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お別れの時



「それじゃ、ま、あとはテキトーに言いくるめてお土産持たせて帰ってもらおう。ラナ、ローランさん達の事はよろしく」
「ええ、小麦パン焼きたてをご馳走して帰ってもらえばいいのね!」
「じゃあゴルドーさんはアタシと馬の販売についてお話をしましょうカ。お金の事とかネ〜」
「は、はい」

 ゴルドーさん、うっかりぼったくられないといいけどな。
 ん、ラナが俺を見上げていて、目が合う。
 多分同じ事を思ってる。
 そんな気がする、多分。
 苦笑いしてるし。

「今持ってくるわね」
「ん」

 家に戻ったラナがすぐに紙袋にパンを入れ戻ってきた。
 レグルスたちは馬車と馬の話で玄関先に残り、俺とラナはトワ様とロリアナ、ワズの方へと向かう。
 ローランさんとナードルさんはすでにその場に着いていて、ロリアナが事情を簡単に説明していたようだが……。

「お待たせしました」
「これ、お土産です。小麦パンというの。私、今度この小麦パンのお店を出すんですよ」
「小麦パン?」
「すっごーくあまくておいしいの!」
「ほ、ほう、甘いのですか」

 ロリアナ姫も甘党か。
 そして多分トワ様が言ってる「甘い」はジャムや生クリームの事だと思うけどね〜。

「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……あ、い、いや! 助けて頂いたのはこちらだ! 礼をしなければならないのは我が国の方だというのに……」
「じゃあ内緒にしててくれます? あんまり国のゴタゴタとか巻き込まれたくないので」
「…………」

 割と本気で言った。
『黒髪』『金眼』でトワの正体をすでにある程度察していたローランさんとナードルさん夫婦も無言の笑顔で頷いている。
 ですよねー?
 そんな俺たちにロリアナは半笑い。
 口許は少し引きつっていた。

「わ、分かった。しかし、正式にお礼はさせてもらうからな!」
「からな!」
「いや、出来ればこの件はそっと幕を閉じて……」
「ここにきたらまたワズとあそべるんでしょ!? またくるね!」
「…………」
「! ……トワ……」

 口の中が血の味が広がる。
 くそぅ可愛すぎか?
 ……ああ、ああ! もういいさ!

「分かりました」
「え! フラン!?」
「その代わり、来る時は事前に連絡してください。ワズはここから少し離れた町に住んでいるから、トワ様が遊びに来る時に呼んでワズにも牧場まで遊びに来てもらいましょう。その方が良いでしょう? 各所方面に」

 大人組、沈黙。
 ワズとトワ様だけは瞳をキラキラさせてこちらを見上げてくる。
 まあ、ね、こんな顔されれば……大人はね……。

「そうだな、うん、いいと思うぞ。そうしよう。ユーフラン君がいいと言っている事だしな。よかったな、ワズ」
「ええ、その時はよろしくお願いしますわ」
「そ、そうね……うん、友達が遊ぶだけだものね……。ええ! 分かりましたわ! その時になればこのエラーナが、お二人のおやつを用意しましょう! 体力使い切るまで遊ぶがよろしくてよ!」
「エラーナ姉ちゃん……!」
「おやつ!」

 なぜか一番関係ないはずのラナが一番気合い入っている謎。
 まあ、可愛いが×3なので俺に勝つ術などない。
 足下にじゃれついてくるシュシュも合わせると×4だけど、それはまあ、そこの際いいとして。
 どうせラナがいずれ牧場カフェをやると言っているんだから、隣国からも王子がお忍びで遊びに来るくらいどうにか…………ならないかなぁ……。
 定休日とか、作るだろうし……その日に、って感じにしてもらう、とか?
 ま、それも追い追い検討事項だなー。

「……あ、あの、ユーフラン、殿」

 殿?

「ユーフラン殿もその町に住んでおられる、のか? 確か近くに住んでいると……」
「俺はここの牧場みたいな場所で自給自足生活ですね」
「牧場みたいな場所って……フラン……」
「だって牧場って畜農で生計立てるものでしょ? 俺たちはちがーうじゃーん」
「あ、うん、まあ、そう言われると……」

 ラナがカフェをオープンしたら、その時にようやく『牧場』を名乗れると思うよ。
 ……けど、それは改めて店舗を作る話にもなってたはずだし……具体的な計画書を今夜あたり見せてもらうか。
 それによって優先的に作るものが変わってくる。

「では……町に住んでいるのは……」
「ええ、私と夫、息子のワズは近くの町で家畜屋を営んでいますの。今日は動物たちの定期検診で、家族みんなでお邪魔したんですよ」
「…………」

 ん?
 ロリアナ姫が微妙な顔で眺めているのはラナ?
 ラナも見られているのに気がついて、キョトンとする。

「お二人も、ご兄妹かなにかで……?」
「え、わ、私とフランが、ですの?」

 なんだ?
 ……つーか、俺とラナって兄妹に見えるか〜?
 似てるところなんてないけど……?

