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手紙【前編】



 と、そこはかとなく恐ろしい出来事があった一ヶ月後。
 時期は夏。
 七月になった。
 この一ヶ月で怒涛の建設ラッシュ。
 この牧場から徒歩で十分ほどのところに竜石職人を育成する寮つきの学校が完成。
 グライスさんは拠点をそちらに移し、俺は時々呼ばれて教えにいく……って事になるらしい。
 運営はドゥルトーニル家。
 ドゥルトーニル領であぶれていた若者や無職の者を、まとめて放り込む算段のようだ。
 もちろんグライスさんだけでまとめられるはずもないので、領内の竜石職人を他にも五人ほど招いたんだって。
 休みの日や手が空いた者には、うちの収穫期を手伝ってもらう。
 彼らは割と簡単に作れて、量産が急がれる小型冷蔵庫を中心に、成績優秀な者はそれ以外の人気商品の作製を任せていく。
 それら、自分で作った竜石道具……商品は、売れればその二割が作製主の懐に入る形。
 うちには一ヶ月の売り上げの一割が入るので、彼らにはぜひぜひ頑張ってもらいたい。
 まあ、実働は八月からだろうけど。

「うーん……」

 で、うちのお嫁様は同じくここ一ヶ月で自宅の横に繋げるように建設された『牧場カフェ』の店内でさっきから悩みまくっている。
 頭を抱え、未だかつてないほどに。
 確かに、この牧場カフェはテーブルも椅子も器材もなにも、まだ揃っていない。
 毎月入る売上金があるので、このカフェ店舗を作ったお金は二ヶ月程度で支払い終わるだろうけど……ラナが悩んでいるのはそういう金銭的な事ではなく。

「ううううう……! お店の名前……! 難しいっ!」
「ガンバレー」

 ……との事だ。
 いつもポンポン商品名を思いついているのになー。
 俺はネーミングセンスとかないから、安直に「『エラーナカフェ』で良くない?」と言って若干引かれた。
 難しい。

「お荷物でーす!」
「ん?」

 窓ガラスから、荷物を持った配達屋が現れたのが見えた。
 店から出て、声をかけると満面の笑みで「荷物のお届けでーす」と手渡されたもの。
 手紙が数枚と、木箱。

「…………」

 受け取ると配達屋は手を振りながらアーチを出て行く。
 俺はさぞや顔をしかめていた事だろう。
 木箱にはルースフェット家……ラナの実家の家紋が焼印されていた。
 そして、手紙は三通。
 一通にはドゥルトーニル家の家紋。
 二通目にはレグルス商会の紋章。
 三通目は俺の実家の家紋。
 もー……嫌な予感しかしない。
 そして一番不穏なのはやはり木箱だよ……。

「おかえりー、なにが届いたの?」
「……聞きたい……?」
「え……なに? なんか怖い……」

 ふふふ、その警戒心は正解だよ、ラナ……。
 唯一店舗にあるテーブルの上に、木箱と三通の手紙を載せる。
 木箱に印字された家紋を見たラナの表情は、一瞬嬉しそうになり、しかしすぐに「うえ……」となにかを察した。
 でしょ?

「お、お父様から? い、嫌な予感しかしないんだけど……」
「まあ、それがラナ宛なのは間違いないしね〜」
「くっ」

 宰相様が俺に荷物や手紙なんて送るわけがないから。
 というか、そろそろ向こうも観念して『爵位継承権破棄』に同意するだうし、あちらの手続きも終わる頃。
 つまり……それ関連のモノ、だとは思うんだけど……。
 俺宛の手紙がラナ宛ほどしっかりしたものではないのがちょっとねー?
 とりあえず頷き合って、実家からの届け物にお互い手をつける事にした。

「…………」
「うへぁ……」

 うちは普通に数枚の手紙。
 親父と兄弟たちと母からだ。
 母の方は定型文の如く、ご飯食べてるのか、元気にしてるのか、とか、一番下の子は一歳になったよ、とか……そうか……もう一歳かぁ……と、感慨深くなる。
 で、変な声がしたから隣を見ると、ラナの手元の木箱には手紙がびっしり入ってた。
 うへぁ……。

「えぇ……それ全部宰相様からの手紙……?」
「みたい……。お母様からのもあるけど、大半はお父様だわ……。手紙以外は……ああ、下の方には私が使ってた絹のリボンとかネックレスが入ってるわね。お金に困るようなら売りなさいって」
「借金は返せそうだし持ってたら?」
「……そうねぇ……盗賊が出たらお金の代わりに渡せばいいものね」
「うん、そうだな」

 盗賊かぁ。
 今のところ出たうちに入らないのなら来たけどねー。
 シュシュが追っ払ってたもん。
 ほぼ子犬のコーギーに吠えられて逃げるやつらって……盗賊って言えないでしょ。
 ま、ラナにはわざわざ言う必要もないよなー。

「それより、私、これ全部読まなきゃダメかしら……」
「しゃ、爵位継承権破棄承認の書類とか入ってるかもしれないし……」
「そっかぁ……」
「荷泥棒避けのカモフラージュかもしれないし?」
「本気で言ってる?」
「……いや、あんまり」

 手紙そのものはガチだと思ってます。
 さすが親バカ宰相様。
 深々溜息を吐いたラナは、木箱を脇に寄せて先にレグルスからの手紙を手に取った。
 後回しにするらしい。

