閲覧注意だよ……
ダガン村の人たちが来て二日目。
ドゥルトーニルのおじ様とカールレート兄さん、そして次男のエールレートが揃ってやって来た。
ダガン村代表にカルンネさん。
事情を知るダージス。
昨日泊まっていったレグルスと、クーロウさん。
で、俺とラナも椅子を持ってきてくっつけたテーブルの前に座る。
お茶とお菓子は出してあるし、まあどうなる事やら。
「なるほどな、事情は大体分かった!」
キーーーン……ってくる。
ああ、耳がね。
クーロウさんの比ではない大声なんだもん、おじ様。
ダージスとカルンネさんも思わず目を瞑ってしんどそうな顔になる。
あーあ、そんなあからさまに顔に出して〜。
「学校に関してはカールレートとエールレートに任せてある! お前らで決めろ!!」
「ああ、それじゃあそのダガン村の人たち三十数人だったか? ……は、受け入れよう。人出があるのは特に困らないからな」
胸をなで下ろすカルンネさん。
ダガン村の人たちは、本人たちの要望が通る事になりそうだ。
とはいえ稼げるようになるのは少し先。
国民権破棄料が払えなければ不法入国者として強制送還。
……アレファルドに連絡はしたけど、国民権破棄の希望通知書が三十枚以上送られてきたらさすがに親父が何事かと思って陛下の耳にも入る事になってたか。
余計な事したかな?
いや、だとしても事前連絡大事。
報連相大事。
ふむ、問題は国民権破棄料の支払い期限か。
最悪借金という形で貸し出してもいいけど、踏み倒されたらこっちが損だし……難しいところだね。
「そうだね、兄さん! えっとそれで……養護施設の子どもたち、だっけ?」
「エエ」
さて、次はレグルスの連れてきた元『赤竜三島ヘルディオス』の子どもたち。
だが、こちらは心配してない。
なぜなら……。
「ック!」
「ち、父上!? 早い早い! 早いですよ!?」
ぼろっと大粒の涙がテーブルに落ちる。
ギョッとしたのは俺とレグルスとクーロウさん以外。
俺たちはこうなると分かってた。
カールレート兄さんたちもね。
ただ、予想外に早かった!
「お、親に……親が……! テメェのガキを捨てるだと……!? そんな事が許されていいと思ってんのかうおおぉらぁぁあぁぁあ!!」
「っ」
ドゴン!
と、なかなか派手に音を立ててテーブルを殴るおじ様。
……ミシッ、バキッて聞こえたのは気のせいか?
気のせい……チラッ、とクーロウさんを見ると目だけで「あとで直してやる」と頷かれた。
りょーかいでーす。
よろしくお願いしまーす……。
請求はドゥルトーニル家で。
「全員うちで引き取ってやるぁぁあぁ!」
「ちっ、父上! 父上落ち着いて!」
「昨日その話は『本人たちの意思を聞いてからにしよう』って言ってたじゃないですかー!」
兄弟に左右から腕を押さえつけられて、しかしそれでも叫びながら両手を掲げるおじ様。
あーあ、ラナとダージスとカルンネさんがドン引きだよ。
レグルスは笑みを浮かべて紅茶を飲んでいるので、やはりこうなる事が分かっていたな?
「落ち着いてよ、おじ様。俺たちもまだ会ってないけど、髪や目の色が俺と似たような感じらしいよ? それでも引き取るの?」
人情に厚いおじ様の事だから、そう言い出すんじゃないかとは思ってたけどさー。
俺の髪と目の色を嫌うおじ様が、俺と似たような色の子どもたちを「全員引き取る!」なんてギャグでしょ。
案の定ピタ、と面白いくらい分かりやすく固まるおじ様。
さあ、どう出るどう出る?
「……そ、そうなのか?」
「エエ、そうネ。大体みんな赤毛系ネ。髪がベージュでも瞳が真紅とか、そういう子たちヨ」
「む、むむむむ」
悩むんかい。
いくら情に厚くとも、迷信に逆らえないとは……というより、これまで積み重ねてきた諸々の言動を今更曲げられないって感じ?
