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十三話

「ツェネグィア領に向かうならば、せめて顔を少しでも隠せる衣服を調達するべきだろう」


 何気なしに口にされたアウレールのその言葉がキッカケだった。当面の目的は、ツェネグィア領にある母親の墓参り。ただ、悪い意味で有名であった俺は言わずもがな顔が割れている。


 揉め事は極力避けたいと考える俺としては、顔を隠せるようなパーカーコート等を調達する事は必須事項。
 ここはアウレールの提案を受け入れるが吉である事は火を見るよりも明らかであった。


「幸い、近くに街もある。ひとまず向かおうか」


 そう言って前方を指差すアウレールの指の先には、豆粒程の何かが辛うじて肉眼で視認が出来た。


 つくづく思う。
 『エルフ』の視力の良さは、やっぱり反則であると。



 ◇◆◇◆◇◆



 ———綺麗な街。


 街に着いてまずはじめに抱いた感情はその一言だった。
 街の中心部——広場に設えられた噴水。
 建ち並ぶ商店の数々。チラホラと物乞いのような人間も見受けられるものの、奴隷制が浸透したこの世界においては、十二分に綺麗と称せるレベルであった。


 ここはどこの貴族が治めている街なのか。
 その知識すらも持ち合わせておらず、『エルフ』の里を出てから自給自足で過ごしてきた俺たちは勿論、無一文。衣類を調達するにせよ、なによりお金が必要である。だからこそ、俺たちの目的地は決まっていた。


 街に着いてから、辺りを物色しつつ歩く事15分。


 ガヤガヤと飛び交う喧騒が扉越しだと言うにもかかわらず、これでもかと言わんばかりに耳朶を叩く。
 ひと気に満ち満ちた眼前の建物の前で、俺とアウレールは様子見をしながら立ち止まっていた。


 掲げられた看板に書き記された文字は『ギルド』の三文字。ツェネグィア領にもいくつか点在していたそれは、主に魔物を狩る事を生業とする『冒険者』と呼ばれる者たちのホームであり、職場。


 依頼をこなす対価として、金銭を貰う。
 多少のリスクが付き纏うものの、無一文の俺たちにとってこれ以上ない稼ぎ場でもあった。


 が。


「出直す?」


 やはり、人間には少なからず苦手意識があるのかアウレールの足が目に見えて重くなっていた事に気付いていた俺は、そう問いかけた。
 人が少ない時間帯を見計らって行けば、今と比べればまだマシだろう。そんな考えあっての発言だったのだが、


「いや、問題ない」


 小さく笑いながら、アウレールはかぶりを振った。


「いつかは慣れるべき問題であるし、避けては通れないだろう? なにより——」


 守ってくれるんだろう?


 不意にそう言われたものだから、思わず俺は目を見開いた。不意打ちの一言。
 しかし、呆けたのも一瞬。すぐさま我に返り、


「もちろん」


 それだけ口にして左の手で握り拳をつくる。
 僅かに感情が高ぶったせいか、俺を中心としてひゅぅ、と冷気が漂い、同時。足下にパキリと薄氷が広がった。


「っ、て、わわっ」


 自分の意思とは関係なしに凍てつかせ始める『氷』に慌てながらも、俺は意識を集中させる事で広がる氷原を食い止めた後、慌ててその場から距離を取る。


 時季外れの薄氷。
 突然の出来事にアウレールは堪らず苦笑いを浮かべていたが、一年の時間があったにもかかわらず、未だに十全に制御しきれていない『氷』に対して俺は知らないフリを決め込む事にした。


 都合の悪い事は知らぬフリに限ると言わんばかりの潔さ。すぐ溶けるでしょ。なんて言い訳をしながら、俺は目の前の建物——ギルドの扉を押し開けるのだった。



 視界に飛び込んできたのは人。人。人。
 眼前一帯を溢れんばかりの人の山が埋め尽くす。
 繁忙といって差し支えない光景が目の前に広がっていた。


 待合席。受付の為に設えられたであろうカウンター。
 そして、張り紙のような物が多く貼り付けられた掲示板のようなモノ。それら全ての付近が人でごった返しており、控えめにいって息苦しい。


「アウレール!!」


 名を呼び、はぐれないようにと手首を掴んで人混みの中をかき分けていく。依頼書と呼ばれる張り紙が多く貼り付けられた掲示板付近だけは人が少なかった。


「子供じゃあるまいし、わざわざ手を引かなくても」


 呆れ混じりにそう言いながらも、手を引かれ、なんだかんだと付いてきてくれるアウレールと俺は、踏み入れて数秒ほどで目的場所であった掲示板の前へとたどり着いていた。
 ギルドという場所に以前まではてんで縁がなかったからか、好奇心はこれ以上ないまでに高まっており、『エルフ』特有の動きやすい民族衣装風の衣類に興味を示す周りの視線はあまり気にはならなかった。


