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ヤベェ落としもの【後編】



 そう決めて、ゴルドー氏を見る。
 彼も必死にコクコク頷いた。
 だよね!
 それが一番みんな幸せだよね!

「オッケー、そんじゃあトワ様〜、ご飯食べたらお家に帰る準備が整うまで釣りでもして待ってましょうか〜」
「つり?」
「表に川があるから魚を釣るんですよー」

 GO!
 親指を立てて合図すると、レグルスがラナと頷き合い、ゴルドーを連れて去っていく。
 レグルスには馬車の手配。
 あまりいい馬車は手に入らないだろうが、この際贅沢言ってられるか。
 乗り心地云々は俺がなんとかする。
 そしてラナは新たなパンの生産!
 さすがに王族と分かった以上、作り置きばかりではまずい。
 飽きられてギャン泣きされても困る。
 小さい子の相手は俺の方が慣れているから、俺が王子の気を引いている間に、この子を『黒竜ブラクジリオス』に連れて帰る手はずを整えなければならない。
 ああ、めんどくさ〜。
 弟+王子……そりゃどっちの属性も相手をしてきた経験あるけどさ。
 よもやまたその経験を活かす日が来るとは……。

「さかな! さかな! トワ、さかなみたことない!」

 はぁ、でも癒されるな〜。
 このまま引き取って育てたい。
 ……はっ!
 いやいや! 俺は今一体なにを……?
 ま、まさか『聖なる輝き』を持つ者には、なにか特殊な能力でもあるのか?
 ……いや、うん、うちの弟たち元気かな、とは思う。
 そ、そう! それだけの事!

「昨日雨が降ったので、ちょっと大変かもしれませんが……気をつけて釣りを楽しみましょうね」
「うん! えーと……そのほう、なまえなんだっけ」
「ユーフランですよ」
「ゆーふらん……ユー!」
「…………」

 いきなりの愛称?
 はあ?
 可愛い。
 天使かよ?

「ありがとうございます。ではまず釣り具を取りに行きましょうね」
「うん!」
「そうだ、トワ様、肩車しましょうか」
「かたくるま?」

 とりあえずあまりうろちょろされては適わない。
 こんなお子様では道と畑の区別もつかないだろう。
 うっかり植えたばかりの作物を踏み荒らされたら大変だ。
 ならばお互いが損をしない方法を取る。

「よっ!」
「わーーー!」

 俺の肩に乗せて歩けばいい。
 納屋に行く途中、厩舎と牛舎にも寄る。
 目的は時間稼ぎ。
 馬車が用意出来るまで他の事に気を取られていてもらおう。

「うま?」
「馬ですよ」
「うし?」
「そう、これが牛です。よくご存じでしたね」
「きゃん!」
「いぬ!」
「シュシュといいます。お見知り置きを」

 動物も好きそうでなにより。
 ……しかし、レグルスたちはどれだけかかるだろう?
 それに、レグルスたちが馬車を用意してきたあとの事も考えなくては。
 一階にいたはずのグライスさんもいなくなってた事を思うと、馬車の手配は『エクシの町』で行われるはず。
 つまりどんなに早くても最低一時間は待たなければ。
 そして、ここから『黒竜ブラクジリオス』への行き方。
 うちから一番近い国境は断崖絶壁。
 こっそり『青竜アルセジオス』側から回り込む?
 正式なルートだと『エンジュの町』に行かなきゃいけないよな〜。
 はあ、なんて面倒な事に……。
 でもあのままだと、馬車ごとぺちゃんこになってたんだもんな〜。
 それは、ちょっと。

「うまものりたい!」

 マジでー?

「構いませんよ。では準備しますね。あ、馬に乗る準備も、一緒にやってみますか?」
「!? や、やるー!」

 ……どうやら『黒竜ブラクジリオス』の王子様は、好奇心旺盛でなんでもやってみたいお年頃のようだ。
 ルーシィを放牧場に出し、鞍などを背に乗せる。
 ハミを噛ませて、手綱と繋げ、王子を鞍に乗せた。
 手綱を握らせルーシィに笑いかけるとルーシィにはじと、と睨まれた。
 そんな顔するな。
 お前だって子どもは好きだろう?
 あ? 違う?
 また面倒ごとに首を突っ込んだな? って?
 なんでバレてんの。
 賢すぎるだろ、お前。

「では、放牧場を一周してみますか。揺れるのでしっかり掴まっていてくださいね」
「うん!」


 ——……と、こうして、約二時間王子のお守りをし続けたわけだが……。


「二人とも、お昼ご飯出来ましたよー」

 と、レグルスが戻って来る前に昼食の時間になってしまった。
 シュシュが家畜たちを放牧し、番をしていてくれるので一度家に戻って焼きたてのパン……クロワッサンというらしい……とオニオンスープを頂く。
 今日も大変美味しいです。
 しかし、意外と時間がかかっている。
 やはり問題は『緑竜セルジジオス』から『黒竜ブラクジリオス』へのルートか。
『エンジュの町』まで、『黒竜ブラクジリオス』への道は崖になっているからなぁ。
 地図を見る限り『エンジュの町』は『黒竜ブラクジリオス』側を警戒する要塞の一つだったと思う。
 だからまあ、バレずに移動するのは……不可能ではない。
 ないが、その分バレた時に面倒くさいわけで。
 幸い、トワ様は珍しいものが多い現状にきゃっきゃうふふとしている。
 だが、あらかた見終われば帰ろうとするはず。
 竜が一日で『黒竜ブラクジリオス』の王都からここまで来たのだとしたら、守護竜マジパネェ。
 普通に移動したら馬でも一週間かかるはずだぞ。
 あ、ならいっそ守護竜に迎えに来てもらえたりしない?