俺も紅茶を一口飲む。
うん、今日も美味しい。
「それで提案なんだけど、学校の側、牧場寄りの場所に新しい養護施設を作らないかって。昨日レグルスとクーロウさんが話し合って、およその設計図は出来てるんだけど」
「あ、ああ、その話は聞いているし父上は許可も出している。でも、そうか、牧場寄りに作るのか」
「その方がいいでしょ。町寄りに作るとホラ」
カールレート兄さんに、おじ様の方を促す。
苦虫を噛んだようなおじ様の表情。
いやもうなんかすんげー嫌そうな顔されたけど、だって実際おじ様、今微妙な答え出したじゃんよ。
「え、ええ、あの、その方がフランが学校に講師として行く日に子どもたちの様子も見られていいんじゃないかなって……」
「なるほど! いい考えだな娘ェ!」
「ひぇ……」
だから、なぜ一々テーブルを怒鳴りながら殴るのか。
ラナだけじゃなくダージスとカルンネさんも顔を青くして身を震わせているではないか。
いや、この二人はどうでもいいけど。
一ヶ月近くお世話になったおじ様だが、やはりこの怒気満々の態度は怖いんだろう。
あとうるせぇ。
「あの、その子どもたちの国民権はどうするんですか? 『赤竜三島ヘルディオス』にも国民権破棄料とかあるんでしょうか?」
その横で冷静に挙手して質問してきたのはエールレート。
それにはティーカップをソーサーに置いたレグルスが答える。
「いいえ、あの子たちはそもそも国民権を与えられていないのヨ。親が産んですぐに『育てられない』と申請すらしてないからネ」
「————ッッッ!!!!!!」
「父上!」
「抑えて!」
顔を真っ赤にして再び立ち上がるおじ様。
左右から再びおじ様を押さえる兄弟。
衝撃を受けたのは、なにもおじ様だけじゃない。
驚いた顔をするラナたち。
俺は眉を寄せる程度で抑えたけれど……へぇ、そう……『赤竜三島ヘルディオス』……そこまでの事をするのか……。
「まあ、それなら申請すればすぐに『緑竜セルジジオス』国民になれるって事でもある。国民権は心配なしって事だな」
「エエ、そういう事ネ」
「む、むう」
よしよし、おじ様が納得して座ってくれた。
そのまま大人しくしててくれ。
ダガン村の人たちはこれから稼いで、個々でなんとかするとして。
施設を建てる場所。
その辺はクーロウさんとレグルス、おじ様たちが帰り道に検討するだろう。
なのでそれも俺たちは関与しなくてオーケー。
つまり、俺とラナが関わるのは、その施設が建つまでの間の子どもたちの住む場所の事。
設計図などは昨日の段階で大まかに決まっていた。
なので、すぐに話はこちらに移る。
「それで、施設が建つまでの間の子どもたちの住む場所なんだケド……ここの牧場で預かってくれそうなノ。ネ?」
「ああ、うちは構わないけど……」
「え、いいのか?」
「いいよ。ドゥルトーニル家のある『エンジュの町』も、居心地よく過ごせるか微妙だしね」
「あ、ああ、そう、だなぁ」
カールレート兄さん、目が泳いでるよ。
まあ、な。
赤毛・赤目が敬遠されがちなので俺も『エンジュの町』にいる間はおじ様に「あんまり外へ出るなよ」って怒鳴られてたから……そう言う顔するのは仕方ないと思うけど。
「…………別宅も建てるぞ」
「「「はい?」」」
「別宅を建てる! その施設の側に!! 庭つきの!」
「「「は、はぁぁあぁぁあぁ!?」」」
お、お、おじ様ぁ!?
突然なにを言い出してんの!?
は? 別宅? 別荘って事? は? なんで?
「断じて子どもたちの様子が気になるから時々見に来てみようかなとかではなく! ああ! いずれこの間遊学で来た『青竜アルセジオス』の若造が! 迂闊にうちの領土で幅を利かせられんように見張るためだ! うおう!」
「「「………………」」」
全部さらけ出してるよ……。
「おおおおう! そりゃあいい! 話に聞いた限りじゃあ『青竜アルセジオス』の王子は随分と調子ブッこいてやがるそうじゃあねぇか! ンナァ!?」
「!?」
ク、クーロウさんが乗った!?
くっ、この熱血オヤジコンビ面倒くさい……!
そういえばおじ様とクーロウさんが一緒にいるところ、俺初めて見たけど……まさか!
カールレート兄さんを見ると顔が青いまま遠い目をしたまま固まってる!
あの! カールレート兄さんが!
レグルスは優雅にクッキー食ってによによしてるけど……こ、これは——っ!
「上等だぜドゥルトーニル様よぉ! このクーロウが持てる技術の全てを懸けて! 砦とも劣らぬぇー豪邸を建ててやるぁぁぁ!」
「よく言ったクーロウオオオォウ! それでこそワシの見込んだ男だぁぁ!」
「あったぼうよおおぉ! 一ヶ月で建ててやんぜうおおおおおおおおおぉ!!」
「うおおおおおおおぉう! 表へ出ろおおぉ! クーロウオオォウ!」
「受けて立つァァァ! 旦那ァァ!」
バン!
