかったんだよ。お茶会やパーティーに出ても、基本的にアレファルドたちの側でアレファルドたち目的のご令嬢たち対応したり、仕事で学園にも半分は通えてなかったし」
「あ、ああ……」

 お茶会やパーティーに関してはラナも記憶にあるはずだ。
 そして、その場に俺がいた記憶はないのだろう。
 分かりやすく目を背けられる。
 そう、そういう事なのだ。

「でもその分、学園内、国内外の情報には詳しい。君がアレファルドに婚約破棄を言い渡された時に手を伸ばしたのは前も言った通り。君がリファナ嬢を虐めていた事実はないって知ってたから」
「…………」

 ラナが一瞬だけ泣きそうな顔をする。
 スターレット、ニックス、カーズの婚約者たちは、「リファナ嬢の悪口を流していたのはエラーナ嬢だ」とラナに全ての罪を押しつけていた。
 確かに婚約者同士交流はあったと思うけど……よくもまあ同じ立場でそんな事が出来たものだ。
 明日は我が身とは思わなかったのだろうか。

「で、まあ、その流れで親父に君の護衛兼保護を頼まれた。俺の親父の後ろには陛下もいる」
「へ!? へ、へへへ陛下!? 『青竜アルセジオス』の!?」
「? そう。陛下としても後継のアレファルドがしばらくの間は補佐になる宰相様……君の父上との対立は避けたかったんだよ。あれ、この話してないっけ?」
「し、してないわよ!?」

 してないっけ?
 そうだっけ?

「てっきりお父様に頼まれたからかと思って……」
「まあ、宰相様にも頼まれてたけどね。一番の大元は陛下」
「っ……」

 陛下の具合があまりよくないと連絡も来ている。
 ラナの父、宰相様はおそらく俺の親父が陛下にラナの護衛兼保護を頼んでいたのを知らないと思う。
 あれ、でもそうだとしたら……。

「え、ま、待って、それが本当なら……小説の中のお父様は……!」
「……!」
「…………!! ごめんなさい、フラン! 話の途中だけど、私今すぐお父様に手紙を書きたい!」
「わ、分かった」

 ……あ、あれ、俺の気持ちを話すところまでいかなかったな?
 でも、確かにこの事は伝えておいた方がいいかも?
 親父、宰相様に話してないとしたら……いや、話ではなさそうだな。
 うちの親父と宰相様ってそこまで仲良くないし。
 そこまで仲悪いとかでもないけど。
 ただ、ラナの知る『ストーリー』だと、宰相様は国王陛下に毒を盛り、ゆっくり毒殺してしまう。
 それを防ぐためにもラナはこまめに手紙を送るようにしていたけど……。

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