レグルスのおせっかい【前編】
そんなわけでおっさん同士の拳の語らいを終わらせてもらい、一度学校まで行く。
道の舗装も始まっており、これなら町まで十分くらい短縮するかも?
それは言い過ぎかな、と思いつつ……それなりに高い壁に囲まれた『学校』を見上げた。
う、うぅん?
「あ、あの、ねえ、フラン……これ一ヶ月で完成させたとかクーロウさんたちすごすぎない?」
「す、すごすぎるね」
『緑竜セルジジオス』は木材、木工製品、木工細工が主な特産品……それは知ってた。
だが、よもやこれほど見事な建物を一ヶ月ばかりで建てるとはさすがに信じがたいでしょ。
建物は三階建て。
見えるところは全て木製。
しかも、どこを見ても細やかな細工が施されている。
『青竜アルセジオス』の王都の貴族学校にも引けを取らない貫禄。
奥に見えるのは寮だろう。
男女それぞれの棟。
そして、教員の寮。
倉庫が四つ。
かん、かん、という小気味好い音が響いてくるので、さすがに全てが完成しているというわけではないようだ?
「す、すげぇな……」
「ハッ! あったりめぇよ! まあ、倉庫や広めの作業場、図書館なんかはまだ手つかずなんでこれからなんだがな」
「ま、まだ広がるのか?」
「当然だろうが、学校だぞ、ここは! 校内も使えるところはあるが、まだ建設中の場所もある。畑の方は先に来ている学生志望たちが手を加え始めているがな」
と、驚くダージスに説明するクーロウさん。
格好つけてるところ悪いのだが、そろそろ上着は着てもいいのではないだろうか?
なぜ脱ぎっぱなしなんだろう。
別に男として……どうの、と言うつもりは特にないのだが……俺もそれなりに、最低限鍛えてるし。
うん、別にいいよな、今のままで問題な……。
「……おじ様の大臀筋やっばぁ……。クーロウさんの広背筋すごいわね〜。……はわぁ〜……」
「……………………」
鍛えよう。
「じゃあユーフランとエラーナ嬢はレグルスと町に買い物、子どもたちの迎えって事で……」
「ついでにこいつもね」
こいつ=ダージス。
荷物持ちとして連れてきたので、役に立ってもらわないと。
嫌そうな顔しても無駄だ。
「ダージス様!」
「え、ダージス様?」
「本当だ、ダージス様が来られた」
「!」
強制連行じゃ、と思ってたが、ダガン村の人たちが出迎えに現れると場の空気が一変する。
わっ、と嬉しそうに人が集まり、昨日の夜にこんな事があったとか、先に学校に来ていた『緑竜セルジジオス』の人は話に聞いていたよりもずっと優しい人、話が分かる人が多いとか、昨日はなにを食べたのかとか、ちゃんと眠れたのかと心配する人まで……。
なにこれ、ダージス保護者がいっぱい。
「アラマ、ダージスちゃんったらダガン村の人たちにモテモテじゃナイ」
「本当ね。なんか信頼されてるって感じ。……あ、そうか……それもそうか」
「ん?」
「助けてくれた人だものね。……私にとっての、フランみたいな……」
「……」
目線を少しだけ落としたラナ。
……俺は、別に……あの時……。
「アンラァ〜」
「なんなの。それより、早く町で買い物しないと時間足りなくなるんじゃない?」
「あ、それもそうね!」
「ンモゥ……エラーナちゃん、アナタちゃんとユーフランちゃんと話したの?」
「あ、あの件はそのぅ……改めて考える時間が欲しいと言いますか……」
「ハァ?」
「?」
レグルスがラナを呼び止める。
そして交わされる、俺には理解出来ない会話。
振り向いて近づくと、ラナがギョッとした顔で「なんでもないから早く行きましょう!」と顔と手を左右に振る。
あんなに勢いよく振ったら具合悪くなるんじゃないの?
「ラナ? 顔が赤……」
「行くぞー! おー!」
「…………」
あれは、ダメか。
仕方ないのでレグルスを見る。
腕を組んで、溜息を吐かれた。
「ユーフランちゃん、アナタ、エラーナちゃんの事好きよネ? 恋愛的な意味デ」
「…………」
ストレートすぎて一瞬思考が止まる。
す……………………ン。
「………………」
「ハァ……こんなに分かりやすいのに、なんでエラーナちゃんは気づかないのかしラァ? アナタちゃんとその辺、エラーナちゃんに伝えなさいヨ? 黙って見てようかと思ったケド、これから二人の時間が減ると余計に拗れかねないんだかラ」
「……。…………。伝えると言われても……」
「ヤァネェ……その見た目でそういう根性はないノ?」
「見た目は関係ないでしょ」
「アラ、その見た目は使わない手はないでショ? って意味に受け取ってほしかったワ〜」
「……?」
「え? 嘘、無自覚?」
「なんの事?」
チャラいというか、軽いというか、軽薄そうな見た目。
その自覚はある。
根性とは無縁だろう。
レグルスの故郷ならそれなりに受け入れられそうな髪と目の色。
この見た目が役立った事なんて特にないけど……。
「ユーフランちゃん、普通に……」
「二人ともー! いつまで喋ってるのよー!」
「……ハァ、そうだったわネ。行きましょうカ」
「ああ」
レグルス、なにが言いたかったんだ?
