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第3話 eternal engine

 そんなことを言われたって、今更面を食らうことはなかった。

 ここまでの道のりのおかげで不思議なことにはもはや慣れていた。



 それよりもお姉さんの微笑みが、悠介の笑みと似ていることの方が、私の心を揺さぶる。

 大人になった悠介の見本を見せられているようだった。



「死なないって、永遠に生きられるってことですか?」



 私は聞いてみた。

 お姉さんは答える前に、私たちにも座るように促した。

 椅子はぴったり三脚あって、それらは整然と配置されていた。

 それぞれの椅子を線で結べば正三角形になりそうだった。



 私が先に座り、残った椅子に悠介が警戒しながらゆっくりと腰掛けた。

 お姉さんは私たちの顔を交互に見てから、



「永遠に生きられるわよ」



 と答えた。



 お姉さんは大きな目やみずみずしい唇をしている顔だけが綺麗なのではなくて、首筋も人を惹きつける形をしていた。

 そして首から下を見ていっても、どの細部までも滑らかなのだろうと感じさせる。

 外見的に、こんな女性になりたいと思わせる魅力があった。



 お姉さんの美しさを前にして初めて気付いたが、悠介の首筋もまた色気を持っていた。

 紗季の舌が彼の首筋を這うところ私は想像した。

 淫猥なシーンだけど、ゆっくりと悠介の肉体をなぞる舌には深い愛情が存在している。



「あなたたちに馴染みの深い言い方をするなら、不老不死。月日が体を蝕むことはなく、今のままの自分が永遠に続く」



「お姉さんも不老不死なんですか? チャイロさんも?」



 そうよ、とお姉さんは頷いた。



「私は千代子。不死の薬の植物が生まれるこの園を管理しています。と言っても、誰かにやれと言われたわけじゃなくて、個人的な使命感からそうしているだけなんだけども」



 詠子です、と私も名乗った。

 悠介は警戒心を持ち続けていて、少しためらいながらも私に続いて自分の名前を言った。



「チャイロさんが不老不死だって噂は本当だったんですね」



「そうね。不老不死に関しては、チャイロさんの方が先輩なのよ。私もチャイロさんに導かれて、ここに来たから。あなたたちと一緒。求める者に、この場所への道は開かれるの」



 千代子さんに撫でられて、チャイロさんはくぅんと甘えた声を出した。



 私は千代子さんの話を少しも疑わなかった。

 適当な嘘をついている可能性を全く考慮せずに、私は彼女の言うことをそのまま受け入れた。



 そして千代子さんの言っていることを信じるのであれば、これから私たちは不死になれるということだった。

 悠介には不死身になってほしい。

 でも私自身はどうなんだろう。

 悠介を永遠に美しい人間でいさせることができるという期待と、私まで不死になることへの不安が渦を巻く。



 その気持ちを落ち着かせる暇はなく、千代子さんは真面目な表情になって私たちに質問をした。



「これは大事な質問なんだけど、あなたたちは交際しているのかしら?」



「していません」



 私はきっぱりと答えた。

 答えてから、そういえば付き合っていたな、と思った。

 私の頭の中では、悠介は未だに紗季の彼氏であった。

 これからもずっとそうだ。

 悠介が私のところにいるのは、一時的に紗季から預かっているようなものなのだ。



 千代子さんは意外そうに目を丸くしたけれど、すぐに柔らかい微笑みを浮かべた。

 

「そうなのね。それはむしろ良いことなのかもしれないわね」



「良いこと、なんですか?」



「永久に一緒でいられることを求めて二人で来た子も何組かいたわ。でも、その子たちは誰も、結局は不老不死にならなかった。きっと信じ切ることができなかったのでしょうね。永遠に愛されることも、永遠に愛することも」



「数百年後には、愛が冷めているかもしれない。そう思ってしまった、ということですね?」



 と悠介は千代子さんに言った。

 警戒心より関心が勝ったようで、体が前に出て、話をよく聞こうという姿勢になっていた。



「そのとおりよ。百年経っても相手が自分を変わらずに愛してくれる保証なんて、どこにもないもの。そして自分自身が相手を愛さなくなるということだって、あるかもしれない。永遠に生きるとなれば、それは避けられない宿命のようにも感じられるかもしれないわね」



