お迎え騎士
出る時に見たトワ様はワズに動物の扱いを学んでいるようだった。
歳も近そうだし、なんだか楽しげ。
それを見てて複雑な気分になる。
あの二人は身分も違えば国も違う。
王子が帰れば、もう会う事もないだろうな。
……王子。
「………………」
さく、さくとまだ濡れた森の道を進む。
鳥の声、残る雨の匂い、漏れる木漏れ日。
穏やかな空気の中で思い出すのは俺にとっての王子……アレファルドだ。
昔から小生意気なガキではあったけど、あの頃はまだ可愛げがあったなぁ。
そして、あいつはあの頃から『王子様』だった。
甘やかされて、大切にされて善悪の分別もつかない。
陛下があの驕りをある程度まで矯正してくれたから、まだギリ仕えてられる範囲だったけど……あれを完全になんとかするのは無理だろう。
王族として、次期王として家臣に舐められないようある程度は傲慢たれ、だしな。
ただ、やはりアレファルドは器がちっさい。
ガキの頃の方がマシだったような気がする。
「…………」
空を見上げた。
懐かしい。
アレファルドよ。
俺が仕えるはずだった王。
——『俺の影として、一生仕える事を許してやろう!』
子どもの頃の約束だけど、俺は割と「まあ、この王子ならいいか」と思わないでもなかった。
ちゃんとまともに、あのまま人をグイグイ引っ張っていく王らしい王になるのなら……それでもいいと思ったが……。
再会したら俺の事なんて忘れてるし、入学したら救いようのないアホに成り下がったし。
アレファルドよ……友よ……忘れるのは仕方ない。
成長して変わるのも無理はない。
ただ…………他者へ手を差し伸べる優しさだけは、残しておいて欲しかった。
「…………さて」
崖にたどり着いて、見下ろす。
かなりギリギリまで近づいてみたが、人の声はしない。
馬車は岩でペッシャンコ。
見回してみても……いや?
「……女?」
騎士の鎧とマントを纏っているが、濃紺の長い髪と華奢な体躯。
だが、鎧の色が黒だ。
『黒竜ブラクジリオス』の騎士ならば誉の色だな。
それに、近くにいる馬も黒毛。
手に持つ槍は漆黒に金の装飾。
ここからでも業物と分かる。
「そこの人ー」
「!」
先に黒い馬が俺に気づいて見上げてきた。
だから、バレるのも早かろうと先に声をかける。
案の定、ずいぶんな美女が見上げてきた。
ん、ラナほどではないがラナとはタイプの違う美人……。
「……そ、そなたは……そなたは地元の民か! 人を探しているのだが——!」
やはり、『黒竜ブラクジリオス』の騎士。
そして黒騎士は王家の近衛だ。
ラッキー、と内心でガッツポーズ。
あとは……俺を信用してもらえるかだなー。
初対面の人だとどーも俺は胡散臭く見えて仕方ないらしいし〜。
なんでだろう?
喋り方が軽薄そうとは言われた事あるけどな、スターレットに。
うるせぇ、お前に言われたくないわっつー。
……とにかく丁寧に話そう丁寧に。
「それって五、六歳くらいの男の子だったりしますかー?」
「!! そ、そうだー! 知っているのかー!」
「あんまり大声で喋るとまた崩れるのでー、なんとかここまで登ってこれませんかねー?」
「!」
なにやら一人で納得したように頷く。
そして、黒毛の馬に乗ると崖から距離を取っていった。
「…………思った通り、か」
ザッ、と馬が立ち止まり、踵を返して崖に向かって走り出す。
ものすごいスピード。
そして、彼女が「ハイヤ!」と叫ぶと馬の帯径……腰の辺りから黒い翼が現れ、宙に浮く。
あっという間に崖の上まで来て、俺の目の前に着地する竜馬と女騎士。
女騎士は竜馬から降りると、辺りをものすごーくチラチラ警戒しておどおどと俺を見る。
「大丈夫ですよ、この辺りには民家は一つしかないので。俺はその家の住民です」
「お、おお、そ、そうか……。こ、こほん! 私の名はロリアナ・ファーデングム・ナイト! 『黒竜ブラクジリオス』の近衛騎士である!」
「俺はユーフランといいます。初めまして、近衛騎士様」
とりあえず最低限、胸に手を当てて微笑むくらいはしてみせた。
頭なんか下げたら元貴族とバレるかもしれないし。
そーゆーのは面倒くさ……ん?
「…………」
「? どうかなさいましたか?」
「…………」
「……?」
固まってる?
なぜ?
思わず彼女の後ろの竜馬を見る。
あからさまに目を逸らされた。
……さすが、守護竜の血を引く眷族。
賢いのはこれで十分に分かったのだが……それはそれで困るというか……。
「あのう?」
「はっ!」
改めて声をかけると、いきなり顔が真っ赤になった。
なに、ほんとどーしたのこの人。
今日は暑いくらいだから、探すの頑張りすぎて熱でも出したのか?
「え! あ! ……な、な、なんの話だったか……!?」
「え? ……あの、人を探しているのでは、とお声がけしたのですが」
「! そ、そうだった!」
……大丈夫だろうかこのお嬢さん。
いや、お嬢さんは失礼か?