「まぁ良いじゃん。にしても、A、B……なんだこれ」


 依頼書には内容。
 そして報酬が書き記されており、AやらBやらと文字の判子が依頼書に押されているものが多数。
 手っ取り早く報酬が高そうな依頼書を手に取る俺だったが、意味のわからない判子に小首を傾げた。


「何か条件があるのかもしれないな」
「あー、言われてもみればなんかそれっぽい」


 そう呟いたアウレールの言葉に成る程と得心する。
 この判子で人選をしているのか、と。


 言葉を聞くや否、胸にすとんと違和感なく腑に落ちた。


「そういう事なら、さ。取り敢えずコレ全部持ってこ! 数打ちゃ当たるじゃないけどコレだけあったら幾つが受けられるでしょ」


 掲示板に貼られた張り紙、約100枚程度。
 周囲から、アイツは何やってるんだという奇異の視線に晒されながらもベリベリと音を立てて剥ぎはじめる。


「確かに、それもそうか」


 無茶苦茶な暴論であるが、間違ってはいないのだ。
 ゆえに、アウレールも俺の言葉にノーとは言えず、苦笑いをするに留めたが、取り敢えず早いところ全部剥いでしまおう。そう思った時だった。


「待って待って。貴方たち、ギルドは初めて?」


 声が聞こえた。
 優しげな、女性らしき声。
 既に剥ぎ終わっていた5枚の依頼書を手にしたまま肩越しに振り向くと、皮鎧に身を包んだ赤毛の女性がそこには立っていた。


 腰には少し長めの長剣が一本。
 所々、傷のついた皮鎧の状態から彼女が『冒険者』であると仮定して俺は返答をする事にした。


「そうだけど、それが何か?」
「やっぱりそうよね。普通の『冒険者』なら、あんな滅茶苦茶な事しないし、何よりそんな変わった服装の人を見かけた事もないもの」


 俺とアウレールの衣服を交互に見比べ、再び向き直る。


「ギルドが初めての人なら、受注出来る依頼書は判子が押されてないものだけよ。受注を重ねて、冒険者ランクを上げていけば判子が押されたものも受注出来るようになるの」
「ああ、なるほど。そう言う事かあ」


 という事は、やはりアウレールの予想は正しかったんだなと感心していると、ずいっと手が伸びてきた。


「そういう事だから、貴方が手にしてる依頼書。その一番上に重ねられているものを頂けないかしら? あたしが丁度受注しようと思って眺めてたヤツなの」


 どうして彼女が俺に声を掛けてきたのか。
 その理由に合点が行き、申し訳なく思うと同時、Bの判子が押されていた依頼書を手に取る。


「ハウンド討伐。判子は……B」


 掲示板に貼られている依頼書に押されている判子には、A、B、C、Dとランク分けがされており、Bという立ち位置はそれなりに高いのだと何となく理解が出来ていた。
 だからこその発言。


「強いんだね」


 彼女が腰に下げる長剣に一瞬だけ目をやりながら、俺は読み上げた依頼書を彼女へ手渡した。


「誰かに誇れる程ではないわ」


 どこか自嘲めいた笑みを浮かべながらの一言。
 まだまだこれじゃ足りない。
 僅かに影が落ちた彼女の表情が、全てを物語っていた。


「それと——」


 受け取るが早いか、受付カウンターのような場所へと向かう彼女が背を向けたまま言葉を続ける。


「夜道には気をつけたほうがいいわよ。そこの彼女が大事ならね」


 『エルフ』。
 それも女性であるアウレールの存在価値を知っているからこその発言。けれど、そんな事は言われずとも百も承知であった。


「有難いご忠告をどーも」


 だから俺は、返事をそれだけに留めた。
 守ると決めている。その言葉は既にマクダレーネの前で伝えてきた。ゆえにもう言う必要はない。
 言うまでもなく、俺自身が誰よりも分かっているのだから。


「じゃ、一番報酬が高いやつでも探そっか」
「そうだな」



 そう言って俺たちが最終的に手に取った依頼書は、小綺麗な羊皮紙に書き記されたモノ。
 報酬はAの判子が押されていた依頼書と同等か、少し高い程度。誰も手に取るどころか見向きもしないソレは言わずもがな厄介案件なのだろうが、俺には報酬が高い。その事実さえあれば十分だった。


 書き記された依頼書には内容は書かれておらず、受注したものはここを訪ねるように、と場所だけ記載されている一風変わった依頼書。


 目を止めるような達筆で書かれた依頼者の名前欄には、ここ———ベルトリアと呼ばれる街。
 それを治める領主の娘、ツァイス・ファンカと記載されており。


 その依頼書を手にした時。
 先程話しかけてきた女性が、ジッと注視するように見詰めていた事に、この時の俺は気付いてはいなかった。

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