「…………フラン! 大変!」
「え、なに」

 レグルスの手紙を開いて早々、嬉しそうだが焦った顔で叫ばれた。
 どうしたの、と聞くと若干泣きそうになりながら「看板作るから、小麦パン屋の店の名前考えてって……」と……あ、ああ、ラナの店でもあるものね……あー……。

「が、頑張れ」
「もおぉ! カフェの名前も決められてないのにぃ〜〜! ……フランの実家はなんて?」
「んー……陛下の具合があまり良くないって書いてあるね」
「え!」

 手紙には『最近の陛下はますますご活躍されておいでで……』とあるが……これはディタリエール家独特の隠語だな。
 俺の実家は法を司る一族だから、王家になにかあったら特に色んな儀式だの手続きだのを率先して任される。
 陛下の体調が芳しくない。
 外に漏れるとあまり良いものでもないから、こうして隠語を使う。

「……」

 そして、次の文章に眉を顰めた。
 俺の様子が珍しかったのか、ラナが少し不安そうに名を呼んでくる。
 いかんいかん。

「ああ、ごめーん。ちょっとねー」
「なに? 他にもなにか?」
「……陛下の具合があまり良くない中……いや、だからこそかな……? アレファルドがリファナ嬢を連れて近隣諸国を遊学しているらしい。『緑竜セルジジオス』にも近く訪れるだろう。会う事はないだろうが、一応忠告、だってさ」
「っ!」

 隣国を重点的に回り、正当な王位継承者は自分であると印象づけるアレね。
 確かに陛下の体調が芳しくないなら、なおの事他国への挨拶は早々に終わらせておかなきゃだなー。
 王子……次期国王が近隣を巡る事で、他国の目を王子の方に向ける意味もある。
『聖なる輝き』を持つ、竜の愛し子を嫁にする、という自慢も込み込みの旅だろう。
 と、なると『青竜アルセジオス』国内がしばらくちょっと面倒くさそう。

「ん?」

 とか思っていたが、ラナは顔面蒼白。
 ど、どうしたどうした?
 具合悪いの?

「ラナ?」
「に、二部一章のストーリーだわ……」
「…………。ああ、小説の、だっけ?」
「そ、そう。私が生きてた頃だと、三部まで完結してたんだけど……」
「? ラナは二部で邪竜に取り込まれて……」
「そう! しれっと死ぬの」

 しれっと。

「そ、そうか……二部が始まってるんだ……」
「でも、ラナは邪竜信仰の奴らと特に関わりもないし大丈夫じゃない?」
「……でも……でも、ストーリーだと、私が原因でお父様が陛下に毒を盛って殺そうとするのよ」
「えぇ?」

 どういう事なの、と聞けば、小説のストーリーだとイチャイチャしているアレファルドとリファナ嬢はイチャイチャしながら近隣諸国を遊学。
 その裏で、アレファルドの留守中にラナの父、宰相様は娘を国外追放にした事への復讐に燃え、陛下に少量の毒を盛り始める。
 時を同じくして、小説内のラナは邪竜信仰と接触……支援するようになる……とかとか。

「まさか、お父様……」
「さすがにありえないと思うけど……」

 ラナがいないからって暴走してる?
 そこまで愚かな人には……見…………、……大丈夫、かろうじて見えないよ!

「ラナ、宰相様に送る手紙、頻度上げたら?」
「そうね!」

 そんなバカな事、しないように。
 考えないように。

「…………」

 不安そうな顔……俺も見たいわけじゃないしな。
 他に……俺に出来る事……親父に宰相様のフォローを頼むか。

「それで? ストーリーで他に不安な事とかあるの?」
「えっと、そ、そうね……アレファルドとリファナが『緑竜セルジジオス』に来るのは二部二章。私が邪竜信仰と接触するのはこの辺りだから……」
「普通に生活する、とか?」
「そ、そうね。関わらなければ、平気よね……」
「ま、少なくとも邪竜信仰が掲げる『竜石道具に関わらない』はバリバリ破りまくってるし? 大丈夫じゃない? これからもラナが欲しいものなら、俺が作るし」
「……フ、フラン……」

 あれ?
 今のなんか、ちょっとプロポーズっぽくないか?
 や、やば……さすがに気持ち悪いと思われるかも。
 調子乗ってんじゃねぇ、とか思われそう。

「例えばカフェの冷蔵庫とか。店用に大型のを作るって言ってただろう? あと、店の外のお客にも見えるような展示用ケースも欲しい、だっけ? 冷蔵庫よりは温度は上がらないけど、ガラス張りで保冷が出来る展示ケースで、テイクアウト? 店に入らなくても、買って帰れるとかどうとか……」
「あ……、………あ、あー……、そ、そうねー……店……店の名前……」
「…………」

 思い出してしまわれた。
 ごめーん。

「なんかオシャレで可愛い名前……うー……」
「と、とりあえず実家からの手紙を確認したら? そのー……宰相様が暴走してないか、確認する手がかりになるかもしれないし?」
「こ、これを?」
「あー……じゃあまあ、俺も手伝う?」

 俺が手伝ってどーすんのって感じだけど。
 読むくらいなら?
 と、聞くと真顔で何度も頷かれた。
 マジかー。

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