 と千代子さんは言った。



「でも、一人で永遠の時を生きることだって、辛いのでは? むしろそういうイメージの方があります。千代子さんは寂しいとか思ったりしないんですか?」



 悠介の質問に、千代子さんは口元を緩めた。



「その質問には答えられないかな。それは今からあなたたち自身で考えるべきことだから」



 千代子さんは、私たちが来た階段とは反対の方向を指差した。

 そこには古ぼけたコンクリートのトンネルがあった。



「あのトンネルを出ると、森が広がっているわ。真っ直ぐ進めば、不死になれる薬の植物が見つかるはずよ」



 その植物とは、この不思議なドームの中にも生えている、光るウツボカズラらしきもののことらしい。

 このウツボカズラの中にある液体が光っていて、それが不老不死になるための薬なのだ。

 だけど人間にも植物にも個体差があるから、自分に最適なウツボカズラを見つけないと、不老不死にはなれないのだという。



 自分が最も美しい輝きだと感じるウツボカズラを見つけること。

 そうすれば、そのウツボカズラがきっと不老不死にしてくれる。



 そして探し物はもう一つある。



 本当に永遠の命が欲しいのか?



 その問いへの答えを考える時間でもあるのだと、千代子さんは言った。



「わかりました。それじゃあ、探してきます」



 私が立ち上がると、悠介は驚いた顔をして私を見た。



「別に宿題でもなんでもないんだから、探さないで帰ってもいいんだぞ?」



 と彼は立ち上がらないまま言った。



 そう、義務ではない。

 そのことはわかっている。



 でも私は私で、悠介が引き留めるようなことを言ったことに驚いていた。

 ここに来るまで先導していたのは悠介だ。

 チャイロさんの後をつけてみようとか、紗季を置いて進もうと誘惑したのは彼だった。



 この場所への道が不老不死を求める者にのみ開かれるというのなら、それは率先して私たちをここに連れてきた悠介の願いであるはずだと私は思っていた。

 それに悠介は美しい人だった。

 そういう人にこそ、不老不死になる権利がある。

 私なんかは外見的にも足りていなくて、そして内面の部分だって汚れている。



 紗季のインコを誤って逃がしてしまったせいで、悠介は紗季の彼氏ではなくなった。

 紗季はそのことを許せなかったのだ。

 今もなお、許せていない。

 そして紗季を失った傷心からの気の迷いだということをわかっていながら、私は悠介と付き合っている。



 人間の心は腐っていく。

 いくらでも汚くなれる。

 それが賢い行為なのだと思い込むことで。

 そして心を汚してしまった人たちばかりの世界に、希望なんて見えてこない。



 悠介はまだ戻れると思う。

 性格だって悪くはない。

 本来彼は紗季に優しい。

 面白いことが起こる方へと連れていってくれる。

 とても甘い言葉を、冗談交じりだけど打算はなしに言ってくれる。

 そして彼にキスをされれば、安らぎに満たされたような気持ちになる。

 紗季と仲直りすれば、汚れの知らない人生を送っていけるはずだ。

 おとぎ話のようだと言われそうな人生を。

 だけど美しい人には、そういった生き方が似合っている。

 それが私の希望なのだ。

 全ての人が汚いわけではないのだと、悠介を見て実感することで、私はこの世界を前向きに生きていける気がする。



 だから私は、永遠が欲しい。

 悠介が永遠に美しいまま生きていてくれたら、と思うのだ。



 私自身は不死にならなくてもどうでもいい。

 ただ彼には永遠を手にしてほしい。

 たぶんその気持ちが私と悠介をこの場所に導いたのだ。

 そうであるならば、つまり私がするべきことは、不老不死になりたいと悠介に思わせることだ。



「せっかくだから、探してみようよ。見つけても、絶対に飲まなきゃいけないってわけじゃないんだし」



 自分からは森に向かう意思のない、椅子に腰掛けたままの悠介を私は笑顔で誘う。

 悠介ほどの魅力はないにしても、彼をその気にさせたくて、好奇心に満ちた顔を作って誘惑する。



 すると悠介も、苦笑ではあるけれど笑って、



「それもそうだな。探してみるか」



 と立ち上がってくれた。

 そして私たちはトンネルをくぐり、光るウツボカズラの生まれる森の中へと入った。

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