俺の見た目?
俺の見た目を使う、って?
……どうやらラナの前で先程の話はするつもりがないようなので、打ち切ったけど……。
ガランガランと先月よりも舗装された道を走る馬車。
やはり中間地点があると到着が早く感じる。
「『エクシの町』、一ヶ月ぶりかも」
「……そういえばラナ、店は? 北の方だっけ?」
「ええ、町の端の方。麦畑と風車が側にあるのよ」
「先に行ってみなイ? エラーナちゃん監修のお店だもの、たまには顔を出すのも大切だと思うわヨ?」
「え、でも……」
ふむ、レグルスの言う事は俺も賛成だ。
ラナはきちんと店の方も見ておくべきだろう。
こちらにはあまり来れないんだし、この機会を逃す手はない。
「子どもたちの生活用品は俺が買ってくるから、ラナはお店覗いて来なよ」
「え……けど、い、いいの?」
「まあ、別にラナがいなくても買い物は出来るし、小麦パン屋の事は俺ノータッチだし」
「いやいや、フランお店の竜石道具担当してくれたじゃない」
「普通に動いてるなら俺の仕事は終わってるもん。待ち合わせは……そうだな、中央広場で落ち合おう」
「…………」
なんだろう、ラナは不安そうな顔のまま動かない。
なにか、俺間違えただろうか?
内心変な汗が出る。
「うん、そうね。分かった! 次は私の番よね!」
「? う、うん?」
「私、絶対素敵な店にして見せるわ。フランが作ってくれた竜石道具があるんだもの。ええ、ええ! きっと大繁盛させて『青竜アルセジオス』の王都にも『緑竜セルジジオス』の王都にも、その名を轟かす名店にしてみせるわよ!」
「…………うん」
この、ラナのスイッチ入る基準が未だに分からない……。
誰か教えて欲しい。
町の入り口で腰に手を当てて「オーッホッホッホッホッホッ!」って高笑いまで始めてしまうし。
ご近所がいないとはいえ町の入り口なのでなかなかに響く。
おいコラ、レグルス。
なに一人で肩震わせて笑ってるんだ。
「俺は買い物に行くので、レグルスはラナをよろしく」
「エ、エェ……わ、分かったワッ……」
なに笑ってんの本当に〜……。
この二人セットにして町を歩かせて大丈夫なんだろうか。
***
まあ、そんな心配はあるものの……買い物をある程度終わらせてから広場に戻る。
買い物した物が物だけにかなりの重量。
時間とかは決めていなかったが、面白いほどぴったりラナとレグルスが現れた。
ラナは顔色がツヤツヤしており、俺の姿を見つけるとブンブン手を振って駆け寄ってくる。
それがなんとなくシュシュみたいで笑ってしまった。
「っ」
「お帰り。どうだった?」
「あ、う、うん! すごく綺麗なお店になってたわよ! 開店楽しみ! それにね、従業員の人たちも小麦パン作りが上手くなってたのよ! これなら絶対売れるわ!」
「へぇ」
楽しかったならなにより。
ラナのお喋りは止まる気配がないので、レグルスに目配せして歩き出す。
次は子どもたちのお迎え。
今日連れて帰れるかどうかは本人たちの希望も聞いてみないとね。
「ここヨ。アタシの商会本部」
「「ほえー」」
え、でかい。
町には何度も来たけど、レグルスの店は初めて来る。
目立つ建物だとは思っていたけど、この五階建ての建物、レグルスの店だったのか。
馬車を店の敷地内にある倉庫前に置かせてもらい、店舗の中に入る。
階段で二階に登ると、そこは応接室などがある事務所。
ラナは打ち合わせで来た事あるんだってさ。
「貴重品の取引は二階でする事があるのヨ。例えば質のいい中型竜石や、大型竜石、宝石やユーフランちゃんから買い取ったの竜石核とかネ」
「え、竜石核って店舗受け渡しとかじゃないの?」
「……ンモゥ、ホントに自分で作った竜石道具の価値の分からないオトコネェ? 金貨を取り扱うのヨ? 下は人も多いしダメヨォ〜」
「ふーん? そういうもの」
俺、商売ごとはよく分からないからなぁ。
……ラナはよくレグルスレベルの商談についていけるもんだよ。
そりゃ、俺だって諜報で他国に行ったら最低限の売買はするけど……あれを売って赤字はこう取り返すとか、あれを売ってこう儲けるとか、それがどんな事になるからこうする、とか分からん。
影響予測なら出来なくもない。
しかし、実行する勇気が、なぁ。
「じゃあ、ここで待っててくれル? 子どもたちは上の階に泊まらせているノ。分かってるわネ? 二人とモ?」
「「え?」」
「エ? じゃ、ないわヨ。二人で話す事あるでショ? 言っておくケド、せいぜい三十分くらいしか二人きりにさせてあげられないからネ? しっかり話し合っておくのヨ」
「「え?」」
パタン。
閉められて、しかしレグルスの言う事が分からない。
話さなきゃいけない事——あ、さっき学校の前でしてた話か。
二人の時間が減るから、ラナに……俺の気持ちを言えって……。
「……………………」
天井を見上げる。
俺の気持ちって言われても……。
手紙にはこっ恥ずかしいポエムみたいなえげつない文字しか書けないし、確かにストレートに言葉にするべきなんだろう。
けど、あのこっ恥ずかしいあれこれを?
