二十二話
「足場をつくる」
『雹葬飛雨』が放たれる直前、アウレールは地面より1mほど上の空間に氷の足場を作っていた。
それは、『ウォルフ』らしき魔物も乗れるようにと配慮をした少し大きめの足場。つくるや否、無造作に飛び乗り、そして『ウォルフ』らしき魔物もそれに倣って飛び乗った。
「氷漬けにされたくないなら、ここから降りるな」
周囲一帯にはツララを鋭利な刃物にすべく研いだような凶刃がずらりと並んでおり、幻想風景でありながら背筋が凍えてしまう程の圧すら放っている。
『
「ガウ?」
もこもこした首を傾げ、どうしてと言わんばかりに『ウォルフ』らしき魔物は疑問符を浮かべる。
地面はまだ緑々としており、『
ただ、それは『雹葬飛雨』を展開した者が普通の魔法使いなら。という前提条件つきであるが。
「ま、こればかりは言葉よりも己の双眸で確認した方が早いだろうな。丁度、狙いも定めた事だ」
鋭利な切っ先を下に向けていた筈の細長な凶刃は、まるで狙いを定めるようにその矛先を辛うじて視認が出来る距離にいた『
ぐぐぐ、と拳を引きしぼるように狙いを定める無数の刃。
「———始まるぞ」
その言葉が、始動の合図となった。
◆◇◆◇◆◇
「やっちゃえ」
そう口にするが早いか。
矛先を定めていた細長の鋭利な凶刃が飛来を開始。
それは正しく流星を夢想させるが如き威力であり、速度。何が起こっているのか分からず、呆けていた『
「っ、と。流石にこれは躱す、よねえ! でも、狙いは当てる事じゃない……ッ」
腹の底から唸り声を上げつつ、俊敏に回避行動を取った『
殺到した『
まるで侵食するかのように、飛来と同時に地面が氷化。
パキリ、パキリと範囲を広げ、ものの数秒で出来上がるは、
「———『氷原世界』———!!」
あたり一帯、氷原の世界。
草木にですら、一切の間隙なしに殺到する氷。
そしてそれは、地面に足を付く『
「ガァッ!?」
足が凍っている事に驚愕の色を孕んだうめき声をあげ、身動きが取れない事に困惑。
しかし、その隙を見過ごす事無く、すかさず次弾の用意に意識を向け、手を掲げるや否、再び細長の凶刃を無数に展開。
「今度は、逃がさない」
そして満を持して『雹葬飛雨』を放とうとしたところで、手が止まる。
鋭利な歯が生え揃っていた口内が顔を覗かせ、パカリと開かれる顎門。溜めのようなモーションを始め、ゴオッ、といやに耳に残る音が立った。
脳裏を過ぎったワードは、『
『
たとえ『雹葬飛雨』を殺到させたところで、あの巨体から放たれる容赦ない『
パラパラと制御を失ったことで力なく落下して行く。
しかし、振り上げた右の手は下ろす事をせず、そのままパカリと開かせた顎門を見据えたまま不敵に笑う。
辺りは氷に満ち、天候も悪くない。
むしろ、これ以上なく俺の味方をしてくれている。加えて、魔力もまだまだたんまりと残っている。
遠慮はいらない。蹴散らせ、と己自身に言い聞かせ、一瞬先の未来を想像しつつ、右の手に力を込める。
「ガァ————」
すぅっ。
大きく息を吸い込む音が鼓膜を揺らし、眩い程に光り輝く灼熱色の奔流の前兆が姿を現し、
「ガアアアアアァァァァアアッッ!!!!」
「———斬り裂け」
身を乗り出し、奔流が放たれると同時。
俺もソレに対抗するように掲げていた手を静謐に振り下ろす。万物を斬り裂くイメージし、振り下ろされる氷腕からは、ひゅぅ、と冷気が走った。
轟!!