……ミシ、ゴギ、バキ……ダァン……。
なんの音かって?
玄関扉が内側から破壊されて外へ転がり落ちていった音だよ。
二度とやんなつったのに。
いや、今壊してったのはおじ様だけど。
そしてあの雄叫びのままに、なんか上着を脱ぎ捨てて上半身裸になってんだけど。
え?
からの取っ組み合いの開始?
は? なに? ほんとなに?
どういう事なの?
「「うおおおおおおおおおおおおおー!!!!!!」」
説明。
説明して。
カールレート兄さんに、表を指差しながら取っ組み合い、からの殴り合いを始めた二人を指差す。
いや、まあ、『青竜アルセジオス』に比べてこの国は貴族の上下関係がゆんるいなぁ、とは思っていたけれども。
だが、だとしても殴り合いはどうなの?
そしておじ様って脱ぐとあんなにゴリマッチョだったの?
歳の割に体格がいいなぁ、とは思ってたよ?
けどあれはちょっともうなんか……ベアと素手で渡り合えそうなレベルのマッチョなんですけども?
クーロウさんもいつもより筋肉が輝いてるよ。
殴り合う二人の顔には血と汗が。
状況。
状況説明、マジ、カモン。
「あ、あ、あ、あの……」
「あ、あー……す、すまない……」
中でもラナとジーダスとカルンネさんの動揺は凄まじい。
俺、あのにこやかに殴り合ってる人たちの片割れと近くなくとも血の繋がりがあるんですけど?
カールレート兄さんも……まあ、カールレート兄さんとエールレートは実の父のあんな姿を見ては意識飛ばすのも分からんでもないけど。
すぐに戻ってきて説明はしてくれるつもりらしい。
うん、それで?
「あの二人、師弟関係なんだ」
「…………。師弟関係」
「師弟関係」
「どっちかっていうと、年齢的におじ様が」
「師匠みたいな? 感じかな、うん」
…………なんの?
と、誰も怖くて聞けなかった。
なので、とりあえずここの面子のみで話を進める事にした。
おじ様の許可は出た、という事でオーケーだろう。
誰かオーケーって言え。
「気を取り直して……、えーと、牧場に子どもたちを預ける件は了解だ。支援は出来る限りするから安心しろよブラザー!」
カールレート兄さんも適度にうざいんだったな。
だが、さすがに表のアレが絶賛開催中だとそのうざさも可愛いもんだ。
「うん……まあ……うん……」
「ダ、ダガン村の人たちの就職先? いや、希望職種にかんしても説明しよう。でも、そうだな。この件は本人たちへ直接説明した方が早いだろうか? 建物の建設予定地の下見もしておくべきだし、場所を変えるとしよう。ユーフラン、お前子どもたちの受け入れはいつでもいいのか?」
「うちは生活品が揃えばいつでもいいけど……」
子ども部屋の掃除は終わってる。
生活品……特にベッドは欲しい。
生活するのに不自由はさせたくないから、迎えに行くのならついでに必要そうなものを買い足してくるか。
レグルスの方を見る。
今子どもたちはレグルスの商会で過ごしていたはず。
馬車で三十分くらいだが、もう連れてくる……いや、連れて来れるのか?
『エクシの町』のメリンナ先生に健康チェックしてもらってるんだよな?
「ありがたいワァ〜ン。健康チェックも終わってると思うし、一路竜石職人学校の方で合流しましょうカ〜」
「学校の方でいいのか?」
「カールレート様は仕事の事を説明しないといけないでショ? その間にユーフランちゃんは生活用品を買ってくればいいわヨ。うちの若い子に運ばせるカ・ラ」
「あー、なるほど」
じゃあそんな感じでいいか。
あんまり長く町に置いておくのも心配だもんな。
というわけで、一路学校へ行く事になった。
「ダージス、お前どうする」
「!」
だが、ここでこれまで話題にもならなかった奴を思い出す。
結局未だに自分の身の振り方を決められない男、ダージス。
実家には連絡をしたのだろうが、『青竜アルセジオス』でスターレットが動く方が早いだろう。
この場所の事を書いたのなら、近いうちにダージスの家族も来るかもな。
それなら、留守番させてた方がいいか?
でも、ラナも楽しみにしている町での買い物。
つまり、ダージスを一人で牧場に留守番……させてどうするって。
「……買い物の荷物持ち決定」
「なんでだぁぁぁ!」