多分近衛騎士やるほどだから俺よりは年上、だと思うけど……。
すごいなー、『黒竜ブラクジリオス』。
『青竜アルセジオス』じゃ女騎士なんて絶対ないや。
ま、それはどーでもいいか。
「実は昨夜、雨の中で助けを求める人を見かけまして……保護していたところだったんです」
「な、なんと……それは、まさか先程言っていたような五、六歳くらいの男の子だろうか?」
「はい。よろしければ、会って確認して頂けませんか? この辺りの領主に連絡をしようか迷っていたところだったのですが……見るからに『ブラクジリオス人』の貴族様のようだったので……」
「! ぜ、是非!」
だよな。
そっちとしてもそれは避けたいよな。
よしよし。
ただ、さすがに竜馬は目立ちすぎるので翼はしまってもらう。
森を抜けて牧場に案内し、キャッキャキャッキャと子どもの声が響く方へと顔を向けると……。
「で、殿下!」
「あ! ロリアナねえさんだー!」
「っ!」
…………なんて?
たったかと駆け寄ってくるトワ様。
だが、あの子今しれっととんでもない事言わなかったか?
は?
“ねえさん”?
王子の、姉?
ギ、ギ、ギ、と少しずつ彼女を振り向くと、カーッと顔を赤くされるのだが、まさか、まさか?
「ねえさーん!」
「お、王子! よくぞご無事で……」
すげぇ居心地悪そうにチラチラチラチラ見られる。
そう、いわゆる挙動不審なそれだ。
完全に変な汗が出ている、お互いに。
「騎士様だ……」
呟かれた声。
その主は、トワ様を追いかけてきたワズ。
……あちゃー、見つかるのが早かったな。
森で待っててもらえばよかっただろうか?
「ワズ! あのねあのね、これトワのおねーちゃん!」
「え! そーなの? すごいな、トワ!」
おっふ、ワズとトワ様が完全に仲良くなっとる……!
「え、っと、それは……血の繋がった……?」
「…………ま、まぁ、その……い、異母姉弟というやつで……」
「そうでしたか」
……王女じゃん。
丁寧に話すのを心がけてて超正解じゃん。
偉い俺。
……ふーん、しかし、彼女が『家出姫』か。
『黒竜ブラクジリオス』の四大公爵家の一つが子宝に恵まれぬまま当主が先立ち、苦肉の策で王家は第四王女を養子に差し出した。
国のバランスが一気に崩れる事を防ぐためだ。
だが、姫は数度に渡り家出を繰り返す。
それによりついたあだ名が『家出姫』。
なるほどね……近衛騎士になれば確かに家に帰らなくとも怒られないし、本来の家族の側にいられるだろうけどさ〜……。
「トワ様、よかったですね、お姉様がお迎えに来てくれましたよ」
「!」
「あ、そ、そうですよ! 迎えに参りました! さあ、帰りましょう!」
「かえる……」
腰を曲げて話しかけると、トワ様はちらりとワズを振り返る。
相当仲良くなったんだなぁ。
ワズもどことなく寂しそう。
しかし、もうタイムアップ。
つーか、俺たちとしても『聖なる輝き』を持つ者をいつまでも抱えて置けない。
無理無理、本当なら一日でも無理。
『緑竜セルジジオス』側にバレれば百パー面倒事に巻き込まれる。
冗談じゃないって、俺たちそれでなくともこの国の国民権申請中なのに。
『黒竜ブラクジリオス』の王子であり『聖なる輝き』を持つ者を差し出せば、国民として認める、みたいな話に発展したらどうしてくれるの〜。
「ワズ、またあそんで!」
「……ああ、休みの日ならいつでも遊ぶぜ!」
「ワズ……」
トワ様よりはワズの方が色々分かってるのだろう。
なにしろ親父さんの代わりに働いているしっかり者だからな。
遊びたい年頃なのも我慢して……ああ、けど、だからこそ今日は相当楽しかったんだろう。
二人の靴は、ぬかるんだ場所を駆けてきたのか泥だらけ。
それだけ夢中になって遊んだ、新しく出来た友達。
その友達のお迎えが隣国の騎士では、聡いワズには、トワ様ともう会えないと悟られる。
それでもまだ幼い新しい友達に手を差し出すワズ。
差し出された手を嬉しそうに掴むトワ様。
隣国の王子と、家畜屋の息子の友情……か。
「やくそくだよ!」
「うん」
二人が手を離す頃、ようやくアーチの門から馬二頭に引かれた馬車が入ってきた。
ラナが家から出てきて、レグルスたちを出迎える。
うーん、タイミングビッミョー。
「ロリアナ様、彼らに説明してきます」
「え? あ、ああ」
レグルスやラナはあとでもいい気がしたけれど、ゴルドーは『黒竜ブラクジリオス』の人だしね。
可能ならこのおっさんも持ち帰ってもらいたい。
無理かな?
さすがの竜馬もおっさんは?
「おおぉ恐れ多い! ワタクシは馬さえ頂ければ自力で帰りますので!」
「あらァ、馬の料金はもらうわヨ」
「あ、は、はい! もちろんお支払いしますとも!?」
「分かった。じゃあともかくまずマッハでトワ様だけは連れて帰ってもらおう」
うんうん、と全員強く頷く。
そうこうしてると、厩舎からはローランさんとナードルさんが出てきた。
息子の姿が見えなくなって出てきたローランさんと、家畜たちの診察が終わった、と言わんばかりのナードルさん。
潮時だな。