唸りあげて切迫する灼熱色の大奔流。
ビリビリと大気を震わせ、氷原の世界を焼き尽くさんと放たれた『
「悪いけど、」
一切の焦りを感じさせないひどく落ち着いた口調。
「目に見えるものなら、俺の氷は何でも凍らせられる」
ピシリ。
驚くべき速さで肉薄をする『
あと数メートルといったところで、直進を続けていた威力は死に、亀裂でも走ったかのような音を立てて、ソレは凍り付いた。
『
流石の『
そして目の前で、『
しかし、呆けていたのは瞬きをする程の一瞬だけ。
すぐさま、遠距離では分が悪い。
そう判断したのか、目の色を変えて肉薄を始めようとする『
「流石に、『狂撃』があるとはいえ、この体格差じゃ殆ど意味をなさないだろうからね」
だから、ひたすらに遠距離で仕留めさせて貰う、と。
言外に言ってのける。
ピシリ。
拘束に対して、必死に抵抗する『
「『
何かが来る。
そう察知し、肢体の損傷すらなりふり構わず、力任せにバガンッ、と音を立てて氷の拘束から『
それは完成し、尚、逃すまいと畳み掛ける。
「———
そして今度こそ、という想いも込めて手を掲げ、降り頻り始めた雨を『雹葬』へと変換。
言葉を言い終えるや否や、形成されたのは『
高さは『
「ガアアアアアァァァァアア———ッッ!!!!」
けれど、『雹葬飛雨』が完成するより先。
無理矢理に抜け出した事で皮膚を氷に持っていかれたのか、血に塗れた痛々しい『
振り下ろすと同時。
形成された『雹葬』が全方位に展開を終えた。
しかし、妖しく光り輝く五本爪は、何かを砕き破るような凄絶なまでの音を立てながら振り下ろされ、
「まじ、かっ……!!!」
細かな変更の効かない『雹葬飛雨』は的の消えた氷柱へと殺到し、大地を微かに揺らす。
逃げ果せた『
「流石はAランク二人を難なく倒した魔物って事かなあ? ……いやあ、やるねえ」
戦闘力は言わずもがな。
何より、知能が高い。
それが一番の厄介な点であった。
学ぶ魔物ほど厄介な存在はいないと言い切れていた分、『
それに、近接戦闘となると10:0で俺に勝ち目はない。
体格が違いすぎる上、先ほどの氷牢を破った爪の一撃。
アレを直に受ければひとたまりもないと一瞬で分かってしまった。だから、氷に。
遠距離に徹する。それが一番、確実。
が。しかし、だ。
それはあくまで、この身、このからだ。
矮小な人間の身体で相手をするならば、の話である。
足りないならば、補えばいい。
無いならば、どこかから持って来ればいい。
俺は『氷』だ。暴論、『氷』であるならば、それは俺だ。一片の偽りなく、俺なのだ。
「でも、そうだね。折角だから面白いものを見せてあげるよ」
言葉に呼応するように、パキリと周囲一帯の氷が反応し、鳴いた。
暗澹とした曇天からは雨ではなく、霰のようなものが降り注ぎ始め、辺りに満ちる氷の体積が目に見えて増加して行く。
相手は10m級の化け物だ。
ならば、こちらもそれに対抗すれば良いだけの話。
これは、己自身を『氷』と定義する俺にのみ許されたワザ。マクダレーネですら呆れ、手に負えぬわと匙を投げた一芸。
次第に、黒曜石の如き漆黒の色をしていた俺の瞳の瞳孔は、アイスブルーへと変色を始め、
疎らに広がっていた『氷』が集結し始める。
それはまるで、何かを象っているようでもあり、足が生まれ、手が生まれ。獰猛な顎門が、ツノが、鱗が、翼が形成されて行く。大きさは『
「『氷』の造形に命を吹き込む事は流石に不可能だけど」
それが出来てしまうならば、それは最早神の御技と言っていい。が、流石に俺もそれは叶わない。
けれど、俺は『氷』なのだ。
命を吹き込む事は出来なくとも、造り上げた氷像と
「同化なら、話は別でね」
すっかり氷色———アイスブルーに染まった瞳でまたしても今度は一体なんだと硬直する
軽く手を振るえば、翼は羽搏き。
息を吐けば『
「どうにも『雹葬飛雨』じゃ、手間取りそうだからこれでいかせてもらうよ」
今ここに存在する氷は全てが俺の支配下であり、全てが『
「日暮れも近いしね」
暗雲から射し込む光もそろそろ消えかけている。
時間はあまり残されていない。
「そろそろ、終わりにしよっか」
そう、言うと同時。
まるで威嚇するように、浮遊する氷竜が口内を外気に曝し、猛り吼える。
耳をつんざく程の咆哮は、天に轟く———。