「…………」

 ここ『緑竜セルジジオス』。
 この子の国の守護竜は『黒竜ブラクジリオス』。
 死ぬ気か。
 ヤバすぎるわそんな光景。
 この国の守護竜にまでお目見えするつもりはねぇ!
 貴族でさえ基本的に守護竜に謁見する機会は一生にあるかないか。
 さすがに俺の手には余る!
 どうしたらいいんだこれ。
 ドゥルトーニル家に見つからないように動くとか……。

 コンコン。

 と、玄関の扉が鳴る。
 レグルス、やっと馬車を持ってこれたのか。
 帰還ルートに関して、とにかく相談を——。

「はい」

 ラナに王子を頼んで玄関を開ける。
 だが、これがまずった。
 扉の先にはレグルスがいるもんだとばかり思っていたのだ。
 だが視線の先には誰もおらず「は? あれ?」と思っていたら下から声がする。

「よお! 兄ちゃん!」
「っ! は? ワズ!?」
「どうも、こんにちは」
「!」

 ワズと、その母親のローレンさん。
 そして、あれは父親のナードルさんてはないか。
 え?
 ど、どうして? な、なんで!?

「先月はどうも! 動物たちの様子を見にきたよ! 父ちゃんは獣医も兼ねてるからね」
「え、あ、そ、そうなのか。あー……」
「事前に連絡しなくてごめんなさい。ふふ、実はちょっとびっくりさせたくて……」
「ああ、実はエラーナさんの助言を試してみたんだ。そしたら腰の調子がすごぶる良くなってね。お礼にこの子を……と思って」
「え?」

 階段の下に連れられていたのは牛だ。
 え、いや、それは、は?

「頂いた小麦パンも大変美味しかったですし!」

 ……察した。
 なるほど、また食べにきたのか。
 今はタイミングがむちゃくちゃ悪ーい!
 さてどうしたものか、と振り返る。
 今うちには俺とラナしかいないんだよな。
 レグルスたちも間もなく帰ってくるとは、思うけど……。

「もしかして、ご都合がよろしくなかったですか?」
「んー……まあ、けど、牛はありがたいですよ。一頭では足りなくなってたので……」

 これは本当。
 ……はあ、仕方ない。

「ラナ、小麦パンある?」
「え? あぁ、あるわよ」
「ワズがご両親と来てくれたんだよね。ナードルさんの腰、ラナの助言でかなり良くなったんだって。そのお礼に牛をもらえるみたい」
「う、牛!? でもそんな……そこまでたいそうな事してませんけど!?」
「とんでもない! こうしてまた出歩いて仕事が出来るんです! 本当に感謝してもし足りません!」

 との事。
 なので牛はありがたく頂こう。
 そして動物たちの定期検診もしてくれるそうなので、ご両親は俺が厩舎と牛舎に連れて行く。
 その間、ラナにはトワ様とワズの相手をしていて欲しい。
 と、目で訴える。
 通じてくれればいいんだが。

「あ、えーと……じゃあ……小麦パンは用意しておくわね! トワ様はしばらくお待ちください」
「うし、みたい!」

 んんんんんん〜〜〜〜!
 ラナも天井を仰いだので、これは……!
 くっ、困ったな……隙を見て国境付近の崖に行ってみようと思ってたんだけど……。
 いや、ほら、もしかしたらはぐれた護衛が崖の辺りを探してるかもしれないじゃんか?
 もちろん崖崩れしたあとだから、あまり近づけないけど。
『黒竜ブラクジリオス』側の人間と連絡が取れれば、向こうから迎えが来る。
 それって俺たちの負担軽減じゃん?
 どうしよう。

「…………。ローランさん、頼みがあるんですけど」
「まあ、なにかしら?」
「昨日、この辺りは雨が降っていて、崖の方が心配なんです。様子を見に行きたかったんですが、たまたま親戚の子が来てて……」
「! じゃあ、あの子は貴族……?」
「ええ、三十分でいいので、見ててもらえませんか? ラナと」
「えっ! あ……はい、お願いします。私一人では不安で……」
「ええ、構わないわよ。でも、貴族の子どもだなんて、ちょっと不安……。エラーナさん、色々教えてくださいね」
「……はい」

 ラナが猛烈に不安そう。
 多分子どもの扱いに不安があるんだろうけど……だからこそローランさんと一緒に頑張ってください。

「あと、レグルスが戻ってきたら待たせておいて」
「ええ、分かったわ。……とりあえず親戚の子が来たけど、雨で馬車の車輪が壊れた、って事にするわね」
「ナイス。それでいこう」
「あ、待って。崖崩れのあったところに戻ってどうするの? なにか忘れ物?」
「『黒竜ブラクジリオス』側から捜索隊が出てるかもしれないだろう? 連絡取れたら取ってくるよ。連携した方がいい」
「そっか。分かったわ、気をつけてね」
「うん、ありがとう」

 こそこそとヒソヒソ声で会話する。
 のだが、その距離の近さに内心狼狽えた。
 ちっか!
 ラナが今日も可愛いっ。
 あとなんかちょっと地味にいい匂いがする。
 なにあれ、俺の作った石鹸であんないい匂いになる?
 あ、やめようこの考えはさすがに変態くさい。
 それに、俺たちがそんな話をしてたら、トワ様がたったかと外へと駆け出してしまった。
 こ、この王子〜!
 お家に帰りたいとか、思わないのか!?
 いい加減言い出しそうなものだけど……。
 いや、言い出されても困るんだけどさ〜。

「じゃあ、ちょっとだけ頼みます」
「ああ、任せてくれ」

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