ラナに、言葉で伝える?
なにそれ拷問?
恥ずか死ぬ。百パーセント恥ずか死ぬ。
そんな勇気俺にはない。
そもそも、伝えないとダメなのか?
伝えてなにか変わるとでも?
え、まずその変化後がよく分からない。
俺がラナに自分の気持ちを伝えるっていうのは、えーと……俺の恋愛感情を伝えるという意味、だよな?
それを伝えて……え? 引かれない? ドン引きされない?
知り合って半年程度の男に愛の告白とかされて、女子って引かない?
親同士が決めた婚約者というわけでもなく、貴族として利のある婚姻というわけでもなく……むしろ他に好きな人が出来たらさっさと別れてその相手と一緒になった方が——あ、それは嫌だ。
今の生活は幸せで、出来る事なら、ずっと……。
「そ、そうね……」
「え?」
ど、同意が返ってきた!?
あ、い、いや、独り言か。
さすがに声には出していないはず。
思わず口抑えちゃったけど。
「そうね、話しましょう」
「え、え? な、なにを?」
「一応手紙に書いたお陰で整理はある程度出来ているし……この機会に、手紙に託すはずの話を……しましょう! 上手く言えないかもしれないけど、そこは許して!」
「……、……わ……分かった。じゃあ、お、俺も……」
終わった——!
引かれる。
ドン引かれて終わる。
半年か……意外と短かったな……。
いや、本来なら存在さえ知られていなかった上、横恋慕だった事を思えば十分すぎる奇跡。
君と半年も生活出来た事に感謝しないとな。
……なにに? 守護竜様に? どこの?
「あ、あのね、フラン」
「は、はい」
「な、なんで敬語なの」
「え? えーと、なんとなく?」
そりゃ身構えるでしょ。
心の準備するでしょ。
これから振られるんだから。
そして俺は君に身の丈に合わない想いを告げてドン引きされて……嫌われるんだろう。
そんな未来を前に心の準備くらいするでしょ。
「……あの、あのね、実は……」
「…………」
ああ、いっそ……いっそ一思いに……。
「実は、私……『ハルジオン』のお城で貴方がアレファルドのところに帰らないって言うまで……疑ってたの。貴方がやっぱりアレファルドの部下のままなんじゃないかって」
「…………。ん?」
「……ん?」
思わず聞き返した。
え、俺がアレファルドの部下?
まあ、部下だったけど……え、その嫌疑はもう晴れていたのでは?
「ま、まだ疑われてたって事?」
「実は」
「…………」
あー……。
そうでしたかー……。
「ご、ごめん」
「いや、うん、俺の見目ではそうだよね」
「ち、ち、違うの! 見た目は関係なくて!」
「中身? 性格? 喋り方?」
「……ごめん、見た目含めて全部」
「そっかー。素直でよろしい。……それで? 今も?」
「今もちょっと実は疑ってる……」
そっかー……。
「えっと、だからね、だから……あの夜にアレファルドとなにを話したのかを教えて欲しいし、それに私はあの小説の『悪役令嬢』だから……フランの事を利用しようって思ってるの。報酬を払えばフランも納得するだろうって打算的に動いてる……と思うの。これは、なんか自分でもやな感じで仕方ないんだけど……けど……」
「…………!」
「けど……これは、きっと私が『悪役令嬢』だから……」
ぽろ、と涙が手の甲に落ちる。
握られた拳。
ラナがきつく握ったそれに落ちた透明な雫。
……『悪役令嬢』……。
ヒロイン……リファナ嬢の邪魔をする悪役。
まだ気にしてたのか。
「ラナ、それは……自分で『やらない』って決めたんだろう?」
「うん、うん……! や、やらない! だって関わったら死んじゃうんだもの……! そんなの嫌よ。あんな奴らの当て馬で死ぬなんて……」
「君はやってないじゃないか」
「うん、やるつもりなんか、ないもの……! けど、それにフランを利用してるみたいで……」
「俺は構わないって言ったよね?」
「でももしもフランがアレファルド側だったら私どうしたらいいの!?」