十四話
「でっかい建物」
二階建ての豪奢な屋敷。
門と思しき場所には門番らしい人間が二人。
領主の館というだけあって、見上げて尚、見通し切れない建物に感嘆しながら、心に抱いた感情ありのままを吐露していた。
「なんか、思い出すなあ……」
「実家、をか?」
「うん。でも、まあ心残りなんて微塵も無いんだけどね」
他とは一線を介して報酬の額が桁違いであった依頼書。
そこに指定されていた場所こそが、この荘厳な雰囲気漂う目の前の屋敷であった。
「あの」
「ん?」
一歩踏み出し、門番をしていた二人のうち眠そうに欠伸をしていた男性へと声をかける。
「ツァイス・ファンカって人に用があるんだけど、取り次いで貰えない?」
「……お嬢に用って……一体なんの用件だよ」
「ギルドに張られてた依頼書の件だけど」
「依頼書?」
「そ、これ」
そう言って、俺は持ち歩いていた依頼書をこれ見よがしに見せつけた。
すると、門番の男は納得の表情を一瞬見せるも、俺とアウレールを交互に見やり、その面貌は嘲りへと移り変わる。
「……ああ、その依頼書、まだ取り下げて無かったのか。……何やってんだか、あのズボラお嬢め。……あー、なんだ。まあ、悪い事は言わない。報酬に釣られたんだろうが、坊主や嬢ちゃんにこの依頼はちょいと荷が重い。命あっての物種と思って引き返しな」
しっしっ、とどっかいけと言わんばかりにゼスチャーを二度、三度。けれどそんな中、俺は門番の男が発したある言葉に妙な引っかかりを覚えていた。
「ちょっと待って。この依頼書って取り下げる予定だったの?」
「そうだが? あと3日後くらいに、だったっけかな。えらく強い『冒険者』が来るんだと。そいつらに頼むからギルドの依頼書は取り下げるって言ってたんだが……この様子だと完全に忘れてたみたいだな……」
ま、坊主と嬢ちゃんが強い『冒険者』ってんなら話はまた変わったんだろうがな。と、冗談めいた口調で男は付け加える。
その言葉に対して俺はぐぬぬと唸る事しか出来なかった。
何故ならば、力量の比較対象が俺はマクダレーネしかいなかったから。
おれは勝てる戦いしか基本しねえんだと一回も鍛錬に付き合ってくれなかったクラウス。
私の負けだ。と戦う前から両手を挙げて降参するアウレール。
俺の周りにはマクダレーネを含めこの三人しかいなかったので、比較対象が全くと言っていい程おらず、その上、彼女に全敗を喫している俺が鼻高々になることなぞ不可能でしか無かった。
今回は運が無かったと思って引き下がるしかないか、と諦めムードに染まっていた折。
「何をしているんです」
あくびをしていた男とは対照的に、生真面目に直立不動の姿勢で警備を務めていたもう一人の門番がそう言いながら歩み寄ってきていた。
その生真面目さから漂うオーラゆえにあえて話しかける事を拒んでたのにと苦笑いをする俺に気付いてか、睨め付けるように鋭い視線で俺を射抜く。
「いや、な? この坊主がお嬢の依頼書を見てやってきたっつってよ」
「依頼書……ああ、アレの事ですか」
依頼書という言葉に心当たりがあったのか、一瞬眉根を寄せるも、程なくして険しくなっていた面貌は跡形もなく霧散した。
「それで、貴方が彼らを見定めていた、と」
「いやいやいや! 違う違う!! 坊主たちにゃ荷が重いだろうからって事でお帰り願ってたところだ! 流石にこんな若えやつらを死地に向かわせるのは忍びないだろうがよ」
「ああ、そういう事でしたか。確かに、そう……」
どうしてか、言い終わる前に言葉が止められる。
彼の視線は俺の右腕を注視しており———
「……随分と、変わった右腕をお持ちのようで」
訝しむように、そう告げられた。
「普通じゃないのは確かだね」
笑って答える。
なにせ、この右腕は『氷』によって造られている。
本来の腕と遜色ない機能を有しているとはいえ、氷腕なぞ、他者から見れば変わっているとしか捉えられないのは誰よりも俺が理解していた。
ただ、長い袖の服によって隠されている氷腕をどうして看破出来たのか。ほんの少しだけ疑問に思った。
「貴方がたは、あの依頼を受けに来たんですよね」
確認をするように、男は言う。
まるで、最終宣告と言わんばかりに、言葉には尋常ならぬ何かが孕んでいた。
「そのつもりだよ」
「そう、ですか……」
数秒ほど逡巡し、何かを考え込んだ後。
「セスタ!」
「お、おぉ? 急に名前なんか呼んでどうしたよ」
「少し、門番の任を任せても構いませんか?」
「まあ、それは構わないがよ……」
セスタと呼ばれた門番もどうにも事態を把握しきれていないのか、疑問符を浮かべていた。
「折角、訪れて頂いた方々をこちらの不手際だからと追い返すのは決して良い判断とは言い難いでしょう」
「まあ、それは、な」
そして、俺へ向き直る。
「そこで、どうでしょう? この依頼を受けるにあたって条件の一つである力試しを受けて頂く、というのは」
「力試し?」
「ええ。この依頼、少しばかり難易度が高いものでして。無駄な人死を避けるために条件をいくつか設けさせて頂いているんです。仮にも依頼者はこの街を治める領主様のご息女。己の目的の為に人を送り込み、死者を量産している、などと良からぬ噂を囃し立てる者も出てくるやもしれませんのでその対策に、と」
その話を聞いて、何よりも俺は好都合と思ってしまった。そもそも、俺の持つ力の物差しは徹頭徹尾マクダレーネ仕様だ。彼女のような存在が溢れている筈もないと頭では分かっているものの、比較対象がないのだから己自身と他を比べようがない。
だから、好都合だと思った。
俺がどれだけ出来るようになったのか、それを知る良い機会である、と。
「いかが致しましょう。この力試し、お受けになられますか?」
ゆえに俺は不敵な笑みを浮かべ、口を開く。
「もちろん」
パキリ、と。
義手を隠さんと被せていた黒の手袋には、高揚する感情に呼応するかのように、僅かであるが端々に凍った跡が刻み込まれていた。