「えーと、私とフランは……ふ、夫婦ですわ」
「ふっ!? 夫婦なんですか!?」
「…………」

 思い切り目を逸らされつつ……いや、しかし……ラナの口からそのような言葉を説明して頂けるとは感無量。
 ……うん、感無量なんだけど〜……。

「…………ちょっとごめん」
「え? どうかしたの?」
「いや、ちょっとトイレ」
「え、行ってらっしゃい? え? このタイミングで?」
「す、すぐ帰ってくるし」

 一旦、家の中に避難。
 うん。
 うん、ちょっと。
 うん、いや、自分が思ったよりダメージが大きいというか、威力が半端ないというか、顔が爆発するかと思ったというか。
 ラナの口から『夫婦です』って説明されただけでしょ、俺。
 ふおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっ……!
 床の木の香りーーーー!
 ん、んー。

「ただいま」
「本当に早……!」

 まあ、顔面整えてきただけだしね。
 それより、戻ってきたらロリアナ姫が死にそうな顔になってるんだがどうかしたの?
 そしてみんな微妙な顔。
 な、なに?

「ご、ご夫婦……だったのか……既婚者……」
「は? はい?」

 更に落ち込まれた?
 ん?
 もしかして俺、独身だと思われて……?
 いやいや、だとしても姫君と平民風情では身分差がありすぎ……あ、いや、彼女は公爵家令嬢になってるんだっけ。
 そして『黒竜ブラクジリオス』は身分差による婚姻禁止はされてない。
 確か、『緑竜セルジジオス』もだな。
『青竜アルセジオス』は『聖なる輝き』を持つ者以外はダメだけど。
 ……いやいや、でもだからって……。
 惚れっぽい人なのかな?

「え、なに? 俺、婿候補にでもされてたの?」
「されてたみたいよ」
「ふーん……それはまた光栄な事で」

 俺の勘違いかなー、とラナに小声で聞いてみたらマジだったらしい。
 ……チラリとラナを見下ろすとものすごい無表情。
 んー?
 なんか怖い。
 そしてローランさんがものすごーくによによしてる。
 いやいや、この顔は絶対やきもちとかではない。
 さすがの俺も違うと分かるよ。

「し、失礼! と、ともかく、弟……いや、トワイライト様を保護してくださった事には心から感謝する。後日、改めて礼に伺おう。あまり公にしたくない、との事だが、それでは『黒竜ブラクジリオス』王家の沽券に関わる。その時までに、なにか希望を考えておいてくれ。金でも物でも構わない」
「……」

 やっぱりそうなるよなー。
 頭をかきながら、溜息を吐く。
 さて、どうしたものか。
 相手方の尊厳を傷つけない範囲で、俺たちに有益なもの……。

「! それなら、わたくし一つお願いしたい事がございますわ」
「え? な、なんでしょうか? なんでも言ってください」
「今度この近くに竜石職人を育てる学校を作る話が出てますの。寮を完備して、衣食住を保証する形の! その時に、建物の材料となる鉄や鉄製品を頂けません? 確か『黒竜ブラクジリオス』の特産品でしたわよね? 鉄!」
「! ええ、そうです! 我が国自慢の特産物です。……なるほど、竜石職人の育成施設ですか……すごい事を考えますね? しかし、竜石道具ごときにそんなにたくさんの職人が必要になるものなのですか?」
「事業展開していくための足がかりですわ! いずれ『黒竜ブラクジリオス』にも素晴らしい最新竜石道具の数々を、お取引出来るようになるはずです! ……つきましては、時折鉄や鉄加工品を安く仕入れられるルートなどもご用意して頂けませんか? その時が来ましたら、割引させて頂きますわよ」
「え? え?」

 ……ラ、ラナ……一瞬で商人の顔に……。
 相手は姫騎士だから通用しないと思うんだけど。
 けど、着眼点はさすがだ。
 俺は木材や石材加工は苦手じゃない。
 でも鉄製品は扱い慣れなくて苦手。
 やって出来ない事はないけど、進んでやりたいと思わない。
 オーブンみたいに四角い箱にするだけー、とかならまだしも、ハンドミシンの針とかは針の先端部の加工に何回も失敗して三日もかかった。
『青竜アルセジオス』には、鉄の製品とかほとんど出回ってなかったからな〜。
 練習不足って感じ?

「えっと、よく分かりませんので、詳しそうな者を連れてきますね」
「よろしくお願いします!」

 なんか無事話はまとまったっぽい。
 ラナのおかげで『黒竜ブラクジリオス』側も面子を保てそう、かな?
 材料の提供とかなら、『黒竜ブラクジリオス』も交易の一環として損はしないはずだし……うん、名案。

「では、失礼します! さあ、殿下」
「うん! またね! またねー、ワズ!」
「おう! またなー!」

 竜馬が二人を背に乗せると翼を開く。
 ラナやナードルさんたちはその時初めてあれが竜馬だと気がついたらしく、驚いて固まっている。
 上昇していく竜馬の姿。
 それが消えるまでワズは手を振り続けた。

「……行っちまったなー……」
「よかったな、ワズ。友達が出来て」
「ん、うん!」
「…………」

 満面の笑顔で返されたけど、果たしてこの二人はどの程度の年齢まで『友人』でいられるのだろうか?
 願わくば俺とアレファルドのようにはなるなよってね。

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